他社をかばうことと「コンプライアンス経営」-九電メール事件と組織力学-
日経新聞の記事によりますと、佐賀県知事と6月21日朝に面談した九電の元幹部の方々3名が、8月23日に県の原子力安全対策等特別委員会に参考人として出席され、あらためて「悪いのは九電、県知事の思いを誤って発言メモに書いてしまい、たいへん迷惑をかけてしまった」と弁明されたそうであります。つまり九電の元佐賀支店長の方が、支店に帰ってから作成したとされる知事発言メモの内容について、あいまいな記憶によって作成してしまったのであり、やらせの要請が県知事からあったわけではない、と回答されたようであります。また8月24日の県知事の会見において、知事は、改めて発言メモと知事の発言とは趣旨が異なるものであり、九電に対する名誉毀損に基づく法的措置も検討中と述べておられます。
ちなみに九電メール事件に関する第三者委員会委員長は、「知事の発言が引き金になったことは否めない」と本日付の週刊ダイヤモンド特別リポート でコメントされております。
以下は私の単なる感想ですが、この九電元幹部の方々のお話はそのまま額面通りには受け取れず、やはり知事発言メモの内容は正確に記載されたものではないか、と考えております。その理由としては
①8月6日に各マスコミが公表した「知事発言メモの要旨」には、「九電へのお願い」として、知事から要請のあった事項が2つ記載されており、他の要旨部分とは趣を異にしていること、
②面談は午前10時からの(知事が出席しなければならない)県議会開催の直前に1時間程度のものであるにもかかわらず、場所を知事公舎に移して行われているため、単なる挨拶ではなく特別な意味があったと推測されること、
③この発言要旨に記載されている(当時)未公表だった予定事実は、そのほとんどが実際の公開説明会で実現しており(たとえば商工会議所の専務理事は実際に出席され、また放射線の専門医も予定どおり出席されています。また反対派の参加要請は困難という予想も当たっております)、発言メモの内容はほぼ正確であることが裏付けられていること、
④この発言メモは佐賀支店長の単なる備忘録として作成されたものではなく、面談直後、佐賀県のそば屋における当時の副社長の指示で作成されたものであり(ただし作成は佐賀支店に戻ってから、とのこと)、当初よりメモ作成における慎重さが要求されるものであったこと、
⑤翌日、原子力部門の部課長級社員100名にメール添付されることが予定されたものであり、あらかじめ社内で公開されることが前提であるため、まがりなりにも県知事の発言については正確に記載されていなければならないことは、一流のビジネスマンである九電幹部としては当然に認識していたものであること
等からであります。
ただ、あまりにも正確に記載されていたものがメールに添付されていたがために、これまた一流のビジネスマンである他の幹部社員が「このような知事の発言が企業グループ全体に知られてはまずい」と気が付き、翌日慌てて添付ファイルの抹消を、メール送り先の社員に指示したのではないでしょうか。
「発言メモ」はなぜ作成されたのか?(九電は一枚岩なのか?)
ところで、今回の九電メール事件をコンプライアンス的な発想で語るなかで、「九電の企業風土(体質)」なる言葉で括ってみたり、「第三者委員会と九電との対立」といった構図で現状を説明するようになってきましたが、そこに反映されているような「九電組織は一枚岩」を前提とした見方で果たしてよいものかどうか、少々疑問を持っております。
たとえば社長から「公表していない重大な問題があります」といったことがポツリと第三者委員会に報告されたり、社長の知らないところで証拠隠滅工作が行われ、内部通報によって社内調査が行われたり、というあたり、どうも社内派閥のような力学が問題をややこしくしているのではないか、と推測されます。
この「県知事の発言メモ」というものも、なぜ副社長(当時)が佐賀支店長に指示をして作成させたのか、最初から賛成派のやらせメールを意図していたのではないか、それは経営トップというよりも、いくつかの派閥(グループ)のなかでの意思決定として「メモ作成」に至ったのではないか、といったことも疑われるところです。
これだけ巨大な組織、それも現社長は14人抜きの異例の抜擢ということで、現会長さんの命を受けて社長就任となったわけで、おそらく人事は派閥単位で動くことになるのではないかと。昨年のメルシャンの架空循環取引における第三者委員会報告書では、キリンとメルシャンの人事模様にまで踏み込んで、なぜ疑惑が長期にわたって解明されなかったのか…という点の原因を究明しました。今回も、やらせメール事件を「不祥事」と位置づけるのであれば、なぜこのような問題にまで発展したのか、その組織力学にまで踏み込まなければ、真相は解明できないのではないでしょうか。
ちなみに、第三者委員会は九電社員等による内部通報を受け付ける窓口を設置されたそうであります(こちらのニュースより)。こういった私の予想からすると、結構、窓口には内部通報が届くのではないかと思っております。
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コメント
名誉毀損は親告罪であることを踏まえ、佐賀県知事は裁判のポーズだけで実際には告訴しないこともありえます。もちろん九電の担当者が現在の見解を維持したとしても、裁判が知事にとって有利な場になるとは限らない上、仮にそれを撤回したような場合は、相当好ましくない状態となるでしょう。
