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2011年8月31日 (水)

やっと認められた内部通報への制裁と「人事権濫用」論-オリンパス事件-

本日(8月31日)東京高裁においてオリンパス社員引き抜き事件の判決が下され、社内のヘルプラインに通報をした社員への配転命令の無効が確認された、とのことであります(会社に対する損害賠償も認容された、とのこと 朝日新聞ニュースはこちら)。社員側の完全な逆転勝訴判決であります。

私も、昨年出版いたしました「内部告発・内部通報-その光と影-」(経済産業調査会)の中におきまして、2010年1月25日の東京地裁判決(原審判決)に疑問を持ち、「この判決内容であれば、企業にヘルプライン(内部通報制度)を作らないほうがましである」(39頁)と述べ、またヘルプラインへ通報した社員に対する通報直後の配置転換ついては事実上の制裁であることの推定が働くため、配置転換の必要性は会社側が積極的に立証すべきであり、立証できなければ「人事権の濫用」とすべきである、そのほうが労働契約法15条の趣旨(懲戒権濫用の禁止)に合致する(196頁以下)と提案しておりましたので、このたびの高裁判決はまことに妥当なものと考えております。

内部告発者、内部通報者の保護については、これまで判例の上では「解雇権濫用」論によって浸透されてきたわけでありますが、浸透するにつれ、企業側も学習機能が働き、いわゆる事実上の制裁措置(社内の閑職に追いやる、隔離する、自宅待機を命じる)によって自主的な退職を迫る、という手法に変わってきました。配置転換は、いわば内部通報者に対する事実上の制裁措置としては企業側の「伝家の宝刀」でして、ここにメスが入った今回の高裁判決は非常に実務に与える影響は大きいものと判断いたします。とりわけトナミ運輸事件のような「内部告発」事例ではなく、社内の窓口への「内部通報」の事案に適用された意義が大きいのではないでしょうか。

また判決全文を読む機会がありましたら勉強させていただくとして、とりいそぎ速報版のみということで。

PS

昨日の日債銀事件差戻し控訴審判決につきましても、朝日の法と経済のジャーナルに判決要旨が掲載されており、エントリーを書きたいのですが、ちょっと本業が忙しいため、またの機会にさせていただきます。

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コメント

やっと「まともな」判決が出て、私も自分の事のようになんだかホッとしています。それにしても一審の判決はヒドかった。サラリーマン社会を全く理解していない裁判官という印象がありました。やっと原告の浜田さんもホッとされたことでしょう。
けれど、会社は最高裁に控訴すんでしょうか?
それと、職場では「今後、本当に<正当な>評価と人事に基づく配属と仕事の任務が与えられるのか、実際面が心配」ではありますが。
浜田氏とは全く無縁の者ですが、陰ながら応援していきたいと思います。

投稿: 伊藤晋 | 2011年8月31日 (水) 23時21分

今や、株主、監査役、よりも内部告発が日本においてはもっとも取締役のコンプライアンスを牽制する役目を果たす、と言っていい感じですね。
判決のタイミングが九州電力のやらせメール事件の後というのも、何とも言えませんが、歓迎すべき判決だと思います。

投稿: katsu | 2011年9月 1日 (木) 09時46分

伊藤さん、katsuさん、コメントありがとうございます。

朝日の法と経済のジャーナルで、この判決の全文が公開されたようです。ご参考まで。

投稿: toshi | 2011年9月 3日 (土) 01時11分

本件は、どちらが本当のこと言っているか、誰でも判る事案だと思います。間違いや失敗を部下に指摘されたとき、それを認め、謝罪や修正ができる人は真に優能ですが、有能でない人はごまかそうとして、墓穴を掘るのだと思います。真摯に間違いを認め、訂正するには勇気がいります。
政界や経済界を見ても勇気のある人の少ないことは、皆が知っています。
オリンパスは、経営者が外国人に交代し、これは経営者に与えられたチャンスであり、勇気を持った解決をはかられることを期待します。
それにしても、判決の220万円や仕事を元に戻しただけで、原告の浜田さんの心の傷を癒すことは出来るのでしょうか。判決は重いが、そう言う意味で、不十分のような気がします。「社内で村八分4年」は、罪を犯して「監獄に4年」よりも重いような気がします。

投稿: yoshi | 2011年9月 3日 (土) 12時13分

今度、この企業に関連したテレビドラマ(内視鏡の事始め物語)が制作され放送されるのですが、内視鏡で患者の体内を診るよりも前に、会社内部の問題を診るほうが先ですよね。

法的にもコンプライアンス上も道義上も全く問題がない某マスコミにデモするヒマがあったら、例えばこういう企業にこそデモを掛けたり不買運動をすべきだと思うんですけどね。

