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2011年8月24日 (水)

本格的な対応が要求される「反社会的勢力」の「共生者」リスク

25,26日と、某金融機関にて講演をさせていただきますが、そのテーマのひとつが反社会的勢力リスク~あなたの会社も「共生者」?~、ということであります。昨夜の島田紳助さんの突然の引退会見には驚きましたが、反社会的勢力との親密交際・・・ということであれば、「なるほど」と思ってしまいます。企業社会ではまだまだ反社リスクへの対応が進んでいないのが現状でありますが、時代はすでに変わりつつあり、上場会社や中小企業にとっても高いコンプライアンスリスクの時代になってきたのであります。

ご承知の方も多いとは思いますが、この4月1日より、大阪府をはじめ全国各地で暴力団排除条例が施行され、いよいよ東京都もこの10月1日より施行となります(東京都暴力団排除条例)。今回の暴排条例のスローガンは、これまでの「暴力団をおそれない、金を出さない、利用しない」に加えて、「暴力団と交際しない」が含まれることとなりました。たとえば東京都条例では、契約締結や不動産の賃貸、譲渡に関する企業の法的義務も課されるようになりました(努力義務ではありますが)。また7月末にはアメリカのオバマ大統領が、国際的犯罪組織に金融制裁を加える大統領令において、日本の反社会的勢力を対象とすることに署名しております。もし反社会的勢力との取引等が発覚すれば、「共生者」として銀行や証券取引が困難となるリスクも高まっております。実際に、すでに会社の役員さんが社内調査の結果、辞任に追い込まれているケースも出ております。

まだ事実関係は存じ上げませんが、昨夜の島田さんの件も、少し前の日本相撲協会のパターンに近いのではないでしょうか。力士の賭博問題で出てきた証拠から、警視庁が相撲協会に対して「携帯見たら、八百長やっとるみたいやけど、これってややこしいところとつながってしまう原因になるからご注意いただきたいのですが、どうしますか?自力で解決できますか?」とのこと。警察の介入によって捜査をされたら(いろいろと出てきて)壊滅状態になるので、必死で相撲協会の自浄作用をもって八百長事件に取り組んだ。今回の島田さんの件も、(私の推測にすぎませんが)警察関係者のほうから、「島田さん、ちょっと交際がありますね?どうしますか?会社のほうできちんと対処しますか?対処しないなら、今後なにかあったらほかの人も含めてこっちでやりますけど」といった流れで、会社は必死で島田さんと対応を検討したのではないかと。引退、というけじめをつけたことで、会社側も「自浄作用」を示すことになり、これで一件落着になったのではないでしょうか。(追記:読売新聞ニュースを読むと、なんか上で述べたことが当たっているような感じですね。朝日の報道では外部の第三者情報をもとに社内調査が行われた、とありますのが・・・)

これもまたご承知のとおり、最近は企業間取引の契約書に「暴排条項」が含まれております。「おたくの会社はフロント企業ですね?」などと失礼なことを言えないので、どういったときに契約を解除できるかは、属性要件と行為要件の総合的判断となります。したがって、相手が暴力団とは認められなくても「共生者」の疑いがあれば取引停止・・・という事態も考えられます。社員や役員がそういった方々と交際していた(もしくはしている)ことが発覚した場合、もしくは下請会社や子会社が親密な関係にある場合、取引を一方的に解除されてしまうことになります。「共生者」と思われたらたいへんなわけですから、なにか黒い噂が立った場合には、きちんと社内調査、社内処分をして「うちは反社会的勢力とは何の関係もありません。排除する仕組みもあります」ということをパフォーマンスとして世の中に示す必要があるわけです。

おそらく島田さんのケースでも、少し前ならば謝罪をして、しばらくの間、謹慎していればよかったのではないでしょうか。つまり交際をした個人の問題だったのであります。また、企業としても「平時の内部統制システム」の問題だったのであります。しかし反社会的勢力との癒着問題に関する企業のリスクが高まり、時代も変わりました。もちろん内部統制システムの構築も重要ですが、問題が発覚した際に、企業自身が、どう「けじめをつける」か、どう自浄作用を発揮するか、つまり企業の危機管理(クライシスマネジメント)が問題となる時代になったと思われます。

8月 24, 2011 未完成にひとしいエントリー記事 |

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コメント

吉本興業の上場廃止に至るゴタゴタと警察の介入に何らかの因果関係がありそうな感じが。島田氏個人のスキャンダルとしてのみ捉えるのもどうなのかな?とマスコミ報道を見ると思いますね。

