九電の内部統制VS第三者委員会(中間報告書の公表)
9月8日に九電さんのHPで公開されました「九州電力第三者委員会中間報告書」及び「第三者委員会中間報告書に関する当社見解について」、いずれも拝見しました。第三者委員会の調査報告書というものは、会社側が事実解明を委託するものでありますので、本来ならばそこで調査判明した事実については会社側が完全に依拠するのが通常であります。しかし、社内調査の確認作業が主な目的とはいえ、今回の九電やらせメールについては、第三者委員会(正確には委員会が事実調査を委託した弁護士チーム)が認定した重要事実について、「それはあくまでも第三者委員会の判断であって、会社としては違うと思います」と真っ向から反論するという事態になっており、非常に珍しいケースであります。早速、第三者委員会委員長は、九電側に抗議の記者会見をされたようです(西日本新聞ニュースはこちら)。
九電側が真っ向から反論しているのは、「九電が悪い」ということを基礎付ける事実ではなく、県知事の要請がやらせメールの発端となった、という事実に関する部分であります。この調査を担当しておられるのは、あのメルシャン架空循環取引事件でメルシャンの第三者委員会委員長を務めておられた方を中心とする12名の弁護士チームであり、あのメルシャン事件の報告書を読んだ者からすれば、九電メール事件の事実解明についても強い期待が寄せられるところです。なお、本件では別チームが、過去の説明会においても「仕込み質問」が動員要請があったかどうかを調査しており、よく考えますと、これらの事実解明も、最終認定には大きな影響を及ぼすものと思われます。
県知事の発言に関する認定は、同報告書5頁に委員会としての中間意見が掲載されており、「発言当時のF知事の意図あるいは真意は措くとして、同知事が懇談の場で同メモ(注-九電佐賀支店長が作成したメモ)の記載と同様ないしは同趣旨の発言を行ったことは否定し難いものと思われる」として、やらせメールを投稿するよう、県知事が発言した可能性が高いとの心証を抱いていることがうかがわれます。ただ、この報告書で認定された事実関係をもとに判断すれば、九電さんの経営トップの方々が、懇談の結果、積極的に「やらせメール」の依頼に動いた様子は判明するとしても、それは経営トップの方々のイニシアチブに基づく可能性もあり、県知事が懇談の場で具体的な依頼をしたことまでは明確にはなっていないと思われます。したがって県知事がこれまで「発言の趣旨が違う」として釈明している内容を切り崩すには少し足りず、同報告書の後半に記載されているように、さらなるメール投稿依頼時の経緯、そして第三者委員会設置以降に関係書類が廃棄され(もしくは廃棄されかけていた)事実関係を調査する必要があると思われます。
マスコミ各社は「県知事の要請がやらせメールの発端になった」と報じていますが、県知事側も、「もっと賛成派の意見が積極的に出てもいいのではないか、経済団体などに広く告知してもよいのでは」と述べたことは認めているのですから、どっちの主張を前提としても「発端」になっていることは当然のことであります。したがって、知事の発言が「発端になった」からといって、それだけではとくに県知事の責任を問えるものではありません。たしかに、6月26日の原発再開説明会に先立つ5月17日の保安院説明会でも、県知事の要請があったかのような事実が紹介されておりますが、これもおそらく伝聞証拠であり、とくに証拠価値が高いようにも思われません。このあたりは、九電側から「当社の見解」が出てくることにも、なんとなく理解できます。県知事の責任を問えるのは、具体的に「やらせメール」を県知事が要請したこと、つまり佐賀支店長の作成したメモが、正確に知事の発言を反映したものであることが証拠から明確にならなければなりません。
唯一ハッとさせられたのが、D管理部長のヒアリング結果であり、経営トップからの要請内容、県知事の発言内容を含め、いろいろと供述しているのではないか・・・と期待したのでありますが、さすがに九電側も、この報告書原案を見てからだとは思いますが、このD管理部長にヒアリングへの回答の趣旨を再確認し、その結果を「当社の見解」において公表しております(ただ、上司が部下である管理部長に発言の真意を問うたとしても、その回答に信用性は乏しいものと思われますが・・・)。
