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2012年7月30日 (月)

免責のコンプライアンスと実効性あるコンプライアンス

情報処理推進機構さんから7月17日に「組織内部者の不正行為によるインシデント調査」なる報告書がリリースされておりまして、この調査結果がなかなか興味深いものであります。企業の経営者に対して「内部不正を防止するためにもっとも効果的施策は何か」との質問に対して、一番多かった回答が「重要情報は特定の職員のみアクセスできる体制になっていること」二番目が「情報システムの管理者以外に情報システムへのアクセス管理ができないようになていること」だそうです。これに対して、一方、社員向けアンケート結果のうち、「内部不正への気持ちが低下する対策」としては、「社内システムの操作の証拠が残る」ことが1位となっています。しかし、この項目は、前述した経営者に限定したアンケート結果での「現状講じている効果的と考える対策」においては、21項目中19位(下から2番目)という結果でした。つまり経営者やシステム管理者が「不正防止に効果的」と考えていることと、従業員の考えているところとでは大きなギャップがあるということのようです。

不正のトライアングル(動機、機会、正当化根拠)の思想からいえば、いずれも「不正を生じさせる機会」の減少に向けた施策だとは思うのですが、経営者はやはり「免責的コンプライアンス」、つまり従業員の不正行為を抑止させるために、目に見える形で施策を講じようとします。もし社内不正による責任追及がなされる場合、自分たちの監督責任を免れるためには、こういった施策を講じていました、と説明できるようにしたいところです。そもそも不正が発生すること自体を防止するため、こういった管理手法にならざるをえないところであります(ただ、こういった施策を講じても、100%不正を防止できるわけではないことは当然ではありますが)。

しかし従業員の側からすると、不正が発生したとしても、確実にばれてしまうのだから、不正行為をやるだけ損だ、という意識を浸透させることが効果的とのこと。社内不正はどこの会社でも発生する可能性を認めたうえで、もし問題が発覚した場合には昨今のデジタルフォレンジックの発達によって、だれが不正に関与したのかはわかってしまう、ということを従業員に周知徹底させるほうが効果的だというものであります。情報漏えい対策や企業秘密保護の必要性が高い企業であれば、前者の不正未然防止型のほうがリスク管理という意味では妥当なものかと思います(一度機密情報が洩れてしまったら取り返しのつかない損失が発生してしまうことを考えますと、多少費用がかかってでも未然防止の施策を重視することもやむをえないかもしれません)。しかし、経営者が「うちの社員はとてもまじめで、不正など発生するわけがない」と本気で認識されているのでしたら、むしろ不正発見型の後者を重視すべきではないでしょうか。「社内システムの操作の証拠が残る」ということを広く教育、研修される方が、長い目でみると極めて効率的な手法ではないでしょうか?各企業が頭を悩ませているインサイダー取引の防止体制の整備などでも同様の問題があるのではないかと。

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2012年7月27日 (金)

会社法改正要綱案と最高裁意見の影響度

ここのところ、会社法改正に関するエントリーばかりで申し訳ございません。<m(__)m>ご興味のある方は、それほど多くはないかもしれませんが、要綱案が公表されて以来、「なぜあの提言はすっぽり抜けてしまったのか?」といったメールをいくつかいただきまして、私も「なぜだろう」と考えることが多くなりました。

そんなことを考えているうちに、今回の会社法改正要綱案にはひとつの「法則」があることに気づきました(そんなエラそうに申し上げるほどのことはございませんが・・・・・)。新聞等では「会社法改正の中身判明、経済界の意向が通る」といった形で、報じられているところであります。しかし、経済界の意見がすべて通ったわけではないようで、経済団体も一定のところで妥協しているものと考えられます(たとえば社外取締役制度を採用しない場合の「当社には社外取締役を置くことが妥当でないとする理由の開示義務」「多重代表訴訟制度の新設」など)。

昨年12月に出された中間試案への各界意見の集計結果と、今回の要綱案(第一次案)で採用された改正内容とを比較してみますと、一番意見が通っているのは間違いなく「最高裁」だと思われます。最高裁が全面的に賛成(もしくは反対)している場合には、そのとおりに改正案が作成されており、たとえ経済団体が反対していても、最高裁の一部でも(条件付きで)容認する意見が出されている場合には、賛成意見が通っています。たとえば法制審ではさかんに議論されていた「子会社少数株主の保護」における「親会社等の責任」については、今回の要綱案からはすっぽりと抜けていますが、この点は「現行法の解釈によっても少数株主保護は十分に図ることができる」とのことで、最高裁が全面的に反対意見を出しておりました。経済界からの反対意見が強かったために、そちらの意見が通ったようにも思いがちですが、実は最高裁の意見の方が強く影響したのではないでしょうか。

若干微妙なのが「第5 組織再編等の差止請求」であり、ここは審議会における議論の中でも、裁判所の代表的立場にある委員の方からも、「対価の不当性」を差止請求の裁判に持ち込まれては困る、といった意見が強硬に出されておりました。そこで、取締役の善管注意義務違反に該当するような場合まで含めて差止請求ができるというわけではない、ということが明確になる形で差止請求の規定を新設するような提案になっていますので、これも一応は最高裁の意見が通ったものと考えることができそうです。

平成17年改正会社法の実際の公権的解釈を行ってきた裁判所の意見は重い(無視することはできない)・・・ということなのでしょうね。ちなみに最高裁は、ガバナンス改革(たとえば社外取締役制度の義務付け、監査・監督委員会制度の導入、監査役の権限強化、実効性を確保するための施策等)に関する会社法改正案については、一切意見を述べていないようでして、沈黙が保たれています。司法の場における経験的な知見に基づく判断以外は、裁判所としては一切口出ししない、ということかと。あくまでも立法的提言については謙抑的な立場を堅持しているように思われます。

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2012年7月25日 (水)

日本に comply or explain の規定は根付くのだろうか?

おお!?ひさしぶりに「深夜の開示は蜜の味?」(これは話題になりそうな・・・・・、またそちらは別の日に・・・)←ここまでは本論と関係ありませんので、転載いただく場合には省略していただいて結構でございます<m(__)m>

※※※※※

LIBOR(ロンドン銀行間取引金利)の不正操作問題は、いよいよ関係者の刑事訴追が始まるような気配ですが、これまでの事件の推移をみておりますと、英国銀行協会のルールに従って自主申告する制度が、銀行関係者の極めて高い倫理観に依拠していることを改めて認識いたしました。監査も監督もない信用の世界に成り立つ制度だからこそ、これを破った者に対しては(全体の制度の信用を喪失させたことへの)厳しいペナルティが待ち受けている、ということになります。事前規制が「倫理」に依存する制度だからこそ、事後規制の「制裁」がより厳しいものになる、ということかと思います。

取引金利の公正な概観は、関係者の極めて高い倫理観によって維持される、というLIBOR不正操作関連の記事を読んだときに、ふと思い出したのが、数年前に青山学院大学の会計サミットで会計士の方からお聴きした「英国では、私が会計基準だ、と自負する会計士さんが多い」というお話です。アメリカや日本とは異なり、プリンシプルベースの会計基準が通用する英国では、自身の解釈こそ公正なる会計慣行との自負を持っている、だからこそ自身の意見については高い倫理観がなければ会計士は務まらないのだ、といったお話でした。ところで、TIBOR(東京銀行間取引金利)にも不正操作のリスクは存在するのですが、日本の場合には横並び意識による自主申告が可能となる制度運用がされているので、実際には金利が歪められるおそれは少ないそうです(昨日の日経新聞で報じられていました)。

さて、先週要綱案(第一次案)が法務省HPで公表されております会社法の改正案に、すこしおもしろい提案が出ています。社外取締役の選任義務付けを会社法に規定することは見送られたものの、社外取締役を選任しない会社については「なぜ当社では社外取締役を選任しないほうが妥当なのか、その理由を開示すること」という規定を置いてはどうか、というものです(なお、7月25日午前2時の時点で、日経新聞ニュースによると、この要綱案を経済団体が受け入れる方向とのこと)。

これは、いわゆる comply or explain (ルールに従え、さもなくば、従わない理由を説明せよ)の制度を会社法で採用する、ということではないかと思われます。ご承知のとおり、これは英国で使われている制度であり、国家が強制的に行為規範を押し付けるのではなく、法人の自由を最大限配慮しながらも、法の政策的な趣旨を緩やかに実現しようという規制手法です。しかし、今回のLIBOR問題や、英国の会計制度を支える「真実かつ公正なる概観」の考え方などからみて、comply or explain の制度は「横並び主義」の日本に根付くものなのでしょうか?

