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2012年3月 7日 (水)

オリンパスの法人起訴(刑事告発)と上場維持の判断

オリンパス社の元社長であるウッドフォード氏が4月20日、「解任」という著書を早川書房から出版するそうであります。「疑惑の発覚から突然の解任までの真相を明かす衝撃の告白。」とのことで、どうでしょうか、いままで語られてこなかった新事実がそこで浮上してくるのかどうか、とても興味津々の一冊です。

さて、新たな事実が出てくるのかどうか、といいますと、本日(3月6日)証券取引等監視委員会は、オリンパス社による虚偽有価証券報告書提出罪の嫌疑について東京地検に刑事告発をしたことを発表しました。現時点では2008年3月期までの水増し純資産計上だけの告発ではありますが、法人の刑事告発を事前に予想しておられた3月3日付の日経新聞が報じるところでは、東京地検特捜部は、(1)長年にわたり損失を簿外処理するなど一連の不正経理が歴代社長や財務担当役員らの間で引き継がれていた、(2)旧経営陣らが部下に指示し業務の一環として粉飾を実行していた――ことなどから「組織的な犯行に当たる」との見方を強めたとあります。また、当ブログにおける昨年大みそかのエントリーでも書きましたように、昨年の時点からNHKニュースでは東京地検特捜部が法人としてのオリンパスの立件を検討していると報じており、その理由として一連の巨額損失飛ばしや過大なFA報酬の上乗せについて、経営トップだけでなく、財務担当社員らも関与していることを理由として「組織ぐるみと特捜部が判断している」とのこと。昨年のNHKの記事や上記日経新聞記事などからすれば、相当程度の社員が経営トップの損失飛ばしに加担していたのではないかと推測されます(あれだけの粉飾を、外部の指南役とわずか3名程度の経営執行部だけで敢行できるはずはなく、当然といえば当然のことだと思いますが)。

今年1月20日の時点におきまして、東証さんは異例のスピードで「オリンパスは上場維持」と決定されたのでありますが、いまさらながら、海外の機関投資家の声に押されたのではなく、本当に諸般総合したうえでの上場維持だったのかどうか、疑問が残るところであります。もちろん、「組織ぐるみ」かどうかの判断だけで上場維持が決定されるわけではありませんが、3月5日の日経新聞(三宅伸吾さんの法務インサイド記事)でもとりあげられているとおり、日興コーディアルの上場が決定されたときの記者発表では、東証トップの方は西武やカネボウとは異なり、「組織ぐるみ」ではないことを強調されておられました。このたび、東証さんが認定した事実と検察庁の認定事実とが合致しており、単に「評価のちがいにすぎない」のであれば、特に問題はないだろうと思います。しかし、たとえばオリンパスの本業の儲けを偽装したものではないとしても、その損失飛ばしに多くの社員が関与していた(手伝っていた)という事実が新たに出てきた場合には、事実の食い違いが問題視されるのではないでしょうか(オリンパス社の第三者委員会報告書では、すでに経営陣のほか3名ほどの社員が関与していたことは記載されていましたので、そのあたりの事実まで東証さんが認識したうえでの判断・・・ということであれば事実に食い違いはないことになりますが)。

もう一点、私が気になりますのは、東証の上記判断の前に出された「オリンパス監査役等責任調査委員会報告書」の「結び」の文章であります。本件で極めて問題なのは、公認会計士や弁護士など、一般的に信頼の置ける専門家の評価や意見を悪用したことである、それらの評価や意見が限定的な条件のもとで作成されていることに注意を向けなかった役員や監査法人にも問題があるかもしれないが、そういった作成経緯を専門外の方々が知らなかったとしてもやむをえないところがあり、「専門家がこのような評価や意見を述べているのだから問題がないのだ」といった評価結果等を巧妙に活用して違法行為を隠ぺいしたことが問題である、と指摘して締めくくられています。私も今回のオリンパスの一連の事件において、会計士や弁護士(2009年当時の調査委員会)の評価書や意見書が経営執行部側に活用されている点はとても重要な論点だと認識しています。もっとも象徴的なのはウッドフォード氏が解任された理由が海外のメディアから伝えられたとき、オリンパスの当時の首脳陣は「我々は監査役会から適法意見をもらっているから何等やましいところはない」と明言されました。そのお墨付きを与えたとされる監査役会も、わずか1週間で結論が出された2009年当時の調査委員会報告書や某会計士事務所の鑑定評価書に依拠して「問題なし」との結論を取締役会で報告しています(第三者委員会報告書 参照)。

こういった会計士や弁護士の方々は、あくまでも限定条件付きでの判断である、との前置きをして評価や意見を述べているわけですから、当該専門家の方々は責められるものでもないわけで(多少はあるかもしれませんが、あまり世間で問題にはされていません)、だとすれば、この評価や意見が、さも「お墨付きを与えたもの」であるかのように巧妙に活用する者がいたとすれば、かなり悪質なものではないかと思われます。

