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2012年4月26日 (木)

全国監査法人アンケートの結果を法律的に考えてみる

4月25日の日経朝刊(投資・財務面)に会計不正事件を監査法人が見抜けたかどうか、というとても興味深いアンケート調査の結果が出ておりました。上場会社監査事務所名簿登録は160ほどなので、有効回答数46は、一般的な公認会計士の方の意識を探るには十分かと思います。

オリンパス粉飾決算事件、大王製紙不正流用事件を監査法人が見抜けたかどうか、というシンプルな質問に対して、見抜くのが難しいと回答された方はO社24%、D社5%。一般に公正妥当な監査の基準に準拠した監査をもってしても見抜けない・・・というのは、つまり監査の限界を超えた粉飾(もしくは不正)だったということですから、たとえ担当監査法人にミスがあったとしても、損害との間に因果関係(監査法人がミスしたので会社に損害が発生した、という関係)が認められないということになります。ただ医療過誤訴訟でも同じですが、裁判ではなかなか因果関係不存在の抗弁は認められないですよね。そもそも「平均的な注意義務をもって監査をしたとしても本件の粉飾は発見できなかった」ということの立証の程度や方法がむずかしそうです。たしか東北文化学園事件でも、S監査法人さんがこの抗弁を提出したようですが、裁判所は認めなかったと思います。因果関係の推定が働く、ということでしょうか。

つぎに「見抜いても対応がむずかしい」と解答された方が、O社37%、D社30%。回答の読み方に若干疑問があるかもしれませんが、これは見抜くことはできるが、たとえ見抜いたとしても監査法人としては言い出せないだろう、ということでしょうね。この回答だと、ミスがあった場合には損害との因果関係は推定されることになりそうです。ただ、対応がむずかしいということですから、たとえば金商法193条の3をもって対応することに逡巡する、ということになろうかと思います。疑念を抱いたにも関わらず、行動しなかったということになりますと、これはこれで、新たな法的リスクを生むことになりそうです。

最後に「発見、対応できる」と回答された方が、O社17%、D社44%とのこと。一般的な職業専門家としての注意義務をもってすれば発見、対応できた、ということですから、この比率が高いということは、まさに法的責任の根拠となります「注意義務違反」「過失」があったと推定されることになるのでしょうか。とくにD社については44%の会計士の方々が「不正を発見できたであろうし、また対応できた」と考えている、というのは重い結果かと(そういえば数日前に、D社を担当しておられる監査法人さんでは、地方の監査体制強化に向けた対応をされる、との報道がありましたね)。しかし不正の発見が会計監査人の主たる目的ではないとしても、これほど周知された事件への感想として、会計士の方々でばらつきがみられるのは意外でありました。

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コメント

山口先生
(いつも無用なコメントすみません)雑多な感想を書かせて頂きます。
●ざっくり申し上げますと、会計監査手続というのは「全体として見れば、多分だいじょうぶ」という監査証拠を積み上げる作業であって、積極的に「アヤシイもの」を探す作業はあまりしません。アンケート回答で「見抜くのが難しい」と「見抜いても対応が難しい」との違いは、「シロであると思ってしまう」と「グレーなことには気付くが、クロである証拠まで辿り着くことは困難。そこに時間かけれるほど潤沢な予算はなく、結果としてうやむやになってしまうんじゃないか」という違いと解釈した方が実態に近いかと思われます。193条等々の有事対応をとるには、よほどの「クロ」と断定するに足るものを発見しないと難しいと思うので。
●ひょっとしたら、法律の専門家の方から見れば、上記「うやむやになってしまう」は信じがたいことかもしれません。しかし、監査論の教科書には「懐疑心の保持」云々書いてあったところで、会計士は習性として「シロ」を前提に置く傾向は否めませんし、また、日本中の被監査会社の大部分は本当に「シロ」の会社ですし、究極をいえば、「シロ」を前提にしなければ会計監査制度は成り立たないという面は否めません(それを前提にできない会社はそもそも監査契約を結んではいけないかと)。
●O社事例よりD社事例の方が厳しめな回答結果になっているというのは、個人的には非常に納得です。
●アンケートに対応したのはおそらく、各法人の広報部等と予想され、現場感覚をお忘れになった方も多く含まれているか、または優等生的ご回答をしている方も多く含まれているような気も致しますが、「難しい」の回答が6割というのは、私の勝手な感覚とも近いです。
●「シロ」か「グレー」か(もうちょっと上品な言い方をしますと、「異常点」の有無)をに最初に発見するのは、有事対応をされるsigner等の監査法人管理職ではなく、監査現場で紙をめくり・データを加工し・会社の方(役員レベルではなく、部長~現場担当者レベルの方)と直で接している者ども(監査法人の被管理者)です。その異常点をどこまで突き詰められるかは、実は、現場作業員の力量やら根性やらに大きく依存しているのが実態と思われます。そこを気付かない/気付いてもスルーするなんてことがあれば、後は両事例のように、行くところまで行ってしまわないとsigner等が気づくことは困難と思われます。もちろん、signer等も、監査チーム編成の決定や人材育成というところで間接的にミスを犯していることには間違いありませんが(どんな職場でも同様かとは思います)。

