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2011年9月20日 (火)

経理担当社員に対する不正調査の限界(山陰放送社の事例)

山陰放送さんの元派遣社員の方が、8月22日に会社の金(約100万円)を着服したとして逮捕されていたのですが、9月16日、大阪地検は嫌疑不十分として、当該元社員の方を釈放したそうであります(毎日新聞ニュースはこちら)。別の新聞報道によると、この派遣社員の方は長年経理担当だった、とのこと。大阪府警(天満署)は業務上横領で立件可能とみて逮捕したのでありますが、検察側は本人が否認している以上、このままでは公判は維持できないと判断した模様です。山陰放送さんとしては、昨年11月に、この派遣社員が社内で不正を行なったとして刑事告訴をしたわけで、その後実名報道による逮捕、そして今回、嫌疑不十分(つまり犯行が認められなかった、ということ)で不起訴となり、今後の対応が注目されるところです。

今年の1月と4月、私が二度にわたりCFE(公認不正検査士)研究会の合同研修等で解説をさせていただいたのが、この業務上横領事件における社内調査の「むずかしさ」であります。今回の事件の被疑者のように、経理部に在籍している社員の資産流用事件に関する不正調査の方法を間違えますと、疑惑の目を向けられた社員の人権を傷つけたり、社内の不正を効果的に摘発できなかったりするわけでして、企業の行動が人権侵害につながる「おそろしさ」があります。とりわけ横領、背任事件に関する社内調査にはきわめて慎重な対応が要求されます。

たとえば今回の山陰放送さんの事例をモデルに考えますと、平成13年6月から同21年12月まで、総額500万円ほどの横領が(社内で)認識されたそうですが、警察に告訴した場合、そのうちのごく最近のものだけに被疑事実を絞ることになります(警察から強く勧められる、というのが本当のところです)。本件では平成21年10月から12月までの約200万円に絞られ、「数回に分けて被疑者は会社口座から引き出し、そのうちの半分は着服した」とあります。山陰放送さんが告訴したのが昨年の11月ですから、この8月の逮捕までの約10か月間、企業は警察と協力して、立件のための証拠の発見、提出に尽力します。すでに社内で被疑者のヒアリングをしていることも考えられます。よく皆様誤解されるのですが、社内不正を告訴した場合、あとは警察の方が立件に向けてなんでもやってくれるわけではなく、告訴を受理し、あるいは告訴ではなく被害届提出の状態で、立件可能な証拠を企業側が積極的に提出しなければ警察が動いてくれない・・・というのが実情であります。

業務上横領の場合は、身分関係を証明するものは特に問題ありませんが、被疑者の「領得意思の実現行為」の特定が難しいところです。被疑者が会社の口座からお金を引き出したとしても、口座からお金を引き出す権限があるかどうか、また入金する権限があるかどうか、いったん引き出した金額が、後日返金されている可能性はないか、またどの口座引き出しが職務であり、どれが私的流用のものか、入金はどうなのか・・・・・といったことが証拠書類によって明らかにされ、結局長期間にわたって返金されていない事実が特定されなければ立件は困難であります(だからこそ、否認事件の場合には、身柄拘束まで長期間の捜査を要することになります)。逆に、経理担当者であるがゆえに、経理特有の処理に関連する証拠が残っていたりしますが、これが「領得意思実現行為」を示す証拠となることについては、捜査関係者もわからないために、会社側が報告書等で積極的に説明する必要もあります。本人へのヒアリングのタイミングも、ひとつ間違えますと、証拠隠滅によって重要証拠がなくなってしまうことにつながりますので、非常に神経を使うところであります。

通常は、身柄拘束に至るというのは、警察が「これなら十分に業務上横領で立件できる」と確信できたからでありますが、検察のほうで「嫌疑不十分」(犯罪事実は明確だが、諸事情によって不起訴とする「起訴猶予」ではありません!)ということで、釈放となるのは非常に珍しいケースではないでしょうか(立件がもっとむずかしい背任罪のケースではときどきありますが・・・・・)。現に、この方は大手の新聞社では実名報道で逮捕の事実が報じられ、山陰放送さんも「このようなことが社内で発生することは誠に遺憾」とコメントされているのであり、今となっては、(告訴が発端である以上)被疑者に対して、たいへんなことをしてしまったことになります。この元社員の方と企業側においては、労働紛争などの事情もあったようですし、ひょっとするとパワハラ的な問題が根っこにあるのかもしれません(単なる推測ですが・・・)。しかし不正調査の巧拙が、企業のレピュテイションを著しく低下させてしまうこともありますので、調査の限界を認識しつつ、効果的な方法を理解しておく必要がございます。

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コメント

 たった4人の職場でアルバイトから派遣に切り替わった子に通帳管理をさせることがあるのでしょうか。銀行に行ったり、出納の記帳はしていたでしょうが、庶務の職員でしょう。まあ、担当分野に経理というの入っていたでしょうが。普通は管理者(多分支社長)が通帳を管理し、必要な時に指示して現金を扱わせるのが管理者の職務で、本社は適宜経理調査をするように思います。
 各報道、加入労組の発表などを読むと、会社は内部調査で(アルバイトで入って2カ月後の)2001年6月から残高不足があったといったようですが、これも引っ掛かります。本社経理ではありませんから、お金の動きはそんなに複雑とは思えませんので、管理者は一体何を見ていたのだろうと思います。そして10年間で464万円という残高不足は放置されてきたのでしょうか。本社の経理は何をしていたのでしょう。
 2010年4月、解雇無効の提訴。同年11月「被疑者不詳」で告訴。2011年8月22日、府労委、団交拒否を不当労働行為と認定。同日「96万円」で逮捕。メディアが労働事件絡みにとらえるのも宜なるかな、という気もします。
 会社側の代理人がどういうサジェッションをされてきたのか、どことどういう調整をされてきたのか、とても興味がわきます。着地点はどうなっていくのでしょう。
 

投稿: tetu | 2011年9月21日 (水) 14時10分

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