非上場子会社の粉飾決算と会社法改正の必要性
近鉄さんの100%子会社であるメディアート社(すでに解散)の長年の粉飾決算が発覚したのが昨年の2月でして、近鉄さんは、事件発覚後、企業集団内部統制の改革として、このメディアート社にも常勤監査役さんを設置したことを こちらのエントリーでご紹介いたしました。
そのメディアート社の元社長さんが本日(10月25日)、会社法違反(違法配当)容疑で逮捕された、と報じられております(たとえば時事通信ニュースはこちら)。以前ご紹介しました村井会計士の「会計ドレッシング」でも詳細に(物語調に)解説がなされている事件ですので、ご記憶のある方も多いのではないでしょうか。親会社から出向されたメディアート社の元社長さんが「恐怖政治」によって君臨し、赤字であるにもかかわらず黒字のようにみせかけ、長年違法に配当を出していた事件です(なお、粉飾の手口は比較的簡単なものです)。社員も元社長さんから命令されると、拒絶することができなかったそうですが、元社長さんもとくに私利私欲のために粉飾をしていたのではなく「かわいい部下たちに、ボーナスを支給してやりたかった」と述べていることが報じられておりました。
さて、このメディアート社ですが、今回はたまたま違法配当をしていたからこそ立件が可能だったわけですが、粉飾決算だけだったらどうなっていたんでしょうか?上場子会社ではありませんので、有価証券報告書虚偽記載罪は成立しませんし、会社財産が流出していたり、会社に損害が発生していない以上は会社法上の犯罪が成立することもないと思います。ちなみにメディアート事件に関する第三者委員会報告書では、金融機関への(粉飾した決算書を示しての)借入については詐欺罪が成立する可能性が示唆されておりますが、かなり成立は厳しいように思われます。非上場大会社でもなさそうですので(資本金1億、負債総額は不明)、会計監査人の設置が義務つけられていたものでもないようです。
上記第三者委員会報告書によりますと、メディアート社は近鉄さんにとって「重要子会社」でもなかったようでして、親会社の会計監査人も2年に一回程度の外部監査が行われていただけでした。しかし、ふたを開けてみますと、同社は平成14年ころから粉飾を繰り返し、最終的には近鉄さんは監理ポスト入りとなり、さらに財務報告内部統制は有効ではない、との評価結果を開示せざるをえない状況となったわけであります。事態を重く見た近鉄さんは、約50の子会社のうち、新たに12社(合計24社)に常勤監査役を設置して、企業集団としての内部統制システムの構築を図ることを決定しました。
このようなシステム強化策は近鉄さんのように非常に大きな会社であるから出来たと思いますし、またいくら常勤監査役さんを設置したとしても、最近の事例にもみられるとおり、期待どおりの不正予防、不正発見の実効性がどこまで上がるかは未知数であります。ましてや大王製紙さんのような事件が生じますと、子会社の常勤監査役など、とても怖くて誰も就任したがらないのでは?とも思えてきます。
現在審議中の会社法改正のなかでは取り上げられておりませんが、もうそろそろ会社法罰則の改正が必要な時期ではないでしょうか。会社法976条では、刑事罰ではなく過料(100万円以下金員支払を求める行政罰)として会社法違反行為が多数掲示されておりますが、そのなかには情報開示に虚偽ある場合等、けっこう重要と思われる関係者の違反行為も含まれているわけでして、先の第三者委員会報告書でも、行政責任としての「貸借対照表への虚偽記載罪」が成立する可能性が高いものとされています。金商法違反との仕分けに関する問題も整理する必要がありますが、せめて非上場会社の情報開示に関わる部分や大会社の会計監査人設置義務違反などは過料から刑事罰に「格上げ」しても良いのではないかと。重要な案件だけに絞ってでも、刑事訴追の可能性があるならば、メディアート社や林原社のような場合にもかなり抑止力が働くのではないかと思います。また、過料の場合は公益通報者保護法の対象にはなりませんが、刑事罰として規定されれば一般社員による告発も公益通報者保護法によって保護されることになりますので、親会社が早期に子会社の不正を発見できる可能性も高まるように思います。
なお、以前に林原社の件を取り上げたときにも言及いたしましたが、金融庁による金融機関の信用リスク管理態勢への検査のなかで、金融機関が融資先のガバナンス体制をチェックすることを重点項目とすることが有益ではないかと思われます。そこで、非上場会社の粉飾決算を予防し、とりわけ非上場大会社へのガバナンス、内部統制強化のためには、こういった金融監督の在り方と、会社法罰則の改正の組み合わせが最も効果的ではないかな・・・・・と考えております。
| 固定リンク
コメント
金融機関に他社のガバナンスを評価できる資格があるのか、という点はいかがでしょうか(金融商品説明問題、貸し渋り・貸しはがし問題、超希薄化増資、ATM問題などなど後ろ指差されっぱなし)。前提として金融機関が非常にきれいな会社でることが求められます。実態は…。
更に、取引先企業と取引が密になればなるほど、矛盾点がいっぱい出てきそうな気が、OBとしては感じられます(業績がイマイチな企業はメインバンクの提案を拒否しズライなどの地位の乱用的な側面)。
それより、おっしゃるような罰則規定を強化する方が抑止力になるような気がします。
貸した金の回収に重大な影響を及ぼす点にのみ関心を示す債権者の立場を超えたものは、世論が拒絶反応を示しそうで、会社側にも金利負担増になって跳ね返ってくるのではないでしょうか(きちんとしている会社も含めて)。
オリンパスのようにならないことを銀行に期待するのは難しく、今の様な状態になって初めて株主以上に影響力を持つ存在かと。
投稿: katsu | 2011年10月26日 (水) 19時49分
単純に、貸し剥がしの最高の武器になるような予感がします。
ガバナンスなんぞ、いくらでも中小企業ならケチがつけられるので。
客観性が乏しい要件で金融機関を縛ると、濫用なり転用なりの弊害が出るので、賛成しがたいと思います。
ガバナンスは債権者ではなく、株主の責任かと思います。
少なくとも非上場会社であれば、取引先を除けば、社会に大きな影響を及ぼす会社は一握りですし、影響を最も受けるのは株主でしょう。
株主兼取締役の責任を重くすることが良いかなと、個人的には思っています。そもそも、「所有と経営の分離」を理念とする株式会社の形式からかい離しているわけで、その分責任を重くしても許容性があるかと思います。
いやなら持分会社があるわけですし。
投稿: 場末のコンプライアンス | 2011年10月27日 (木) 02時58分
katsuさん、場末のコンプライアンスさん、ご意見ありがとうございます。「他社のガバナンスを評価する」というのも、なにも貸しはがしを助長する程度のものを考えているわけではございません。それは私も反対ですし、逆に金融の仲介機能を低下させてしまうことになります。
たとえば「会計参与」を制度として組み入れる企業は金利を下げるとして約2000社ほどの企業が導入しました。会計監査人を設置することによって、条件面で若干の変更を加える、という程度であれば検討されるのではないでしょうか。「ケチをつける」のではなく「プラスに考える」方向での課題です。
投稿: toshi | 2011年10月31日 (月) 23時25分