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2011年12月14日 (水)

監査法人が経営判断に踏み込むことは御法度?-オリンパス報告書より-

引き続きオリンパス第三者委員会報告書ネタでありますが、2009年3月期の同社連結財務諸表について、同社経営陣に対して監査法人(あずさ)が具体的な行動を開始したのは2008年12月ころから、と上記報告書に記載されております(164頁)。

あずさ監査法人は、当時、オリンパス社による国内3社のM&Aに関連する投資の減損(費用化)と海外法人(ジャイラス)買収におけるFA報酬の不透明さを修正すべき、との問題意識を有していたわけですが、そのためには「単に会計監査上の問題点を指摘するだけでなく、業務執行の妥当性に関しても注意喚起をする必要があると認識していた」ようであります。実際に、経営陣に対して、あずさ監査法人の問題意識を説明し、取締役会での議論の必要性にまで踏み込んだとあります。

今朝(12月13日)の日経電子版(「飛ばし、前任から説明 菊川オリンパス前社長 自ら監査法人解任」なる記事)では、オリンパス社の元会長氏が「経営判断に踏み込んだこと」を理由に、2009年5月、あずさ監査法人を(元会長自ら、あずさ監査法人まで出向いて)事実上解任したことが報じられていましたが、そもそも監査法人が法定監査にあたり、被監査対象企業の経営判断に踏み込むことは御法度なのでしょうか?あずさ監査法人を事実上解任することは、元会長の独自の判断ではなく、取締役会決議に基づくものだそうですから(こちらの朝日新聞ニュース参照)、少なくともオリンパスの現経営陣の方々は、そのように考えておられたようであります。

税効果会計や金融商品会計、固定資産の減損、GC注記の判断など、経営者の経営計画や財務政策、将来予測、見積もりの妥当性に踏み込まねば監査はできないので、会計監査上の問題点を指摘するために監査法人が経営判断に踏み込むことは「職責として」当然のことかと思います。むしろ、オリンパスの元会長さんが怒っているのは、おそらく経営判断の適法性にまで監査法人が踏み込んで、取締役会で再度協議せよと指摘したり、経営陣の交代まで示唆することは越権行為ではないか、というあたりではないかと思われます。「役員会のやり方や、役員構成にまで監査法人に口をはさまれるとは、大きなお世話だ。何様だと思っているんだ」といったところかと。

しかし2009年3月期といえば、内部統制報告制度(J-SOX)が施行されており、監査法人は経営者による全社的内部統制評価を監査する立場にあります。つまり取締役会が機能しているかどうか、監査役(会)が機能しているのかどうか、経営者が適切に評価していることをチェックすることが使命とされているのでありまして、その監査のために統制環境を把握しなければならないはずです。当ブログでも、過去に京王ズHDさんの内部統制報告書が、監査役会が機能していないことを理由としていたことをご紹介しましたが、そこで述べているとおり(最終の評価は経営者によるものだとしても)監査法人側において監査役会が機能していないことについての指摘があったことで、「全社的内部統制に重要な欠陥あり」と評価したものであります。

たしかに、会計監査において特に問題がない企業に対して「取締役会で再決議せよ」とか「問題のある役員は辞任せよ」などと監査法人が指摘することはありえないでしょう。しかし、会計不正の疑義がある場合(財務報告に重要な虚偽記載のおそれがある場合)に、内部統制監査のために、監査法人が統制環境をチェックしなければならないのであれば、会計処理が生まれるに至った経営判断にまで踏み込むのは、むしろ当然のことではないでしょうか。日本取締役協会さんのHPにおいて八田進二教授が述べておられるように、本件は単なる内部統制限界論を示す例ではなく、全社的内部統制がきちんと構築されていれば、不正を防止できたか、もしくはもっと早く発見できた可能性は否定できないのでありまして、取締役会、監査役会の健全性に監査法人が配慮するのは、とりわけJ-SOX施行後であれば監査法人の義務であります。

問題は、そのための義務履行にあたり、わずか1週間で結論が出てきた「2009年報告書」の内容をそのまま受容してしまってよかったのか?単に内部統制監査の問題ではなく、金商法193条の3との関係で報告書を評価すべきではなかったか?というところでありまして、このあたりは監査役会と監査法人の協働問題として、また別途検討してみたいところであります。(迷える会計士さんが一昨日のエントリーについてコメントされているところも、まさに問題意識としては共通しているように思います。)

