« JR東日本株主代表訴訟で考える「内部告発より怖い内部通報」 | トップページ | 会社法改正試案(パブコメ案)が公表されたようで・・・ »

2011年12月 7日 (水)

ゲートキーパーとしての監査法人への期待(オリンパス報告書への感想)

商事法務さんのNBL「新春特別号」の編集のお手伝いをしている関係で、到底オリンパス事件の第三者委員会報告書を精読する時間がとれないようです。自身が興味を持っているところを「つまみ食い」のような状態でパラパラとめくってみたのですが、監査法人さんの責任評価に関する詳細な検証が目に留まりました。「予備審査会」などという、監査法人さんにとってあまり表で議論したくない(?)フレーズなども登場して、かなり興味深いところです。

当ブログで何度も扱っておりました金商法193条の3について、あずさ監査法人さんが、監査役に「権限発動を仄めかせた」とありますので、結局のところ193条の3に基づく監査役への通知はしなかったのですね。このあたりは事実上解任されたから、ということなのでしょうか。

監査法人が金融機関から「残高証明でだまされた」構図は山一の飛ばしと全く同じだなぁと感じました。しかし、山一事件の頃とちがって、現在は金商法193条の3が規定されています。つまりゲートキーパーとしての監査法人としての責務を尽くしたかどうか、という点が重要であります。

報告書を読むと、(とりわけ)あずさ監査法人さんは、不正を主導していた経営陣とバトルを繰り返し、監査役とも協議を行い「けっこう頑張っていたのではないか」との印象を持ちました。しかし、これは不正の発見のための尽力する、という事後規制の問題です。しかし193条の3が規定された以上、監査法人さんには、ゲートキーパー(犯罪抑止)として、事前規制の分野で職責を果たさねばならないはずです。つまり監査法人と金融庁の連係です。J-SOX(内部統制報告制度)でも、「開示すべき重要な不備」は、将来における財務報告の虚偽記載の危険(おそれ)を開示するわけですから、これと同じ理屈です。

投資家保護のために、まずは監査役と連係し、それが機能しなければ最後は当局と連係する、という構図であります。監査法人が金商法193条の3によって不正の届出をしなければならないのは、過去の不正を暴く義務があるからではなく(事後規制)、不正の兆候を知らせて、投資家にこれ以上の被害が拡大することを防ぐことが目的だからです(事前規制)。だからこそ、監査役を通じて企業の自浄能力で不正を抑止し、これがダメなら最終的には「おかしい」と思ったことを監督官庁である金融庁に報告せよ、と規定されているわけで、監査役に権限行使を促す目的で「193条の3を仄めかせて」済む問題ではないと思います

オリンパス社の監査役(監査役会)の対応から判断すべきなのは(これは前にも書きましたが)不正の兆候が合理的な理由によって減殺されるかどうか、であり、事前規制の観点からすれば、(2009年の第三者委員会の結論である)経営判断の適法性などあまり関係のないことです。また金融機関の残高証明に疑義が残るのであれば、事後規制の観点からすれば「金融機関からだまされたのだから、不正が発見できなくても仕方ない」で済むでしょうが、事前規制の観点からすれば「私たちが要求する形式の残高証明を出してこないのだから、これは怪しい。これでは適正意見はだせない。投資家が被害を受ける可能性が高い」といった警告を発する(金融庁に報告する)というゲートキーパーとしての役割としては全く機能していなかったのではないでしょうか(このあたりは、日本公認会計士協会報告書第○号のような規則があるかかもしれず、私が無知なだけかもしれませんので、またご指摘いただければ幸いです)。

第三者委員会は、監査法人さんに対して「問題なしとはいえない」と、非常にあいまいな言い回しをされていますが、この金商法193条の3による「ゲートキーパーとしての監査法人の役割」を第三者委員会がどう理解されているのか、そのあたりが不明なままであります。さて、この第三者委員会と行政当局(金融庁、検察庁)の役割分担・・・ということも、いろいろと考えさせられるところが多いのですが、それはまた報告書を精読したうえで、別の機会にエントリーしたいと思います。

|

« JR東日本株主代表訴訟で考える「内部告発より怖い内部通報」 | トップページ | 会社法改正試案(パブコメ案)が公表されたようで・・・ »

コメント

今後の金融庁の処分によっては、ますます監査法人は「官」への接近が強化されると思います。不正の発見が市場から求められている監査法人への期待とするなら、監査法人の業務姿勢は保守的にならざるを得ず、肯定的な意味で「民間」的な発想は希薄化するでしょう。そのうち、財務省下の国税庁と並立するような組織になるかもしれませんね。行政の立場に立つのですから「官」の力を発揮することも容易になるでしょう。監査法人のローテーション議論も含め、会計士としての魅力って?、再検討することになりそうです。いままでぬるま湯だったのかもしれませんが。