おそらく「explain」というのは、説明責任を尽くす者が、高い倫理観をもって「これが当社では正しいのだ」といった確信に満ちた説明をしなければ成り立たないのではないかと。しかし、この制度を日本で期待することが無理なのは、すでに何度も当ブログで述べたとおり、(本来プリンシプルベースであったはずの)内部統制報告制度(J-SOX)の運用に企業実務家、監査法人が細かいルールを求めてきたことからも明らかだと思います。結局は、著名企業が「社外取締役は当社では有用どころか有害すらあるのだ」とする合理的な理由を述べれば、そのまま横並びで他者も追随する、ということで終わってしまうことが予想されます。これではTIBORと同様、関係者の高い倫理観も何も必要ないのではないかと。

そしてもうひとつは、「explain」を論評する公正な市場が存在しない、ということにあります。ルールに従わない企業を市場がどう評価するのか、判断者が理由まで聞いて合理的な行動に出るだけの意見形成が期待できるのかどうか、という点に疑問を感じます。社外取締役を導入しない企業に対しては、社内取締役の選任議案に対して反対票と投じる、といったところぐらいで止まってしまうのではないでしょうか。このたび、原発事故の調査委員会報告書が、政府や国会、東電から出てきましたが、今後日本人は、果たして「どの報告書が最も優れている、それはこういった理由からである」といった議論を盛んに行うことになるのでしょうか?そういった公正な論評を行って、明日の日本のために、少なくともできる範囲での合意形成をしようといった気概のある有識者やマスコミはどれだけあるのでしょうか?結局みんな自分が責任を負うのが嫌なので、単に報告書が認定した事実をセンセーショナルに報じたり、各報告書の欠点を冷めた目で指摘することで終わってしまうおそれはないでしょうか。このような日本の現状を考えた場合、explainさせることが、どれだけ企業のガバナンス改革に影響を及ぼすことになるのか、私自身、いまだよく理解できないところです。

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2012年7月23日 (月)

監査役の監査環境の整備に関する議論はいずこへ?

会社法改正論議について、要綱案(第一次案)が法務省のHPにアップされておりますが、なぜこのような案がまとめられたのか、私の勉強不足と、ここ数回の審議会の議事録が公開されていない(公開が遅れている)ため、よくわからないところがございます。新聞で報じられているところは、要綱案で明記されている事項に関するところなので、社外取締役導入論、監査・監督委員会の設置、多重代表訴訟、組織再編など、おおむね理解できるところであります。しかし、これまで何度も審議会で議論されてきたにもかかわらず、どういうわけか要綱案から抜け落ちているところがございます。

たとえば監査役の会計監査人報酬決定権の議論については、これまでの補足説明などによって、法制化から外れることは予想されました。しかし、監査役監査の実効性を確保するための整備に関する事項については、今回の要綱案からは消えております。これはどういった経緯からなのでしょうか?社外取締役の義務付けのように、議論の末、今回は見送りになったのか、それとも会社法施行規則を改訂すべし、ということが提案されていましたので、そもそも会社法改正要綱案には掲載されない、ということなのでしょうか。議事録等があれば、そのあたりの説明もわかると思うのですが・・・。監査役の権限強化については、会計監査人の選任・解任権あたりで済むだろうとは思っておりますが、監査環境の整備については、現行の監査役の権限行使の実効性にも影響が及ぶものと認識しておりましたので、もし立ち消えになってしまったとしたら、とても残念です(このあたり、何か情報をご存じの方がいらっしゃいましたらご教示いただけますと幸いです)。

たしか第二読会あたりでも、この監査役監査の実効性を確保する体制については、あまり反対意見も出ておりませんでしたし、中間試案に対して公表されたパブコメの内容を見ておりましても、既存の内部統制システムに関する規定との関係以外には、特に有力な反対意見はなかったように記憶しておりますので、私自身は楽勝ムードでおりました。世間ではガバナンス改革といえば「社外取締役制度」のほうばかりが注目されており、監査役制度の充実についてはイマイチ認知度が低かったようですが、社外取締役義務付けが法制化されないということになりますと、今まで以上に監査役にガバナンス上では頑張っていただかないといけないと思うところであります。ということで、ぜひとも改訂されることを願っているのでありますが、情報から疎いもので、このあたりは何か「あたりまえのこと」を知らないだけで赤面モノかもしれませんが、ちょっと気になっている点でございます。

これまで再三にわたって議論していたテーマについて、要綱案から抜け落ちている・・・というところがもっと他にもあるかもしれません。できれば早めに議事録等で要綱案(第一次案)作成に関する説明などが聴きたいところであります(よくわからないうちに、次の第二次案が出てしまったりするのでしょうか・・・)。

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2012年7月20日 (金)

社外取締役選任義務化見送りへの私の感想・・・

会社法改正の目玉と言われておりました社外取締役の法制化(上場会社への義務付け)が、見送られることになった、とのこと(すでに新聞各紙で報じられております)。会社法で社外取締役 の選任を義務化することについては、ご承知のとおり経済団体から強い反対意見が出ておりましたので、その反対意見に押し切られてしまった、ということのようであります。なぜ押し切られてしまったのか?・・・・・ご異論もあるでしょうが、以下は私の勝手な感想であります。

企業不祥事問題と結びつけてしまったことが、まず第一の要因ではないかと。昨年9月ころまでは、たしか社外取締役制度を導入することで、企業のパフォーマンスが上がる、という検証結果なども出され、社外取締役制度導入論者の勢いが復活しかかっていたはず。この検証結果に反対論者がどう切り込んでくるのか・・・というあたりに関心が集まっていたころに、大王製紙、オリンパス事件が発覚。ここで企業パフォーマンスの問題ではなく、コンプライアンスの問題にすり替わってしまいました。不祥事防止のために社外取締役を導入せよ、といった議論が一般的にはわかりやすい議論なのですね。結局、社外取締役を導入しても不祥事は起こる、いや起きない、といった水掛け論となり、独立性の問題も「社長のゴルフ仲間を連れてきたって独立性は確保できるではないか」といった反論にまともに答えられなくなってしまった。企業パフォーマンス論で議論が進んでいたほうが賛成論者からするとよかったのではないかと。

つぎに、そもそも社外取締役導入を法制度で強制している国はあまりないという事実。上場ルールなどで強制するということはありますが、法律で義務化する、というのは少数なのですね。そもそも法制度で義務化してしまうと、当ブログでも過去に問題にしたように、社外取締役に欠員が生じたときの取締役会決議の効力はどうなるのか、「独立性」要件が満たされないことが後日判明したときに、それまでの取締役会決議はどうなのか、といった問題がつきまといます。1人以上、ということであれば、余計めに2人は選任しておかねばならない、といった問題も生じるかもしれません。制度強制といっても、そこまでの効果は不要であり、社外取締役を選任しない会社に対してなんらかの(上場ルールによる)事後的制裁があれば足りるのではないか、とも考えられます。そのあたりの詰めが甘かったか、もしくはアピール度が弱かったのではないかと。

