企業側からみた「オリンパス配転命令事件」控訴審判決の重み
朝日「法と経済のジャーナル」は、以前から内部通報・内部告発事例への関心が高いところでありましたので、少しばかり期待をしておりましたが、予想どおり(ありがたいことに)週末に8月31日のオリンパス配転命令(無効確認)等請求事件(東京高裁第23民事部)の判決全文が掲載されました。ただし有料会員でないと判決全文の閲覧はできないようです。
早速、判決全文に目を通しました。いろいろな視点からアプローチ可能ですが、企業の内部統制システムの構築、つまり企業側からみたオリンパス事件という視点からの感想を若干述べておきたいと思います。なお、博多ぽんこつラーメンさんからご質問がありましたが、(単なる推測ですが)オリンパス社としては最高裁へ上告受理申し立てを行う可能性はあると思っております。
本判決も、原審(東京地裁判決)と同様、「本件配転命令は、東亜ペイント事件(最高裁判所昭和61年7月14日判決)にのっとり、業務上の必要性に比して、労働者の不利益が不釣合いに大きい場合には権利の濫用となり、また、業務上の必要性があっても、不当な動機目的によってなされた場合には同様に権利の濫用となる」という判断基準を軸として控訴人であるH氏への配転命令の効力を検討している点においては同様であります。
しかし本判決は、H氏の内部通報が公益通報者保護法の通報対象事実に該当するか否かという点ではなく、社内のヘルプライン(内部通報規則)によって保護されるものかどうかに焦点を当てているところに特徴があり、これが人事権濫用論に大きな影響を与えています(法律家向けのお話だと、ここで就業規則34条の「正当理由」(配転命令権の濫用)の立証責任問題と評価根拠事実、評価障害事実(規範的要件)の整理として説明するほうがわかりやすいと思いますが、ここではそのようなことは申し上げないこととします)。
誤解をおそれずにわかりやすく説明すれば、H氏による適切な内部通報があったとすると、そもそもH氏を「いい加減なことを申告してきやがった、おかしなやつ」として処遇することはできないのであり、配転の必要性も配転の目的の不当性も厳格に審査されることになります。適正な通報であれば、社内的にはヘルプライン手続きに則って処理されねばならないにもかかわらず、オリンパス社の通報窓口担当者が守秘義務違反を犯し、人事権を掌握する被控訴人が通報を認識するに至ったのであります。このことは配転命令を「権利濫用」と認定するうえでとても重要な事実認定となります。
結局のところ、先の昭和61年最高裁判決の判断基準からすれば、配転命令に正当理由がないケースというのは、きわめて限定的な場面しか想定されていないにもかかわらず(つまり、企業側にとって配転命令の裁量権は広く、簡単に司法判断によって「おかしい」とは言われないにもかかわらず)、内部通報制度を活用したH氏に対する処遇は「業務の必要性や配転の目的も、企業側の主張はまったく不合理とまでは言えないけれども、相当程度疑問が残る」ということで「権利濫用」が認められています。
つまり、ヘルプラインという社内ルールで「内部通報社員には、不利益な取扱をしてはならない」と規定されていることは、裏を返せば企業もしくは通報者の上司は、内部通報者に対して不利益な取り扱いのおそれがある、ということです。だからこそ、通報直後の配転、これまでと全く異なる部署への配属、社内における勤続評価と配転後の評価の差といった事実認定が、「不利益取扱であることを推認させる」ことになり、会社側からの配転先の業務の必要性、配転の目的の合理性といった「企業側のお決まりの主張」では排斥しきれないことになります。普通であれば、会社側の上記のような一般的な主張を排斥できるだけの証拠を社員側が持っていませんので、「正当理由」が認定されることは稀なのですが、ヘルプラインに従って内部通報をした、という「事実」が社員と会社を(訴訟上で)五分五分の関係まで押し上げているという感覚ではないでしょうか。解雇権濫用事例でもそうですが、裁判所は労働契約の効力を判断するについて、就業規則にどう書かれているか…という点を非常に重視しますので、ヘルプラインという社内ルールが存在する以上、そのルールの解釈もまた非常に重視する、ということだと思われます。
さて、そこでオリンパス社のヘルプラインに則ったH氏の内部通報の「適正性」でありますが、ここがたいへん重要でして、本判決は非常に広く、その適正性を認定しています。もちろんオリンパス社のヘルプライン運用規程の解釈としてでありますが、法令違反だけでなく、企業行動規範に反するもの、企業倫理違反、またそれらの「おそれのある行為」に関する通報は適正なものとしています。さらに、通報だけでなく、「相談事例」であっても適正なものとして受理されねばならない、とのこと。つまり、こういった通報は通報者に対する守秘義務に留意して処理しなければならず、この処理を誤ると「通報があったことを人事権者が知った」と認定され、これがダイレクトに「不利益取扱の推認」へと結びつくことになります(通報があったことを人事権者が知らなければ、そもそも報復や制裁と推認されることはありません)。このように広く「内部通報は適正である」と判断されると、本判決のように、従業員と会社は武器対等の状況となりますので、けっして妥協を許さない従業員及び妥協を許さない代理人弁護士が相手方となりますと、企業の社会的信用、社会的評価を大きく毀損するような事態になってしまうリスクが高まる・・・・というのが実際のところではないでしょうか。
なお、これは私が内部通報窓口業務を行っていることからの私見にすぎませんが、たとえH氏が「取引先から社員が引っこ抜かれて、自分の地位が危うくなるから、ライバルが来るのを妨害する意図があった」ことによって、通報してきたとしても、実際に通報事実がヘルプラインの対象になっている以上はこれを「不適切な通報」とは認定できないと考えております。そもそも通報者の意識は、まったくの私心を捨てて行われることは予想されていないのであり、私心と正義感が併存している状況も十分に考えられるのでありまして、そのあたりで会社側が反論をしても裁判所はあまり重視しないものと考えられるからであります。
もうひとつ、これは判決全文を読んで印象に残ったことでありますが、配転後の通報者への処遇がパワハラとして認定されている点であります。怒鳴ったり、嫌がらせをする、といった行動がパワハラに認定される事件はすでにたくさん判例もございますが、本判決では①自主的に退社したくなるような不当な仕事を与える、②これまでの勤務評価に比較して著しく不当な勤務評価を行うこと自体をパワハラと認定しており、また非常に精緻な事実認定によってこれを根拠付けています。このあたりは、別件でも非常に参考となるところでして、またパワハラに関連するエントリーのなかで取り上げてみたいと思います。
繰り返しになりますが、ここまで述べたところは、会社の信用毀損の事態を防止する、つまり企業側からみた内部通報事例への対応を中心に説明いたしましたので、本判決に対する本格的な研究は、また著名な学者、実務家の方々のご解説をお読みください。ただ、就業規則やヘルプラインの見直し、また運用上の留意点のチェックなどが重要かと思われます。いずれにしましても、本判決は相当に原審判決を意識しながら理論構成しているところがみられますので、機会がありましたら、東京地裁判決の全文と比較しながらお読みになることをお勧めいたします。
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