公募増資インサイダー事件に思う「信託銀行の法令遵守態勢」
(3月22日午前 追記あります)
本日(3月21日)東証ホールにて「企業不祥事への早期対応に向けた処方箋」なる講演をさせていただきました。ご聴講、誠にありがとうございました。不祥事への早期対応にとって重要なのが「不正の兆候への気づき」と「有事意識の共有」であることを講演で申し上げましたが、本日報じられている中央三井アセット信託銀行によるINPEX(国際石油開発帝石)公募増資に絡むインサイダー事件は、まさに担当者の「気づき」が欠如したことに起因するもののようであります(日経新聞ニュースによると、中央三井の社長さんが「担当者は『重要情報』ではないと判断した」と記者会見で述べたことが報じられております)。課徴金の金額こそ数万円にすぎませんが、一昨年から噂されていた重大なインサイダー疑惑に関するものであり、信託銀行の今後の業務に重大な影響が出ることは想像に難くなく、社会的信用毀損の程度を併せ考えますと、同銀行にとっては極めて重大な不祥事に発展してしまったように思います。
私の妻も長年信託銀行に勤務しておりますので、ときどき「コンプライアンス研修」なるものを受けております。その研修内容をときどき妻から聞いておりますが、あまりにも形式的なものであることに愕然としております。いわゆるWEB研修というものが主流のようですが、基礎的な法令の知識や顧客資金の取扱い等、チェック形式によるもの。もちろん支店職員とホールセール業務を扱う職員とでは、求められるリーガルリスク対応は異なるものだとは思いますが、いわば「金融検査ありき」の法令遵守態勢の構築ではないでしょうか。社員の法令遵守態勢はこうやって確保していますよ、といった履歴を残すための対応ではないかと。いや、金融検査よりももっと手前の社内監査に耐えうるコンプライアンス研修、といったほうがよいかもしれません(支店サイドとしては、本部から臨店する内部監査部のチェックのほうがピリピリするようです)。
社長さんの記者会見でのご発言のように、本当に主幹事証券会社と接触した担当者は「プレヒアリングに関する情報提供は重要情報にはあたらない」と判断したのでしょうか?相手は著名証券会社でありますし、にわかには信じがたいところではありますが、もし本当だとするならば、当信託銀行の法令遵守態勢はどうなっているのでしょうか?このあたりは金融コンプライアンスに詳しいご専門の方のご意見もお聴きしてみたいところであります。そのご担当者の方が、普段どのようなコンプライアンス研修を受けておられたのか。本日、ある取引所関係者の方から「昔は取引所の職員は積極的に株を買ってリスク感覚を理解するよう勧められた。今ではとても考えられないですね」と述べておられましたが、銀行のコンプライアンス感覚も10年で大きく変わったと思います。以前であれば許されていたようなことも、経営環境の変化とともに「絶対に許されない」と理解されなければならないわけでして、そのあたりの環境の変化と金融機関の担当者の意識にズレが生じてしまっていて「気づく」ことができなかったのでしょうか?
もちろん行員の横領事件や説明義務違反(適合性原則)の防止も重要なコンプライアンス研修の中身ではありますが、毎度申し上げておりますとおり、事後規制手法への対応(行員や役員の行為による民事、刑事事件の防止)から事前規制手法への対応(法令遵守違反による信用毀損のリスク。つまりリスクベースで法令違反を回避する対応)へ「態勢整備」の重点をシフトさせていかなければ、今回のような重大な法令違反を早期に回避することは困難ではないかと考えます。このあたりは、金融機関といえども、また厳格な金融検査が存在するといえども、一般の企業と同じではないかと思います。
3月22日午前 追記
毎日新聞ニュースでは情報提供者側である証券会社の営業部門担当者から増資情報が伝わったとされています(毎日新聞ニュースはこちら)。ということはチャイニーズウォールが機能していなかったということなんでしょうか?たしかこの証券会社の情報遮断統制は日本でもナンバーワンとお聴きしておりますが、結局、これも「人の問題」なのでしょうか。また、そうだとすると信託銀行側としても、当然に(プロとして)情報遮断統制のことはご存じのはずですから、「重要情報とは知らなかった」という言い訳が果たして通用するのでしょうか。。。
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コメント
>その研修内容をときどき妻から聞いておりますが、あまりにも形式的なものであることに愕然としております。
あのー、研修で犯罪が少しでも減ると本気で思っているのでしょうか。現実的に考えるなら、無意味な研修に労力を掛けないのが合理的と思います。
投稿: こんにちは | 2012年3月23日 (金) 01時13分