ただ、この場合(つまりメモは意図を誤って伝えたものとすると)、九電の担当者(メモ作成者)と九電はすくなくとも表面上は利害が一致せず、それをもって係争の当事者とはならないのでしょうか。民事上(または刑事上も)の責任は担当者に生じ、それを回復させるような措置(損害賠償請求)が九電の取締役または監査役に義務付けられるような気がしますけど、いかがでしょうか。
投稿: 博多ぽんこつラーメン | 2011年8月26日 (金) 02時39分
九電が佐賀県の公益事業に65億円の寄付を行っていたことが報じられていますね。CSRの一環とはいえ、両者の関係は密接すぎませんかね。
http://www.asahi.com/national/update/0827/SEB201108270063.html
投稿: 迷える会計士 | 2011年8月28日 (日) 14時52分
ご意見ありがとうございます。
九電のレピュテーションリスクを考えた場合、博多ラーメンさんのおっしゃるような紛争にまで至るとは考えにくいと私は思っておりますが、いかがなものでしょうか。ただ私も佐賀県知事の発言はポーズだと考えております。
佐賀県への寄付金(公益事業への寄付)が突出して多いということも、また近時の情勢からするといろいろと問題になる可能性はありそうですね。CSRだけではすまないようにも思います。
投稿: toshi | 2011年8月29日 (月) 00時43分
こういう大きな組織の第三者委員会は、比較的大きな企業経営経験者を加えるべきです。微妙な組織力学や企業の各ステークホルダーとの舵取りのバランス、そして時々の歴史や沿革、予算や人事も含めた組織的事情が絡んでいるケースがあるわけですから、そのあたり企業側の行動の適否を判断できる委員もいなければ、少なくとも第三者委員会の公平性、客観性は保てません。
特に、今回は、委員長が郷原氏。検察出身者による捜査的調査(証拠隠滅がありえないというお気持ちは分かりますが、国家権力を使えない(強制捜査の出来ない)民間レベルの調査ですから、そのあたりは織り込み済みのはずなんですが。。。)のですから、企業の立場を擁護できる弁護士的役割の方も入れてあげないと、バランスが悪いと思います。
今回、岡本教授が参加されていますが、それでもやはり、企業側の意思決定の部分は、単純に組織心理学や社会心理学で解明できるものではありません。古谷さんを入れたのは、その人選の意図がわかりませんが、消費者の立場を入れるなら企業の立場も入れるべきです。雪印や不二家など純粋に消費者との関係での不祥事とかではないですので、消費者代表を入れる意味があるのか、よく分かりませんが。
そもそも、この件が企業不祥事の文脈で語られることには、そうかな?という違和感を覚えますし、単純にコンプライアンスの文脈で片付けられる問題だとは思えません。だからこそ、別のエントリーでもコメントしたように、一企業としての問題性の検証より、もっと本質的な議論をすべきだと思うのです。結局、やらせ問題自体は、他の電力会社でもあり、それを調査するため、経済産業省自体が第三者委員会を立ち上げているわけですよね。それこそ、九電の問題体質を暴いたところで解決する問題でもありません。ことは国が関与している事項ですし、他の電力でも同じような問題(虚偽報告も含む)おきているわけです。
検察制度改革にも関与された、郷原先生。原子力安全政策にもぜひ、有益かつ実現可能な提言をされていただければと個人的には思います。
なお、報道では今回九電の隠蔽した資料の中には、議員や自治体関係者などが見返り要求していたという報道もあるように持ちつ持たれつの関係の中で、コメントの中にあります公共事業への寄付などもあるのかも知れません。単純に金額の大小でもありませんし、公共事業自体が全体で見るとありえないの金額が動いているわけですから。一企業であるとはいえ、ライフラインを支える重要な社会インフラを扱っているわけですから、公的性格も多分に帯びていますし。
九電の組織の問題は明確にすべきだとは思いますが、やらせといっても多数派工作でありマスコミの詐欺的なやらせよりはよほどまともな、ある意味どこの組織でもあることですし、それよりは首相も変わった今、原子力政策をどうするのか、きちんと国民的議論をすべきだと考えている冷めた立場から、「九電狂騒局」から一定の距離をおきたい一意見として、聞き流していただければと思います。
ちなみに、メモは、報道を読む限り、内容的に完璧すぎる点が気になります。知事と九電、立場が同じなので、あのようなメモが出来ても不思議ではありませんが、先生がご指摘の通り、社内の派閥を考え、社内政治の視点を加味して、知事の発言と立場を巧く利用して作成されたもののような気がしています。
第三者委員会の報告書、中間報告は出ないみたいですが、楽しみにしています。
投稿: コンプロ | 2011年9月 4日 (日) 03時08分
コンプロさん、ご意見ありがとうございます。
私も当初は「狂想曲」的発想で、それでもコンプライアンスリスクが重くのしかかる様を描こうとしていたのですが、やはり「二次不祥事」が発生しました。二次不祥事は、もろに企業体質が出てくるものですから、たとえ一次不祥事が軽微なものであっても、こちらが大きく信用を毀損するケースもあるわけでして、そのあたりも調査委員会によって明らかになればいいなと(今は)考えています。
純粋に一次不祥事だけの問題であれば、ご指摘のとおり保安院問題や知事問題、そして北電騒動などによって、いまごろはずいぶんと世間の関心も薄くなっていたように思います。
投稿: toshi | 2011年9月 5日 (月) 02時29分