投稿: 監査現場作業員 | 2012年4月26日 (木) 02時44分

 この10年ほどのように監査法人が訴えられることが頻発し、裁判になった時に負けないようにプロセスの文書化に最大の力点が置かれるという監査実務を考えると、このアンケートはまだ現場感覚と違うかもしれません。リスクアプローチでやるべき監査手続を絞り込み、そこから出てきた監査手続書を埋めると「ちゃんとした監査をした」ということになるわけです。D社でも親会社が直接資金を流出させたのではない場合、関係会社の貸付取引についてどれだけの手続をしろと定められているのか。「なんか変だ」と思った(以前の違和感を感じたという状態)というくらいで、手続書にない監査手続の拡大をし始めるのは、現場の若い人にはなかなかできないかなと。自分の嗅覚に忠実な上位20%の優秀な会計士と、監査手続書と関係なく自分のやりたいことをやっちゃう下位5%のバカ会計士でないと発見できない事件だったりするかな?と思ったりするわけです。
 監査法人は、企業の不正を100%見つけられると信じる人は、会社の経営者に「税務調査でまずいかな?と思っていた部分が10か所あったとしてどれくらいが発見されている?」って聞いてみると良いと思います。税務調査と金商法監査は異なる概念ですが、外部者が限られた時間と外部者という制約の中で異常点を発見し、しかも異常であることを裏付けて訂正までこぎつけるのは、限りなく難しいことなのだということを理解してもらいたいと思います。

投稿: ひろ | 2012年4月26日 (木) 09時47分

手続書にない監査手続の拡大をし始めるのは、現場の若い人にはなかなかできないかなと。自分の嗅覚に忠実な上位20%の優秀な会計士と、監査手続書と関係なく自分のやりたいことをやっちゃう下位5%のバカ会計士でないと発見できない事件だったりするかな?と思ったりするわけです。

これ、おそらくまともな現場会計士の肌感覚である可能性が。が、一方で、そのことがまさに期待ギャップそのものを示しているものと。少なくとも外からの意見は、その20%だか5%だかの方の監査を行うべきと考えており、75%の方は、外部者から見ればいらん監査人ということになってしまうのではないかと危惧。

会計士どうしのざっくばらんなハナシの中では、次のように考えています。華やかなりしころのIPO監査現場で丁々発止やってた連中からすると、D社案件は発生せず、O社案件も高い確率で発生せず。理由は、D社の場合、きわめて簡単で、おそらく個人資産を超える(つまり返済可能性低い)貸付金であるゆえに、本人呼んで怒鳴りつけ、個人資産明細でも提出させれば貸倒引当金計上のハナシがすぐに出てくるものと。(どうも今の現場は、これを、わざわざアポイントして、書類で提出とかやるのが当たり前になっていて。すぐに内線で呼びつければこういう案件はすぐ片付くのに。)O社の場合は、いまひとつ内容がつかめていないものの、当初気づいて、かつこれを中止させた、というのが正しいのならば、なぜその続きの部分を精査していないのかが不明。巧妙に全部隠されたのならばまだしも、最初に気づいていたのに、途中からわからなくなるというのがどうにも理解できない点です。