また、これは私の周囲の企業実務家の方とお話をしていての感想ですが、「社外取締役を本気で探さないとマズイ・・・」という機運が高まって、本気で探してみると、意外と人材がいないという点が大きいのではないかと。これも賛成論者からは「そんなことはない。人材は豊富です。」と反論されるところなのですが、いざ本気で探すとなると、やはりまったくの見ず知らずの人を社外取締役に選任する、ということはないでしょう。とくにCSRとの関係で、社外取締役制度導入にダイバーシティ対応も含めて考え出すと人材が限られてきます。それでもやはり「人となり」を知っていて、「この人ならば」と思える人に依頼するはずです。また「この人なら」と思える人も、本気で就任を考えていくと、ちょっとリスクがあってこわいなぁと感じる方も多いのではないかと。社外取締役が訴訟の被告となるケースなども報じられているところですし。この「人材不足」という問題は相当な導入消極論を盛り返すきっかけになっているのではないかと思うところであります。導入論の現実味が増したがゆえに顕在化した問題かと。

まだ「うっちゃり」(会社法では制度化しないけど、取引所の企業行動規範で強制する)の可能性はまったく無いとは申しませんが、とりあえず今後もソフトロー、または開示規制による社外取締役導入普及策がソフトランディングの方策として検討されることになるのではないでしょうか。社外取締役制度導入に賛成する立場としても、まだまだ導入のための土台作りに努力をしなければならない、ということかと思います。ただ国内機関投資家の議決権行使基準や議決権行使助言会社のポリシーの改訂などは、少しずつではありますが、ボディブローのように効いてくるでしょうね。

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2012年7月18日 (水)

監査報告書の「無限定適正意見」の重みとは?

本日(7月17日)金融庁より、大手監査法人と同監査法人に(監査業務執行当時)在籍されていた3名の会計士の方々に懲戒処分が出されたとのこと。平成21年に経営破たんした会社の仕掛品在庫の実在性チェックに問題があったため、過大に利益が計上されていたにもかかわらず、これを見落として適正意見を出していたことが「監査人としての注意を怠った」ものと指摘されています。

そういえば経営財務の7月9日号(3072号)6頁に「監査部会を読む 無限定適正意見の質と監査報告書の改訂」と題する、とても興味深い記事が掲載されておりまして、最近の企業会計審議会監査部会での議論が紹介されています。格付け会社のチーフアナリストの方が、財務諸表を利用するときは、無限定適正意見が付されているだけでなく、どこの監査法人が監査報告書を作成しているか、ということもチェックされているそうです。また、あるシンクタンクの執行役員の方は、無限定適正意見といっても、その質には開きがあるのではないか、と述べておられます。なるほど・・・・、単純に「無限定適正意見」といっても、やはり監査の質には避けがたい差がある、ということなのでしょうか。(しかし、冒頭にご紹介した懲戒処分は日本を代表する監査法人に対するものなのですが・・・・・ウーーーン・・・)

たしかに不適正意見や意見不表明という監査結果を公表する、ということは、当ブログのプロの方々のコメント欄のご意見をご覧いただけばおわかりのとおり、監査法人にとっては(市場からの一発退場を宣告することになりますので、債務不履行リスクなどのために)かなり困難な状況です。有報提出期限との関係で、会社側とギリギリの交渉を行い、その末に適正意見が出される、というあたりがまさに現実の対応かと。したがって、上記記事で実務家の方から「監査人はレッドカードしか持っていない、イエローカードも必要ではないか」といったご意見も出てくることになります。

私自身、このご意見に基本的に賛成です。しかし監査法人が「上場廃止にはならないが、財務諸表利用者にリスクを知らせる仕組みが必要ではないか」との疑問が呈されるのであれば、それは内部統制報告制度の基本的な制度趣旨と基本においてかぶってくるのではないでしょうか?たとえばダイレクトレポーティングの制度を内部統制報告制度が採用する、ということであれば、まさにイエローカードを監査法人が示すことになるのではないか・・・とも(素人ながらに)疑問に思うわけですが。施行4年目の内部統制報告制度の運用をみますと、「開示すべき重要な不備」が期末に残っていると開示した上場会社は(2012年3月決算までの会社の合計では)10社程度。しかもその開示会社の内容をみますと、ほとんどが不適切な会計処理がらみ、ということになっています。つまり将来のリスクを投資家に示す、という機能はほとんど果たされておらず、過去の会計不正が判明したから「不備があります」と宣言するにすぎません(これでは何の意味もないような・・・・)。

もし本当に監査報告書の改訂を目指すのであれば、監査部会で指摘されているように、少しくらいは監査人がリスクを負担するような書きぶりにならざるをえないのかもしれません。そのあたり、ソフトランディングを図る、ということであれば、もう一度内部統制報告書の運用に光をあててみてはいかがでしょうか。

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2012年7月17日 (火)

「いじめ問題」と第三者委員会の活用

滋賀県大津市の中学二年生の生徒が自殺した事件については、新しい事実が報じられるたびにつらい気持ちが増すばかりです(最近は「伝えられていることが虚偽であってほしい」と願うほどになってきました)。今朝の朝日新聞社会面には「繰り返す不信 過去にも 専門家『第三者の視点を』との記事が掲載されており、学校の調査や対応が不十分なために親たちが不信感を募らせていることから、「子供の人権オンブズパーソン」のような第三者機関によって数カ月ほどの調査が必要だ、といった有識者の発言が報じられておりました。子供の人権オンブズパーソンというのは、兵庫県川西市での取り組みで、子供の相談を調停する市長直属の第三者機関だそうです。すでに関係者の訴訟は係属しておりますが、実際に大津市側としては調査委員会を設置する方向で動いている、と報じられています。

私自身は子供の人権や教育権について詳しく論じるだけの能力も知識もございませんが、こういった第三者機関による調査といいますと、私たちにも関係の深い「第三者委員会」が存在します。以前、当ブログでもご紹介しましたが、平成22年より、大阪弁護士会と日本公認会計士協会近畿会の共同事業として、第三者委員会委員名簿登録制度を立ち上げました。委員名簿登録者研修を受けた弁護士、会計士が、第三者委員に推薦されるための名簿を作成し、企業や団体からの依頼に応じて委員を派遣する、という制度です。これまでまだ数例しかありませんが、この制度の第一号事例が某大学のいじめ問題でした。

某大学に通学していた留学生が2007年に自殺をしたことについて、いじめとの関連性が問題となり、平成22年、留学生の母親から大阪弁護士会に人権救済申し立てがなされました。そこでの救済申し立ての理由は、学校法人がいじめや自殺を防止できなかったこと、調査をせずに3年間も放置していたことでしたが、この人権救済申し立てにより、NHKと産経新聞が、この事件を大きく取り上げることになりました。そこで学校法人側も、社会的反響の大きさからだったと推測されますが、第三者による事実調査の必要性があるとして、この「第三者委員会名簿登録制度」を活用した、という経緯です。学校法人側からの要請で、弁護士三名を含め合計5名の委員会が設置され、数ヶ月間の調査活動が開始されました。

