オリンパス・大王製紙事件-地味ですが重要な金商法193条の3
一昨日あたりから、行政当局がオリンパス会計不正疑惑事件について、国内3社の買収、ジャイラス社の買収に関する会計処理が行われた時期に監査を担当していた監査法人へのヒアリングを開始した、と報じられております。
当時の監査法人さんは、とりわけオリンパス社による国内3社の買収価格について問題視しておられ、疑義があったからこそ、監査役会が(2009年5月時点で)第三者調査委員会に経営判断の合理性について調査依頼をかけたものと思います。
監査法人としては、「この買収価格、FA報酬額はおかしいのでは?」と問題視していたわけで、監査役会にも(おそらく)疑義を呈したわけですから、そこそこ監査法人は誠意をもって仕事をしていたのではないのか?と思いますし、それ以上、独自に不正を発見することなど困難ではないか、と考えられます。
しかし2008年4月以降に開始する事業年度から、監査証明業務を担当する監査法人・公認会計士さんには金融商品取引法193条3が適用されますので、財務諸表の虚偽記載につながるほどの重大な不正の「おそれ」がある場合には、まず監査対象会社の監査役さんに書面で「不正・違法行為が疑われるために、善処されたい」との通知を出し、監査役さんが何もしない、または対応はしたけども、不正・違法行為のおそれがなくならない場合には当局にその旨を通知しなければなりません。これを怠りますと、過料のペナルティとなります。つまり「守秘義務があるので回答できない」では通用しないことになります。この規定の重要性は、おそらく大王製紙事件でも今後問題となってくると思われます。地味ですが、監査役と監査法人との連係の必要性や、会計不正事件における監査法人の守秘義務解除という問題に深く関わるからであります。
今回のオリンパスの件では、おそらく監査法人さんからオリンパスの監査役さんに対して、内容証明郵便による金商法193条の3に基づく通知はなされていないでしょうし、また当然のことながら金融庁に対して不正のおそれに関する届出もされていないと思われます。カネボウ事件をきっかけに(2007年の公認会計士法の改正とともに)新設された条文であるにもかかわらず、なぜ、193条の3による対応をとらなかったのか、そのあたりは行政当局としても、大いに関心を寄せているはずではないでしょうか。
なお、少々疑問を抱いたのは、2年前にオリンパス社の監査役会が依頼した第三者調査委員会の報告内容は、オリンパス社の企業買収に関する価格決定の背景事情、経緯をもとに、高額な買収がなされた経営判断の合理性について、であります。つまりすでに存在する資料をもとに、経営判断の合理性という法的評価を専門家に求めたわけでして、そのような法的評価を監査法人が知ったとしても、(監査法人は法律の専門家ではありませんので)あまり意味がないように思いました。むしろ監査法人が監査役に求めるのは、会計処理からみて「不正のおそれ」があるので、不正の事実があるかどうか調査してほしい、ということだと思います。つまり監査役が取締役の職務執行を監視検証するとしても、取締役会における意思形成過程を問題とするのではなく、その前提となる取締役の行動におかしな点があったかどうか、ということであり、第三者に調査を依頼するのであれば、まさに今回のウッドフォード氏の要求のように「こんな報酬額など普通はありえないから、ジャイラス社側に直接ヒアリングをして、このアドバイザー会社のだれが直接ジャイラス社と交渉したのか、確認してほしい」とすればよいはずです。消去法の理屈で心証を形成するのは監査法人さんがもっとも得意とするところですので、そういったいくつかの調査結果を集めて「不正のおそれ」を疑わせる事実は存在しない、と調査結果を出すことが一番193条の3の趣旨に合致するのではないかと思います。
そのような「不正のおそれ」が低減されるような事実が判明すれば格別、単に経営判断に合理性がないとは言えない、といった法的評価だけを信用して、「会社は善処された」と判断されたのでしょうか。そのことで監査法人から適正意見が出た、ということであれば、この金商法193条の3が施行される前であれば格別、施行後である2009年の段階ではちょっと疑問に感じるところであります。
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コメント
これと同時に、「会計監査人の異動の理由」の公表についても密かに注目しています。
実際には監査人の変更の理由が、きっかけが会社からとも監査法人からとに関わらず、見解の相違や対立によるところが大きいのに「大人の解決」で契約変更の理由は任期満了のためとされ、監査法人も何の見解もなしという場合が大半になっています。事を表沙汰にしたくない、大事にしたくないという点で両者の利害は一致しているためだと思われます。
オリンパスも、のれんの評価などでの対立が監査人交代の契機となったように伝わっていますが、「大人の解決」です。
2009年5月25日
会計監査人の異動に関するお知らせ
http://www.olympus.co.jp/jp/corc/ir/data/tes/2009/pdf/nr20090525_3.pdf
対立があったかないかは主観とも言えるので、きちんと経緯を明かすようにと制度として強化するのは難しいかもしれませんが、このあり方はもう少し議論されてもいいのかもしれないと思わないではありません。。
投稿: ASK | 2011年11月11日 (金) 02時22分
askさんのご指摘のとおりです。過去に当ブログでも取り上げていましたが、ちょっと失念していました。こういうときこそ、本来の意味が問われますよね。もうすこし考えてみたい論点です。
投稿: toshi | 2011年11月11日 (金) 08時39分
しばらく大型の企業犯罪の捜査が行われていなかったように思いますが、役割分担として犯罪は捜査機関が担当した方がいいと感じています。世間を騒がせる事件がなかったのは、企業がまともになったのではなく、残念ながら捜査能力が低下してしまったからだと思っています。
オリンパスも、大王も立派な犯罪です。何故もっと早く捜査機関が端緒を掴めなかったのだろうか、と思いますが、これが今の捜査能力です。本当に企業の不正をただすなら、正直者がバカを見ない実効性のある免責通報制度や司法取引を制度化した方が早道ではないでしょうか。
