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2012年7月25日 (水)

日本に comply or explain の規定は根付くのだろうか?

おお!?ひさしぶりに「深夜の開示は蜜の味?」(これは話題になりそうな・・・・・、またそちらは別の日に・・・)←ここまでは本論と関係ありませんので、転載いただく場合には省略していただいて結構でございます<m(__)m>

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LIBOR(ロンドン銀行間取引金利)の不正操作問題は、いよいよ関係者の刑事訴追が始まるような気配ですが、これまでの事件の推移をみておりますと、英国銀行協会のルールに従って自主申告する制度が、銀行関係者の極めて高い倫理観に依拠していることを改めて認識いたしました。監査も監督もない信用の世界に成り立つ制度だからこそ、これを破った者に対しては(全体の制度の信用を喪失させたことへの)厳しいペナルティが待ち受けている、ということになります。事前規制が「倫理」に依存する制度だからこそ、事後規制の「制裁」がより厳しいものになる、ということかと思います。

取引金利の公正な概観は、関係者の極めて高い倫理観によって維持される、というLIBOR不正操作関連の記事を読んだときに、ふと思い出したのが、数年前に青山学院大学の会計サミットで会計士の方からお聴きした「英国では、私が会計基準だ、と自負する会計士さんが多い」というお話です。アメリカや日本とは異なり、プリンシプルベースの会計基準が通用する英国では、自身の解釈こそ公正なる会計慣行との自負を持っている、だからこそ自身の意見については高い倫理観がなければ会計士は務まらないのだ、といったお話でした。ところで、TIBOR(東京銀行間取引金利)にも不正操作のリスクは存在するのですが、日本の場合には横並び意識による自主申告が可能となる制度運用がされているので、実際には金利が歪められるおそれは少ないそうです(昨日の日経新聞で報じられていました)。

さて、先週要綱案(第一次案)が法務省HPで公表されております会社法の改正案に、すこしおもしろい提案が出ています。社外取締役の選任義務付けを会社法に規定することは見送られたものの、社外取締役を選任しない会社については「なぜ当社では社外取締役を選任しないほうが妥当なのか、その理由を開示すること」という規定を置いてはどうか、というものです(なお、7月25日午前2時の時点で、日経新聞ニュースによると、この要綱案を経済団体が受け入れる方向とのこと)。

これは、いわゆる comply or explain (ルールに従え、さもなくば、従わない理由を説明せよ)の制度を会社法で採用する、ということではないかと思われます。ご承知のとおり、これは英国で使われている制度であり、国家が強制的に行為規範を押し付けるのではなく、法人の自由を最大限配慮しながらも、法の政策的な趣旨を緩やかに実現しようという規制手法です。しかし、今回のLIBOR問題や、英国の会計制度を支える「真実かつ公正なる概観」の考え方などからみて、comply or explain の制度は「横並び主義」の日本に根付くものなのでしょうか?

おそらく「explain」というのは、説明責任を尽くす者が、高い倫理観をもって「これが当社では正しいのだ」といった確信に満ちた説明をしなければ成り立たないのではないかと。しかし、この制度を日本で期待することが無理なのは、すでに何度も当ブログで述べたとおり、(本来プリンシプルベースであったはずの)内部統制報告制度(J-SOX)の運用に企業実務家、監査法人が細かいルールを求めてきたことからも明らかだと思います。結局は、著名企業が「社外取締役は当社では有用どころか有害すらあるのだ」とする合理的な理由を述べれば、そのまま横並びで他者も追随する、ということで終わってしまうことが予想されます。これではTIBORと同様、関係者の高い倫理観も何も必要ないのではないかと。

