グリー社の事業活動と風営法適用問題を考える
もうすでに多方面で話題となっておりますが、先週金曜日に発売されました「四季報2012年夏号」におきまして、ゲーム運営会社であるグリー社の業績予想欄に「今後焦点は射幸性の高い仕組み自体への風営法適用に。当社含む業界6社で自主ルール作りによって徹底抗戦」との記述があり、たいへん驚きました。日経ニュースの5月22日付記事にて、グリーのコンプガチャ問題はとりあえず一件落着したかのように思えるが、火種は残っているとして「射幸性の高さ」に対する次の課題に触れておられましたが、ソーシャルゲームの問題は消費者庁から警察行政へと移行する可能性があるようです。
風営法が適用されるおそれ、というのは「射幸性の高い遊びの場を提供すること」自体が問題になる、というわけですから、ソーシャルゲームによる収益をパチンコ店やゲームセンターを運営して収益を上げるものと同様に扱う、というものです。私見としては、現行の風営法規制のままで摘発する、ということがなかなか困難ではないかと考えます。しかし、グリー社の収益事業の一部が「風営法違反のおそれあり」との評価が周知されてきますと、「法的にはグレーな事業」ということになり、「青少年の保護育成」という御旗のもと、グリー社に収益の機会を付与している周辺事業の大手企業が「コンプライアンス違反」ということで事業への協力を回避する傾向が出てきます。自社としては「グレーではなく、まったくのシロだ」と主張していても、周辺の事業会社が手を引く、ということになりますと、闘いたくても闘えない状況に陥ってしまうわけでして、事業者としては先手を打って「グレー」とされる原因を除去していかねばなりません(先の四季報にある「徹底抗戦」とは、このことを指しているものと思います)。
行政警察としては、この「グレー」のままで様子を見る、ということも十分効果的な時代になったものだと思います。摘発してしまえば、刑事事件ですから風営法違反に問えるのかどうか、かなり微妙な案件になってしまいます(検察警察側としても、裁判で下手を打つことは避けたいところ)。しかし「犯罪は成立する可能性はあるが、摘発はしない」という状況は、企業のコンプライアンス経営が重視される時代になればなるほど、対象企業の周辺における自粛的対応によって、いわば「摘発」と同視しうるほどの社会的制裁を投げかけることになります。企業としては、これを回避するために自律的行動に出なければなりませんので、行政警察としては、リスクを負わずに行政目的を達成することができるということで、事後規制社会における効果的な取締手法かと思います。
事後規制社会における効果的な取締手法といえば、6月16日の日経新聞朝刊で報じられておりました「違法ダウンロードに罰則」というのも同様です。ネット上に違法投稿された音楽や映像などを「海賊版」と知りつつPCやスマートフォンに取り込むと2年以下の懲役または200万円以下の罰金という刑事罰を科せられる法案が今国会で成立する見通しとなりました。一般の方々も犯罪者になってしまう、ということでセンセーショナルな話題となっております。しかし誤解をおそれずに申し上げますと、この刑事罰は(親告罪ということのようですし)ダウンロードした一般の方を犯罪者に仕立てる、というよりも、パソコンそのものを犯罪者に仕立てる、ということが目的かと思います。つまり、サイバー捜査を今よりも強力なものにするためには、一般人のPCの中身を強制的に捜査できる(自由に覗くことができる)理屈が必要なわけでして、いままではダウンロード自体が適法だったことから、そういった捜査はPC所有者の同意がないかぎりはできなかった。しかし今後は海賊版によるソフトをダウンロードした時点から「違法状態」が継続しているわけですから、犯罪捜査のためにPC上に強制的に侵入することも可能となり、そこから「巨悪」にたどりつくことが可能となるわけです。
