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2012年2月 7日 (火)

監査役は会計監査人の情報をどこまで入手できるのか?

会社法改正に関するネタでございますが、日本公認会計士協会、日本監査役協会とも、会社法改正中間試案に対する意見のなかで、監査役による会計監査人選任権、報酬決定権付与につき、賛成の意見を述べておられます。会計監査人の職務の独立性確保、監査役の権限強化ということで、両協会の意見としては妥当なものと思われます。また、これは昨今の企業不祥事で問題となっております「監査役と会計監査人の連係・協調」を推進するものとしても意義があるものと思われます。

しかし、理念としては賛同するものの、監査役の現実の職務環境に鑑みて、果たして「選任権、報酬決定権」の実効性には疑問が呈されるのではないでしょうか?そもそも選任権にしても、報酬決定権にしても、監査役と会計監査人の対立の構図が予想されなければ絵に描いた餅になってしまいます。「連係と協調」が謳われることは良しとしても、ときには「緊張関係」もあるわけで、その緊張関係が現実化した場合、監査役としては本当に別の監査法人を選任する権利を行使できるのでしょうか。つまり会計監査人選択の自由が監査役に担保されているからこそ、選任権も報酬同意権も活かされるはずです。

たとえば監査人の報酬が高いから他の監査法人に監査を委任したい、監査方針に意見の対立があるため、他の監査法人の監査方針を聞いてみたい、といった気持ちが監査役(会)にあったとしても、現実に監査役会で他の監査法人を探してきて、どこの監査法人がふさわしいのか、決定できるだけの力があるのでしょうか。最近は会計監査人の交代というリリースが開示情報として目にすることが多くなりましたが、現実には経営執行部や総務・財務部門が一生懸命情報を入手して、様々な交渉を重ねることによって変更されているのが実務の現状だと思います。とくに上場会社の場合、会計監査人の空白は許されないわけですから、短時間に監査法人を見つけてくる必要があるわけでして。果たしてその人的・物的資源が監査役に存在するか、といいますとかなりの困難が伴うように思います。しかも会計監査の責任は今後、監査法人と監査役の連帯責任、という流れが強まるなかで、監査人選任の決定権が監査役にあるとなりますと、その選定の根拠も明確にしておかねばならない、ということになり、監査役にとってキビシイ事態も予想されます。

オピニオンショッピングではありませんが、監査法人を自由に選択できるだけの情報を監査役が入手できるのかどうか、その環境が整わなければ、会社法が改正されたとしても、結局はいままでどおり経営執行部が監査法人を選定し、その報酬も実質的に決めてしまって、形だけ監査役が関与する、ということになってしまうような気がしております。現在でも、監査法人の内部統制を監査役が審査する・・・というのが実務ですが、実際にはほとんどが監査法人が作成したペーパーを確認するだけの形骸化したものになっているのではないでしょうか。財務会計的知見を有する社外監査役の存在もこれまで以上に要請されてくるのではないかと。ともかく「会計監査人は監査役が決めたことだから」として、会計監査上の法的責任だけが監査役に厳しくのしかかる・・・・・という風潮だけは避けていただきたい、と思います。

PS 活字フェチ弁護士さんのブログで知りましたが、ISSの議決権行使ポリシー(2月1日施行)が変更され、日本企業に対する議決権行使助言の態度がずいぶんと厳しいものになっておりますね。外国人株主が多い上場会社の社外監査役さんは、ちょっと理解しておいたほうがよろしいのではないかと。

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コメント

先生の仰る通り本件は理念的には望ましいが、現実の運用を考えた場合は困難があり、形骸化の恐れが大きいでしょう。小生の在任中の周囲の監査役の多くは反対もしくは消極的な意見でした。今回の監査役協会のアンケートでこの論点が外されているのは不自然ですね。もし協会の見解に反するアンケート結果が出ることを恐れて除外したとすると、それ自体が大きな問題ではないでしょうか。
監査役の権限強化と会社法改正に関して言えば、監査役、会計監査人及び社外取締役、更には内部監査部門等の監査・監督機関の相互連携の充実が最重要であると考えています。その中にあってとりわけ常勤監査役の果たす役割は極めて大きい。社外取締役や社外監査役の持つ牽制・是正機能を充分に生かせるかどうかは、社内業務に精通し、日々生起する情報と役職員に直接接している常勤監査役がいかに適切に情報を提供し、問題の兆候を提起できるかに懸かっていると言って良いでしょう。ところが現実には問題企業の多くで、常勤監査役がその役割を果たせていないのも事実です。その最大の要因は人事的な地位・独立性の脆弱性にあります。現実問題として、監査役を指名するのは経営トップであり、その選任基準は監査役に適格かではなく、自分にとって都合がいい人物かどうかです。とりわけワンマンと言われる経営者にその傾向は強い。また監査役の任期は会社法で原則4年と決められているが、実際は経営側の人事ローテーションの都合で任期途中で交代させられるケースが少なくない。ということで、「中間試案」に関するパブリックコメントとして、監査役選任議案の株主総会への提案権を監査役(会)に与えること、また会社法第336条第3項(補欠監査役の任期規定)を削除し、すべての監査役に最短4年の任期を保証することを提起しました。後者は経営者にとって望ましくない「物言う」監査役を早期退任させる際の口実に利用されています。合わせて内部統制評価・監査の重複とJ-SOXの形骸化を回避するために、会社法と金商法の内部統制規制の整理・統合の検討も提案しました。いずれも試案の論点から外れているので、全く無視されることは承知の上ですが。

投稿: いたさん | 2012年2月 7日 (火) 12時46分

いたさん様、いつも有益なご意見、ありがとうございます。
社外取締役制度論と同様、これを会社法で強制することが、そのまま実効性の向上に繋がるかどうかが懐疑的な気がします。と言いますか、監査役制度に熱心な会社さんは、すでに運用として選任権、報酬決定権があるのに等しいところもありますよね。パブコメの点、理解できます。監査役制度の在り方を考えるうえで、とても有益なご意見と感じました。

投稿: toshi | 2012年2月14日 (火) 10時34分

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