投稿: 某会計士 | 2011年12月 7日 (水) 13時36分

論旨でわからない部分があります。193条の3は、「法令違反等事実」を発見した場合の規定です。おそらく、ほとんどの場合は、「何らかの疑いをもつが、事実として明確に特定できない」ということになると思われます。マスコミの報道とは異なり、単なる疑念やうわさのレベルでは該当しないというのが、未だに発動実績のない背景ではないでしょうか。疑念のレベルで、どんどん通報しても免責されるとお考えですか。

投稿: 別の某会計士 | 2011年12月 7日 (水) 16時32分

ご意見どうもありがとうございます。本件に関心を持っていただける会計士の方々が増えていただけるとありがたいです。

もちろん193条の3には監査役への通知、それよりも厳格な要件のもとでの金融庁への通知、という条文構造になっていますので、「疑念のレベル」次第では通報しなければならない、ということになります。
免責、というのが守秘義務違反を問われない、ということを意味するのであれば被監査対象会社と監査法人とで、疑念について十分に審議を尽くしたうえであれば免責されるケースが多いと思っています。
単なる疑念やうわさのレベルでは、おっしゃるとおり難しいでしょうが、監査役への発動場面ということはありうるかもしれません。ちなみに公表されている発動実績としては(監査役に対してですが)春日電機の例がありますし、公表されていない例も実際にはありますね。

投稿: toshi | 2011年12月 7日 (水) 16時58分

ふとした疑問で、かつ非常に些少な問題でもありますが、一連の不正が明らかになった以前の高山社長他オリンパス社のウッドフォード氏に対する発言は、名誉毀損乃至信用毀損等には当たらないのでしょうか。

投稿: 博多ぽんこつラーメン | 2011年12月 8日 (木) 00時18分

反論でも何でもないのですが
「とりあえず何かあったら役所に言っとけばいいんじゃね?」っていう発想も、それが浸透しきってしまうのはどうかなぁと思わなくもないところです。
よくわからない紙の作成に忙殺されて(、もはや誰のために何の仕事をしてるのかもわからなくなって)いたり、(直接の関連はないですが)コスト意識を完全に失ってもはや役人よりも役人化してる20代の現場レベルの人たち(及び自分)を見てると思います。
会計監査というものが歴史に生まれてこの方、会計監査は基本的にずっと民間が担ってきたのにはそれなりの理由があり、行政権に依存するというのは方向として間違っている気が致します。
(toshi先生は制度設計を論じられているのではなく、現状制度の枠内で監査法人が行うべき事を論じられているのは理解しております。従ってこれは反論ではありません)
制度論的なことをいえば、もう少し調査権限みたいなものが付与されたら、もう少し何とかなることも増えるんじゃないかなぁと。例えば、検査忌避的な制度というか何というか(刑事法行政法という枠組みを用意するという意味ではありません)。引き換えに、今よりも結果責任というものが少々拡大するのはやむを得ないと思います。その方が仕事と結果がよりダイレクトで、何かと責任回避ばかりに奔走してる現状よりも態度が改められるんじゃないかと。誰のために何の仕事をしてるのかを節々で思い出させてくれるんじゃないかと。
しかしそのサジ加減は非常に難しいですが。それに、サジ加減に拘わらず、制度変更となればサイナーはめちゃめちゃナーバスになるわ、監査手続は爆発的に増えるわ、監査報酬は跳ね上がるわ、従って財界も会計士協会も大反対するだろうし・・・。
すみません、要は仕事の愚痴でしかありません。失礼しました。

投稿: さらに別の某会計士 | 2011年12月 8日 (木) 02時42分

上記のコメント踏まえて少しだけ書かせてください。

1.残高確認について
 一般の方はご存知ないかと思いますが、監査法人の銀行残高確認状はかなり多くの項目を網羅しています。もちろん担保も記載する項目があります。 しかしながら手書きでの対応が必要です。 日本の企業の決算期はほぼ3月なので、決算時はほとんどの上場企業に関する残高確認が銀行に集中するわけです。
 監査法人の要求する項目について効率的に対応できるシステムがないのだろうと思いますが、ハンドの対応となります。
 で、監査法人が回収しても、銀行の記入ミスあるいは記入してくれなかったり(銀行預金証明だけ添付)のようなことが従来はよくありました。
 日本の銀行はやはり日本人である程度丁寧なのですが、海外だとそうはいかないと思います。
 また、公的捜査機関の照会ではないので、顧客の依頼を最優先して情報照会に応じると思います。
 
 残高確認はやはり監査手続としてはかなり強力な手段であって、これについては社会的にももう少し理解が必要なのではと思います。例えば、①銀行の監査に対する理解と対応(システム含む)、制度的に3月決算が多すぎることに対する対応(社会的に資源の無駄、もちろんそれに備えて固定人員を抱えざるを得ない監査法人もです。)、銀行システムに応じた監査法人のシステム対応、あとは銀行の回答に疑念がある場合の強制照会権限でしょうか。