私は前のエントリーにて、いくつかの理由を掲げて「具体的な意見投稿を要請する県知事の発言があった」と考えている、と書きましたが、なんといっても九電側に分が悪いのは「書類の廃棄」です。この件について「当社の見解」でも、ほとんど反論ができておりません。「外部の人に迷惑がかかるから」ということは、会社側が考えるのではなく、第三者委員会が「公表の可否」をもって判断することでして、到底理解できる理由ではありません。むしろ、外部の誰かにも責任があることを自認するかのような主張ではないかと。第三者委員会が「行政の要請」に疑いの目を持っていることが判明した後の「書類の廃棄」というのは、ほとんど目も当てられないほどの失態であり、最終的には第三者委員会の認定事実の信用性を高めることになるのではないでしょうか(なお、証拠を廃棄した者に対して、九電側が素早く社内処分を下したことが報じられておりましたが、その後、この役員にはヒアリングが可能だったのでしょうか?)。
九電さんが、非常に大きな組織でありますので、私は一枚岩ではないと考えております。そこが第三者委員会のつきどころであり、これまで127名ほどの社員等からヒアリングをされたそうですが、そのなかには、第三者委員会に有利な発言をされる方もいらっしゃるのではないかと。仮に、そういった狙いをもってヒアリングをしようとしても、九電さんのほうが一枚岩となって、頑なにその主張に矛盾する証言が聞き出せないとすれば、それはそれで、九電さんの全社的な「火事場の馬鹿力」はものすごいものと思います。社内が一丸となって、ひとつの経営目的に向かってまい進できる、というのは、内部統制という面からみても、相当に強い組織ではないかと。
普通は、企業体質に切り込んだ第三者委員会報告というのは、企業側から一番嫌われるところであるにもかかわらず、九電さんは「本件は九電の企業体質によるものであって、第三者に責任はない」と自ら主張しておられます(これも珍しい・・・)。それほどまでに、九電さんにとって、県知事に迷惑をかけることが屈辱的ということなのでしょうか。「他社をかばうコンプライアンス経営」は意外と根が深いものだと痛感いたしました。
| 固定リンク
コメント
私なんかは、この件について、「コンプライアンス経営」の面ではなく、原発のプルサーマル問題の複雑さに結びつけてしまいます。
コンプライアンス経営の面で言えば、変な話ですが、九電さんのみならず、日本政府・県・市町村は、プルサーマル問題について、コンプライアンス行政をしていたか、しているかについても、問われているし、考える必要がある点と思います。例えば、プルサーマルに関して、政府は考え方を述べているが、プルサーマルと表裏一体の関係にある核燃料サイクル・プルトニウム利用政策について、原子力発電以上に、議論が尽くされていないと思います。
投稿: ある経営コンサルタント | 2011年9月10日 (土) 11時55分
経営コンサルタントさんのこのコメントを参考に、私も少しプルサーマル問題に関するWEB情報に触れましたが、まさにご指摘のとおりだと思いました。おそらく利用政策についてはマスコミもそれほど知識を持っていないと思われますし、問題点を呈示することも今のところはむずかしいのかもしれませんね。
投稿: toshi | 2011年9月12日 (月) 17時23分
革命家と呼ばれ歴史に名を残す人物は、個人の思いと組織と、どう向き合っていたのでしょうか。権力は個人を抹殺するエネルギーはその権力が強いほど容易い筈でしょう。組織と権力の中で個人の思いと欲求を満たすために、仮に人類を滅亡させる破壊兵器だとしても、その悲しい欲望のため目的を成し遂げるため使用することを選択したんでしょうか。明日も太陽は人類の存在とわ無関係に核分裂反応しています。
投稿: 小市民 | 2011年10月22日 (土) 21時01分
本日(27日)、第三者委員会の委員長と九電会長さんの面談があったようにニュースで報じられていましたが、どうなったんでしょうね?
