経営者のリスク感覚と「通訳者」の必要性
当ブログでも5年半前に盛り上がりました「阪神電鉄VS村上ファンド」の一件でありますが、先週1月12日の朝日「法と経済のジャーナル」の特集記事「元住銀副頭取が語る阪神VS村上ファンド攻防の秘話(その1)」は誠におもしろい内容です。村上氏が、NPO団体の活動に参加し、「炊き出し」など東日本大震災のボランティア活動をしている・・・という話しも新鮮ですが、なによりも当時阪神電鉄の社外取締役であった玉井英二氏によって村上ファンドが47,5%の阪神株式を保有するに至るまでを詳細に語られている攻防秘話は、とても興味深いものであります。住友銀行の元副頭取である玉井氏といえば、その後、不祥事問題で騒がれた赤福社の取締役に就任したことでも有名な方です。
玉井氏の語る阪神電鉄首脳部の村上氏への対応は、おそらく「どこの会社でも大なり小なりあてはまる」(玉井氏)ものであり、玉井氏が「たいへんですぞ」と申し向けても、首脳陣には買収リスクというものがほとんど実感されず、30%を超えるほどに村上氏から株を買い占められた頃になって、初めて「えらいこっちゃ」ということで右往左往することになります。この阪神電鉄の取締役の方々と村上氏との対面の場面も詳細に記されておりますが、私はこの部分を読み「なるほど、IFRS(国際財務報告基準)を経営者が理解する、ということは、こういう場面があるから必要なのか・・・」と合点がいきました。
企業買収リスクやIFRSだけでなく、反社会的勢力対応やBCP(事業継続計画)、システム障害や個人情報管理など、専門家の方々が「これは現場担当者が理解しているだけで済む問題ではなく、経営判断マターですよ」とおっしゃるわりには、どうも経営陣と温度差が激しい課題というものがあるように感じます。金曜日(1月13日)にも、私は日本内部監査協会で講演をさせていただき、そのあと懇親会で多くの内部監査室の方と意見交換をさせていただきましたが、内部監査や監査役監査の重要性を実務担当者は理解されていても、業務の有効性・効率性のために重要であることがどれほど経営執行部に理解されているか心許ない・・・との意見が多数聞かれました。
普通は、「みずほ銀行さんがシステム統合に2500億円をかけて取り組む」との報道(1月7日付日経新聞ニュース)にあったように、自社が痛い目に合わないと、なかなか経営判断にまでは至らないケースが多いのではないでしょうか。経営トップにとりまして、業績がなかなか向上しない状況のなかで、リスク管理に真摯に取り組むインセンティブはなかなか見いだせないかもしれません。ただ、内部監査や会計監査、監査役監査の重要性については、このたびのオリンパス事件や大王製紙事件が、いわば「通訳」の役割を果たしたものと思います。毎日の新聞報道等から、「うちの会社のガバナンスは大丈夫だろうか」と冷静に考えた役員の方々も多いと思います。
IFRS対応にしても、反社会勢力対応にしても、専門家の間では議論の深化が進み、たとえば専門家同士、もしくは専門家と実務担当者での議論はなるほど、高度なものになりつつあるように思います。しかし、そこで専門性が高まれば高まるほど、経営者の意識とかい離が生じ、課題への対応の必要性が認識されず、また認識されたとしても、取り組みは実務担当者任せ、という結果に終わるようです。村上ファンドは10%の阪神電鉄株式を取得した時点で玉井氏に連絡をとってきました。「えらいこっちゃ」の予兆が玉井氏から経営トップに情報伝達されるのですが、これに経営トップは全く反応しませんでした。リスク管理は実務担当者任せ・・・という事態では、おそらく経営トップはこれと全く同じ状況になってしまうのではないかと。
監査の重要性では、オリンパス事件等の突発事故が「通訳」となりましたが、IFRS導入やリスク管理の機運が盛り上がるためには、こういった専門家や実務担当者と経営トップのコミュニケーションを図る「通訳の立場の人たち」が必要になるのではないか・・・と最近、考えております。そこでは専門領域の異なる人たちが集合して、統合的な知識が必要となる場合もあるでしょうし、また「俺はこの分野ではこんなに高いスキルを持っていて、業界をリードしてるんだぞ!」といった意識を捨てて、一般の経営者の方々が、自己責任によってリスク評価が下せる程度にわかりやすい説明が求められる場合もあるでしょう。また、そういった通訳の方々の話を聞き、不要不急なコンサルティングを理解することにも役立つのかもしれません。きっと専門領域に生きる人たち(専門性を追求したい方々)には「おもしろくない仕事」かもしれませんが、でも誰かがそれをやらなければ、上記に示したような課題が経営判断と認識されることは「法の強制でもないかぎり」は非常にむずかしいのではないか、と思う次第であります。