私は当制度の運営責任者だったので、委員の選任等にも少しだけ関与しましたが、本当に委員の方々の頭が下がる誠実な活動によって、最終意見がとりまとめられ、「本件自殺の原因として、いじめの存在を否定できない」「遺族の依頼が明確でないという理由で、本題学がいじめの有無等について調査しなかったことは問題である」といったいくつかの結論とともに、判断理由や再発防止策も公表しました。なお企業不祥事以上に、関係者のプライバシー保護の必要性が高かったため、報告書の全文公開は避け、マスコミ向けには要旨のみ公表ということになりました。

ブログという媒体では、書いても良い範囲が限定されてしまいますので、抽象的な物言いになりますが、当時の委員の方からお聴きしていることは、客観的かつ冷静に事実を調査することには弁護士による調査は適切と言えるが、それでも少し気を緩めると、組織の人間関係の葛藤の中に巻き込まれるおそれがある、ということでした。組織には様々な派閥力学があります。たとえば私立学校という組織であれば、典型的なのが理事長側と学長側に構成員が分かれる、といった具合です。それぞれが自分の派閥の人たちをかばい合う、相手の派閥の人を悪者扱いにする、といった意識が働き、調査に協力的な人たちの話を聞いていて気がつくと、どちらかの派閥にとって都合のよい報告書が出来上がっていた、という危険がつきまといます。また行政調査や警察による調査が並行している場合には、それらの調査との整合性も問題になります。

また会社内における「パワハラ」と同様、どこまでを「いじめ」と断言できるのか、その線引きが調査委員の中でも統一するのがむずかしい、ということです。よく申し上げるところですが、時間軸と平面軸で「いじめ」か否かを決定していくわけですが、加害少年といわれる者のどういった行動があればいじめと言えるのか、半年前までは「けんか」と思われるところの問題が、ここ数カ月で状況が変わり「いじめ」と思われるものに変わってきたのではないか、など、どの時期のどのような行動が「いじめ」と捉えられるのか、第三者であってもその認定が主観的な評価に左右されかねません。明確に恐喝罪や強要罪に該当するような行為があれば悩むこともないかもしれませんが、このあたりは学校側の対応の是非を判断するにあたっても影響を及ぼすところです。

大学と違い、公立の中学校ということになりますと、なおさら憲法第26条の「教育権」との関係で、学校や地方公共団体の取り組みが求められるところであり、全学的な対処が求められることになると思います。こういった問題は、被害者対学校、被害者対加害者といった構図だけにとらわれますと、真の再発防止策は見えてこないと思います。事件が発生した背景、事件が半年も経過してから社会問題になった背景には、思いもよらなかったような複雑な事実が絡んでいるものと推測いたします。人は自分の名誉や地位やお金を守るためにウソをつこうとすると、事の重大性を目の前にして怖気ずいてしまいますが、大切な人を守るためにウソをつくときは、どんなに社会を敵に回してでも心安らかにウソをつき通せることが多いと思います。目をそむけたくなるような、その複雑な事実に目をそむけない者(目をそむけなくても平気でいられる人)による調査こそ、「第三者機関」に求められるところではないかと思います。おそらく調査委員会が設置されれば、その調査対象はかなり限定したものになるかとは思いますが、マスコミで報じられていないような背景事情にまで踏み込んでいただくことを期待いたします。

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2012年7月12日 (木)

D&O保険(会社役員賠償責任保険)の最新事情(続編)

先々週「不祥事企業の自浄能力は役員をも救う!D&O保険の最新事情」というエントリーをアップしましたが、同保険に精通されている方より「ちょっと正確ではない」「それは見方が片面的である」といったご異論・ご批判をいただきました。当ブログでは、迷える会計士さん、JFKさん、KATSUさん、KAZUさん、とーりすがりさんなど、常連の皆様よりご意見をいただくたびに、若干誤った(誤解を招いた)点を修正させていただいておりますが、今回は修正というよりも、いただいたご意見の代表的なものをご紹介するほうが妥当と判断いたしましたので、以下のとおり要旨をお伝えいたします。

1 会社訴訟を補償することのメリット・デメリット

前回のエントリーにて、私は朝日新聞の記事を紹介する形で、「オリンパス、大王製紙等、昨今の企業不祥事を受けて、たとえばAIU社の保険制度では、会社が役員に対して損害賠償請求訴訟を提起し、役員に法律上の損害賠償義務が認められた場合でも、当該役員の賠償金を保険から負担するようになるそうです」と書きました。そして私個人の意見として「そういった企業の自浄能力を発揮した対応をも保険でカバーする、というのは、コンプライアンス経営という視点からは画期的なものであります」と述べております。おそらく、こういったメリットはあるものと思うのでありますが、いっぽうにおいてデメリットについても検討しておく必要がありそうです。以下のようなご意見です。

会社訴訟を補償すると保険契約者が会社、被保険者が役員個人というD&O保険の構造上大きな利益相反が生じます。例えば、10億円の支払限度額のD&O保険を買っており、会社訴訟を補償してしまうと、その10億円が費消します。その後、本格的な株主代表訴訟が生じると、支払限度額がなくなっていることになります。D&O保険の企業内立案担当者としては、本当に必要なときに補償がなくなっているという現象が生じるので非常に怖い補償ということが言えます。

なるほど、これはD&O保険の建付けや株主代表訴訟の構造についてきちんとした知識を持っていなければ理解できないかもしれませんが、安易に会社訴訟についての補償をしてしまうと役員が「いざという時」に(保険金がすでに使われてしまっていて)予想に反するような事態になってしまうかもしれない、ということであります。このあたりはリスクとして検討しておかねばならないところと思います。

2 内輪もめ訴訟の補償について

これはご異論ではございませんが、前回のエントリーにおきまして、内輪もめ訴訟に保険が適用されないことを以下のとおり述べました。

「ところで、このD&O保険の普通保険約款や特約条項等は、法律家でなければ、かなり読みにくいものと思われます。そこで、意外と知られていないかもしれませんが、「身内」どうしの争いには適用されないことになっています(普通保険約款6条9号参照)。つまり社外監査役や社外取締役等が現経営陣と対立して、現経営陣の責任を追及した場合、かりに現経営陣が損害賠償責任を負担した場合には保険金は支払われない、ということであります。社外役員が、自分たちの責任まで問われるような場面であれば、まさか現経営陣を率先して訴えることはないかもしれません。しかし、経営判断において意見が対立し、現経営陣が会社に損害を与えたようなケースであれば、社外役員が一株でも株式を保有している場合、社内の取締役には、かなりリスキーな場面も出てくるかもしれません。」

この件については以下のような問題点があるようです。

被保険者間訴訟のカバーも問題です。F社やN社でありましたが、退任した役員が現役の役員を訴えた場合もカバーしようとすると、現役役員が反訴した場合は、退任した役員の弁護士費用も含めてカバーされてしまいます。結果的に10億円の支払限度額がまたしても費消されてしまうことになります。立案担当者としては現役の役員につかなければなりません。これも怖くて採用できない補償です。よって反訴の場合は免責という条件は必要だと思います。

D&O保険は一個の保険で争訟費用(防御費用)と損害賠償金の双方を賄うことになるため、複雑な事件で多数の被告が存在するような場合には約定保険金の範囲内ではすべてを賄えない事態になることがあるわけですね。役員間での配分に関する調整規定のようなものも存在しないようなので、前払い費用(弁護士着手金等)が重なりますと、肝心なときに会社保護のために必要な保険金が消尽してしまっている、という事態も考えられるということです。独立役員が増える時代となりますと、このあたりも検討課題になってくるかと思われます。

3 告知義務違反に関する課題

研究会のときにも伺っていたのですが、前回のエントリーでは話題にしていなかったこととして「告知義務違反」に関する問題があります。独立役員とD&O保険との関係でいえば、けっこう重要な問題かと思われます。たとえば有価証券報告書虚偽記載罪が成立するような粉飾決算が発生した場合に、当該粉飾に関与していなかったような独立役員が法的責任を問われる場面において保険金が出るのかどうか・・・・・といった問題です。この問題については、以下のようなご意見をいただきました。