投稿: toshi | 2011年10月28日 (金) 00時22分
郷原弁護士は意見交換会の設置を提案したのに対して、九電が検討することとなったようです。
http://mainichi.jp/seibu/seikei/news/20111028ddp001040003000c.html
第三者委員会の中でも意見の対立があるようで、九電の報告書(知事の関与を認めない)を容認する委員もおり、郷原弁護士の独走の面もあるのではないでしょうか。
http://mainichi.jp/seibu/shakai/news/20111101ddp041040042000c.html
投稿: 迷える会計士 | 2011年11月 1日 (火) 21時32分
情報どうもありがとうございます。
しかし後半のネタのほうが気になります。
完全にエントリーネタになりますよね、これは。。。
投稿: toshi | 2011年11月 2日 (水) 02時27分
岡本浩一元委員が記者会見を開いて郷原元委員長の言動を批判したというニュースには驚きました。
主に第三者委員会の責務からの逸脱や運営手続き等郷原氏の独断的な手法への批判ですが、個人的に興味を引くのは九州電力の姿勢に対する評価の違いです。「他者をかばうのは、人間同士の関係ならむしろ人格者」と岡本氏は九電に理解を示したと報ぜられています。
元々岡本氏は企業風土調査を担当し、最終報告書に「組織風土は良好」との調査結果を付記していました。その上で、「通常の業務であれば、良好に業務が遂行されるような部署で、当該事案が発生していることは、急激あるいは短期的な社会的価値観の転換への対応が間にあわなかったことを反映している。」と結論付けていました。
報告書を読んだ時に小生はこの部分に報告全体とはやや異質なものを感じ、より突っ込んだ解析が必要かと思いましたが、今回のお二人の対立の背景にはトップの姿勢を含めた九電の企業体質への評価の違いがありそうです。
郷原氏のコンプライアンス論、岡本氏の「企業不祥事と属人思考論」を小生は共に高く評価し、大きな影響を受けてきました。それだけに、なぜ一見良好な企業風土に関わらず(或いはそれ故に)、一連の不適切行為が発生したのか、是非生産的な形で問題をより深めて戴ければ有難い。個人的には会長のワンマン体制の問題が重大なポイントかと。
投稿: いたさん | 2011年11月 3日 (木) 18時21分
いたさん様、御意見ありがとうございます。
第三者委員会のあり方を考えるきっかけになったと思います。いまオリンパスの委員会が話題になっていますが、たとえば大株主、会社、取引所が、それぞれ別々に委員をひとりずつ選任したらどうなるんでしょう。
今回、どういった経緯で第三者委員会が構成されたのか、きちんと認識しておきたいです。
私個人としては、岡本氏の「委員会は報告書を出したところで仕事は終わり」「中間報告、最終報告以外は、基本的にマスコミに情報を提供しない」というスタイルが、もっとも適切ではないかと思うのですが。
投稿: toshi | 2011年11月 4日 (金) 22時46分
九電側の元委員長に対する不信感が強いようで、意見交換会の調整は難航しているようです。
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/271866
知事の関与という政治的影響が出かねない微妙な案件の場合には、委員は政治的にニュートラルと見られる人物でないと、第三者委員会の中立性に疑問だ出かねないでしょう。
投稿: 迷える会計士 | 2011年11月 5日 (土) 10時33分
元第三者委員3名連名で、九電社長個人宛に公開質問状提出のようで、どう決着するのでしょうか。
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/272466
投稿: 迷える会計士 | 2011年11月 9日 (水) 13時06分
いつも情報ありがとうございます。そういえば九大の阿部教授(第三者委員会委員)のコラム、ネットアイビーで開始されましたね。
投稿: toshi | 2011年11月 9日 (水) 13時12分
こちらのブログを紹介させて下さい。
一枚岩ではなかった企業が一致団結しつつあるようです。
http://blogs.yahoo.co.jp/kyusyutaro110/MYBLOG/yblog.html
投稿: 通りすがり | 2011年11月 9日 (水) 16時38分
月刊誌「財界九州」の2011年12月号(2011.11.25発売)に、いわゆる「やらせメール事件」に関する記事が載っています。時点としては、元第三者委員会委員長の郷原氏から意見交換会の提案があり、九電側が口頭ではなく書面のやり取りを逆提案したところまでをフォローしています。記事は九電の松尾会長・眞部社長の心情面にも触れていて九電寄りの印象もありますが、事実関係や関係者の言動を時系列で追うことで、マスコミ報道だけでは見逃しがちな面を浮き彫りにした記事だと思います。
投稿: 通りすがりB | 2011年11月30日 (水) 16時59分
ご紹介ありがとうございます。財界九州という雑誌は初めて知りました。山口真一郎さんの「時流」の記事ですね。残念ながら公開ページではないので閲覧はちょっと困難のようです(ToT)/
投稿: toshi | 2011年12月 1日 (木) 02時34分