証券市場の健全性確保のための司法の限界-東理HD元会長無罪判決
オリンパス事件を考えるうえで参考となりそうな判決が二つ出ました。ひとつはライブドア事件高裁判決であり(こちらは判決全文を読む機会がありそうなので追って検討するとしまして)、もうひとつは東理HD元会長さんに対する特別背任被告事件の無罪判決であります。東理HDの増資を巡り、架空のコンサルタント料名目で約24億円をペーパー会社に流出させたとして、東理HD社の元会長氏が旧商法の特別背任罪に問われた事件において、検察側は①コンサルタント契約は架空取引によるもの、②たとえ架空でなくても報酬額は不当に高額、といった理由で「報酬名目で会社に損害を与えた」と主張していたようであります。しかし裁判所は「架空取引というには(元会長氏以外の第三者も関与していたという点において)合理的な疑いが残るし、また報酬も不当に高額とまでは言えない」と判断し、元会長氏に無罪判決を言い渡した、とのこと(読売新聞ニュースはこちら)。
判決全文を読んだわけでもありませんので、当該判決の当否について論じるつもりはございません。ただ、当ブログで何度も申し上げているとおり、証券市場の健全性確保のための司法判断(事後規制)にはやはり限界があるのではないか・・・・・といった感想をあらためて抱くような裁判であります。かつて三越事件でも、当時の社長が愛人の経営する会社を中間に関与させてマージンを払っていた件につき、「商品の仕入れについて、当該会社が何もしていなかった、とまでは言えない」として特別背任を認めなかった例もありました。特別背任のハードルはかなり高いと思われます。
もちろん「金融庁(監視委員会)や検察庁は、このような無罪判決が出てもいいのでバシバシ立件せよ!」といった意見もあるかもしれません。しかし市場関係の犯罪を取り締まるには人的・物的資源が限られているわけで、リスク・アプローチの観点からは立件が確実と思われるものに絞って今後も対応せざるをえないでしょう。先の読売新聞の報じるところでは、裁判所は検察批判も展開しておられるようで、やはり「バシバシ」とはいかないのではないかと。
最近の状況から見て、証券市場の健全性確保のために、司法が動くことが必要と思われるにもかかわらず、どうしても限界を感じざるをえないのは以下のようなものではないでしょうか。
今回のオリンパス事件でも問題となりそうな「M&A報酬」は、そもそも「金額が不当」といった闘い方では専門家の意見を徴取したとしても無理があると考えます。ネステージ事件でも問題となりました不動産鑑定士による鑑定評価や、一部の会計士の方が算定される株価算定評価書などの価格につきましても、「おかしいのでは?」と感じつつも、「評価がおかしい」では裁判所を説得することは困難であります。またキャッツ最高裁判決やビックカメラ課徴金審判でも考えましたが、会計士の方々が「これは公正なる会計慣行だ」と主張される会計処理についても、裁判所が会計処理方針の妥当性について判断することはむずかしいと思います(うまく回避して判断するのが常道かと)。
結局、このような証券市場の健全性確保のための事後規制が奏功するのは、暗躍する専門家集団が、「全体構想」の時点から参画(共謀)していた事実関係を丁寧に立証するしかないわけで、そうなると立件できる事件は相当に限定されたものになるおそれがありそうです。したがって誰がみても「怪しい」と思えるような第三者割当増資が繰り返されても、立件できるのはごく一部であり、ほとんどの事例では一般株主の利益が搾取され最終被害者として残ってしまうことになります。
だからといって厳格な事前規制を導入する、というのも経営の裁量を狭めることになり、昨今の経済環境のもとでは到底受容されるものではないはずです。この事後規制の限界と必要最小限度の事前規制の受容のバランス・・・・・、このあたりをガバナンスの強化や開示規制の改訂などを活用しながらどのように実現していくべきか、今後検討していかなければ、また上記と同様の裁判例が集積されていくような気がいたします。
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