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2011年8月 4日 (木)

経営判断原則の司法審査方式と「行政裁量論」

今年で54回目を迎えました大阪弁護士会の夏期研修が今日からスタート。初日の午前中は大阪地裁商事部(第4民事部)の部総括判事でいらっしゃる松田亨氏による「近時の取締役責任追及を巡る実務上の留意点」ということで、弁護士会館ホールは超満員の同業者であふれかえっておりました。

さすがに商事部の現役裁判長の講演だけあって、お世辞抜きでおもしろかったです。取締役の債務につき、不完全履行(任務懈怠責任)に関するKg➔E➔Rという、法曹実務家向けならではのお話も、私自身が普段考えていたとおりのことがほぼ正しいと確信できました。ただ、会社法や金商法には取締役、監査役について「相当な注意」の抗弁が規定されている条文がありますが、こういった規定は立証責任の転換を定めたものであるにもかかわらず、取締役の責任を追及する側にとってどれほどの「有利さ」をもたらすのか、疑問が残りました。

さて、私は「もし質問の時間があるならば、ぜひ松田判事に聞いてみよう」と思ったことがございます。金融・商事判例にて、1369号から本日発売の1371号まで上・中・下で連載されました松本伸也弁護士の「経営判断の司法審査方式に関する一考察-行政裁量の司法審査方式との関連において-」という論文がとても面白く、「そもそも日本の裁判所が採用する経営判断原則は、自然発生的に誕生したものではなく、従来から存在する行政裁量の司法審査の方式を基礎としているのではないか?」といった松本弁護士の検証にとても興味を覚えました。この松本弁護士の見解について、商事部判事としてどのように考えておられるか?といった質問であります。

実は1369号が発売された7月上旬より、私はfacebookで「この論文は必読!」とつぶやいておりました。というのも、私も以前から同様の疑問を抱いていたからであります。この夏期研修で、現役の商事部裁判長の考え方をお聞きできるチャンス到来と思い、質問を楽しみにしておりました。ところが、ビックリ!でございました。

研修の途中で松田判事曰く、

最近とてもおもしろい論稿が出ましたね。金融・商事判例という雑誌があるのですが、その7月1日号で、経営判断の司法審査方式が行政裁量の司法審査に似ている、ということを書かれた方がいらっしゃいます。私の個人的意見ということでお聞きいただきたいのですが、私も行政部にも在籍していたことがありますので、まことに卓見で、なるほど・・・・と関心いたしました。(なお、7月15日号まで読んだ・・・とはおっしゃっておられませんでした)ぜひご興味があればお読みください。

ホントは経営判断の司法審査方式として、東京地裁方式や大阪地裁方式まで意識されているのかどうか・・・・という点までお聞きしたかったのでありますが、残念ながら質問時間というものがございませんでしたので、あきらめました(ToT)。ただ講演のなかで、本論文に触れて個人的意見を述べられる、ということはまったく想定しておりませんでしたので、たいへん驚きました。

専門領域を越えて、裁判官の判断過程を推論する・・・というスタイルは、まさに実務家による論文の醍醐味であります。私自身は、2004年2月に出版された別冊商事法務219号「条解・会社法の研究9取締役(4)」における江頭先生や稲葉先生らの座談会(取締役の責任追及に関する規定はどのような形が望ましいか)あたりの内容(そもそも政策的なもの)や、損害賠償補てん機能や違法行為抑制機能といった責任追及規定の趣旨は、ガバナンスやソフトロー、監査役の裁判外の請求権行使等によって代替できる可能性がある以上は、経営判断に対して司法は謙抑的であったほうが妥当ではないか、といったことも検討したら面白そう・・・・・とも思っております。

もし裁判官の思考過程において、経営判断原則が行政裁量論に近いものがあるとすれば、今後の裁判例の分析などにも参考にすべき判例が増えるものと思います。森田果教授の論文へのささやかな挑戦、とありますが、ぜひまたこういった論文の発展系の論文が登場することを期待したいと思います。(なお、松田判事の近時の最高裁判決の分析、最近の善管注意義務違反に関する論点等、いくつか興味深いお話がもあり、それに対して私なりの疑問が湧いておりますが、これはまた別の機会に、ということで・・・・・)

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コメント

森田果先生の件に関する私のコメントのパクリではないでしょうか(笑)

