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2011年9月28日 (水)

九州電力社の「闘うコンプライアンス」にみる「したたかさ」

あらかじめ申し上げておきますが、私は九電さんを批判するものでもなく、またその対応を称賛するものでもなく、企業のコンプライアンス経営の在り方を研究するものとしての関心について、以下にとおり記すものであることを、お断りしておきます(って、最近このフレーズで始まるエントリーが多いような・・・・)

九電のやらせメール事件に絡み、いったん辞任の意向を表明しておられた九電の社長さんが、辞任の意向を撤回して、どうやら続投される見込み、とのニュースが報じられております(読売新聞ニュースはこちら)。他の取締役の方々からも「辞める必要なし」との意見が出ているそうで、つまり今月末にどのような第三者委員会の調査結果が出たとしても(おそらく、すでに内容はある程度判明しているとは思いますが)、そのまま辞任されない雰囲気です。

私は以前のエントリーでも書きましたが、どんなに九電さんが強気であっても、「派閥争い」等の社内力学による「ほころび」をマスコミや第三者委員会に突かれ、そのうちいろんな事実が判明してくるのではないか、そこから社長さんは辞任しなければならないような状況に追い込まれるのではないか、と予想しておりました。しかし、その予想はどうやらはずれてしまったようです。私が予想していたのとは裏腹に、この電力事業会社は相当にしたたか(私の故郷である福岡の大牟田弁でいうところの「やおなか」)な企業ではないか、と。

そもそも九電さんに事態収拾へ向けて経営責任を迫ることができるのは行政当局だと思われますが、その行政当局の関与が次第に明らかになるなかで、行政当局を最後までかばって、「今回の件で悪いのは当社の社風であり、すべての責任は当社にある」と言い張っておられるのでありまして、この対応によって行政からの辞任要求はおそらく出しにくくなっているのではないでしょうか。さらに、本来ならばマスコミの調査能力からみれば、次から次へと「二次不祥事」が出てきそうなものですが、タイムリーに、強固な第三者委員会を招き、その調査協力を全社挙げての最優先課題としました。つまり、第三者委員会による社内調査を尊重する体制をとることで、マスコミによる調査から社内を守ることに専念できたように思います。この企業は、相当に第三者委員会の長所と弱点を研究していたものと思われます。第三者委員会を発足させたにもかかわらず、その調査委員会の調査結果に反論する、弱点を突かれると、その弱点をあえて補強する、という手法も、非常にしたたかさをうかがわせるものであります。

そしてなんといっても驚くべきことは、その「一枚岩の強さ」ではないでしょうか。これだけ世間で騒がれても、内部通報や内部告発というものが出てこない(最初に通報があったのも、たしか関連会社の社員の方であり、社内の人間ではなかったようです)。また、リタイアされた九電OBの方々からも、九電の体質を批判するような声が聞こえてきません。たしか関係書類を廃棄した方々は社内処分を受けたはずであり、普通であれば「俺は九電のためを思ってやったのに、なんだ」といったことで、そこから社内事情が漏れてくるはずでありますが、どうやらそういった「こぼれ話」も聞こえてきません。「いま、この九電の危機を、社内の全員で乗り越えよう」といった気風が、ひょっとすると社員全員に共有されているのではないでしょうか。「どんなに世間から批判されようとも、マスコミや世論の批判は一時的なものだから、なんとか今の逆風を乗り越えよう」といった気概を社員が一丸となって共有しているようにも思えます。そうだとしますと、この組織はとんでもなく内部統制がしっかりしている企業(良い悪いは別として)ではないかと感じるところであります。