この理屈の重要なところは、巨悪を摘発するためには「小悪」の幇助犯として捜査するのでは実効性がない、というところです。幇助犯構成だと、まず小悪をきちんと犯罪として立件しなければなりません。しかし、チマチマと「小悪」を立件している間に巨悪を取り逃がしてしまう可能性が高いわけでして、小悪には目をつぶってでも、巨悪を正犯者として抑え込むためにはどうしても(たとえ個人のプライバシー権侵害という問題が生じたとしても)必要な法改正ではないかと思われます。平成19年7月17日の最高裁第三小法廷での判決では、振り込み詐欺の主犯格をなんとしてでも摘発できるようにしなければ、国民の財産が危険にさらされることを意識して、「たとえ自分名義の預金口座を作る場合でも、後日その通帳またはキャッシュカードを他人に譲渡する目的があれば、銀行に対する詐欺罪が成立する」として、理屈の上では少し疑問が残る事案でも、主犯格摘発への道を開きました。今検討されているインサイダー取引規制の法改正なども、ひょっとすると同じ方向に向かうかもしれません。インサイダー情報を受領してお小遣い程度の利益を上げている犯罪者(もしくは行政処分対象者)を立件せずとも、営業活動の一環として、インサイダー情報を提供する側のほうが悪質なケースもあるわけで、やはり教唆犯や幇助犯として規制するのではなく、実行正犯として立件が容易になるように法改正を進めるほうが規制の実効性は上がるような気がします。
こういった「形式的な違法状態」を活用して「本当の」規制目的を達成する、という手法はダンスに関するクラブ規制にもみられるところであり、風営法の網をなんとかかぶせておいて、ほとんどのクラブを「いつでも強制的に立ち入ることができる状態で放置しておく」わけです。そして近隣住民から騒音問題で苦情が出たり、薬物利用の噂が広まったりした場合に、国民の安全を未然に守ることを目的に風営法違反で摘発に乗り出す、ということになります。風営法に詳しい法律家というのも非常に少ないこともあり、警察側には願ってもない便利な規制手法だと思います。ここにも、私が「行政法専門弁護士待望論」を主張する理由があります。
先のグリー社の収益事業と風営法適用に関する問題を考えておりますと、この「形式的違法状態」というものが、コンプライアンスの時代となって、ソフトローによっても実現可能になってきたのではないか、と思えるようになりました。
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コメント
>ほとんどのクラブを「いつでも強制的に立ち入ることができる状態で放置しておく」わけです。
これは非常に危険な話であって、弁護士たる者絶対に許してはならない状態です。
警察検察にとって理想の社会とは、全国民が犯罪者の社会であって、そうであれば、警察検察は好き放題できる。歯向かう者は、投獄すれば良い。投獄されるのが嫌なら、賄賂をよこせ。そういう腐敗しきった社会です。
警察は理想社会の実現のために、本気で努力してますね。最近の暴排なんかも、暴力団の被害に遭ったら、被害防止不行き届きで被害者の方が犯罪者。矛先は暴力団ではなく、一般市民に向いています。
この前新聞をにぎわした臓器売買も、確か移植を受けようとした患者が有罪で、仲介した暴力団は無罪放免だったような。相撲協会の「砂かぶり席」も売った側は追放で、買った暴力団は御咎めなしだったような。
警察の作る法律は、あいまいで、守るのが難しい。暴排にしてもそうですし、会社法にしても、
「第九百七十条 第九百六十条第一項第三号から第六号までに掲げる者又はその他の株式会社の使用人が、株主の権利の行使に関し、当該株式会社又はその子会社の計算において財産上の利益を供与したときは、三年以下の懲役又は三百万円以下の罰金に処する。」
これ字義通り読めば、プロキシファイトどころか配当も株主優待も違反になりそう。いや違反にならないことは知っていますよ。でもいざとなれば使うんでしょうね。「いつでも強制的に立ち入ることができる状態で放置しておく」という甘い汁ですから。
投稿: こんにちは | 2012年6月19日 (火) 00時07分
巨悪のために一般市民が広く正犯者(犯罪者)となる必要がどこにありますか?そんな社会が先生の理想の社会なのでしょうか?さらに捜査便宜主義を礼讚される。非理性的な論だと思います。
投稿: JFK | 2012年6月19日 (火) 21時35分
ご意見ありがとうございます。いえいえ、これは先日の「景表法とコンプガチャ」問題と同様、あくまでも問題提起の段階です。けっして礼讃するようなものではございません(そのように受け止められたのであれば、書き方が少々まずかったのかもしれません)。こういった状態になっていくことを冷徹に観察したうえで、私の提言は、8月下旬に発売予定の新刊書にて述べております。けっして現状を肯定したり、現状を高く評価し推進するようなものではございませんので、よろしくご理解ください。
投稿: toshi | 2012年6月20日 (水) 02時07分