保険会社がはっきりと表明しないものに、告知の分離条項があります。現在のD&O保険では、5人の役員のうち1人の役員の告知義務違反があれば、保険契約は解除され他の誠実な4人の役員も一瞬にして保険カバーを失います。日本の保険会社もほとんど告知の分離条項を入れていないので、社外役員・独立役員にはたまったものではありません。

被保険者の違法行為等に起因する損害賠償責任の免責については、被保険者ごとに適用されるものと思いますが(約款5条)、この規定は告知義務違反には適用されないのですね。これまで有価証券報告書の虚偽記載を理由に告知義務違反による保険解除が行われた例はないとのことですが、重大な告知義務違反と思料されるような事態ともなれば、今後はどうなるのかわかりません。

以上はご意見をいただいた範囲内で課題を掲載いたしましたが、このたび独立役員におけるD&O保険の課題をいくつかの論文等を拝読したかぎりでは、今後社外取締役や監査役等の支援を積極的に行う意思のある弁護士にとって、このD&O保険の運用上の実務についての深い知識が必須であることを知りました(恥ずかしながら、これまでは十分勉強したことがございませんでした)。株主代表訴訟における和解合意をする際にも、その和解文言に配慮したり、オーダーメイドなので、各会社における特約条項にも配慮することが求められます。社外役員が増えそうな時期だからこそ、D&O保険の実務運用を関係者が理解しなければならないことを痛感いたしました。

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2012年7月11日 (水)

取締役会議事録のベストプラクティスについて

この6月22日に東京地裁でアーバンコーポレイション株主損害賠償請求事件の判決が出ております(判決全文は朝日「法と経済のジャーナル」にて閲覧可能です)。会社自身の損害賠償責任を求める裁判ではなく、虚偽記載の有価証券報告書、臨時報告書等を開示した時点における役員の責任(金商法上の民事責任 同法24条の4参照)を求める裁判であります。基本的には虚偽記載があり、この記載によって投資活動を行った株主が損害を被った場合には認められるものですが、いちおう役員側にも開示するにあたっては相当な注意を怠らなかったことが証明できれば免責されることになっています。

このアーバンコーポレイション事件判決では、BNPパリバに対してCB300億円を発行する手続きに関与していた役員、開示内容を決定する取締役会に出席した役員、そして諸諸の事情によって同取締役会を欠席していた役員に分類し、関与役員および取締役会に出席した役員(取締役、監査役を含む)については民事責任を認め、いっぽう取締役会を欠席していた役員については虚偽記載を指摘する機会がなかったので「相当な注意を怠った」とは言えないとして免責されております。取締役会で開示内容について疑義を呈した役員さんはいらっしゃらなかった、とのこと。

本件以外にも、たとえば昨年の大王製紙事件における特別調査委員会報告書では、元会長個人に対する関連会社からの短期貸付金の存在を知らなかった監査役については、道義的な責任はあったとしても、法的にはやむをえないものであって善管注意義務違反には該当しないとの判断がありました。また、平成12年の判例ですが、大和銀行株主代表訴訟判決においても、ニューヨーク支店における財務省証券の保管残高の確認方法が適切でないことを知りえたのは現地に往査に赴いた監査役だけであったとして、きちんと往査に出向いた監査役だけが任務懈怠を認定され、それ以外の監査役には認定されませんでした。こうやって判例等を眺めておりますと、(これは監査役に限るものではありませんが)一生懸命職務に専念している役員ほど責任が認められやすく、そこそこの職務でとどめている役員のほうが任務懈怠とは言われないという結論になってしまうような気がいたします。ただ、一方において「名ばかり監査役」(名目的監査役)といわれる監査役には、従来から判例上は容易に任務懈怠責任を認める傾向にありますので、そこそこの職務で留めている役員の法的責任はどの範囲で認められるのか、その線引きが相当むずかしいのではないかと思われます。

いずれにせよ、きちんと取締役会に出席している役員の会社法上の責任、金商法上の責任が容易に認められるようでは困るわけで、監督責任、監査責任を尽くしていることを証拠上残しておく努力は必要かと思います。先日、CGN(コーポレートガバナンス・ネットワーク)の関西勉強会において、社外役員は取締役会議事録にはしっかりと意見を残しておく必要がある、といった議論がなされました。私は以前にもこのブログで述べました通り、どちらかというと取締役会議事録への発言の記載はあっさりとしたもののほうがいいのではないか、という立場です。詳細な記録が残してあるということは、逆にいえば「書いていないことは発言していない」という推定が働くことになるからであります。そこそこ漠然とした記述であれば、「こういった発言をした」と記憶などから補足することもできそうです。しかし、社外取締役や社外監査役の意見は会社法施行規則において事業報告等による開示規制の対象となるものもあるわけですから(たとえば同規則124条4号)、できるだけ発言内容は詳細に残すべきだ、という意見も強く出されるところです。議事録は簡略化しておいて、その代わりメモや録音データとして残しておく、ということも意見として出されていました。

ただ、詳細な議事録を残すにせよ、添付メモやデータ保存によるにせよ、取締役会の議事録が詳しければよい、というものでもなさそうであります。これは出席された一部の役員さんから出た意見ですが、その方は元々金融機関のご出身で、取締役会ではいわゆる「金融検査対策」に関する話なども出てくるそうです。もし、金融庁による検査の際に、すべての関連書類を開示せよ、と言われれば、添付メモや録音データだけを抜き取って提出するわけにもいかず(そういったことをすると検査妨害や検査忌避の疑いがあります)、とくに不正に関する共謀などといったことではなくても、当局に知られると「少し気まずい」ようなことも含まれてしまうとか。そういったことを考えるならば、やはり取締役会議事録の発言内容は、できるだけアバウトなほうがよいのではないか、とのことでした(なるほど・・・そういった見地から考えたことはありませんでした)。

ダスキン株主代表訴訟事件では、取締役会では黙っておられた社外取締役の方が、社長宛に長文の手紙を出し、早期に不祥事を公表するよう要望し、その結果として被告となることを免れたことがありましたが、やはり自分の身は自分で守ることが大切ではないかと思います。たとえば社外取締役にせよ、監査役にせよ、取締役会できちんと発言しておくべきことは発言したうえで、(特に発言を残しておきたいと考える場合には)後日でもいいので発言内容を自ら書面にして議事録に添付しておくように要望する、もしくは議事録とは別でもいいので、自らの意見を「意見書」として取締役会宛に提出する、そこまでなかなかできないのであれば、最低でも自分自身の備忘録を作成しておく、といったことが現実的な方法ではないでしょうか。

なお、本日のエントリーは、判例を題材に用いましたので、取締役や監査役の保身といったところに焦点をあてておりますが、取締役会では、当然のことながらステークホルダーの利益のために前向きな発言をしなければならないことを念のため申し上げておきます。

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2012年7月 9日 (月)

監査法人への改善命令と上場会社の「自浄能力」

先週金曜日(7月6日)は「公認会計士の日」ということで、私も日本公認会計士協会四国会よりお招きを受けまして、記念講演をさせていただきました(高松市・県立ミュージアム)。懇親会でもたくさんの質問を受けまして、私自身もたいへん勉強させていただきました。ところで同じ公認会計士の日に、金融庁は大手監査法人2社に対して、オリンパス事件に関連して業務改善命令を発令していたようであります。私には、当局としては、あえて公認会計士法施行60周年の記念の日だからこそ発令したとしか思えません。