裏の事情はあるのでしょうが、オリンパスこそ特捜がやってほしかったです。そろそろ大手の弁護士への風当たりがきつくなっていい頃のように思っています。大王は顧問弁護士が知らなかったかもしれませんが、オリンパスは違うのではないでしょうか。昔、「顧問弁護士は社長を守るのではなく、会社を守るためにいる」と聞かされたことを思い出します。
投稿: 石田 | 2011年11月11日 (金) 13時09分
ロイターに大杉教授のインタビューがのりましたね。
さてオリンパスについては粉飾ということで、監査法人の責任に注目が集まっていますが、個人的には顧問弁護士、顧問法律事務所の責任が非常に気になります。
10.27「当社の過去の買収案件に関する追加情報について」のリリースを含め、過去のMAには絶対に弁護士が関わっているのでしょうけど、弁護士達の責任が問われないのかが気になります。
投稿: コンプラ屋 | 2011年11月11日 (金) 21時33分
しかしまあなんですな(←桂小枝風)、別途ネタにされるかもしれませんが、新聞社(の子会社)の重要幹部にして、「コンプライアンス」や「内部統制」という言葉の使い方、意味が全く分かってなかったりすることが露呈するこの国、この社会、ですからね。そりゃあ、O社やD社など問題ある企業を独自調査するなんてえことは出来るはずもありませんわ…
おっと、これまで日本のマスコミを庇ってきたのに(笑)。
投稿: 機野 | 2011年11月12日 (土) 01時12分
脱線させて申し訳ないですが、清武代表のコメントは、意外に素人を装った巧妙なものですよ。「内部統制」については確かに「?」ですけども、球団という事業との関係やステークホルダーとの関係では「コンプライアンス」はあながち間違いではありません。専門家のアドバイスも少しは受けているなという感じがしました。
会計監査人と監査役の関係については、まず会社法、そして、財務諸表に関しては金商法にも特別な定めがあるという理解でよいですか?
(監査役に対する報告)
会社法第397条 会計監査人は、その職務を行うに際して取締役の職務の執行に関し不正の行為又は法令若しくは定款に違反する重大な事実があることを発見したときは、遅滞なく、これを監査役に報告しなければならない。
2 監査役は、その職務を行うため必要があるときは、会計監査人に対し、その監査に関する報告を求めることができる。
3 監査役会設置会社における第一項の規定の適用については、同項中「監査役」とあるのは、「監査役会」とする。
4 委員会設置会社における第一項及び第二項の規定の適用については、第一項中「取締役」とあるのは「執行役又は取締役」と、「監査役」とあるのは「監査委員会」と、第二項中「監査役」とあるのは「監査委員会が選定した監査委員会の委員」とする。
投稿: JFK | 2011年11月12日 (土) 01時52分
「大人の解決」を模索する動きがあるようです。http://mainichi.jp/select/biz/news/20111112k0000m020156000c.html
過去20年間、金商法と会社法(商法)の財務数値が乖離してしまいますが、法律上問題とならないでしょうか。
刑事事件に発展する可能性が強い中で、一旦上場が維持できたとしても、その後上場廃止になればかえって混乱するのではないでしょうか。
投稿: 迷える会計士 | 2011年11月12日 (土) 11時24分
>JFKさん
会社法の397条と金商法193条の3は、実際には財務諸表監査と会社法監査の担当者が同一ということからすれば重複する場面が多いと思います。
ただ、会社法397条は会計監査ではなく、監査役の業務監査の補完ということになっていますので、とくに「計算関係書類の虚偽記載に重大な影響を及ぼすおそれ」という限定はありません。いわば会計監査人の職務執行の中で、たまたま不正を見つけたときに監査役に報告義務を課すものです。罰則もありません。
金商法193条の3は金商法で定めたものですから、当然に虚偽記載の防止という点に重点が置かれており、不正が「重要な虚偽記載となる」程度のもの、しかも虚偽記載の「おそれ」とされるものが対象です。会計士に虚偽記載の予防を求める趣旨であるために、最終的には守秘義務解除を規定して金融庁への届け出を義務付けたものと思います。また罰則規定もあります。
投稿: toshi | 2011年11月12日 (土) 22時46分
>こういった事件は、かつては刑法もしくは会社法違反で立件されていたかと思いますが、最近は金商法の偽計取引で立件されるケースが増えていると思われます。(2011年7月14日の先生のブログ)
toshi先生の先見の明はさすがです。
SESCは、オリンパスについて偽計で立件を目指しているようです。
http://sankei.jp.msn.com/economy/news/111113/biz11111302030000-n1.htm
投稿: 迷える会計士 | 2011年11月13日 (日) 09時40分
正確なところはわからないのですが、監査法人が問題としたのは、買収価格の高額さ、そのものではなく、その結果として、期末時において減損を認識する必要が生じているにもかかわらず、認識していないという点だったのではないかと思います。
ご指摘のように、監査法人は、法的評価を求められる立場にはありませんし、また、買収価格や報酬が高いかどうかを判断する立場にもなく(経営上の判断をする能力もない)、契約書その他の法律文書が適法に作成されており、それが、支出の記録等とも首尾一貫している以上、金商法193条の3の適用は全く考えないと思われます。
投稿: 通りがかりの会計学?研究者 | 2011年11月14日 (月) 01時22分
ご指摘のとおり、国内3社の買収問題については買収価格の高額さというよりも、減損認識の問題点のようです。ただ、ジャイラス社の件では、やはりFA報酬の異常性について関心をもっていたようで、そのあたりの監査法人の指摘について報告書がかなり気を使っている様子です。
投稿: toshi | 2011年11月14日 (月) 01時38分