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2012年1月17日 (火)

公認会計士の不正発見義務と「為す債務」

もうすでに会計士の方々のブログで取り上げられておりますが、日本公認会計士協会の監査・保証実務委員会より、研究報告「不適切な会計処理が発覚した場合の監査人の留意事項 について」(公開草案)」が公表され、意見募集中であります。昨今の企業不祥事に対する会計監査人の監査見逃し責任が議論されるなか、不正が発覚した場合に会計監査人がどのような身の処し方をすべきか、モデル案を提示することは非常にタイムリーかと思います。

大阪弁護士会では、昨年に引き続き、本年度も、会計士協会近畿会さんと共済事業を企画し、会計監査人の法的責任論についてパネルディスカッションを予定しておりますが、いつも議論のなかで登場するのが「会計監査人の不正発見義務」です。上記の研究報告や、架空循環取引等、会計不正の疑いがある場合の会計士の身の処し方に関するモデル報告などを読み、この点について少し触れる必要があるのでは・・・と感じるところがあります。

もちろん、きちんとご理解いただいている会計士の方もいらっしゃいますが、会計士の不正発見義務・・・というのは「結果責任」を問われるものではありません。たとえば某上場会社の粉飾決算が発覚し、その会社の監査を担当する監査法人が粉飾に気づかなかった場合、監査法人には不正発見義務違反の債務不履行が認められ、あとは担当していた会計士さん方に過失が認められるのかどうか・・・という法的な組み立てにはならないと考えます。会計監査の制度が100%保証・・・というものでない以上、これは仕方のないことかと。たまたま不正が発覚したから責任を問われる、というのでは「たまったものではない」ですし、会社と監査法人との準委任契約という法的性質にも合致しないからです。

そもそも会計監査人に結果責任が問われるのではなく、「為す債務」つまり専門家としての注意をもって監査証明業務に最善を尽くす義務が認められるのであり、したがって粉飾についても、不正発見に向けて尽力する義務を履行していたかどうか・・・ということが法的に問題になるはずです(これは取締役や監査役の善管注意義務と同じ発想です)。昔から不正の疑いがあれば会計士としての注意義務をもって調査すべき、と言われていたのかもしれませんが、最近はリスク・アプローチによる監査手法が浸透したことや、内部統制監査の制度化、金商法193条の3の新設、誤謬と不正とでは財務諸表の虚偽記載に及ぼす重大性に差が生じること等から、以前に比べて格段に不正発見に向けて尽力すべき義務の要求レベルが増してきたのではないかと思います。

さて、そのように考えますと、会計監査人にとって重要なのは「不適切な会計処理発覚時における身の処し方」よりも「不適切な会計処理か否か不明な時点において、これが不適切な会計処理であることをいかにして判断するか」ということではないかと。会社の調査委員会の判断が先行するような場合であればよいのですが、まだ会計不正が発覚していないけれども、会計監査人が疑惑に気づいた場合や、内部通報を受理したような場合であります。こういった場合の行動規範をモデル化することが、上記「不正発見に向けて尽力する義務」を履行したか否かにとって重要なことではないでしょうか。オリンパス事件における第三者委員会報告書では、A監査法人と会社側との交渉経過が詳細に出ていることや、一部報道において、ウッドフォード氏から告発に関する報告書を受領したS監査法人が「外部からの通報と同等に取り扱った」と述べていることなどから、そのあたりの重要性について理解すべき、と思われます。

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