オリンパスのガバナンス不全と企業統治改革論への影響度
朝日新聞ニュース(11月20日)において、かなりオリンパス不正会計事件の進展にとって重要な事実が報じられております。(経済誌では既報ですが)オリンパス社が国内3社を買収するにあたり、価格算定に関する資料が提出される前に、すでにオリンパス社の取締役会において買収を決定していた、とのこと(朝日新聞ニュースはこちら)。公認会計士による価格算定結果が出る前、ということですから、21年5月に提出された(従前の)第三者委員会報告書よりも先に取締役会は3社の買収に関する取締役会決議がなされていた、ということであります。
オリンパス社の第三者委員会は法律家委員によって構成されていますので、「算定された買収価格が異常であり、通常の価格算定の手法からすれば到底適正なものとはいえない」という企業価値判断の適否をもって結論を出すことはせず、むしろ背景事情も含め、「全体からみると、今回の企業買収価格は『最初に結論ありき』というものであり、価格算定は目的ではなく手段にすぎない。ゆえに企業買収価格は適正なものとはいえない」という事実認定から結論を導くものといえます。これは会計処理の適否の判断を回避しながら有価証券虚偽記載等を判断する裁判所の手法に合致するものであり、また最近の(たとえば)ネステージ事件において現物出資対象物の価格算定を行った不動産鑑定士に対する立件を進める捜査当局の手法にも合致するものです。
第三者委員会が、朝日新聞ニュースのような事実を内部資料から重視した、ということは、国内3社の企業買収時の取締役、監査役の行動を評価するにあたり、いよいよ大詰めを迎えつつあるのではないか、と推測されます。私はこの事件が発覚した当初、現在の社長以下、取締役・監査役だった方々は「とりあえず(2年前の)専門家による第三者委員会報告が出ているのだから」買収価格が異常に高額であることの疑問は払しょくされたのではないか(つまり本当に3名以外の役員は「損失隠し」のスキームなど知らなかったのではないか)・・・・・と述べました。しかし上記ニュースが報じるところでは、「最初に結論ありきの役員会決議」の存在が疑われ、公認会計士による評価鑑定、監査役会が依頼した第三者委員会報告書の結果報告は、いずれも「ためにする鑑定、報告」だった可能性も否定できないように思われます。
いま、オリンパス事件、大王製紙事件をきっかけに、企業統治(ガバナンス)改革の必要性が一気に浮上しており、具体的な施策などもすでに提案されているような状況に至っております。たしかに大王製紙事件の特別調査委員会報告書では、大王製紙社の監査役、監査法人の行動について特別な悪質性を認めていないようですし、私自身も日弁連の企業コンプライアンスPTの委員として、こういった改革論議が盛んになることは歓迎する立場ではありますが(以前、当ブログでもとりあげました韓国の「遵法支援人制度」などを例として日弁連声明もだされています)、「オリンパス、大王の事例は氷山の一角か、それとも特別な企業の問題か」という点については少し冷静に判断したほうがよいのではないか、と思っております。
いま企業統治改革として議論されているのは、「なぜ他の取締役が監視できなかったのか」「なぜ監査役は機能しなかったのか」「なぜ監査法人は会計不正を見逃したのか」といったことが世間の期待ギャップとして表面化したからであり、そこで不満が一気に爆発したことによります。ただ、今回の一連の不祥事が、企業統治改革と結びつくためには、社外取締役や監査役、監査法人などが、とりあえず自らの使命に従って通常の職務を遂行しているにもかかわらず、不正を見抜けなかったことが前提となるはずです。ところで過去の不祥事事例において、モニタリング機能が発揮されなかった事例のなかには、①監査役や監査法人が経営者と共謀して積極的に犯罪を遂行した事例、②監査役等が不正を知っていながら何も言わなかった(放置していた)事例、そして③普通の監査役、監査法人ほどの業務すら行っていなかった、いわゆる「名ばかり監査役」の事例も昔から存在するのでありまして、そういった事例では昔から裁判所は(通常の業務を怠ったものとして)法的責任を認めております。したがいまして、今回のオリンパスの事例なども、たとえば損失隠しを主導していた役員以外の取締役、監査役らが、「不正を知りながら放置していた」と評価されるほどの悪質な事実が認定されるのであれば、従来から時々みかけられる特別事情が存在する企業であり、とくに(他社でもよくみられるガバナンス不全に関する)氷山の一角とまでは言えないのではないか、ともいえそうであります。
とりわけガバナンスの機能不全が「悪質」と認定されてしまうと上場維持問題にも影響を及ぼすこととなりますので、むずかしい問題ではありますが、「日本の上場企業のガバナンスすべてに問題が内包されている」という見方とは直接に結びつかない、と考えられます。先の朝日新聞ニュースによりますと「第三者委員会は買収資金の流れ以外にも、チェック機能を果たすべき取締役会が不正を防止できなかった経緯にも注目している」と報じられておりますので、今月中にも明らかになる第三者委員会の事実認定と評価結果は、今後の企業改革論議の行方にも影響を及ぼすものと考えております。
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コメント
オリンパスの現経営陣も、気概を示して、九州電力と同じようになさるのでしょうか。「第三者委員会の報告は受領致しましたので、これを参考に当社としての見解は別途発表致します」とのコメントで。
蛇足ですが、今回、現社長(及び現経営陣)の責任・関与を認める(または示唆される)ような報告がなされた場合、そもそも利害関係者の現社長が第三者委員会を指名したプロセス自体を検証する、第四者委員会が必要な気がするかと思うのです。
投稿: 博多ぽんこつラーメン | 2011年11月21日 (月) 00時42分
今回の第三者委員会については、日弁連のガイドラインに準拠することを明確化していますので、依頼主のための委員会活動にはならないと思います。したがって、もはや多くのステークホルダーの利害関係が錯綜していますので、形式上の選任者が誰であれ、その効果は維持されるでしょうね。
なお、今回のオリンパスの事例では、背後に上場問題、刑事問題、行政処分が控えておりますので、九電メール事件とは相当に企業のおかれている状況が異なります。したがって第三者委員会の結論を否定することのリスクも異なるものと思います。
投稿: toshi | 2011年11月21日 (月) 01時25分
たしか一ヶ月前のfacta誌に同様の事実が報じられていました。裏付けが取れた、ということでしょうかね?