新聞報道等では、監査法人に厳しい判断、「市場の番人」としての監査法人への期待とありますが、とくに会計監査の具体的なミスを指摘しているものではなく、課徴金処分もありませんので、それほど厳しいものとは思いませんでした(会計監査人の現場における手法の巧拙にまで踏み込んでいるものでもありません)。たとえば監査人どうしの引き継ぎ問題は監査基準をルールベースではなくプリンシプルベースで検討することへの警鐘であり(こういったことは、以前ご紹介した会計倫理に関する本にも掲載されております)、また監査法人の品質管理問題は監査法人としてのリスクの共有を促すということで、最近の金融庁の監督権限の行使方法としては想定内のものかと。

公認会計士に対する「市場の番人」としての期待、ということであれば、会計監査人は不正を発見しなければならない、当局との連携を強化しなければならない、ということに結び付くものであり、金融庁の会計士に対する監督強化、ということに向かいそうであります。これは当ブログで何度も申し上げているとおり、行政当局の究極の理念ではないかと思っています。この先、行政目的が達成できない事態となれば、最終的には「会計士・市場の番人論」が事前規制手法として顕在化することにつながります。しかし今回は、金融庁はそのようなことまで企図しているものではなく、あくまでも現実の会計監査人と監査対象会社との監査実務を前提として、そこでの監査人の頑張りに期待したものが業務改善命令の本意だと思います

当ブログで、多くの会計士の方々がコメントされているとおり、現実の会計監査の世界では、監査人と会社との意見が合わないということで、おいそれと不適正意見を書いたり、監査人を辞任できるわけではなく、あくまでも最後の最後まで交渉を重ね、会社側に監査人の要望を伝え、また監査人も会社側の意向に耳を傾け、どこかで妥結して適正意見を書く・・・、そういった作業を通じて投資家やデューデリ担当者の自己責任によって開示情報を取り扱えるだけの前提条件を築くことに寄与されるわけです。

こういった現実の世界を前提とするならば、会計監査人はきちんとリスク情報を把握したうえで、これを監査対象会社にぶつけ、疑問があるならば最後まで粘り、最終的には監査対象会社自身が間違いを認めて訂正する、つまり会社側に自浄能力を発揮させることで会計不正を防ぐことに寄与することが求められているものと思います。つまりいきなり強制調査権をもって不正を暴くとか、いきなり守秘義務の例外を認めて金融庁への不正報告を促す、というものではなく、あくまでも企業が自分で不正を見つけ出して開示することのお手伝いをする、という方向性での監査法人の活躍に期待されている、というのが正しいのではないでしょうか。

これは最近の公募増資インサイダーにおける情報提供者への金融庁の対応にも通じることかと思います。金融庁、金融担当大臣の口から「証券会社の自浄能力の発揮に期待する」との言葉が発せられましたが、もちろんインサイダー規制は厳罰化のための法改正が必要ではありますが、発行体企業の模範となるべき証券会社については、それだけでは足りないわけでして、組織としての取組みが求められることになります。そこに「自浄能力」が求められるところであり、自浄能力を求めておいて、もしこれが具備されないときに、社員個人ではなく、組織そのものに対して厳罰が下される、ということになるわけです。「自浄能力に期待する、など生ぬるい」との批判もありますが、では、法改正によってどこの証券会社に対しても、事前規制手法を復活させてしまいますと、まじめに取り組んでいる証券会社には過剰な規制になってしまうので適切とは言えないわけであります。むしろ、こちらのほうがルール違反を犯したときの当該企業のダメージは大きいものになると思います。

話は戻りますが、監査法人の組織内でリスク情報を共有するといいましても、そのためには現場がきちんとリスク情報を上げてこなければ共有もできないわけです。しかし今の監査現場の監査手法によって、本当に審査部と共有できそうなリスク情報は上がってくるのでしょうか。みなさん、定型の監査調書に記載すべき事項をヒアリングするにあたり、パソコンとにらめっこで、ヒアリング対象者の顔を見ながら質問をしたり、回答を聴いたりされているようには思えません。これは監査調書の作成が大切な仕事なのでしかたないところかもしれませんが、弁護士の立場からしますと、ヒアリングの際の相手の話し方や表情、動作などを見ずにリスクなど感知できるものではありません。とても怖くてリスク情報など指摘することはできないはずです。とりわけローテーション制度などが浸透して、ますます経営者と監査人との関係が希薄になっていくなかで、経営者が関与するような会計不正のリスクをどうやって監査法人内で共有することができるのか、そのあたりの実効性のあるスキームがあれば、ぜひ知りたいところであります。

そもそもリスク情報を共有したからといって、監査法人内部で不正リスクが高いという推論に到達するのでしょうかね?リスク情報が高い場合には、サンプル数を増やすとか、重要性のレベルを下げるといったことには結びつきますが、不正疑惑を解消するためのドラスティックな調査には結びつかないのではないでしょうか。それができるのは、一般的な水準を超えた能力のある会計士による監査か、または一般的に職業的懐疑心を高めることしかないと思いますが、どなたかこのブログでコメントされていたように、ほとんどの企業がまじめに財務諸表を作成しているなかで、いきなり不正疑惑を前提とした調査手法をとるだけの勇気のある監査法人があるのでしょうか。監査法人もある程度のリスクを背負いながら仕事をしなければいけない時代になった、ということなのでしょうかね。

※ところで大王製紙の件に関連する、もうひとつの大手監査法人さんについてはどうなるのでしょうかね?

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2012年7月 6日 (金)

関西電力株主総会における「脱原発」と「ガバナンス改革」への賛成票の重み

株主総会シーズンが終わったとたん、世間はまったく関心を示さなくなっておりますが、7月4日に関西電力社は、今年の株主総会における議決権行使結果を臨時報告書の中で開示しております(詳細はEDNETをご参照ください)。注目の株主提案は第3号議案から同30号議案までありますが、ニュースでも報じられておりました通り、会社提案議案はすべて可決され、株主提案議案はすべて否決されました。ただ、各株主提案にどれほどの賛成票が投じられたのか、興味がありましたので、少し調べてみました。

「脱原発」を掲げる定款変更議案については17%の賛成票が投じられています(3号議案)。この「17%」という数字を多いとみるか、少ないとみるかは意見が分かれるところかと思いますが、私個人としては意外と賛成票(つまり脱原発支持派)が多かったのではないかと感じています。さすが大阪市長のパフォーマンスが効いたのでしょうか(もちろん、議決権行使結果の賛否集計は基本的には総会前日まで、ということなので、正確には総会当日の演説が効いたとまでは言えませんが・・・)。前にも述べました通り、脱原発ということを定款に記載したとしても、その文言の抽象性ゆえに経営陣による経営判断への法的な拘束力が認められることはないと思います。しかし、個人株主による17%の重みは無視できないわけで、今後の脱原発への賛成票が増えるのか減るのか、そのあたりに興味が持たれるところです。

ところで株主提案議案のなかで、ダントツで株主側賛成票が多かったのが、社外取締役に対する責任限定契約(責任軽減契約)締結に関する定款変更議案(第21号議案)です。驚くべきことに38%もの賛成票が投じられています。(議案の内容が少し難しいので)棄権票を除きますと、まさに株主提案に対する賛成票は4割を超えております。株主代表訴訟が提起された場合等、社外取締役の責任が限定されるように会社と社外取締役とが責任範囲を限定する契約を締結することができるわけですが、これは定款で定められなければできません。その責任限定契約に関する定款規定を設けるように、との株主提案だったわけですが、会社側が反対意見を述べていたために、最終的には否決されています。