投稿: ポリティーク | 2011年8月24日 (水) 07時39分

そうですね。当ブログは実名ブログなので「めったなこと」は申し上げられませんが、記者会見を後でみて思ったのは、その関係者の方をいまでも心底尊敬しているのであれば、その人が一生つらい思いをするようなこと(紳助さんの引退)を相談もなくするのだろうか・・・と。そのあたりがどうも解せません。

投稿: toshi | 2011年8月24日 (水) 08時59分

反社の話は、デュープロセスの逆を行く話で、非常に気持ち悪いです。
1.法律なし(「関係閣僚会議幹事会申し合わせ」という正体不明を中心に回っている)
2.裁判所の関与なし(警察をチェックするものなし)
3.弁明の機会なし
4.証拠なし(警察が反社と言えば、証拠を検討することなく民間は受け入れる)
5.公開なし(誰が反社かは、警察がOBルートを使い民間に流す。民間が洩らせば、捜査情報を漏らしたと、洩らした会社が今度は村八分になる)

弁護士会も暴対弁護士を中心に警察に迎合していますが、デュープロセスに反する仕組みに対する直観的な嫌悪感はないのでしょうか。少なくとも法律を制定することを弁護会は要求すべきだと思います。これでは江戸時代のような、警察オールマイティーな制度です。「警察は絶対の正義であり、間違えることはない。」という話はやめてもらいたいものです。
もっとも「法律を制定しようにも憲法違反になるので不可能で、だから憲法が及ばない民民の契約自由の原則を前面に立てて制度を作るしかない」という噂も真実味があるので根本的な問題があるのかもしれません。

投稿: 担当者 | 2011年8月25日 (木) 06時11分

 事実関係が不透明ですが、「この程度」という言葉が印象的でした。それだけ日常的な普通のことだということでしょう。この理由の一つは、反社会「的」勢力や「共生者」の定義や具体的中身が分からないこともあるように思います。形だけで判断が付くわけではありません。都の暴排条例にしても、新規の組事務所開設だけに厳しく、既存の組事務所はお構いなしです。警察庁の大号令下だという事情があるのかもしれませんが、反社への本気度が今ひとつのように感じます。
 人権やプライバシーや選挙に、人の情が絡むだけに人間から攻めてもなかなかうまくはいかないことは皆分かっていることです。それこそアメリカの手法である、「組織を攻めるには金を締め上げる」ことではないでしょうか。 

投稿: tetu | 2011年8月25日 (木) 14時26分

反社会的勢力への対応については、昨今の日本社会の「社会的病理」を表した典型例だと思っております。

「表層的な正義感」に基づく「表層的な対応」に終始し「抜本的な対応の回避」という状況に目をつぶる。

反社会的勢力というと、なんとなく「排除しなければ」という雰囲気になりますが、そもそも、そのような存在が「なぜかくも多く生み出されるのか」「なぜ存在が維持されているのか」という原因分析がなければ、対症療法に過ぎない対応しかできません。
排除だ、ということは分かり易く、(実際の実行は大変ですが)容易に対応が可能で、反論の余地が少ない対応です。
しかし、そもそも反社会的勢力を生み出したものは何かといえば、社会そのもの又は社会の仕組みそのもの、ではないでしょうか?

結局、村社会に適応できなかった人間が、反社会的勢力という別次元の村を構成していたところ、その別次元の村をつぶそうとしているわけです。
その村をつぶしたところで、村社会に適応できない人間は、今後も生み出されることでしょう。また、別次元に追いやられた人間は、自業自得として切り捨てて良いものでしょうか?

村社会の構成員としてみれば、別次元の村など興味無く、どうでもいいとうことかもしれませんが、その態度こそ、根本的解決をしないという回避行動にほかならないと思います。

結局は、社会全体として、
・経済的格差問題
・教育的格差問題
・出る杭は打たれる社会の改善
といったことができなければ、反社会的勢力の排除など、出来ることはないと思います。
なんせ、根本が解決しないため、排除したところで新たな存在が生み出される続けるのですから。