投稿: 元会計監査従事者 | 2012年4月26日 (木) 15時05分

 山口先生のブログのコメント欄でコミュニケーションをスタートするのもなんですが、元会計監査従事者さんの期待ギャップそのものというご意見にまさに同意です。私が育った頃の監査は、手続書なんかなくて嗅覚にしたがって監査をやっても良かったんです。しかし、定期的なローテーション制も導入され、「この会社は俺が一番知っている」みたいなチームメンバーが育たない環境になっていると思います。
 おそらくO社の監査チームの元メンバーでも事件が起きてから「ああ、そう言えば、あの会社、含み損のある特定金銭信託や金外信託があったんだよなぁ。」とか思いだした人がいるかもしれません。でも、クルクル担当会社を変えられたら、「あの含み損は、どこへ行ったんですか」という当然の疑問が顕在化しなくなっちゃうのだと思います。
 裁判に負けない監査を追求した結果、事件化しやすい監査になってしまったんではないでしょうかね。もちろん裁判では負けないのでしょうけれど、事件になったら半分負けですよね。費やす労力、精神的な負担・・・。
 と、古き良き時代の会計士は、愚痴を言い合うのですよね、おそらく私は元会計監査従事者さんと同じくらいの年代なのではないでしょうか?

投稿: ひろ | 2012年4月26日 (木) 16時26分

会計士のみなさま、ご意見どうもありがとうございます!本来ならば、ひとつひとつのご意見にコメントを差し上げたいのですが、このアンケート結果から、これほどの洞察ができる、ということは、さすが監査現場で真剣に取り組んでこられた方々の本意かな・・・と思い、もう少し咀嚼させていただいたうえで、次のエントリーに活用させていただきたいと思います。ローテーション制度のもつ意義とその裏腹の危うさのようなものも、なるほど・・・と感じました。

ひとつ残念なのは、法律家の方々からのご意見が伺えなかったことです。こういったことはあたりまえのことですが、会計士と法律家では視点が異なります。監査制度にイレギュラーな問題が生じたときに、これを法律的にどうみるか、ということは今後の大問題です。事後規制の論理を事前規制の世界にどう活かしていくか、このあたりに法律家も関心をもっていただきたいと願っています。

投稿: toshi | 2012年4月27日 (金) 00時54分

この2社はかなり特異な事例でしょうが、東京商工リサーチの調査によれは全般的に会計不正が増加しているようです。
http://www.tsr-net.co.jp/news/analysis/2012/1218877_2004.html
従業員等の横領事案を加えると、2011年度では50社程度となります。(個人的に収集したデータ)会社の内部統制が適切に整備、運用されていれば防げていた事案であれば、会社の内部統制評価が妥当であったのか、監査人の内部統制監査が適切であったのかとの論点が出てくるのではないでしょうか。

投稿: 迷える会計士 | 2012年4月27日 (金) 22時52分

toshi先生。書かれた「ローテーション制度のもつ意義とその裏腹の危うさのようなものも、なるほど・・・と感じました。」については、補足をさせてください。
 ローテーション制度があることで、「この会社は俺が一番知っている」という人がいなくなるわけですが、逆にそうなることで、会社が行う行為の背景も理解できてしまって、会社に対して客観的・第三者的な専門家としての判断ができなくなってしまうという怖さもあります。そして、制度は、その怖さの方を優先して、ローテーション制度を導入しました。
 ですから、逆に言えば、癒着や癒着的な会社に寄り添い過ぎた判断はなくなる半面、「会社を熟知している専門家による不正発見」という期待はしないでくださいということになります。世間の専門家に対する期待値を下げる広報活動を日本公認会計士協会はしておかないと自分の首を絞めるような気がします。今の制度は、100点満点の監査はすべきではなく、30点もないけど、みんな押し並べて70点という平均点監査なんです。なので、「これくらい発見できるだろ、プロなんだから」というのは期待しないでもらった方が良いような気がします。
 もし、監査の平均点を90点とか95点にしてくれということだと、今の監査報酬ではとても無理。監査報酬が4~5倍になって利益数億円の企業が監査報酬で赤字になるから、新興市場の新規上場ができなくなるくらいなら、今くらいの不祥事は会計士の正当な注意の外だと認定してもらうのが着地点として無難なのだと思います。

投稿: ひろ | 2012年4月28日 (土) 14時59分

監査人の現場ストレスの状況が垣間見えますが、現場会計士は自己弁護のスパイラルに陥っているようです。世間とのギャップが拡大していると感じました。

投稿: 某会計士 | 2012年4月28日 (土) 22時11分

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