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コメント

これも「経営判断」という用語の微妙なニュアンスでズレが生じやすい議論です。監査を受ける立場の感想でいえば、監査法人がコーポレートガバナンスに土足で立ち入る(辞任の当否など)のは当然NGでしょう。でもこれは「経営判断」という文脈でいうことじゃないと思います。
会計上の見積もりに関しても、「経営判断」をみているとは考えていないんじゃないでしょうか、監査法人は。あくまで会計上の評価が妥当かどうかをみていて、仮に「経営判断」という言葉を使うとしても、裁量幅はかなり広くとっているように感じます(被監査側の素人感覚にすぎませんが)。
また、J-SOX監査で全社的内部統制をチェックしているとおっしゃりますが、そこで確認されているのは経営判断の妥当性ではなく、プロセスが存在し、回っているかどうかだけではないですか?取締役会を例にとれば、「第○回取締役会で監査役が発言しているけれども、的外れな発言ではないか」とか「表面的な意見に終始している」といった観点では監査していないと思います。取締役会が開催され、監査役も出席し、適宜意見をのべている事実が証憑とともに確認できれば、当該コントロールは有効という処理になるはずです。
仕組みの設計・運用自体「経営判断」に基づくものじゃないか、という方が居るかもしれませんが、そのような文脈で経営判断という言葉を使うなら、監査のほとんどは経営判断の監査ということになります。

「経営判断」の通常の意味で言えば、裁量を大幅に逸脱している場合(著しく不合理な場合)および、裁量がゼロに収縮している状態で他の選択をする場合に、監査法人が口を挟むのは何も問題ないことでしょう。
判断時点で明らかに不当とはいえない事項について監査法人が口を挟むとしたら、それはおかしいです。

投稿: JFK | 2011年12月15日 (木) 00時55分

JFKさんのコメントは的を得ていると考えます。

財務諸表の監査の目的は、経営状態が正直に会計基準にのっとって財務諸表に表現されているかどうか確かめることで、それ以上でも以下でもありません。

経営判断の内容が「監査人の常識と知識と経験から見て」異常なものであり、不正・不法行為などによって財務諸表に何らかの重大な影響があればその正当性に踏み込むことはあると思います。

Toshiさんに伺いたいのですが、

①全般統制がきちんと構築されていれば、とはどのような統制をイメージされているのでしょうか。

②職責という言葉をよく使われていると思います。その中で、取締役や監査役の場合は、自分の生活がかかっていてより上の取締役に正論を述べることは難しい場合があるとして、ある程度責任が免除されるような趣旨のことをおっしゃっていますが、同じく報酬を得て生活をしている監査法人の従業員とは、「生身で生きている」人間として違いがあるのでしょうか? 社会的公器を預かる取締役やその監視をする監査役の場合は人間関係だけで許容されてしまうのでしょうか。

③経営判断とは、どのような意味でお考えでしょうか。
役員レベルの判断から、事業部レベル、部門レベル、と様々な階層で行われています。その判断の結果、今回のような役員レベルでの不正もあれば、末端の従業員が長年ごまかしてきたような循環取引や、売上の粉飾などもあります。それぞれ重要である場合もそうでない場合もありますし、経営判断の合理性や妥当性を監査すべき、とするならば、数値には表されてこない、すなわち数値の重要性で監査エリアを絞り込めないこととなります。となると、監査すべき対象はほぼ無限に広がりをみせることになると思います。
大体異常な行為は記録に残りません。そのような記録に残らない経営判断や行為をどのように把握すればよいとお考えでしょうか?


疑問を提起され続けるのは最もだとは思いますが、もう少し建設的なアイデアをお聞かせ願えないでしょうか。


投稿: 会計士 | 2011年12月15日 (木) 21時59分

JFKさん、会計士さん、ご意見ありがとうございます。

このブログは何度も申し上げております通り、建設的なアイデアを提起する場ではありません。ブログという媒体は建設的な提案をするにはふさわしくないでしょう。もし提案するのであれば、管理人として1月に1回程度の更新として、その間、このブログの場で議論をしたほうがよいと思いますよ。建設的なアイデアはリアルの世界で議論をすることで生まれるものであることを、このブログを続けてきて身にしみております。

あと、ご意見・ご異論はなんぼでも大歓迎なのですが、会計士さんのご質問はまじめなものなので、どうか実名にてメールでお願いいたしますm(__)m。多少お時間はかかりますがご回答いたします。匿名メールへのご回答で何度か痛い目に合っていることをご察しください(笑)

投稿: toshi | 2011年12月16日 (金) 01時27分

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