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コメント
「通訳者」の必要性というご指摘に全く同感です。
弁護士さんや会計士さんを社外監査役や社外取締役に選任されている会社が多いかと思いますが、経営リスクに対して、その方々のアドバイスに経営者がどれだけ耳を傾けているか、またその方々が経営者に対してどれだけ判りやすく効果的なアドバイスができているか、という点が重要かと思います。
法務や財務経理の事象はともすれば理解し辛く、専門家に任せておけばよいとなり勝ちですが、実は経営者が理解して対応しなければならない経営に直結するリスクを包含していることが多いものです。
私達、企業で法務を担当する者も含めて、専門事象をいかに平易な言葉でわかり易く説明し効果的にアドバイスできるか、ということで専門家の専門家たる存在価値があると思う次第です。いくら内容は正確でも難解な言葉で理解不能な説明をしたのでは役にたちません。
時あたかも、会社法制の見直しに関する中間試案が出てパブコメ収集中ということもあって社外取締役の義務付け可否が論議されている所ですが、その様な才覚のある専門家であればたとえコスト増となっても社外役員として大歓迎されることでしょう。
投稿: Chuck | 2012年1月16日 (月) 10時15分
多摩川HD(ジャスダック)の元代表取締役が、杜撰な投資により会社に損害を与えたとして、常勤監査役さんが訴訟を提起しています。
このように、経営者の経営判断の誤りについても法的責任まで追及されるケースが増えることが予想され、経営者としても経営判断を行うに当たり、様々なリスクについて専門家の意見を適切に聴取していなければ責任を問われることとなれば、経営者の意識も変わって来るんではないでしょうか。
投稿: 迷える会計士 | 2012年1月16日 (月) 13時47分
面白かったです。特に、村上氏の質問に対する取締役の回答についてはとても「勉強」になります。ホリエモンが「穴熊」と評したことが、同じようにあてはまり、自分の世界から出てこない様子がよくわかりました。
役員会でこの記事を読むだけでも勉強になるかもしれませんね(ただ、この記事をコピーして人数分配布、とすると問題ですが。)。
投稿: Kazu | 2012年1月16日 (月) 17時11分
通訳者は必要ですね。でも、その役割は本来、法務部門や経営企画部門、内部監査部門等がみずから存在意義を訴求するべきものです。かしこい経営者であれば、はじめから彼らにその役割を担わせるでしょう。そうじゃない経営者は、外部の通訳者にすら頼ろうとしないでしょう。深刻な自覚症状がないと医者に行かない患者みたいなものです。
そもそも通訳者に頼ろうという意思を生じている時点で、問題に気付き、解決しようとしているわけなので、なにかトートロジーのような感じがしますね。事件という劇薬以外に、ほんとうにわかってない経営者を啓蒙する術はないものでしょうか?
投稿: JFK | 2012年1月16日 (月) 22時36分
Y2Kを思い出します。
海外では1997年以前に騒いでいましたが、日本では1998年の後半でやっと本気モードになりつつあったように記憶しています。
私は、経営トップを本気にさせるには、そのトップが一目置かざるを得ないような他社のトップに忠告してもらうのが一番だと思っていたのですが、阪神も玉井さんの威力なしだったのですね。
投稿: S.N. | 2012年1月17日 (火) 23時44分
皆様、ご意見ありがとうございます。
私の意見はかなり理想に近いものかもしれませんが、たとえばS.Nさんがおっしゃるようなことは、実は普段から私も励行している現実的な手法です。副社長が3人いても、問題案件によって、どの副社長から具申してもらったほうがいいか、真剣に検討することがあります。社内政治力を行使することも結構大事かも、というのが私の最近の感想です。
多摩川HDの件は初めて知りました。
投稿: toshi | 2012年1月18日 (水) 02時03分