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2012年6月21日 (木)

小さな謝罪広告が監査役制度に遺した大きな功績

(6月21日午後11時 訂正あります)

本日(6月21日)の日経新聞朝刊の社会面右下に、ほんの5行程度の小さな広告ではありますが、トライアイズ社(4840 JDQ)作成に係る謝罪広告が掲載されております。また、同社HPでも、本日付にてもう少し詳しい内容でリリースされています。その題名は、

「当社元監査役古川孝宏氏に対するお詫び」

広告内容を、そのまま引用することは避けますが、その概要は、

当社は元監査役の職務対応について、その在職中に任務を懈怠した、として名誉を毀損する表現があったが、これらの表現や記述を撤回するとともに、元監査役に対して陳謝します

というものであります。本件謝罪広告は、判決に基づくものではなく、当事者間における裁判上の和解条項の履行としてなされたもの、のようであります。

トライアイズ事案につきましては、もう3年ほど前のお話でありまして、経営執行部と元監査役との間で監査方法に関する紛議が生じ、これに異議をとどめた監査役に対して会社側から「監査役解任議案」が上程されました。その上程議案の理由として、株主総会の招集通知には「この監査役には任務懈怠があり、監査役としての資質や能力に欠ける」とされ、残念ながら総会では3分の2の解任賛成票が集まり解任された、という経緯がございます報じられています※。もう2年半以上前ですが、何度か当ブログでも採りあげまして、 「トライアイズ元監査役が遺したものを無駄にしてはならない」として、総括したことがございます。

※・・・なお、古川氏は、この3分の2の賛成票が集まった、というのは疑義があるとしています。この点は、私自身も法律的な観点から関心がございますので、別途検討してみたいところです。

現在も未だ上記古川氏とトライアイズ社との間では、別件裁判が係属中でありますので、ここで上記広告に至るまでの経緯を推測に基づいてお話をすると関係者にご迷惑をかけることになります。したがいまして、あくまでも上記謝罪広告が公表された限りでの感想しか申し上げることはできませんが、この謝罪広告の重要なポイントは「元監査役」に対する会社側からの陳謝、という点であります。私は未だかつて会社法関連の事件で、監査役や取締役の職務執行の適正を確認するための謝罪広告というものは存じ上げません。おそらく、こういった謝罪広告は極めて貴重なものだと認識しております(もし、同様の謝罪広告が過去にございましたら、講学上も勉強しておきたいと思いますので、どなたかお教えいただけましたら幸いです。かならず付記させていただきます)。

私も過去にわずか数例はありますが、(監査役や社外取締役側にて)同様の紛争事案を経験したことがございます。しかし、いずれのケースにおいても、相手方企業が内紛を対外的に公表してはならない、という「守秘義務」にこだわり、高額な和解金と引き換えに一切の対外的公表は当事者が控える、という(民事調停上の)和解条項を付して終結しました。古川氏としては、会社側の「仕打ち」に対する個人的な感情もあるかもしれません。しかし、ここまで謝罪広告にこだわったのは、「監査役として」間違ったことはしていなかった、ということを正式な会社情報として開示せよ、という気持ちの現れだと思います。たしかに株主総会では解任されてしまいましたが、いまでも古川氏は「監査役」という職務に誠実に向き合い、監査役としての職務を適切に履行されたことを世間に伝えたかったことは間違いないと思います。

当ブログでこの謝罪広告を紹介させていただく一番の目的は、(古川氏の気持ちとは異なるかもしれませんが)当時のトライアイズ社の株主総会の状況に私がとても暗い気持ちになったからであります。監査役が自信をもって監査業務を遂行すれば、ときに経営執行部と対立することは当然であります。経営執行部としては、監査役解任議案を上程する、といったことも、予想されるところかもしれません。当時、元監査役の意見は招集通知に記載され、さらに株主の皆様宛にHPを開設して、堂々と監査役としての意見を公表しました。しかしながら、一般株主の方々の反応の中には(もちろん元監査役の意見に賛同された方も多かったのですが)お家騒動はやめろ、監査役が騒ぐと株価が落ちるから騒ぐな、ずいぶんと変わった監査役さんがいて会社も迷惑ですね、といった意見も聞かれるところでした。監査役が堂々とモノを言う、というのは、一般株主からはこのように映るのか・・・と、とてもつらい気持ちになったのを覚えております。

