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2011年11月24日 (木)

大王製紙の「創業家支配」排除は必要か?

大王製紙エリエール・オープンが終了するのを待って元会長さんへの強制捜査が始まりましたが、本日報じられているところでは(106億円の子会社からの流出のほかに)大王製紙の非連結関連会社からも、さらに5億円以上の迂回融資が元会長氏の口座へ流れていたそうであります。強制捜査に踏み切るにあたり懸案とされておりました被害弁済(会社損害の有無)や資金使途(自己の利益を図る)の要件もクリアされてきたようです。ただ子会社役員の「共謀」を認定している点や、東京地検特捜部が今年4月の時点で元会長氏の海外口座を把握し、内偵していたと報じられていますので、本当は今年3月か4月の時点で社員(子会社社員?)から当局あたりへ内部告発があったのではないでしょうか?9月の時点における子会社財務担当者からの内部通報は、あくまでも社内調査を開始するきっかけにすぎなかったのかもしれません(通報伝達ルートがイレギュラーであったことが不正発覚につながったことは既に述べたとおりです)。このあたりは今後、捜査等では明らかにならないかもしれませんが。。。

オリンパス事件と並び、今年の企業不祥事の代表格となってしまった本事件ですが、こういった事件をきっかけとして、10月以降、ガバナンス論議が盛んになっております。「ほとんどの上場会社はまじめに仕事をしているのであって、これらの事件は特殊事情にすぎない」とも指摘されているわけですが、私は当たっている部分と違う部分があるように思います。

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大王製紙事件などの同族企業を例にとって、経営者関与の企業不祥事発生のメカニズムを表現したのが上図であります。あらかじめ申し上げますが、これは大王製紙に関するものではなく、あくまでも同族企業に関する一般的な傾向、という意味でまとめたものです(念のため)。

左に「不祥事の芽」と書いておりますが、これはあくまでも不正リスクが存在することを述べているものでありまして、決して創業家一族によるグループ支配体制が「悪」と決め付けたものではありません。絶対的支配があるからこそ、指揮命令系統が明確となり、震災対応など緊急時の意思決定が迅速となって企業の社会的責任を果たし得るケースもあるでしょう。うまく機能すれば企業倫理も社員一般に広く浸透するのではないでしょうか。以前も書きましたように、たとえば営業部門の不祥事というのは、根っこは顧客、取引先、同業他社担当者らとの「信頼関係」と裏腹にあります。ステークホルダーとの信頼関係を維持することは営業にとって重要でありますが、その信頼関係が共謀や個人的な貸し借り、競争制限という病巣の発端にもなります。同じように同族企業における経営者関与の企業不祥事は、絶対的な支配力が企業の強みである反面、一歩間違えると企業のガバナンスがマヒする、というリスクの上で発生することとなります。

大王製紙事件の特別調査委員会報告書では、今後当社の再発防止に向け、この企業グループ全体を井川家が絶対的権力で支配する構造を変えなければならないと結論つけておられます。たしかに、大王製紙社の支配力が排除されることがもっとも立ち直りのきっかけとしては大きいものと思います。しかし一族系企業が多くの会社の支配株主である以上、一朝一夕にそういった体制が変わるはずもないわけで、むしろ絶対的支配力が存在するなかで、今回のような経営者不正が起きないようにするための仕組み作りを検討することが「思考停止」に陥らない対応ではないかと思います。

ひとつの案としては、経営者不正は経営者だけで完結するものではない、という点を捉えることが考えられます。架空循環取引等、会計不正に関する事件をみれば明らかですが、経営者に近い者だけで不正を継続して犯すことは不可能であり、からなず支援する社員の存在があります。オリンパスの事件にしても、20年あまり損失の飛ばしを経営者だけで敢行できるわけもなく、そこには将来の昇進を約束された社員の協力が不可欠であります。大王製紙のケースでは、通報システムの伝達経路は元会長と実弟である元取締役が管理しているため機能しなかったのかもしれませんが、たとえば不正に加担した社員が監査役や社外役員に直接通報できるシステムなど、特別予防的にも、また一般予防的にも経営者を不正から遠ざけるシステムによって「不祥事の芽」によるリスクの顕在化を防止すべきであります。こういったシステムの構築と、ガバナンス改革を併せることで、はじめてそこそこの不正予防、不正早期発見の可能性が高まるのではないでしょうか。

大王製紙事件のように、一次不祥事自体が「明らかに特殊事情」である、という事情がなければ、そもそも二次不祥事が表面化することもないわけでありますが、企業はどこでも不祥事の芽を抱えているのでして、また大事件に発展してしまいますと、それが直接の原因か否かは不明なまま、監査役や監査法人の無機能、取締役の監視義務違反といったことが批判されます。そう考えますと、どこの企業もガバナンス改革の必要性は指摘されるところであり、「うちは経営者の倫理意識は高いからだいじょうぶ」と安心してはいられないものと考えます。

11月 24, 2011 コンプライアンス経営はむずかしい |

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コメント

内部からの情報が不祥事(二次不祥事含む)の未然防止に最も有効なことは間違いないでしょう。
ただ、内部通報者の身分が保障されないとなかなか情報は表に出にくいのではないかと思います。
内部通報者の秘密は守られることになってはいますが、実際には、犯人探し?によって内部通報者が特定され不利益を被るという恐れが無言の圧力になっていそうです。
また、内部通報することによって会社が経営不振(最悪の場合倒産)に陥ることは、内部通報者自身の生活にも直接影響が及びます。家族共々路頭に迷うというリスクを負ってまで内部通報するのは相当に勇気の要ることだと思います。

結局、経営者が不祥事を起こさないということに尽きるのではないでしょうか。
同族経営を否定するつもりはありませんが、創業者の直系が必ずしも創業者と同様の優れた経営感覚を持っているとは限りません。
血筋に関わらず優秀な若手幹部に経営を引き継ぐというのが経営者としての正しい姿かと思います。
そういう意味で、現在行なわれている会社法改正審議の中で、過半数の独立取締役による委員会で新任取締役を選任するという提案は当を得ているかと思われます。
現状でもこれに似た形で新任取締役候補を選定している会社がありますよね。

資本と経営は別という認識に立たないと創業家一族による同族経営はなくなりません。
公開株式会社であればなおさらです。
創業家一族としては、自らの家系に経営の才覚があるか否か、客観的に判断し、ないと判断されたら潔く経営からは手を引き、株主として会社を見守るという姿勢があっても良いかと思います。(一般人として生まれた者のたわ言ですが、、、)


投稿: Chuck | 2011年11月24日 (木) 14時28分

>
ただ、内部通報者の身分が保障されないとなかなか情報は表に出にくいのではないかと思います。
>

御意見ありがごうございます。

おっしゃる通り、そこが最大の問題です。本文でも書きましたが、私は内部通報制度をどのように立派に整備し、運用しても、経営者関与の不正には不十分だと思っています。したがって、ガバナンスとの組み合わせによって実効性を高める工夫が必要です(ちなみに、ここは私の本業ですので、いままでも何例か実証済みです)。
ただガバナンス改革といっても、結局は仲良しグループで終わってしまうかどうかは、ご指摘の通り最後は経営者の倫理観にかかってくるわけですから、簡単に正解はでないのですがね。。。

投稿: toshi | 2011年11月24日 (木) 14時36分

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