たしかに思想の基礎は共通するものがあると思いますし、プロトタイプから比べると審査密度が上がってきている点も似ているように思います。

投稿: JFK | 2011年8月 6日 (土) 18時28分

JFKさん、こんばんは。
たしかに以前のエントリーを読み返しておりますと、JFKさんも同様のコメントを述べておられますね。学問的興味というよりも、現実の裁判でどのように活用されるか、という実務上の興味が先に立っていたので、松本弁護士の論文にはすぐに飛びついてしまいました。民事法、行政法の垣根を越えて、こういった実務に役立ちそうな課題が学者の方々によって議論されることを期待しているのですが(すぐにはむずかしいですかね・・)。

投稿: toshi | 2011年8月 8日 (月) 18時53分

松本伸也弁護士の「経営判断の司法審査に関する考察」上・中・下(金融・商事判例No1369乃至1371)を拝読しました。思考の枠組みは共通であり、異なる点があるとしても、それは行政と経営の性質の相違に起因する微妙な差でしかないと思われます。やはり経営判断原則の素地はもともと存在しましたね。

ただひとつ不満が残るのは、その共通性がどこからきたのかという点にあえて踏み込んでおられない点です。裁判官を含め当時の法律家の頭の中を想像するに、裁量=距離を置くべきものという一種のドグマがあったのではないでしょうか。そのドグマはドイツ法理論に由来するというのが私の仮説です。日本は大陸から法典と理論を輸入しつつ、アメリカの影響も受けています。そのアメリカ法制には別ルートでドイツの血が入っています。このあたりの比較法的な研究成果を織り交ぜれば、ドイツ風の裁量統制の思想が日本の司法に浸透した経緯は立証可能な気がいたします。
(裁判官の証言も聞きたいです。)

松本先生の論文を読んで、神崎克郎教授が遅くとも1997年時点で経営判断審査と行政裁量統制の類似性を指摘されていたことを初めて知りました。もしかすると、学者の間ではもはや自明なことなのかもしれませんね。

投稿: JFK | 2011年8月10日 (水) 01時50分

少々ごぶさたしております。松本先生の論稿と、先生の本記事に触発(?)されまして、私もブログに17日付で経営判断原則に関して記事を書かせて頂きました。私の記事は斬新な内容でも何でもありませんが、もしよろしかったら、お手すきの時にご高覧頂けると幸いです。
先生の記事にある、「松田判事の近時の最高裁判決の分析」がどのようなものだったのか、個人的にはとても興味がありますね。

投稿: kawailawjapan | 2011年8月18日 (木) 15時43分

川井先生

いえいえ、RSS登録をしておりますので、先生のブログはアップされた時点で読んでおります。なんだか私が松本弁護士の論文を紹介してしまったので、話題になってしまっているのかと思うと、複雑な心境です(^^;
先生のエントリーでの「ここまで紙数を使って」も、どなたかが同じような意見を述べておられたので・・・(笑)。私は松本弁護士は「たたかれ台」になるおつもりで書かれたと思うので、あの姿勢には敬服しております。
最高裁はきちんとした形で「経営判断原則」なるものを定立することはないと思っています。このまえの村上ファンド判決でもそうですが、やはり最高裁が後の最高裁判決を拘束するものは先例と法解釈のみであり、法が書いていないものを持ち出して後の最高裁判例を拘束することを極度に嫌うのではないかと。やはり社会の流れが変われば最高裁の解釈も変わる可能性があるわけで、そのあたりが伝統的に守られているような気がしますね。ブルドックソース事件判決あたりも、そう感じました。

投稿: toshi | 2011年8月18日 (木) 22時26分

先生、お忙しいところ、コメント誠にありがとうございました。
最高裁が「法が書いていないものを持ち出して後の最高裁判例を拘束することを極度に嫌う」という先生のご指摘は、私の腹にストンと落ちるものがありました。全くおっしゃる通りなんでしょうね。下級審であれば許される規範構築の自由さは最高裁の場合には全く当てはまらず、最高裁は、下級審が構築した規範に対し『この規範を許容することで、後の最高裁の判断に不当な拘束を与えないか』という視点をもって、極めて厳しい(謙抑的な)検証をしているのでしょうね。今回も最高裁はそういった極めて厳しい検証をした結果、下級審が構築したような詳細な経営判断原則を認めることは不適切(あるいは時期尚早)と判断した、ということなのでしょう。最高裁のこういう志向について、ブログ記事をもう1本書きたくなってきました(笑)。
今後とも、何卒よろしくお願いいたします。

投稿: kawailawjapan | 2011年8月19日 (金) 17時17分

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