法律家向けのブログであれば、ここで会社側反対理由と株主提案理由の優劣等についてマニアックに語りたいところでありますが、最近は一般の方がたくさん当ブログをお読みいただいておりますので、細かな法律論は省略させていただき、とりあえず一言感想だけを述べますと、なぜ関西電力社は、社外役員に対する責任限定契約締結に関する定款変更をされないのだろうか、という素朴な疑問が湧いてきました。今のままですと、たしかに取締役が代表訴訟等によって責任が認められた場合、現経営陣の裁量によって、社外取締役の責任範囲を限定(責任免除)することは可能になっています。しかし責任限定契約を締結しているケースと比較しても、社外役員の法的な立場は非常に不安定なままですし、また有事におきまして、社外取締役として社内取締役と対立しかねないような発言もできなくなってしまうのではないか、という懸念が生じます。

いまの関西電力の定款のままですと、これから電力会社の役員としてふさわしい方々が、本当に社外取締役や社外監査役に就任してもらえるのかどうか、かなり不安が生じるのではないでしょうか。関西電力の経営の透明性を向上させ、株主共同利益にも配慮した経営を要望するのであれば、なんといっても独立役員にふさわしい社外取締役の方が就任することが第一歩かと思います。そのような重責を担われる方に、今のままで果たして優秀な方が就任してもらえるのかどうか、今のままですと、すこし関西電力社のガバナンスに希望が持てにくくなるような思いであります。

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2012年7月 5日 (木)

食品偽装との闘い~ミスターJAS10年の告白~

32778124当ブログもすでに8年目を迎えておりますが、これまで多くの偽装事件についてエントリーの中で取り上げてきました。なかでも食品偽装事件につきましては、私自身が関与した事件などもあり、企業コンプライアンスを考えるうえで貴重なテーマとなっております。

ここ数年、食品Gメンと呼ばれる農水省の職員の方の活躍が時々新聞等で報じられるところでありますが、その食品Gメン(正確には「食品表示Gメン」と呼ばれるそうですが)のグループリーダーでいらっしゃった方が、退職を機に、監視専門官(及びその指揮官)として活躍されたこの10年を振り返る本を出されました。7月4日の発売日と同時に書店で購入し、一気に読みました。

食品偽装との闘い-ミスターJAS10年の告白-(中村啓一著 文芸社 1400円税別)

日本の食品メーカーが、まさか故意に原産地表示を偽装することなんてありえない、といった意識で平穏な公務員生活を送っておられた著者が、2002年に発覚した雪印食品牛肉産地偽装事件の調査を命ぜられ、名門企業の生々しい偽装の実態に触れるところから本書は始まります。著者はここで雪印食品の社員が「これくらい、ほかのとこでもやっている」「肉の世界は、部外者にはわからない」といった言葉に衝撃を受け、食品偽装と闘う覚悟を決めることになります(最近の金融機関におけるインサイダー騒動にも通じるところがあるように思いますね)。

雪印食品事件をきっかけとして、農水省は「食品偽装を暴く」、つまり性善説から性悪説へと行政の発想の転換をします。つまり「パンドラの箱」を開けてしまうわけですが、そこから素人の調査集団の苦悩の日々が綴られていきます。著者は食品表示Gメンのリーダーとして、ミートホープ事件、不二家事件、白い恋人事件、赤福事件、船場吉兆事件などを手掛けることになるわけですが、新聞で報じられるところとは少し異なり、取締行政の立場からみた各事件は、「なるほど、取締る側からすると、このように映っていたのか・・・」と思うところの連続でありまして、非常に興味深い内容であります。たとえば著者からみて、食品偽装に手を染めた赤福という会社は(その抵抗ぶりから)「とんでもない企業だ」といった印象を当初抱くわけですが、ある時点から、「この会社なら大丈夫。かならず再生できる」と認識を改めることになります。どうして認識を改められたのかは、またお読みいただくとおわかりになるかと。

読んでいて、すこしドキッとしましたのは、私が会社側で関与していた事件についてもズバリの記述があったことであります(会社名が記載されていなかったのでホッとしましたが)。このブログでも過去に若干ふれておりますし、私の2~3年前のコンプライアンスセミナーにお越しになられた方がお読みになると、「ああ、あの件ね」とおわかりになるかもしれません(もちろん、具体的な社名についてはセミナーでも伏せておりますが)。行政官からみても、あの事件は特殊な事例だったのかな・・・と。また業界独特の「隠語」の使い方によって、「この内部告発はホンモノかもしれない」とか「この不正は組織ぐるみだ」といった推定が働くというあたりも、「なるほど・・・」と感心いたしました。

そういった著名な食品偽装事件の記述もさることながら、個人的におもしろかったのは後半部分の「ウナギ産地偽装事件」と「事故米転売事件」です。これはスキルアップした食品Gメンの方々が、組織としてどれくらい熱意をもって調査にまい進するものかを理解するにはたいへん貴重な記録であります。とりわけ事故米問題では、普段から検査活動に関与している組織と、そうでない元食糧庁の方々との調査内容の比較が興味深く、性悪説をもって調査を続けてきた検査官達が、いかにスキルアップをしてきたかが認識できます。食品Gメンと対峙する、ということは、このとてつもない組織を相手にしなければならない、ということがよくわかりました。

食品Gメンという行政官と政治との葛藤、法律との葛藤が最後に述べられていますが、これらは昨年8月に退職された立場だからこそ、お書きになれたのではないかと想像いたします。このブログでは何度も書いておりますが、やはり権力というものは、若い時から使い慣れた方々が「謙抑的に」行使するのが一番だと改めて思います。パンドラの箱を開けてしまったがゆえに、裏社会から何度も脅迫された、といったお話にも驚かされました。

法律家として、デュープロセスの観点から調査に問題が生じかねない部分もあるように感じましたが、なによりも強制調査権を持たない監視専門官が、企業の不正をどのような視点から眺めているのか、国民の生命・身体・財産の安全を守るために、どういった規制手法を実施するのか、という「行政的発想」を学ぶためにも、たいへん有益な一冊であり、企業コンプライアンスに関心をお持ちの方にはぜひともご一読をお勧めいたします。

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2012年7月 4日 (水)

株主提案権における平面軸と時間軸

みずほフィナンシャルグループの株主総会において、株主提案の7つの議案(会社側は反対意見表明)が20%以上の賛成票を得たとのことで、「日本企業統治史上、画期的な事件」だと報じられております(産経新聞ニュースはこちら)。なかでも「役員研修の方針と実績の開示」については最高の28%の賛同票が集まったようです。たしかに高い賛同票だとは思うのですが、2年前から開示されるようになった(※1)議決権行使結果によると、みずほFGでは以前から「役員の個別報酬開示」はじめ、株主提案権行使に対しては20%程度の賛同票が集まっているようなので、急激に株主提案に賛同する一般株主が増えた、ということにはならないように思います。

※1 金融庁は、平成22年3月31日付で「企業内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令」を公布しております。適用開始時期は、3月決算の上場会社は平成22年に開示される有価証券報告書、定時株主総会からとなりますので、今年で3回目の議決権行使結果の開示となります。この内閣府令では、報酬が1億円以上の役員がいる場合は、有価証券報告書に、当該役員の個別報酬が開示されることになりましたが、役員報酬の他にも注目を集めているのが、議決権行使結果について、決議の結果だけでなく賛成反対の票数も法定開示の対象とされた点です。

ただし同社の株主構成をみますと(四季報参照)、2008年には29%だった外国人株主が2012年には19%に減少していますし、浮動株主も11.8%だったのが4%にまで減少しています。こういった株主構成の変動の中で、20%以上もの賛同票がとれたことは、やはり画期的なのかもしれません。ちなみに、あれだけ東京都の副知事の方が「脱原発」を呼びかけていたにもかかわらず、実際のところは脱原発の株主提案に対する賛同票は8%程度だったようで、昨年の5%からは伸びているものの、やはり個人株主の意見が集約されたとまでは言いきれないのではないかと。

