JR東日本株主代表訴訟で考える「内部告発より怖い内部通報」
JR東日本社が、自社の信濃川発電所(新潟県)で、国の許可水量を上回る不正取水を見過ごし会社に損害を与えたとして、同社の株主3人が現・旧役員20人に対し57億円を同社に賠償するよう求める株主代表訴訟を東京地裁に提起したそうであります(毎日新聞ニュースはこちら)。役員らによる不正調査義務違反、もしくは内部統制構築義務違反を根拠とする株主代表訴訟、ということですが、行政当局からいったん水利権許可が取り消されていますし、データの改ざんもあったようなので、原則的には法令遵守体制の整備義務違反、ということでしょうか。
こういった役員の不作為の違法(調査義務違反もしくは内部統制構築義務違反による任務懈怠)が認められるためには、不作為が「作為」と評価しうる程度の違法性が認められる必要性があると思われます。上記毎日新聞ニュースによると、従前から地域住民らによって渇水被害の苦情が寄せられていた、ということですから、苦情があったにもかかわらず、何等の対応を取らなかったことを「不作為による任務懈怠」ととらえるようであります。
しかし住民から苦情が出ていたとしても、それが取締役の元へ情報として伝達されていなければ「作為」と評価しうる程度の不作為(調査義務違反)とまでは言えないようにも思われます。仮に、苦情を受理していた担当社員が、多数の苦情が出ていることを明確に上部に伝えていたのであれば、パロマ工業(元社長)刑事事件判決と同様、国民の生命・身体・財産への危険を取り除くことは経営判断において優先課題とされるべき、と思われますので「調査義務義務」についても現実味を帯びてくるかもしれません。そのあたりの事情がどうであったかは、報道内容からは不明です。
そもそもそういった苦情が上層部へ伝達される仕組み自体が具備されていなかった、ということであれば、調査義務違反とは言えませんが、また別の論点が出てくる可能性もありそうです。JR西日本福知山線の裁判でも問題とされているとおり、ATS(列車自動停止装置)を福知山線の事故現場に「優先的に」設置しておくべき義務があったかどうかは、「危険」に関する情報が当時的確に上層部に集約される体制が整っていたかどうか、ということと関連します。何が経営判断における最優先課題か、ということは、そもそも上層部に的確に判断根拠となる情報が集約される体制が整っていなければ判断すること自体が困難です。大きな組織であれば、経営者が組織のすべてに監視義務を負う、ということは非現実的なので、なおさら(監視義務に代わる)内部統制の構築の要請が高まるわけです。
パロマ工業事件判決をご紹介したときにも申し上げましたが、経営トップは鉄道事業の安全対策を含め、多くの経営判断事項を抱えていますので、取水制限違反の事実調査を、なぜ最重要課題としなければならなかったのか、具体的にどのような情報伝達経路を整備していれば、不正の兆候に関する情報を集約できたのか、そのあたりを原告側は丁寧に論証していかねばならないはずです(経営者はスーパーマンではないので、会社のトップとして、できる範囲のことをやれば任務懈怠に問われることはありません)。
さて、こういったケースにおきまして、企業側にとって一番怖いのが「内部通報があった事実」ではないかと。たとえば現場の担当者の行動を問題視していた同僚からヘルプラインに通報があったとしますと、これはダイレクトに経営トップが「不正の兆候」を認識していたことを証明するものです。このような通報と受けながら、なんら調査をせず放置していた、ということになりますと、これは最優先課題と認識する機会がありながら後回しにした、ということで善管注意義務違反が認定しやすくなると思われます。内部告発であれば、外部への情報提供ということですから、経営者は情報を把握していなかった、ということで責任を回避できるかもしれません。しかし内部通報となりますと、「不正の兆候を知っていた」もしくは「兆候を知る機会があったが、あえて放置した」ということになり、経営陣は非常に苦しい立場に置かれるのではないでしょうか。
経営者の調査義務違反や内部統制構築義務違反を問う裁判においては、この「不正の兆候の有無」や「内部統制構築義務」の中身を具体化する作業がとても重要になりますが、そこでも内部通報の有無は役員の任務懈怠の有無に影響を与える可能性があり、裁判の結果を分ける要素にもなりえることを認識すべきだと思います。
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