ゆえに、最近の「反社会的勢力の排除」ということ自体に、正直言うと懐疑的(正確には辟易としている)です。

投稿: 場末のコンプライアンス | 2011年8月25日 (木) 17時16分

突飛なコメントで失礼します。
本件、マスコミ報道によれば、島田紳助氏が10数年前にTVで特殊団体に対する政治的発言をしたことから当該特殊団体の嫌がらせを受け、その対応について友人を介して暴力団に相談したことが発端であったとのことです。
私は島田紳助氏を擁護するつもりは毛頭ありませんが、こういうことがおきた時、警察が助けにならないということが問題の根底にあるのではないかと思います。民事不介入ということで警察が一般市民を守ってくれない、そこで、困った一般市民が暴力団に助けを請う、そして暴力団がそれにつけこむという構図が見てとれます。ある意味、暴力団が民事事件解決のADRになっているということです。勿論恐ろしい見返りが待っているわけですが、、、。
警察が介入してくれない一般市民の事案の解決の担い手といえば、暴力団などではなく、弁護士の皆様であるはずです。一般市民が気軽に弁護士の皆様に相談できて、弁護士の皆様がその問題を解決してくれるということが日常的に行われるようになれば、暴力団が民事に介入して勢力を拡大することを防げるのではないかと、ふと思った次第です。

投稿: チャック | 2011年8月25日 (木) 17時31分

暴力団の構成員も普通に生きているわけで、経済活動をしないわけがありません。だとすると、対向的に取引の相手がいるわけですね。暴力団に車を売らない、部屋も貸さない、電車にも乗せないなどといったことができますでしょうか。知ってても黙認していい業種・業態とそうでないものがあるということでしょうか。しかしそれだと不公平です。
暴力団を消滅させる国家施策を推進するならわかりますが、現に存在するものと付き合うなというのは無理難題、潔癖症が過ぎます。
非接触を要求するのが現実的でない間は、「目的効果基準」的な考え方が必要でしょう。

投稿: JFK | 2011年8月27日 (土) 02時34分

人権問題があるのではないか、との疑問について、現役警察官僚から「暴力団という属性から外れることはできるから問題ない。暴力団という職業は公序良俗に反するもので認められない。」と聞きました。ゆえに現代生活ではもはやライフラインと言える銀行普通口座の取引禁止、住宅からの排除、通信契約からの排除、という形で「普通に生きる」事ができなくする作戦と取っているそうです。

JFKさんのご指摘するところの「暴力団を消滅させる国家施策を推進する」というのは正解でして、潔癖、無理難題について進めるというのが警察の方針ということです。

そしてこういう方針を聞くにつけ、恐ろしい方向に向かっているのではないかと、危惧するところです。
理屈に合わない現実を無視して、理屈に現実を合わせようとする、エリート集団特有の思考が垣間見えるからです。

投稿: 場末のコンプライアンス | 2011年8月28日 (日) 13時57分

「気軽」かどうかは別として、民事介入暴力に関する弁護士会の委員会はかなり一般市民に近いところで活動しておりますよ。若手の弁護士にとっても民暴委員会は人気なので、人的資源も豊富です。むしろそういった活動がきちんと広報できていないところに問題があると思います。

JFKさんや、場末さんのおっしゃるように、スッキリしないところがあるのはたしかですね。ただ、現実に反社会的勢力と対決している立場からしますと、いろいろな誘惑(といいますか「勧誘」ですね)をスパッと断ち切るための理由付を当事者はほしいわけで、「暴力団と交際しない」というスローガンは実務を担当する者からすると、とてもありがたいわけでして。いまでもいわゆる「機関誌」購読や、備品リースなどをやむをえず契約してしまう人たちが結構多いのが実態ですね。

投稿: toshi | 2011年8月29日 (月) 00時34分

自治体によっては暴排条例の逐条解説があり、比較すると興味深いです。
栃木市条例を読んで初めて知ったのですが、たとえば栃木市では公の施設の利用制限まで定めており、泉佐野市民会館事件や上尾市福祉会館事件の最高裁判例を参照しつつ、苦心して起案したことがうかがえます。要件1 公の秩序を乱し、又は善良の風俗を害するおそれがあるとき 要件2 施設の管理上支障があるとき のうち、要件2からのアプローチで利用を認めないようにするみたいですが、判例解釈が微妙なので、怒ってくる人(暴力団でなくても)がいそうです。
ちなみに、大阪市は設置条例の改正で対応したようです。

事業者の規定としては、福岡市条例もそうですが、目的犯として組み立てているものが多いですね。その点、大阪府条例は、目的犯に加えて「運営に資するもの利益・役務を提供してはならない」と一般条項のようなものを置いており、適用範囲が広そうです。「正当な理由があるときはこの限りでない」という意味不明な除外条項もあり萎縮効果絶大です。
自治体によって違うとなると、マトリクス表みないたものが必要になってきます。

大阪府条例でひとつ気になったのは、暴力団事務所の距離制限条項です。学校等の半径200メートル外であれば設置してもよいということであり、全然排除する気なしです。存在を是認するのであれば、市民・事業者の義務は目的犯に限定するなど、もう少し緩和すべきです。

投稿: JFK | 2011年8月29日 (月) 00時52分

市町村規制に関わる点も含めて、ご意見ありがとうございます。上乗せ規制、横出し規制との関係も含めて、この議論はどこかで使わせてください(笑)

投稿: toshi | 2011年8月29日 (月) 11時40分

産経新聞ニュースによると、警視庁は近く吉本興業に事情聴取を行うそうですが・・・

http://sankei.jp.msn.com/entertainments/news/110829/ent11082913150006-n1.htm

これは一体、どのような趣旨なのでしょうか?