「モノ言う監査役」が珍しければ珍しいほど、「おかしな監査役さん」という感覚を一般株主の方に持たれるのはとても残念です。しかし監査役が取締役の職務執行を停止させる仮処分には担保は積む必要はありません。この会社法上の趣旨を実務上で実現するためには、単純に監査役に認められている権限を強化することにもまして、堂々と権限を行使できる環境を整備することにこそ目を向ける必要があります。そうでなければ、今後も監査役制度は機能しないはずであります。このたびの古川氏の行動も、けっして古川氏個人と経営陣との個人的な紛争によるものではなく、古川氏が監査役として誠実に職務を執行することに起因する紛争であったことを、一般株主を含めた投資家の皆様に知っていただける機会になったものと確信いたします。そういった意味においては、実に画期的なものであると評価いたします。

本当に小さな小さな広告ではありますが、監査役制度の発展に向けて、大きな前進であり、大きな功績を遺したものとなりました。最後になりますが、この裁判をここまで続けてこられた古川氏と、支えてこられた代理人弁護士の方々に敬意を表したいと思います。

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コメント

解任直後に閉鎖された古川さんのウェブサイトのハードコピーを今も大切に持っています。この事件により、心のどこかに「もしかしたら」という虚無感がありましたが、かなり晴れました。情報のご紹介、本当にありがとうございました。

ところで、今となっては特殊なケースと判明していますが、似た例として、シルバー精工の事例がありました。
2010年5月24日リリース:(前略)監査役としての適格性を欠いているものと認識し、社外監査役 ◯◯の解任をお願いするものであります。
2010年6月9日リリース:(前略)監査役としての適格性を欠くと認められる事由はない、と判断したため、取締役会として和田社外監査役に謝罪のうえ、本議案を取り下げることといたしました。

投稿: skydog | 2012年6月22日 (金) 05時41分

監査役として、会社のために覚悟を持って経営と対峙した行動が、任務懈怠でなく適切な行いだった、と認められるまでに3年と言う長い年月が掛かっています。
大変な犠牲を払って認められたこの小さな謝罪広告を、監査役の取るべき行動を考えるためのメルクマールとして行きたいと思います。

なお、ブログ「新米監査役のつぶやき」にリンクを張らせて頂きましたがよろしいでしょうか。

投稿: 新米監査役 | 2012年6月22日 (金) 07時23分

 シルバー精工についてはともかく、その他にも「監査役の乱」「戦う監査役」と称された件がいくつかありましたね。通常は、執行部の方の懐が広く、監査役の指摘を真摯に受け止めて改善することが多く、「戦う監査役」にはならないと想像します。もし、執行部の懐が小さければ、監査役は絶望して辞任するのですが、そうはならなかったのが、トライアイズであり、春日電機だったのかもしれませんね。

 トライアイズの件は、録音されている音声や文書等からすると、このような結論になってほっとしています。他ではどうなんでしょうか。今のコンプライアンスの考え方と、「監査役の乱」「闘う監査役」と言われていた時代のコンプライアンスの考え方が必ずしも一緒ではないので、今の基準からすると、監査役の方が正しかった、なんて言う結論もあり得るかもしれませんね(法的責任は、当時の状況に沿って評価されますので、あくまで今後の監査役の活動内容の問題ですが。)。

投稿: Kazu | 2012年6月22日 (金) 10時20分

私は古川氏の決断に感動して、3年ほど前から氏の応援団の末席におりました。あれから3年、その間の古川氏の艱難辛苦を知るほどに、監査役の正義とは何なのか、立ち上がった監査役をサポートする法制度、システムの弱さを痛感する事になりました。今回の「お詫び」は、ささやかではありますが、
心ある監査役に勇気を与えたのではないでしょうか。又、山口先生のタイトル名も素晴らしいものと思います。本件をブログに取り上げて頂き有難うございました。

投稿: 悩める監査役 | 2012年6月22日 (金) 14時17分

皆様、コメントありがとうございます
ただ、謝罪広告は出されましたが、おそらく古川氏にとっては、これで満足のいくものになったとは思えません。すこしマニアックですが、果たして3分の2の票決に問題はなかったのかどうか、議決権行使に関する法律問題として、今度は法的な視点からとらえなおしてみたいと考えています。トライアイズ問題だけに限らず、今後も他の上場会社において同様の事態が生じる可能性もあるわけでして。。。

投稿: toshi | 2012年6月22日 (金) 18時03分

古川さんの勇気と行動に感銘を受けつつ、今まで何もしてきませんでした。本件の経緯について気になっていたのですが、小さいながら解決への第一ステップを上がられたようで、ほっとしております。今後はきちんとした賠償等がなされるのか注視して行きたいと思います。
今後も情報提供をお願いいたします。

投稿: 匿名希望 | 2012年6月29日 (金) 10時29分

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