投稿: 通りすがり | 2011年11月21日 (月) 09時40分
果たして、ウッドフォード氏は無事に取締役会に出席できるでしょうか。
まともに発言させてもらえるでしょうか。
投稿: 機野 | 2011年11月23日 (水) 18時17分
出席意欲があり、また発言意欲のある取締役の出席を拒むと取締役会決議の効力に影響が及ぶと思いますので、とりあえず可能かと思われます。
話は変わりますが、たしかウッドフォード氏は英語で発言するわけで、いつも通訳の方がいらっしゃるのでしょうね。「あ、うん」の呼吸など通用しないでしょうね。
投稿: toshi | 2011年11月24日 (木) 14時41分
菊川取締役,山田取締役,森監査役の3氏が辞任した(民法上の委任契約を絶った)との報道を見ました。
何だか11月25日のオリンパス取締役会も「喧嘩過ぎての棒千切り」になるんでしょうか。
でも「本件買収については監査役会全員一致の見解として適法云々」の開示は一体何だったんだろう。
投稿: skydog | 2011年11月24日 (木) 22時50分
24日20:55に3名辞任のリリースと高山社長コメントが出ていますね。
経営陣交替のときではないというニュアンスの社長コメントと整合するのか若干疑問です。
しかしこういうときの広報・IR室は大変でしょうね。
投稿: JFK | 2011年11月24日 (木) 23時24分
ご意見ありがとうございます。JFKさんのスルドイ指摘をエントリーのなかで書こうかと思いましたが、(ちょっとナマナマしすぎるので)もう少し様子をみたいと思います。
投稿: toshi | 2011年11月28日 (月) 00時59分
DMORIです。
第三者委員会からの報告が出て、オリンパス社の不正は、歴代のトップも関与していたことが、いよいよ明らかになってきました。
監査法人の責任も問われていますが、以前から言っておりますように、監査法人の報酬を被監査企業が支払う仕組みになっていることに、根本的な問題があります。
上場企業の監査とは、会社のためにするものではなく、株主や社会のためにするものだという前提に立って、監査法人への報酬は、株主の組合が支払う仕組みにしていかないと、解決はむずかしいでしょう。
不正の疑いを持ったとき、自分のギャランティを払ってくれている人間に対して、どうしても追及を緩めてしまうものです。
このような根本的な仕組みの改善は、一朝一夕にはむずかしいかも知れませんが、さしあたりJ-SOXで、監査法人との守秘義務契約について、1点歯止めを作っておく方法はどうでしょうか。
監査法人から会社の不正を嗅ぎつけられたことで、今回のようにオリンパス社が別の監査法人に乗り換えてしまった場合でも、守秘義務契約があるので、不正情報を他言しづらいという問題があります。契約を解除されたあとでも、「契約中に知った機密情報をもらしてはならない」といった条項があるからです。
したがって、こうした守秘義務でも、「法令に違反する行為であると、監査法人側が判断した場合は、この限りでない」といった例外規程を必ず盛り込むことを、金融商品取引法に定めて、強制力を持たせておくわけです。こうした改訂は、実行可能な方法と思います。
投稿: DMORI | 2011年12月 7日 (水) 13時06分
ご意見ありがとうございます。カネボウ⇒中央青山 のときも同じような意見が多数出てきたように記憶しています。ホント、最後は「会計監査上の倫理」に行き着くような気がしますが、それだけではうまくいかないのでしょうね。今回の第三者委員会報告書のなかで、引き継ぎ事情について触れられていますが、あのあたりをみても制度だけでうまく機能するかといえば・・・と感じました。
投稿: toshi | 2011年12月 7日 (水) 17時05分
素人です。監査法人が「対価を支払ってくれる顧客」を告発することができるか疑問です。弁護士は法の抜け穴を教え、税理士は税法の抜け道をアドバイスするのが「顧客に対して誠意ある行動」とも言えます。職業的正義、道義は大切ですが、正義の番人役は監査役、監査法人にはできないと考えた方が正しいのではないか。正義の番人は必要だから、誰が如何に果たすか実現可能な制度が必要。
投稿: kbsan_t | 2011年12月 7日 (水) 20時57分