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2011年12月12日 (月)

オリンパス社の全社的内部統制と「悪い意味でのサラリーマン根性の集大成」

(13日未明 たいへん多くの方にお読みいただき、また反響も大きかったようで、どうもありがとうございます。少しだけ末尾に追記いたしました)

週末、少しずつではありますがオリンパス事件の第三者委員会報告書を読み始めておりました。今週、オリンパス社では過年度決算も訂正されるようですが、この第三者委員会報告書を読む限り、同委員会は、J-SOX(内部統制報告制度)における全社統制の評価において、かなりハイレベルなリスク評価を要求しているように思いました。今後他社において有価証券虚偽記載事件が発生した場合、この報告書が示したレベルの全社統制評価が行われないかぎり、財務報告内部統制において構築義務違反が問われる、ということも考えられますね。本来、文書提出命令によって開示されるべき、いわゆる「三点セット」の文書も精査されておりますし、なんといっても、オリンパス社は形式上はガバナンスもきちんと構成され、また財務報告に係る内部統制も、なんら問題なく有効と評価されてきたわけであります。この第三者委員会報告書が比較的高く評価されているわけですから、今後は粉飾決算事件における取締役や監査役の責任追及訴訟等において、当該報告書は格好の引用資料として活用されることになりそうです。

この報告書でも述べられ、また経済団体や日本監査役協会でもコメントが出されておりますが、「オリンパス事件の教訓は、形式的なガバナンスの仕組みよりも、むしろ取締役や監査役の倫理感、使命感やその職責を担う覚悟の問題」であり、これが最も重要である、とのこと。とくに本報告書では本件事案発生の原因分析のなかで、オリンパス社の場合は会社トップによって不正が行われることを想定したリスク管理体制がとられていなかったことに大きな問題があったとされています(報告書179頁)。「経営中心部分が腐っており、その周辺部分も汚染され、悪い意味でのサラリーマン根性の集大成ともいうべき状態」と表現されております。

たしかに報告書の事実認定部分を読み進めておりますと「これはたしかにひどいなぁ」といった感想を持つところも多々あるわけですが、これを「悪い意味でのサラリーマン根性の集大成」と言い切って、役員たるもの、高貴な倫理感のもと、「悪いことは悪い」と堂々と言わなければならない・・・というのも、とても現実離れしたものであるような印象を抱きました。そもそも「悪い意味でのサラリーマン根性」が備わっていたほうが上場会社の役員になれる確率が高いのか、低いのか、仮に高いとして、その後役員になったとたんに「役員としての倫理感」や覚悟が備わるようなものなのか、そのあたりが検証されなければ、私など気が小さいものですから、およそ「集大成」などと言い切れないなぁと。

粉飾決算が起きてしまった会社の役員だった者は運が悪かった・・・・というのと、あまり意味が変わらないような気がします。オリンパス社の元社長は「悪い」と堂々と言ったがために解職され、それだけでなく、名誉棄損や秘密漏えいによる損害賠償請求訴訟を提起する、とまで会社から公言されたわけです。この元社長はまだ、有名な監査法人の支援を受けて、「ほぼ間違いなく不正がある」との証拠を握ったから堂々と「悪い」と言えたのです。ましてや、普通の取締役や監査役が、それほど多額の報酬も専門家に払えないまま「たぶん悪いことが起きているけど、間違っていたらどうしよう」といった心理状態で「悪いことは悪い」と堂々と言えるでしょうか?それを言ったら生活ができなくなるばかりか、会社から損害賠償裁判を提起される、というのでは、どんなに高貴な倫理感をもって、どれだけ財務や法務に精通した者であったとしても、声を上げるのは無理です。「自分ひとりの意見で経営の意思決定を遅らせてしまうことを回避することこそ倫理感に基づく行動ではないか」と考える方もおられると思います。「それでもモノを言わねばならない」と言われるのであれば、今後法改正が予想されている社外取締役など、だれも怖くてできないと思います(責任限定契約の存在、D&O保険の存在、といった次元の話ではないと考えます)。