先日、セミナーの企画を担当される方からお聞きしましたが、電力会社のなかで、東京でも大阪でも、コンプライアンスに関連するセミナーが開催されると、九電の関係者の方々だけはかならず出席される、たいしたものです、とおっしゃっていました。これは以前からの傾向だそうです。そういえば、先日私が東京で講演した際にも、複数名の九電の方々が参加されていました。おそらくコンプライアンスに関する社内での意識は相当に高いものと思いますし、またコンプライアンス経営の重要性は十分に認識されておられるのではないかと。東電さんと違い、賠償責任を尽くす立場にない以上は、「我々への逆風は一時的なもの。かならずやり過ごすことができる」といったところではないかと。他の電力会社でも、やらせメールに近いことが発覚し、この事態を横目で見ながら「ここで当社の社長が辞任してしまっては、他の電力会社にも混乱を生じさせる」といった理由で辞任撤回の意向を表明するあたりにも、非常にしたたかさを感じます。

さて、もうすぐ第三者委員会による最終報告書が出るわけですが(一部報じられているところでは、社長の責任についても明記される予定とのこと)、第三者委員会は、このしたたかな九電王国にいったい何を残すことができるのか、何を変えることができるのか、報告書の中身とともに、九電さんの報告書への対応についても、非常に関心が高まるところであります。

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コメント

読売新聞によれば、「やらせメールはコンプライアンスの問題ではなくマネージメントの問題である」というのが社長の認識のようですね。いい意味でも悪い意味でも、信念をもっている経営を行っている社長ということでしょう。

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110929-OYT1T00276.htm?from=main3

投稿: 迷える会計士 | 2011年9月29日 (木) 11時36分

最近、よく拝見させていただいてます。本日も閲覧しておりましたが、私と同じ大牟田出身という事で驚き、とっさにメールしてしまいました。現在、某FCに加盟して飲食店経営しておりますが、FC本部の社員に偽網行為があり不当に1店舗売却(当時は2店舗経営)させられ、裁判中です。「加盟解除になった」と告げられて売却強要されたのですが、「自分から売却持ちかけた」とか、全ての話しを捻じ曲げられ、更には報復で現在の店舗まで加盟解除(別件で加盟解除無効でも裁判中)されました。相手は1部上場の企業でコンプライアンス面で攻める事できないか考えています。本部の複数の人が関与して、その他多くの関係者が事実を知っているのに本部の都合が悪いので社内調査はなされていないです。相手方の裁判を取り仕切っているのが売却強要した当事者です。(経営陣は、ほぼ事実を把握していると思われますが関与していないと見せ、不利になれば当事者に責任を負わせるのだと思います。)だいぶ大雑把で解りずらいと思いますが、アドバイスや良い考えがおありでしたら宜しくお願いします。当然、相談料お支払いいたします。本来、こちらにメールするような事では無いと分かっておりましたが申し訳ありません。

投稿: はるはる | 2011年9月29日 (木) 15時11分

toshi先生、ブログでいつも勉強させていただき、ありがとうございます!

少し疑問に思ったので、質問させていただきたいのです。というのは、私の様な若輩者(30歳代)にとっては、「マネジメントは、コンプライアンスを土台にしている」または、「マネジメントの定義は、コンプライアンスの定義に包含されている」と思っていました。迷える会計士先生がご紹介されました記事を読みますと、私には、マネジメントとコンプライアンスは、別個のものであると読み取ってしまうのです。

マネジメントとコンプライアンスの関係は、どのように考えたらよいのでしょうか?

個人的には、やはり企業風土にあったマネジメント手法がとられるのでは…と考えてしまうのです。

投稿: coolish | 2011年9月29日 (木) 22時17分

coolishさんのおっしゃることは正しいと思います。でも、私は九電の社長さんのおっしゃることもまた正しいと思っております。じつはこのあたりの議論がかみ合わないところが内部統制をややこしくしているところです。また、別途検討していきたいですね。
今朝の読売に農家を装いやらせ質問をした九電社員の方の話が出ていましたが、あれなどほんとうに一枚岩を感じますね. 笑

投稿: toshi | 2011年9月30日 (金) 10時45分

toshi先生からコメントいただけるなんて、非常に光栄です。ありがとうございます!

いつ・誰か忘れましたが、上の方々にとって概念論が非常に重要だと教わりました。正直、概念論なんて難しいものを全く使うこともないのですが、私たち、そして子供にとって、よりよい明るい道しるべをいただけるよう願いたいのです。

これからもtoshi先生のファンとして陰ながら応援させていただきます!