ところで株主提案権の行使といいましても、アコーディアゴルフvsオリンピア(PGM)、イオンvsパルコ、栄光HDvs進学会、ヤクルトvsダノンのように、M&A型(支配権争奪型)の場合には、当然のごとく、その年の株主総会における得票数が問題となるわけですが、みずほFG、関西電力、野村HDなどのように問題提起型(経営関与型)の場合には、単純にその年の賛否の比率で一喜一憂するのではなく、過年度における賛否率と比較したうえで、提案権に賛同する株主が増えているかどうかを検討する必要もあります。企業としても、今後は長期的に株式を保有してもらえる株主を増やしたいと思いますので、こういった政策的な提言を行う株主提案権への賛同票の増加は会社経営陣にとっても無視できなくなるように思います。

ちなみに下表は先週、大阪の司法記者クラブとの懇談会でスピーチをさせていただいたときに配布させていただいた資料からの抜粋です。

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大阪市の市長は、今年の関西電力の株主総会において、約4分にわたり株主提案の理由を説明しました。その後、株主提案に係る定款一部変更議案が否決されたことを受けて、「この経営陣では関電はダメになる、何を言っても無駄」として、大阪市保有の関電株の売却も検討する方針だと報じられております。ただ、問題提起型の場合にはむしろ再度提案権を行使すべきであり、その賛同票の推移こそ、主張の根拠とすべきではないかと思います。報じられたところでは、大阪市は日本プロキシーガバナンス研究所の助言を受けておられたそうですが、ISS、グラスルイス等の議決権行使助言会社の推奨意見に影響を及ぼすことも含めて、毎年粘り強く提案を続けることが重要だと思います。未だ関西電力の臨時報告書は出ておりませんが、原発廃止に関する定款一部変更議案については、関西電力を取り巻く経営環境は(おそらく)毎年変わると思われますし、重要な課題でもありますので、株主提案権の濫用には該当せず、議案提出が制限されることはないものと思料いたします。そう考えますと2年前から議決権行使結果が臨時報告書によって開示されるようになった意義は大きなものがあります。

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2012年7月 2日 (月)

富士通元社長辞任事件における「反社会性公表と名誉毀損の成否」

先週末あたりから、当ブログで採りあげたくなってしまう話題がたいへん多くなり、困っております。脊髄反射的にコメントをしたい話題だけでも、①野村インサイダー調査報告書、②オリンパス配転命令事件最高裁決定、③石原産業フェロシルト株主代表訴訟判決、④IHI子会社元役員不正流用事件、⑤吉本興業MBO大阪地裁判決、そして⑥トーハン社の社外監査役無承諾選任事例などであります。また時間ができましたら、ブログでもいろいろと採りあげていきたいと思っております。

さて、上記の各事件(各事例)については、すでに新聞等でも報じられているところでありますが、まだ新聞ではほとんど報じられていないのが先週の6月27日に言渡しのありました富士通元社長辞任騒動に伴う関係者の名誉毀損損害賠償等請求事件の控訴審判決(東京高裁第11民事部)であります。富士通元社長辞任事件については、すでに当ブログでも4月11日の東京地裁判決を採りあげましたが(たとえば4月12日のエントリーはこちら)、そちらは富士通社の元社長さんが、「いい加減な情報によって辞任を強要されたのだから、私が社長の地位を喪失したことについては富士通の役員に不法行為が成立する」として会社側を訴えたものであります。そして、先週6月27日に控訴審判決が出たのは富士通社やその役員によって「不当に反社会的勢力だと名指しされ、名誉や信用を毀損された」とされる法人やその代表者が原告(控訴人)となって、富士通社やその役員の不法行為に基づく謝罪広告命令および損害賠償請求を求めた裁判であります。具体的に名誉毀損にあたるとされた表現は、たとえば一部の役員等が、取締役会で原告ら(控訴人ら)が「反社会的勢力の疑いがある」と説明した行為や、元社長退任までの経緯を記者会見で説明した行為、雑誌「日経ビジネス」上で富士通事件についてインタビューに回答した行為などであります。上記東京高裁では、地裁に続き、原告(控訴人)らの主張を棄却し、富士通社および役員3名の不法行為責任を否定しております。

自分たちは反社会的勢力でもないのに、勝手に反社会的勢力だと世間に公表され、著しくその名誉や信用を傷つけられたとして、上記原告ら(控訴人ら)は表現者(及び会社)に対して謝罪広告、損害賠償を求めたわけです。しかし東京高裁は

富士通元役員らの表現行為は、いずれも名誉毀損の要件に該当するものではあるが、ここで問題となる事実は、控訴人らが反社会的勢力である、という事実ではなく、反社会的勢力だと疑われている、という事実である。富士通社の役員らは、これまで証明されたことからすると、「控訴人らは反社会的勢力だ」との疑いが存在することは間違いないので、すなわち被控訴人らによって「疑いがあること」「うわさがあること」の事実に関する真実性が証明されており、さらに表現行為は公共の利害に関連する事柄といえるため、各表現行為の違法性が阻却される

と判示しております。(なお、法律家ブログとして判決をご紹介する場合には、きちんと名誉毀損の要件事実から説明をして、どの要件が問題となるのかを解説すべきではありますが、ブログをお読みの方々にわかりやすくお伝えするために、そのまま引用ではなく、判決を要約してお伝えすることをご容赦ください。もちろん要約責任は私個人にございます)。

判決文の19頁以下ではっきりと述べられているのでありますが、被控訴人らが真実性を証明しなければならない事実というのは、原告ら(控訴人ら)が反社会的勢力であることや反社会的勢力と関係があることではなく、原告ら(控訴人ら)が反社会的勢力であるという「うわさ」があること、反社会的勢力と関係しているという「疑い」があることだと指摘されています。原則的には、「うわさ」や「疑い」として表現されたものであっても、一般の人たちが表現された内容が真実だと受け取るケースが多いと思われますので、表現者の真実性の証明対象は社会的な信用を低下させる事実自体でありますが、本件では特に、一連の会社側と元社長との辞任騒動に至った経緯からすれば、「疑いがあった時点での社長としての行動」が問題とされていたので、会社もしくは役員側から「うわさ」や「疑い」の存在について真実性が証明されれば足りる、と判示された点は、非常に重いものがあります。

上場会社の場合には、役員の辞任理由なども正直に開示する必要がありますし、たとえ上場会社ではなくても、金融機関との取引停止等、昨今の反社会的勢力との癒着に関する社会的な反応は厳しいものがございます。当ブログでも何度も申し上げておりますとおり、オリンパス事件で元社長ウッドフォード氏や海外のメディアがあれだけセンセーショナルに反応したのも、そもそも反社会的勢力との癒着の噂が先行したからであり、まさに反社会的勢力との癒着問題が海外の機関投資家にも非常に大きな関心であることが証明された形となりました。今回の東京高裁の判決に対しては、私自身も高裁の判断理由について若干の疑問も抱いておりますし、また原告(控訴人)側より上告、上告受理申し立てがなされるものと思いますので、軽々には申し上げられないかもしれませんが、会社側の反社会的勢力排除のための有事対応および有事に適切に対応するための平時対応(内部統制の構築)を理解するための貴重な先例になることは間違いございません。先の4月11日東京地裁判決と併せて、本判決につきましても、企業コンプライアンス上の実務に大きな影響を与えるものと思料されますので、有識者の方々による判例分析等がなされることを期待しております。

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