取締役の資質や倫理感、覚悟、というのはもっともだとは思いますが、それらが取締役や監査役に備わっていることと、「経営トップにモノが言える」こととはダイレクトには結び付かないわけでして、その間を結ぶ「何か」を試行錯誤しなければ問題解決にはならないと思います。モノを言わなければ高額の賠償責任を負わされる、というのもひとつの考え方ではありますが、それは社外役員制度導入の機運や、我が国の業務執行取締役中心の取締役会構成の現実(他の取締役の担当分野には関心をもたない)とは合致しないのではないでしょうか。

公益通報者保護法は労働法制のひとつであるため、取締役や監査役が保護されるわけではありませんが、やはり秘密の暴露が許容される要件を検討したり(たとえば目的の正当性、真実と信ずるについて相当な理由があること、証拠を持ち出すことについて不正競争防止法の適用がないこと、不正指摘と解職との間に時間的近接性ある場合には、解職が権利濫用となる等)、「不正」を「不正のおそれ」と広く解したり、会社の利益を守ることを目的とした緊急避難の法理を適用する等、「モノを言える環境つくり」を検討すべきではないでしょうか。

不正と推定される行為や不正調査を開始する要件などを社内規則によって形成していく、ということも考えられます。もちろん、組織によってはそんな簡単に解決するものではないといわれそうですが、この「役員の倫理感」と「現実に物を言える」ことを結び付ける何かを思考しなければ、またオリンパスと同じような事件が発覚して、同じような報告書が作られる・・・という繰り返しに終わってしまうのではないかと危惧しております。

(追記)本エントリーをお読みいただいた常連のgo2cさんのブログにて、かなりスルドイご意見が書かれております。併せてご参照いただければ、と。

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コメント

間違ったことを間違っている、といいにくい組織の雰囲気(あるいはそのことが正確に報道されない現状)というのは、太平洋戦争時代の大日本本営のエリート組織や東京電力の放射能漏れやであたふたする今の霞が関、政治家のスローガンに通じるものがありそうです。

自分たちに都合の良い情報ばかり吸い上げられ、事実を見て見ぬふりをする…。事後検証も結論ありきのおざなりなもの。問題先送り的で、長期的な組織の持続ある発展を考えていない…(もし長期的に組織を永続させる観点があれば、問題が発生すれば初期的な時点で解決を図るはず)。

散々オリンパスをDisりながら、実態は株式会社の運営以上の根が深い問題ではないかと思うようになりました。

同質化しやすい日本の文化、教育にもメスを入れないといけないような気がいたしました。法律や資本論とは違って、変な意見になりました。

投稿: katsu | 2011年12月12日 (月) 08時50分

「この元社長はまだ、有名な監査法人の支援を受けて、「ほぼ間違いなく不正がある」との証拠を握ったから堂々と「悪い」と言えたのです。ましてや、普通の取締役や監査役が、それほど多額の報酬も専門家に払えないまま「たぶん悪いことが起きているけど、間違っていたらどうしよう」といった心理状態で「悪いことは悪い」と堂々と言えるでしょうか?」と書かれていますが、上場企業の非常勤監査役をしていた時の経験から、非常に同感です。
 おかしいなぁ、と思い始めても、推測、憶測の域では、取締役会で発言などできないし、監査役会の中でも他の監査役の視点を歪める可能性もあって慎重になる。どうやらダメだったんだと確信できても、できることなら、次の取締役会までに、改善策とか対応策の粗っぽいものくらいまで考えてから発言しようと思い、臨時取締役会や臨時監査役会の招集は思い至りません。しかし、その間に他のルートから問題だということになると、その途端に隠蔽していたのではないか?と思われてしまう。一番最初に異議を唱えた者が偉くて、その他は全部腐っていると言われるのでは堪らないなぁという側面は考えてほしいと思っておりました。