なんちゃってね。

投稿: 機野 | 2011年9月 3日 (土) 22時31分

オリンパス社のCSRのHPで下記の通り謳っている以上、本来ならこの判決は受け入れがたく、最高裁まで争うべきではないでしょうか。
わざわざ注記で社長が最高責任者としている「人事労務(かつ内部通報制度)」マターである訳ですし。
このような問題では、少なくとも敗訴した場合は“それなりの声明”を出すのが公開会社の義務ないし矜持だと思います。
結果、知らん振りでしょうから、日本におけるCSRは突き詰めると企業の広告・宣伝の域を越えないように思えます。
諸外国のように、企業の購買・調達対象先から明示的に外すような文化があれば、経済的な必然性からCSRが実体的効力が生じるのかもしれませんが、現状では“絵に描いた餅”の感が否めません。
>http://www.olympus.co.jp/jp/corc/csr/workplace/policy/
>注:人事労務に関しては、社長を最高責任者とし、人事労務担当役員が統括しています。

投稿: 博多ぽんこつラーメン | 2011年9月 4日 (日) 22時30分

 ようやく、裁判の本質に迫ったしっかりとした判決が出て安心しました。どうやら、地裁では公益通報者保護法に引きずられてしまい「法令遵守」の形式面で判断してしまったようですね。
 配転のタイミング、配転後の業務内容とHさんの職歴の比較、その他の周辺事情を丁寧に認定しており、実態をよく把握した事実認定であるとともに、企業コンプライアンスが「法令遵守」ではなく、もっと広い概念で捉えてくれた現代に即した判決だと思います。それだけに、オリンパスが本当に上告するのか、気になります。個人的には、最高裁が破棄するほどの判決かどうかというと、法令や判例に違反している判決という訳ではなく、社会通念上おかしな判決という訳ではなく、なにより事実認定が動かないので、うっかり上告して最高裁で負けてしまってはかえって会社のダメージが大きくなるような気がします。

 こうした裁判が社会に明るみに出た訳ですが、これから、採用活動で優秀な学生が来てくれるのでしょうか。また、大学との関係は悪化しないのでしょうか。大学からすると、心配するかも・・・・・・。
 今後のオリンパスのコンプライアンスに要注目ですね。

投稿: Kazu | 2011年9月 5日 (月) 17時48分

労働関係は全くの専門外ですが、企業の裁判について思うことを…
私の経験からすると、社内の「強硬派」の主張が通りその結果、いったん企業が案件を裁判所に持ち込む(or持ち込まれる)と、裁判に勝つことが企業にとって自己目的化するケースがあるように思います。
素人が見ても専門家が見ても企業側に非があるケースで控訴するのは、(裁判と)報道が延々と続くことになり、企業イメージへのダメージ考えると、最終的に裁判で勝っても負けても、企業利益を損なう結果になることもあるのではないでしょうか。
(優先されているのは、「強硬派」のメンツでしょうか?)

投稿: ty | 2011年9月10日 (土) 15時27分

高裁判決の全文はこちらで読みました(すみません)。
http://www006.upp.so-net.ne.jp/pisa/2011/pisa20110901.html

第一審の裁判官は常識知らず、というのが大方の見方のようですが、第一審と比較してみてもそうは思えませんでした。
第一審では、内部通報に関する内規に関して原告側が公益通報者保護法違反に傾斜しすぎていたように読めます。事実関係についても主張の仕方と証拠次第で微妙であり、第一審・第二審をみても果たしてどちらが客観的真実なのかは正直わかりません。第一審は第一審で、主張と証拠に基づくやむを得ない判断だったのでしょう。
たとえば、コンプライアンス室への連絡内容の社内連携について本人の承諾があったか否かは非常に重要な点です。

オリンパス側に不当な処遇があったことは否定できないとは思いますが、倫理違反のおそれを通報しただけで人事処遇の審査が厳しくなると一般化されてしまうと、会社としては非常に困ったことになります。今回の高裁判決については、一応批判的な検討もしておかないと、社員が防衛的に内部通報することを助長するおそれがあると感じました(倫理違反のおそれに該当するネタなら、おそらくどの会社でも日々山ほどありますので)。
こんなことなら内部通報は公益通報事項に限定するよう社内規程を改正する、という会社も出てくるのではないでしょうか。

投稿: JFK | 2011年9月11日 (日) 00時03分

ふとした疑問として、
高裁の判断が最高裁でも維持された場合、現状のままで、内部統制監査報告書の監査証明は受けられるのでしょうか。
公に内部通報制度の不備及び会社の不法行為が認定されているにも関わらず、監査法人が首を縦に振るのは難しいように思えますが。
いかがなものでしょうか。

投稿: 博多ぽんこつラーメン | 2011年9月11日 (日) 18時12分

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