投稿: toshi | 2011年8月29日 (月) 19時06分

吉本興業の件は、あくまで情報収集のために話を聞くだけといいつつ、芸能界ルートで突っ込みどころを握られている気がしますね。

「正当理由」の解釈に関して、防府市条例が気の利いたワーディングをしておりましたのでついでに。
『ただし、法令上の義務又は情を知らないでした契約に係る債務の履行として行う場合その他正当な理由がある場合は、この限りでない。』

例示なしに「正当な理由」といわれると、弁護士さんが暴力団員から受任するといった正当業務行為的なものをイメージしていましたが、もう少し広く解釈できるのかもしれません。

投稿: JFK | 2011年8月29日 (月) 21時49分

「果たして、アンダーグラウンドな世界を駆逐しうるか」という話と、
「公安当局(警察)がマスコミも使っての世論操作や権力行使が
 許されるか」という話、
「反社会的勢力とそうではない勢力、果たして区別できるものなのか」
という問題がごっちゃになってる気がしております。

もしも左派勢力が台頭する時代がまた来たら、公安はヌケヌケと昔のように
ヤクザを利用するに違いありません。権力なんて、そんなものです。
さりとて、ヤーサンは怖い(笑)。気のいいアンちゃんもいるんですがね。
おっと、友達にはいませんよ。ご友人のご友人に、元・大物ヤクザの
有名俳優だったひとがいますが(笑)。

投稿: 機野 | 2011年8月29日 (月) 23時58分

●●組組長とか、そういう連中の排除は必須であるにせよ、最近はあえて組織に属さないアウトロー系が増えていてかえって手が出しにくくなってきたような?

暴力団顔負けの金融詐欺を起こすのが実際は暴力団関係者ではなく独立系アウトローのような連中で、暴力装置自体は存在しているのだから昔より厄介になったともいえます。

●●組とか、まとまってくれていれば警察も手を出しやすいんでしょうけど。属性としては一般市民だが、暴力団並に厄介な人たちをどう排除するのか?ここが今後の課題でしょう。暴力性を持ちつつ一般市民になってしまう元暴力団員とか、組織自体を解体すると、かえって対処に困ると思うんですけどねぇ。

投稿: ターナー | 2011年8月30日 (火) 13時54分

問題の領域は異なりますが、政教分離の話と似ていますね。
たとえ一人であっても何か信仰を作れば宗教なわけで、宗教活動とは何かを定義するのはほとんど不可能です。ですが、政教分離が必要だということを前提とすれば、憲法20条3項のような形で「宗教的活動」とは距離を置く、と言うしかありません。わたしは、宗教的活動とは典型的には神道や教会のほかなんらかの教義のもとに組織化された団体の活動だと個人的に思っておりますが、そのように解しないとしても、現実に問題になるのはある程度組織化された宗教的活動との関係です。
社会学的にみればある意味当然のことで、社会の秩序を乱すには特定の目的のもとに集まる複数の人間すなわち組織の存在が必要です。大規模な経済活動を行うのに会社という団体が必要なように、法律で規制すべきほどの暴力的活動を行うには必然的に暴力団組織のような存在が必要です。
だから、個人レベルの暴力とは別次元のものとして暴力団という存在を観念し、それを排除する(距離を置くべきものとする)という行為は、ある程度定義が漠然としていたとしても必要なことなのだと思います。
ただし、あらゆる暴力的活動と一切の接点を持つなというのは現実的でありません。だからこそ、各条例は、「助長」「活動に資する」「情を知って」「目的で」といった限定を付けているのだと思います。正当理由を除外事由とする規定例も同じ考え方によるものでしょう。
書いていてよく解らなくなってきましたが、要は、暴力団という社会的存在を観念できる以上、とりあえずそれを規制することは妥当、ということです。