投稿: ひろ | 2011年12月12日 (月) 13時23分

「悪い意味でのサラリーマン根性」との表現が報道で多いと思いますが、よく考えないで上すべりをすると、大事な部分を見落とす気がします。翻れば、重要なことを多く含んでいると思います。

トップのみの犯罪かと言えば、財務諸表作成に関わった会計・経理の実務部門の管理者や担当者も存在したのであり、その人達まで完全にだましたのか、モノを言えなくして、企業ぐるみの犯罪としたのか、どのような実態であったのだろうかと思います。

オリンパスの件は、「どちらに進むべきか経営判断が分かれる所であった」ではなく「違法行為であった」のであり、法を無視してつっぱしても、それを制御できなかったのであり、深く検討すべきことは多いと思います。

投稿: ある経営コンサルタント | 2011年12月12日 (月) 15時33分

先生、ひろさんの仰ることは、気持ちとしては非常に良く理解できますが、本来取締役、監査役の職務はそのくらいに厳しいものと考えるべきではないでしょうか。
特に監査役は、現実に不祥事の起こる確率は低いのですが、その時に機能することを期待されて監査役という機関が存在するのだと思います。
大事なときに機能できなくても仕方ない、という感覚では監査役不要論につながると思います。
滅多に機能する機会が無くとも、その時を期待して機関として設置され、現実にも処遇面でも役員として遇されているのが監査役だと思います。

投稿: O.S. | 2011年12月12日 (月) 15時37分

先生のおっしゃるとおり、たしかにこの報告書はある種「現実離れ」したところがあります。少々マスコミ狙いでカラフルな表現が目立ちますね。しかし、非常に重要な指摘が多数盛り込まれていることも見逃せず、今後大いに勉強する資料価値のあるものと考えます。
私見を申し上げますと、誤った状態から改善を図る際に、あるべき姿を見据えないで改善を図ることはできません。最終的に現実的なところで落ち着くにしても、あるべき姿を強烈に追い求めてこその落としどころだと思っています。とすれば、あるべき姿が現実離れしたとしても、現実が理想から大きく乖離した問題のある状況であるならば、「現実離れ」を目指すことこそが唯一の改善策といわざるを得ないのではないでしょうか。
これまで一流と呼ばれる企業のガバナンスのあり方を見てきましたが、第三者委員会報告で描かれているオリンパスは多かれ少なかれ他の企業でも同じような側面を認めることができます。財務が聖域化しているだとか、ローテがほとんどないとか、財務・経理・監査を統括する取締役がいるだとか、別段珍しくありません。しかし、これを現実として是認することは、やはり不祥事の芽を摘み健全で競争力のある資本市場を維持するという意味において、できないと思うのです。また、このような状態にあることを看過しておきながらその内部統制は有効と高らかに宣言する経営者も、そしてそれを大上段に適正と認める独立監査人も、もっとあるべき論をしっかりと考究するべきではないかと思う次第です。これらはすべて内部統制の基本動作に過ぎず、あたりまえというにはあまりに当たり前なことばかりなのですから。

投稿: 利助 | 2011年12月12日 (月) 22時46分

日本の会社の経営者は従業員の代表に過ぎないから、経営者の中心が腐ってるというのは逆で、従業員集団が高度に純化した姿が経営者の姿なのではないでしょうか。
きっと、この報告を書いた方は会社で働いたことがないのでしょう。
法の予定している前提と、実態の乖離はいかんともし難いですね

投稿: 亜美菜 | 2011年12月13日 (火) 00時14分

皆様、ご意見ありがとうございます。いろいろな意見があるものですね。利助さんは、私と結論が異なりますが、考えていらっしゃるところは近いなぁと感じました。おそらく「誰かが」第三者委員会報告書のようなことを言わねばならないのでしょうね。

