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2011年10月31日 (月)

大王製紙のガバナンスから日本の企業統治の脆弱性は問えるのか?

もうすでに多くの方がフェイスブックやブログで取り上げておられます大王製紙元会長巨額融資事件に関する特別調査委員会報告書を週末に読みました。

まず、正直に認めなければなりませんが、これまでのエントリーで私が申し上げていたことと、すこし事実関係が違っていたことが判明いたしました。私は「勇気ある内部通報者」として、関連会社の融資担当者の方に焦点をあてておりましたが、実は勇気があったのは関連会社ではなく四国の本社関連事業第1部の担当者の方だったようであります。関連会社の方から「当社から会長個人口座へ3億円を振り込んだ」との連絡を受けたこの本社担当者は、通常の事務連絡ルートを飛び越えて直接社長本人に融資の事実を伝えた、とのこと。もし通常の事務連絡ルートに従って、この情報を伝達していたのであれば、(情報を受領するのは、事情を知悉しておられた元会長の実弟である関連事業部担当取締役ですから)いまもまだ本件は公表されないままだったようであります。情報の滞留は企業に致命的な「二次不祥事」であると、常に講演で申し上げるところでありますが、今回もまさに情報の滞留が問題となっていたようです。

次に、以前こちらのエントリーで疑問を呈しておりましたが、同社では6月の定時株主総会の時点で、18名の取締役のうち7名が退任され、3名の新任取締役とともに合計14名の取締役会が構成されましたが、この大幅な役員構成の変化と本事件との関連性については一切触れられておりません。報告書によれば多くの役員が今年3月以前から事情を知っていたようにも思えますし、今回の事件で元会長側より「これは大王製紙から創業家の支配力を奪うもの」との主張がなされていることも考え併せますと、この役員変更の意味するところ(本事件との関連性)を知りたいところであります(単に役員定年になった方が多かった、ということにすぎないのでしょうか?)。本報告書において、「他の監査役、取締役の責任」に関しましては、わずか2行しか触れられていないことも、このあたりと関連しているのではないかと。

また、特別調査委員会の皆様のご努力にもかかわらず、元会長さんの協力が得られなかったために107億円の融資金の使途は不明のままとなっております。そして本件事件の背景には「創業家に絶対に逆らえない企業風土」にあるとされています。しかし「創業家に逆らえない風土」といいましても、議決権ベースで言えば、創業家が絶対的支配権を有している上場会社は相当数ありますし、すでに監査法人の監査見逃し責任を認めたナナボシ事件判決でも、ナナボシ社の経営者の絶対的支配力を「この企業の重大なリスク」と捉えておりましたので、とくに大王製紙に限っての特徴とまではいえないと思います。むしろ、そのように断定せざるをえなかったのは、大王製紙の大株主である創業家管理会社の実態も、そして大王製紙の100%子会社とは言えない関連会社の「他の株主」の実態もわからないため、重要な点においてヒアリングができない、ということに象徴されているのではないでしょうか。つまりガバナンスの脆弱性もさることながら、第三者委員会が調査機能を発揮しようにも、十分に発揮できなかったことへの歯がゆさがあったのではないかと。

またこのように「絶対的支配者」が存在する企業であるがゆえに、本社の社員からのヒアリングもなかなか困難であったことは想像に難くありません。日弁連ガイドラインを参考にしたとしながらも、委員に同社常務取締役の方が就任された背景には、このことによって社員に安心感を与え、できるだけ真実を語ってもらおう、とする他の委員の苦心が窺われるところであります。また委員に財務会計的知見を有する者がいなかったため、財務担当取締役の力量を必要としたのかもしれません。いずれにしましても、この報告書を通して、本事件は大王製紙に特有のガバナンスの歪みによって発生したのかどうか、他の上場会社でも同様のリスクがガバナンスの脆弱性として顕在化するおそれがあるのか、そのあたりが整理されなければならないと思いました。たとえば特別調査委員会が問題としているような「人事政策は事前に顧問の了承を得なければ正規ルートへ流せないような、二重構造の指揮命令系統があった」という点を改正すれば足りるのか、それとも創業家の支配力が強い企業として、社外取締役を複数導入する必要があるのか、そのあたりの見極めが必要かと。

さて、本報告書を読ませていただき、私個人としての最大の関心事は、すでに大原町農協事件最高裁判決やナナボシ監査見逃し事件判決が出ている現時点において、「監査法人と監査役の責任問題」をどう考えるか、という点であります。本報告書の結論にも賛同できるところと疑問に思うところがございます。このあたりはまた、春日電機事件で有名になりました金商法193条の3の解説や今年10月の日本監査役協会発行「有価証券報告書の監査に関する監査役アンケート集計結果」等を参考にしながら、別途エントリーで述べたいと思います。

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コメント

報告書では監査法人に対する姿勢に言及しているようですが、まずは、取締役会、監査役会の形骸化を優先すべきであって、外部者である監査法人の責任に言及するあたり、本末転倒かと思います。委員の人選にしても、報告書の内容の不十分さにしても、現体制に迎合する調査委員会と感じました。日頃は監査法人の役割に着目していますが、今回は調査委員の資質に疑問を感じます。

投稿: 某会計士 | 2011年10月31日 (月) 12時44分

時事通信によると、これまで判明していた借入金以外に2年前から非連結子会社から数十億円があり、総額は150億円に上る見込みのようです。
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2011112200995

第三者委員会の調査の限界でしょう。

投稿: 迷える会計士 | 2011年11月23日 (水) 10時31分

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