そしてもうひとつは、「explain」を論評する公正な市場が存在しない、ということにあります。ルールに従わない企業を市場がどう評価するのか、判断者が理由まで聞いて合理的な行動に出るだけの意見形成が期待できるのかどうか、という点に疑問を感じます。社外取締役を導入しない企業に対しては、社内取締役の選任議案に対して反対票と投じる、といったところぐらいで止まってしまうのではないでしょうか。このたび、原発事故の調査委員会報告書が、政府や国会、東電から出てきましたが、今後日本人は、果たして「どの報告書が最も優れている、それはこういった理由からである」といった議論を盛んに行うことになるのでしょうか?そういった公正な論評を行って、明日の日本のために、少なくともできる範囲での合意形成をしようといった気概のある有識者やマスコミはどれだけあるのでしょうか?結局みんな自分が責任を負うのが嫌なので、単に報告書が認定した事実をセンセーショナルに報じたり、各報告書の欠点を冷めた目で指摘することで終わってしまうおそれはないでしょうか。このような日本の現状を考えた場合、explainさせることが、どれだけ企業のガバナンス改革に影響を及ぼすことになるのか、私自身、いまだよく理解できないところです。

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コメント

 ひながたさんは、高い倫理観よりも強い!なんてことにならなきゃいいけど、多分、ひながたさんが流行するんだろうなあ。

 社外取締役の義務づけが見送られたからといって、自社が社外取締役を設置しなくても、投資家から信頼してもらえる訳ではないことは、各社の経営者の方は理解していらっしゃるのでしょうか。
 また、法務省の関係者等は、この要綱案で内外の投資家が日本の企業のガバナンスを信頼してくれると考えているのでしょうか。また、ジャパンパッシング(≠バッシング)はなくなると考えているのでしょうか。

投稿: Kazu | 2012年7月25日 (水) 17時56分

>kazuさん

私は全くの外野なので、想像するだけですが、やはり、どんなに事務局が努力しても、経済団体に反対されてしまうと、どうしようもないということなのでしょう。
最終的に法律を作るのは国会であって、そこで審議をするのは(献金を受けている)国会議員ですから、部会では押し切ったとしても、そのあとの過程で潰されてしまうことになるのだと思います。。。

投稿: john | 2012年7月26日 (木) 10時21分

譲渡制限のない株式を保有しているのですから、社外取締役を選任しない企業は、投資するに値しないと判断すれば保有しなければ、よいだけのことです。企業価値を算定する際に、経営機構のあり方を考慮するかどうかは、投資家により異なると思います。社外取締役を選任しないことが、株価形成において、不利益となるのであれば、企業側も社外取締役の選任を再検討することになるのではないでしょうか。

投稿: たかたか | 2012年7月26日 (木) 12時11分

第一次案の第1「取締役会の監督機能」の(前注)と(補足説明)を読みますと、社外取締役の義務化は見送られたようですが、一方で、「社外取締役を置くことが相当でない理由を事業報告の内容とする」=Explainせよとある上、「金融商品取引所の規則において、取締役である独立役員を一人以上確保するよう努める規律を設けることが考えられる」とあることから、企業法務の立場としては、実質的には義務化されたに等しいと認識しております。
少なくとも、社外取締役の設置の必要性を社内的に説明するには十分な根拠が得られたと思います。
まず、合理的なExplainができるかというハードルがあり、さらに取引所の上場規程で規律されるというハードルまであることから、あえて社外取締役を置かないという選択肢を取るのは相当勇気のいることかと思います。
加えて、投資家さんの判断にマイナス要因となりうることは極力避ける必要からも、社外取締役を設ける必要性は相当に高まったのではないでしょうか。
ただ、社外取締役を設ければ投資家さん、特に海外の投資家さんにとって魅力ある投資先となるかどうかは別問題のような気がします。
中途半端な機関設計というご意見も多いようですが、監査・監督委員会設置会社(仮称)というのも個人的には本気で検討してみたい制度であります。

投稿: Chuck | 2012年7月27日 (金) 16時45分

皆様、ご意見ありがとうございます
どうも審議会委員でなければ、今後の展開は読み取れないようですね。Chuckさんのおっしゃるように、私も前向きに考えてみたいと思います(笑)ちなみに、中央経済社のビジネス法務8月号、9月号に「社外役員はどのように機能させるべきか」という座談会記事が掲載されております。もしお読みいただける機会がございましたら、また感想などお聞かせいただければと。

投稿: toshi | 2012年8月 1日 (水) 09時44分

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