かくいう私も、「2009年報告書」について触れていないのですよ。M&Aの第一人者であるM弁護士でも、このような意見書を書いてしまう、というのは、最初知った時、驚きました。ホント、自戒しなければ。。。

投稿: toshi | 2011年12月13日 (火) 00時28分

特設注意市場銘柄への指定の方向が出てきていますね。
http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye4901543.html

特設注意市場銘柄の指定は、東証が内部管理体制等について改善の必要性が高いと認めるときですから、内部統制監査において会社の内部統制が有効であるとの結論を、監査人が無限定適正として意見表明したことの責任が認められ易くなることになるでしょうか。
オリンパスにおいては、監査人は2009年3月期に種々の内部統制上の問題点を把握していたわけですから、会社に「重要な欠陥」を開示させるか、あるいは開示しない場合には、内部統制監査の監査意見を不適正とすべきであったのではないでしょうか。

日本において、「重要な欠陥」の開示が少ないことは、制度設計がうまくいったと自画自賛する向きがありますが、「重要な欠陥」を開示すべきであるのに、開示しなかったケースがあるということです。
経済産業研究所の「内部統制制度の実態と課題」
http://www.rieti.go.jp/jp/publications/dp/11j015.pdf
によると、適用初年度に「重要な欠陥」を開示した企業に、開示すべきであった企業(適用初年度には「重要な欠陥」を開示しなかった企業で、その後訂正報告書を提出企業)を加えると全体の12.3%になると推計しています。この数値は、アメリカの適用初年度の15.9%に匹敵するものです。

内部統制報告制度の運用において、「重要な欠陥」の開示に慎重すぎたと思われます。

投稿: 迷える会計士 | 2011年12月13日 (火) 23時02分

今回のオリンパス事件であまり語られていないのがJ-SOX(内部統制の有効性評価)との関係だと思っています。ご指摘のとおり、理屈のうえからすれば、内部統制監査はどこをみていたのか、ということでかなり監査法人の監査上の問題が出てくるのではないでしょうか?本日のエントリーも、実は内部統制監査が問題だという意識から書いてみました。

投稿: toshi | 2011年12月14日 (水) 02時12分

金融証券取引法による内部統制報告書の虚偽は実刑5年以下、罰金5百万円以下、会社としては5億円以下の罰金刑となり、犯罪です。 今回、会社法上の責任は問われていますが、内部統制上の責任は二重責任の原則からか、二重処罰忌避のためか、指弾されながらもこの罰則は適用されていないのではないでしょうか?

この罰則規定は米国のSOX法と比べると、社長と財務執行役員の個人の責任が半分に減っており、逆に、会社全体の連帯責任が問われています。 米国ではGEの有名なジャック ウェルチが引退後、20年にわたるアニュアルレポートを株主への手紙として出版しベストセラーになりました。 もしオリンパスの社長が同様のことをしていれば、金融商品の損益を明確にしなければならない立場だったと思います。 「株主への責任」と倫理を巡る文化の違いはあまりにも大きいです。

日本的な解決策としては、会計監査は、3年か5年契約にし、その間に内部統制環境の自己評価を一定水準に保てない場合、違約金をクライアントの会社が監査法人に支払うくらいのことをすべきだと思います。

また5年以上、あるいは10年以上会計監査人を続けないという業界ルールも必要です。 そうすれば、監査技術の向上も進み、会社の意識も変革していくと思います。

すべての組織の組織防衛を正当化すれば、それはある意味、合成の誤謬のように、その組織群が存在する社会そのものを脅かすことになります。オリンパス事件のような経済犯罪が社会から指弾される理由は、そこにあると思います。

投稿: 雲井遥 | 2012年6月25日 (月) 23時55分

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昨日のオリンパスさんの開示について書こうと準備したのですが、どうも書き方がまとまらないので、明日に回します。さて、内部統制の整備状況について、子会社まで含めて一通り、 ... [続きを読む]

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