投稿: coolish | 2011年9月30日 (金) 22時21分

枝野大臣が九電社長の辞任を、事実上要請。
卑しくも商法に基ずく株式会社である九州電力の社長に辞任を要請する、社会主義国でもあるまいし辞任を要請するなどおかしい。
辞任させるのは、株主の権利、取締役会の役割であって、大臣の権利はない。認可権はあっても任免権ではない。
民主党は日本を社会主義国にしようとしているのではないか。
中国なら一党独裁だから、共産党の自由になる。日本はれっきとした、民主主義国であり、法治国家である。
なにを考えているのか不思議である。
国民のみなさんはどのように考えるだろうか。
民主党の勝手にさせてはならない。

投稿: 常本 英昭 | 2011年10月16日 (日) 20時59分

地域独占企業、時の政権さえ逆らえない政治力を有する大企業である以上、
「民間企業だから」という言い訳は通用しません。

第一、こんなの民間企業、じゃありませんよ。
だって倒産しないだもん(爆笑)。

電力会社の勝手にさせてはならない。
…と、ここはバランスをとって書かせていただきます。

投稿: 機野 | 2011年10月17日 (月) 01時15分

 確かに、機野さんのおっしゃるとおりかなと。例えば、今話題の光学機器メーカーの役員人事については、大臣からのコメントはないですね。
 また、過去には銀行の役員人事について、大蔵省等が介入していましたが、それらは今まではあまり「社会主義国でもあるまいし」という角度では問題にされていなかったような気がしますが。
 銀行だって電力会社だって、その経営について社会的影響が大きいので、国が介入することはある程度はやむを得ないかと。銀行は競争があるけれど、電力会社は地域独占なので、資本主義の基本原理たる市場原理に曝されていないので、会社法や資本主義を声高に言うのはちょっと・・・(発送電分離による市場原理を導入されてもいいのであれば、ともかく・・・。)

投稿: Kazu | 2011年10月17日 (月) 14時52分

会長が「社長を続投させないと原発の再稼働が遅れて九電が潰れる」と宣ってます。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111023-00000002-mai-soci

本当にどうしようもない人間ですなあ。
軽蔑し甲斐があるというか、ないというか(苦笑)。
社長の辞任は九電が存続していくため(存続してよしとされるため)の
必要条件(最低条件)です。
それで十分なわけがありませんがまずはそこから(刷新を)始めませんと。
その道程は遥かに遠いですけどね…

云っておきますが、こういうことに関して、民主党も自民党も公明党もへったくれもありませんよ。

投稿: 機野 | 2011年10月23日 (日) 10時00分

今日(23日)の朝日新聞「法と経済のジャーナル」に、2002年に「原子炉ひび割れ」を内部告発した元GE社員の方が顔写真入りで掲載されています。朝日新聞では昨日の夕刊で報じられていたようです。

ここまで企業と政府が一緒になって真実を隠す体質、というのは、おそらく「隠すことの正当化根拠」を確信しなければできないような気がします。たぶん原子力部門の方々だけでなく、そうでない部門の方々も、同じような感覚をもっているのではないでしょうか。私は九電の方々も、十分に「常識人としての」コンプライアンス感覚は持っておられると思います。ただ、なにか世間では常識とは思われない「正当化根拠」があって、それがここまで頑ななものにさせているのではないかと。
あと、今後もまだまだ九電さんの「したたかさ」を発揮できる余地がありそうですね。具体的な内容を述べるのは控えますが。。。

投稿: toshi | 2011年10月23日 (日) 14時56分

27日の取締役会で、国への報告書の修正について協議するようです。
知事の関与を認めない=第三者委員会の結論を無視する報告書とする方向の修正案で、ある意味すごい会社ですね。

http://www.nhk.or.jp/lnews/fukuoka/5013504062.html

投稿: 迷える会計士 | 2011年10月26日 (水) 12時49分

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