 3月決算が多すぎることに加え、年々決算発表が早くなり、監査法人の監査終了日も会社の要求でどんどん早くなっています。 特に巨大企業ほどそうです。例えば、私の経験で言えば、子会社が600社程度あるような会社でも、以前4月の20日ごろまで監査できていたものが、今は15日になり、会社が連結決算を占めて数値を監査できるようになってから3日程度しかない、ということもザラだと思います。となると残高確認手続きは全部完了できない場合があります。これについてはほとんどの重要論点は決算入る前に潰したり、残高確認も前月残高を確認して3月まで追うなどの対応はできるのですが、やはり3月末で確認することと比べると証拠としては弱いです。 
それでも、監査報告書までに修正事項が見つかれば修正して頂きますが、やはり上場会社の場合、一旦決算短信を出したあとに訂正するのはかなり重要な影響がありますし、監査法人も営利企業ですので、顧客の要望にはある程度応えざるを得ない面があります(もちろん譲れない線は絶対譲りませんが)
東証が決算の早期化をどんどん促進しようとしているのは、それ自体悪いことではないですが、決算数値の質や信頼性の確保、投資家のニーズ(数日早いことがそこまで重要かどうか)、社会的資源の限界の観点(決算に関わる人々の負担)の観点にも目を向けていただければと思うところです。

2.193条の3
 Toshi様がおっしゃるとおり、本件は内閣総理大臣に報告をしていたほうが結果的によかったということになるかと思います。企業として、あまりに不合理な取引をするはずがないからで、相当程度クロだという心証はあったと思いますし。報告をしたからといって、直ちに社会的に当該懸念が公表され、大騒ぎにならず、最終的に杞憂に終わった、場合でも監査法人が逆に報告が時期尚早だったなどど判断ミスを問われるようなことにならなければいいのですが。
監査法人が報告をしたような事実がリークして株価が大暴落し訴訟に巻き込まれようものならその後の不毛な訴訟対応に負われ監査担当者は数年まともな仕事はできなくなるでしょうね。
津波や地震速報を出して結果大きなことにならなかった場合のようなものでしょうか。

3.さらに別の会計士さんへ
 現在の会計基準、監査基準(法人内部含む)、法令は10年前と比べると2-3倍に膨れ上がっていて、ドキュメントの量も膨大です。 確かに、作業をこなさざるを得ない間はそういった感想を持つ気持ちもわかります。
 しかしながら、自分が選んだ職責、職業に就いており、かつこういった会計士に対する信頼を問われている時期にあまり自らの行なっている仕事の意味がよくわからない、のようなコメントはプロとしてはすべきではないと思います。

 米国の会計事務所と比較して、日本の監査法人は半分以下の報酬でほぼ同レベルの仕事をこなしています。日本以外の国ではパートナーやマネージャが会計士資格を持っていないようなところもあり、それに比べたら日本の監査は品質的に米国等に劣っていませんし、よく理解して監査していると思います。そういった意味では、私も同じ愚痴はありますけどね。

4.2009年の第3社委員会について
 この委員会のメンバーの方も、責任を問われてしかるべきではないかと思います。 今回の調査は50人程度投入して1ヶ月以上かかっていますが、それと似たような調査を委託されて一週間足らずで終わり、それらしき結論を表明してしまった事実は重いとおもいます(職業倫理に反しているのではないかと)


投稿: さらにさらに別の会計士 | 2011年12月 8日 (木) 11時01分

監査に対しての疑問はいろいろあるのですが、そもそも監査に対する「期待ギャップ」が大き過ぎるように思います。監査報告書の文面に表れているのですが、監査人はその責任をあまりに限定し過ぎてはいないでしょうか?
「逃げ」ともとられかねないような内容だと思います。
監査人が適正意見を出したからと言って、不正や粉飾がないとは言い切れないのですよね。とすれば、我々は何を信じればいいのかと。

投稿: 一般市民 | 2011年12月 8日 (木) 19時02分

193条の3と逆の仕組み(行政→監査人)ができないものでしょうか。
オリンパスの不正を発見する最大のチャンスは99年だったと思われます。事実、監査人は「飛ばし」取引を発見したものの、決定的な証拠がなかったため、それ以上の追及ができなかったわけですが、その時点でオリンパスの損失飛ばしを把握し、資料を入手していたのが金融監督庁で、その情報が監査人に伝えられていれば違った展開になっていたかも知れません。
http://www.toyokeizai.net/business/strategy/detail/AC/62ba02a18f4a653edbdcf6ba821f6bc2/

投稿: 迷える会計士 | 2011年12月 8日 (木) 22時23分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ゲートキーパーとしての監査法人への期待(オリンパス報告書への感想):

» 関西の某研究会でのお話(1):第三者委員会の件①・・・従業員が弁護士の同席を求めたらどう対応するのだろうか [法務の国のろじゃあ]
このエントリーは公開時刻自動設定機能によりエントリーしております。 先月は関西で [続きを読む]

受信: 2011年12月 7日 (水) 10時02分

« JR東日本株主代表訴訟で考える「内部告発より怖い内部通報」 | トップページ | 会社法改正試案(パブコメ案)が公表されたようで・・・ »