礼讚は大げさでしたのでお詫びいたしますが、問題の立法に対する問題意識とか、運用で国民の自由をさはいすることに対する警戒感が感じられず、むしろ肯定的に読めることに変わりありません。専門家は市場ができて嬉しいでしょうけれども、そもそも行政法専門弁護士の厄介にならないことを是とする一般市民・一般企業としては迷惑な話です。巨悪が重要であれば、悪質なものに構成要件を限定し、なおかつ高額罰金などの厳罰で牽制すればよいのではないでしょうか。親告罪とはいえ、当局が告発を促すことは容易ですので、実質的には便宜的な捜査を許すことになります。別件捜索の温床になりませんか?そうなれば刑事弁護のニーズは高まるでしょうけれども。よいことだとは思えません。グレーさが行政弁護士のフィールドを拡大するという論理もそれと同じおかしさを感じます。
投稿: JFK | 2012年6月21日 (木) 01時08分
初めてコメントします。
私はこの記事を見て、先生が「問題意識を持たずに、これらの規制手法を肯定している」とは、まったく思いません。むしろ、グレーな部分を狡猾に活用する行政サイドに対する皮肉めいたニュアンスを感じていますが、それは深読みのしすぎなのでしょうか。
それと、違法ダウンロードした人間を「一般市民」として論じるのも、何か違和感を感じます。罪無き人間を冤罪処罰するのとは次元が異なっているように思いますが。
投稿: 無銘 | 2012年6月21日 (木) 21時47分
違法ダウンロードの実情をご存じない方がいらっしゃるようです。ネットの広大な海のなかで、アップロードされたファイルを見ただけで。違法アップロードかそうでないか容易に区別がつくと、単純に考えてらっしゃるのではないでしょうか。最新の音楽アルバムに入っている楽曲などは自明かもしれませんが、古いものやマイナーなものは、少なくとも自明ではありません。また、リンク先を先読みしてキャッシュする機能が、最新のブラウザには機能として標準化されつつあります。リンクが埋め込んであるページを開くだけで違法なアップロードファイルを意図せずにダウンロードすることは万人に広くあり得ることです。そして捜査機関はこのページの閲覧履歴を確認するだけで、PC等を押収しその中に保存されている全ての情報を調べることが容易にできる状態が、果たして望ましいことでしょうか。
投稿: 楡杞 | 2012年6月22日 (金) 13時40分
真意を汲み取っていただき、感謝いたします(汗)>無銘さん
ただ、こんにちはさんやJFKさんのご指摘のとおり、「頭出し」がまずかったようで、誤解を生む書き方となったのは反省しております。
コンプガチャもそうでしたが、違法ダウンロードの刑罰化問題も、複雑な仕組みを理解していなければ、いろいろと誤解を招きかねないほどむずかしい問題を含んでいることがわかりました。
行政規制の手法問題は、最近一番の関心事なので、これからもこういった問題には積極的に発言していきたいと考えています。
投稿: toshi | 2012年6月22日 (金) 17時58分
ガイドラインが策定されました。
内容を見ると、「望ましい」「努める」との記述が散見されます。
当局としては一時静観といったところでしょうか。
「望ましくない」「努めない」事例が発生した段階で介入する可能性が高い危険なガイドラインのように見えます。
どうせ強制力や罰則が無い業界内の自主規制であれば、もっと強い表現(「行わない」「実施する」)でもよいのに、敢えてしないところを見ると、脱法的(脱ガイドライン的)運用をしますよとの宣言に思ってしまいます。
http://www.gree.co.jp/news/press/2012/0622_01.html
投稿: 博多ぽんこつラーメン | 2012年6月24日 (日) 00時11分
現在、パチンコ業界の広告・宣伝について業界の自主規制によっているものの、「依然として、この趣旨に反し、隠語のみならず様々な脱法的表現により善良の風俗及び清浄な風俗環境を害するおそれのある広告、宣伝等を行おうとするぱちんこ営業者等が存在している状況にある。」として、警察庁から新たな通知が出されています。
http://www.geans.biz/2012/07/policeNotification120720.html
ソーシャルゲーム業界についても、よほど厳しい自主規制ルールを策定して厳格な運用を行わなければ、風営法の適用が現実のものとなると思われます。
投稿: 迷える会計士 | 2012年7月29日 (日) 12時36分