オリンパス社の元社長(兼CEO)でいらっしゃるマイケル・ウッドフォード氏が今週4月20日に予定されているオリンパス社臨時株主総会に一般株主として出席するそうで、その際に、役員に対して質問すべき内容を、すでに「質問状」としてオリンパス社に提出しているそうであります(読売新聞ニュースはこちら)。オリンパス社としては、会社側提案にかかる取締役・監査役の選任議案に対して、海外の機関投資家を中心に、どれだけの反対票が投じられるのか、かなり不安を持っておられるかもしれません(たとえばこちらのロイターニュース等)。しかし、もっともオリンパス社がおそれる株主は、このウッドフォード氏ではないかと。それもそのはず、自身による臨時株主総会への出席、および質問の時期に合わせるかのように、ウッドフォード氏を解任するに至った内部事情を詳細に告発する著書を発刊いたしました。
「解任」(マイケル・ウッドフォード著 早川書房 1600円税別)
すでに当ブログにお越しの皆様には、2か月ほど前から予告しておりましたので、ご承知のことと存じますが、オリンパスの損失飛ばしおよび解消スキームの事件を「内部告発」した元社長マイケル・ウッドフォード氏による手記でして、自身が社長に就任し、オリンパス社取締役会によって解任され、その後海外のマスコミ等に事件を告発するまでの経緯を詳細に語っておられます。まさにオリンパス事件に関心を抱いておられる方には必読の一冊です(私も4時間ほどで一気に読んでしまいました)。先日、当ブログでもご紹介いたしました「サムライと愚か者-暗闘・オリンパス事件」の著者である山口義正氏との出会いの場面も一ヵ所出てきますが、オリンパス事件を世に問うおふたりの著書は、併せてお読みいただくことをお勧めいたします(たとえば「官製粉飾決算」なる山口氏の理解も、ウッドフォード氏の著書で再認識されるところがあります)。
ネタバレ的な書評はエチケット違反かと思いますので、詳細な事情について書くことは控えさせていただきますが、本書を読んだ感想を若干述べてみたいと思います。
山口氏の「サムライと愚か者」を読んだときにも述べましたが、やはりオリンパス事件については、発覚以前の時点から、社内で(詳しいことまでは知らないとしても)問題視していた社員がたくさんいた、ということ。山口氏の本では「不正関与者に近いところにいる社員」に焦点があてられていましたが、本書では、ウッドフォード氏と連絡を取り合っていた支援者が多数存在していたようであります。そういった状況においても、経営トップが関与する不正というのは、今回のウッドフォード氏のような「覚悟の上での毅然とした行動」がなければ到底表面化しない、ということであります。
次に(これも素朴な疑問だけはすでに述べておりましたが)、今回のオリンパス事件が大きく報じられ、真相が明るみになったのは、ある意味「偶然」に左右されているのではないか、ということです。つまり最初から「財テクの失敗を隠すための損失飛ばし、飛ばし解消スキームとして海外のファンドが使われた」というストーリーが判明していたのであれば、これほど大きく取り上げられたのだろうか、という疑問です。オリンパス社が反社会的勢力と深いかかわりを持っている、という疑惑が浮上されていたからこそ、世界的に新聞で一面を飾ることになり、海外の捜査当局も動き出したのではないか、と。ウッドフォード氏は、解任された後に会社が不正を発表したときの心境を本書で述べていますが、「怒りを覚えたが、聞かされてみればつまらない真実」というのがホンネだそうです。オリンパス社と裏社会との関係、この疑惑こそが、関係者の「暴露のエネルギー」を高めていった、と私は推測しております(ここは企業コンプライアンスに関心のある者としては極めて重要な点であります)。
私にとっての最大の疑問である「なぜ、ウッドフォード氏は25人抜きで社長に選ばれたのか?」という点につきましては、正直なところ、本書ではっきり理解できた、ということまでは申し上げられません。ただ、ウッドフォード氏がCEOに選出される前後において、取締役会を構成する他の役員のウッドフォード氏に対する発言に変化がみられるのでありますが、その状況からすると、(言葉は悪いですが)おそらく他の役員の方々も、ウッドフォード氏はしょせん、K氏のプードルであり、社長としての実権を持っているわけではない、ということが共通認識になっていたからこそ、ウッドフォード氏を代表取締役にも安心して選出していたのではないかと。このあたりは読む方によって意見も異なるかもしれませんので、皆様方の印象にお任せいたします。
さて、オリンパス事件の真相こそ、本書を読む魅力なのでありますが、英国人社長からみた日本企業のガバナンス、という視点での感想をふたつほど述べておきたいと思います。ひとつは、とても残念でありますが、ウッドフォード氏には日本の「監査役制度」というものが、なにひとつ理解されていなかったようであります。取締役会の構成員に対する絶望感を述べたところ、取締役会の手続きについて真実を描写したところがありますが、いずれにおいても、監査役は誰ひとりとして登場しません。首謀者のひとりとされるY氏(常勤監査役)に対するウッドフォード氏の印象は意外なほど希薄なものであり、むしろ非常に好感のもてる紳士として記されています。またプロキシーファイトを検討していたころに出会った株主提案側の役員候補者についても、社外取締役候補者への関心についての記述はありますが、社外監査役候補者への関心については記述は一切ございません。おそらく、ウッドフォード氏の頭の中には、「なぜもっと監査役がしっかりしていなかったのか」とか「監査役も取締役と一緒にグルではなかったのか」といった疑念は湧いてこなかったものと推測いたします。悲しいかな、外国人経営者からみた日本の監査役制度への理解というものは、しょせんこの程度なのか・・・・・と、すこし暗い気持ちになりました。
そして最後になりますが、ウッドフォード氏はなぜ、ここまで危険な状況に追い込まれることを承知で経営トップを糾弾し、告発まで行ったのか?という点であります。この本を読んだ私の最大の収穫は、外国人経営者の持つ「信託の精神」「信認義務」を垣間見たことでした。ウッドフォード氏のM副社長とのやりとり、サウスイースタンとのプロキシーファイトに関する接触、金融機関の行動に対する疑念などから窺えることは、
「株式会社の経営者は、誠実でなければならないのは、会社でもなく、株主でもなく、またCEOに対してでもない。唯一、預かっている資産に対して誠実でなければならない」
という強い信認義務の思想がウッドフォード氏の行動に一環している、ということであります。経営者は他人から資産を預かっているのであるから、その資産こそが委託者であり、その資産に対して誠実でなければならないというのが信託の思想かと。私は信託法には詳しくありませんが、おそらくこのような信託の精神が、ウッドフォード氏の行動を支えていたのではないかと思います。
「私は正義の味方でも、なんでもない。ただ、私は不正疑惑に遭遇してしまった。見てしまった以上は、これを見過ごすわけにはいかない。疑惑があれば徹底的に調査をして、これを自発的に解決しなければならない」と述べるウッドフォード氏の「信託の精神」こそ、長年の付き合いがあったK氏にも理解できなかったところであり、これこそ、K氏にとっての最大の誤算ではなかったかと思う次第です。いよいよ今週金曜日がオリンパス社と株主ウッドフォード氏との(法廷以外での)対決のときであります。どのような展開になるのか、楽しみにしております。