投稿: JFK | 2011年8月30日 (火) 21時29分

皆様、ご意見ありがとうございます。いろいろと勉強させていただきました。ところで週刊朝日の記事は読まれた方はいらっしゃいますでしょうか?相当数の紳助氏のB氏に宛てたメールが掲載されています。JFKさんのコメントとはあまり関係ないかもしれませんが、私にはA氏が紳助氏にとっての「教祖」的存在であると感じました。つまりA氏との関係を断絶するくらいであれば「芸能界の引退」など、それほど大きなものではない、といった印象を持ちました。
弱い自分の心の支えとなるもの・・・、なるほど、こういった形でつながりを持つ、というのもあるのですね。

投稿: toshi | 2011年9月 1日 (木) 00時56分

場末のコンプライアンスさんが書かれた「現役警察官僚から『暴力団という属性から外れることはできるから問題ない。暴力団という職業は公序良俗に反するもので認められない。』」というような、警察官僚にどれだけ付き合って良いのか、困っています。「暴力団が公序良俗に反する」ということを「証拠を以て証明する」ことの難しさを彼らは考えたことがあるのでしょうか。

第一、もし暴力団が公序良俗に反するのであれば、暴対法で「暴力団の解散命令」が認められていても良さそうなものですが、解散命令なんて認められていません。公序良俗に反する株式会社には解散命令があるのに、暴力団に対しては解散命令を出せないとはどういうことでしょうか。それに暴対法の各種命令についても、非常に腰の引けた、禁止行為を繰り返した場合にのみ中止命令が出せるというものです。こんな法律を所管している役所が、よく民間に強気なことが言えるものです。

さらに言えば、警察官僚さんたちは金融庁のパブコメを読んだことがあるのでしょうか。
http://www.fsa.go.jp/news/19/20080326-3/15a.pdf
これの番号30の「生活口座」など、警察内部で研究しているように見受けられません。

また、暴力団排除条項関係では、不動産の売買契約で一方が暴力団員であることが分かった場合、不動産と売買代金の両方を没収できるようなモデル条項を作って悦に入っているようですが、こんなものが有効なら、同じ理屈で、詐欺的な条項も有効になり、詐欺師が跋扈するようにいなるでしょう。

こんなのに付き合って、裁判になり、暴力団に敗訴するようなことになれば、目も当てられません。警察の過剰な楽観から会社を守ることを考える必要を感じます。

投稿: 担当者 | 2011年9月 6日 (火) 01時12分

 反社といえば、某大手上場企業が、ファンドから「反社」ではないと名誉毀損であるとして損害賠償請求された事件で、一審判決ですがファンドからの請求が棄却されました。http://www.asahi.com/national/jiji/JJT201107190070.html
(なぜあまり話題にならないのだろう・・・・)

 今回は富士通が一審では勝てましたが、裁判官によって、また事例によって難しい裁判になるでしょうから、「反社」対応は、訴訟リスクを考えると確かに難しいですね。反社が訴訟を交渉材料に使うことになると困りますからね・・・。

投稿: Kazu | 2011年9月 6日 (火) 12時38分

なかなか厳しいご意見、ありがとうございます。
実際に反社実務に関与する者として、問題点があることも承知しておきたいと思いました。

名誉毀損事件、私もうっかりしておりました。たしかにKazuさんのおっしゃるとおりで、蛇の目ミシン判決には注目しても、そちらまでは手が回っておりません。

投稿: toshi | 2011年9月 6日 (火) 13時00分

株式会社に対して解散命令を出せるのは、解散命令によって法人格を消滅させ法的には一応解散させることが出来るからです。解散命令が憲法に触れないのは法人格を消滅させるところまでが限界でしょう。

人的結束によって成立している暴力団は、解散命令を出したところではじめから法人格が無いので効果は無いです。解散命令によって結社自体を許さないとすると憲法上の問題が出てきます。

投稿: ターナー | 2011年9月 6日 (火) 15時21分

>結社自体を許さないとすると憲法上の問題が出てきます

まさに、そこが気持ちの悪い所で、「暴力団を結成する自由は憲法により保障されている」という解釈は十分成り立つと思います。暴対法も暴力団の存在自体は認めていますし、JFKさんが書かれたように、大阪府の条例では公共施設の200M以内に暴力団事務所を開いてはいけないということは、200M圏外では開いても良いことになります。

暴力団の結社自体を認めると、暴力団員が生活できないような「仕事を与えない」「住居を与えない」「契約を結ばせない」といった、暴力団員であるという理由だけでの村八分は、結社の自由を侵害すると言わざるを得なくなります。警察はこれをどう考えているのでしょうか。「民民だから憲法は関係ない」ということかと思いますが、これだけ官主導の村八分で民民で逃げ切れるとも思えません。

投稿: 担当者 | 2011年9月 7日 (水) 00時42分

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