最近、大規模な第三者割当増資が行われる場合には、東証のルールでも金融庁の開示ルールでも社外監査役等による意見の開示が求められます。現実に監査役会が「待った」をかけて取締役に第三者割当増資の中止を求めた事例がかつて紹介されていましたが、そういったケースでも監査役会の意見形成のために専門家の意見を求めることが増えています。そこで出てくる意見が無条件に問題なし、といったものかどうかは、投資家からはわかりません。ひょっとすれば多くの前提条件のもとでの「条件付きの限定意見」かもしれません。この解釈は極めて経営陣の誠実性に依拠せざるをえないところであり、そこにミスがあれば投資家の判断に極めて大きな影響を与えることになります。

もちろんオリンパスの件では、法や自主ルールによって関係者の意見開示が要求されていたものではありません。しかし、M&Aで取得した法人の価値や過大なFA報酬の合理性については当時の会計監査人から疑義が示され、専門家の意見をとってほしいとの要望があったからこそ、意見書をとりつけた経緯があります。監査意見という開示情報が意見書等によって影響を受けたことは間違いない事実であります。したがって、その時点での経営陣の誠実性の欠如は極めて投資家を愚弄したものと評価されてもいたしかたないと思います。その「経営陣の誠実性」に問題があれば、この点こそ(上記責任調査委員会報告書が締めくくっておられるとおり)本件の特徴的なポイントであり、上場維持の判断のなかでも斟酌せざるをえないと思うのでありますが、いかがなものでしょうか。

この「上場維持」の判断をされた東証の上場管理部さんからお招きを受けて、3月21日には東証ホールでお話をさせていただくわけでして、あまり気の強くない私としましては、到底東証さんの判断を批判できる立場にはございません(^^;。しかし、今でも東証さんの判断がスッキリと理解できておりません。少なくとも上場廃止決定禁止の仮処分等のなかで、今回の判断を先例として「悪用」するような企業が出てこないようにするためにも、東証さんには上場廃止基準の在り方や、特設注意市場銘柄指定、再上場の在り方などを検討していただきたいと願うところであります。

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コメント

先日は日本監査役協会のセミナーでのお話し、ありがとうございました。大変勉強になりました。オリンパスの件で、納得できていないのは、先生だけではありません。この関係者の間に、先にアナウンスして蓋をしようとした「空気」があったと思われてなりません。おかしいものはおかしいと、筋を通した議論と、その筋に堂々と対抗できる東証側の論法とのすり合わせは、事後であってもご遠慮なさらせずに徹底してお願いしたいところであります。

投稿: 一燈(58歳。とある上場企業の常勤監査役) | 2012年3月 7日 (水) 09時41分

いったん東証が判断した以上、これを追認するような意見しか出てこない風潮ですな。こういった意見がもっと出ればいいのに、と思います。新たな事実が出てくるかどうかは別として監視委員会が組織ぐるみと認定した意味は重いと思います。

投稿: OPT | 2012年3月 7日 (水) 10時33分

 私は、東証が他の選択肢について本当に色々な選択肢を比較して考えたのかどうか、興味があるとともに疑問があります。特に、目の前には上場廃止か否かという二者択一の問題しかありませんが、市場へのメッセージ、記者会見での説明等、色々な手段を組み合わせることで様々な選択肢があったと思います。是非、山口先生には、上場廃止かどうかを考える上での、オリンパス事件をトータルで見た選択肢について、色々議論して頂ければなと思います。

 個人的には、上場廃止にするけれども、再上場を禁止している訳ではない。ガバナンスを整えて再申請して欲しいというメッセージを付けて再起を促したかったなと思っています。

投稿: Kazu | 2012年3月 7日 (水) 13時33分

結果の是非はともかく、結論に至った経緯に関する説明責任が加重されたことは、明らかではないかと思います。
その経緯説明の如何によっては、監督官庁の金融商品取引所(正確には自主規制法人ですかね。)への監督対応も問われるのではないかと思います。

投稿: 場末のコンプライアンス | 2012年3月 7日 (水) 13時59分

上場廃止はオリンパス株主である投資家の保護の点からすると適切ではなく、新規に投資する者がいなくなる点では株主でない投資家の保護になるんでしょうか?でも、そういう投資家に対しては十分注意を促せば良いですよね?

上場廃止処分は、取引所自体の信用維持の側面が大きいと思います。

投資家保護を考えるなら、東証が金銭的ペナルティを課す程度でお茶を濁すほうが適切なんじゃないでしょうかね?

投稿: ターナー | 2012年3月12日 (月) 17時57分

 「上場廃止」というのは何であるのかということを、どういう効果があるのかを含めて検討しないといけないのではないでしょうか。
 ライブドアを上場廃止にした結果、新興市場株は一斉に相場が崩れ、多くの投資家に損害を与えました。不祥事を起こした企業の上場を廃止すると、その株主は売却の機会を失うことになり(多額の損失を覚悟すれば売却できますが)、さらにその売却に伴って他の銘柄も売って損失を埋めたり、信用取引の穴を埋めたりすれば関係ない会社の株価まで下がってしまう。
 上場廃止とは、企業への罰則なのか、投資家保護のための措置なのか?後者だとしたら、それが必ずしも投資家保護にならないということを東証はライブドアにより学習したがために、上場廃止を迂闊にできなくなったのではないでしょうか。特設注意銘柄の区分に置くのが良い措置かもしれません。かつてIHIが置かれていたのがそれでしたね。もちろん、まったくの開示情報が架空だったような事例では上場廃止もやむを得ないかもしれませんが。

投稿: ひろ | 2012年3月13日 (火) 10時59分

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