« 2012年7月 | トップページ | 2012年9月 »

2012年8月31日 (金)

内部告発者に対する社内リニエンシー制度の適用

すでにマスコミ各社で報じられているとおり、8月29日に大阪市元職員による「市職員による金品着服の内部告発」に関する大阪地裁判決が出たようであります。内部告発を行った元職員は、自らも事件に関与していたものとして、大阪市から懲戒解雇処分を下されていましたが、この懲戒処分は重過ぎる(裁量権の濫用に該当する)として、大阪地裁は処分を取消す判決を言い渡したそうであります(たとえばこちらの読売新聞ニュース)。

本件は、内部告発を行ったことに対して、その報いとして告発者が所属する組織から不利益な制裁処分を受けたものではありませんので、公益通報者保護法に関する問題とは区別して考えたほうが良いと思われます。つまり、自身も関与していた不正事実を公表し、あわせて証拠を提供することによって不正摘発に協力をしたものでありますが、結果として組織の不正を是正した告発者自身に課せられる懲戒処分が軽減されるべきかどうか、という点が問題となりそうです。

朝日新聞の記事によりますと、大阪地裁の裁判官は

「内部告発の結果、組織不正の是正が図られており、男性の処分の内容を選ぶ際に有利な事情として考慮すべきことは明らかだ」

と判決理由が示したそうなので、たとえ内部通報(自身の所属する組織の通報窓口に通報したケース)ではなく、内部告発(外部第三者に対して通報すること)がなされた場合でも、告発者に対しては社内リニエンシー制度に近い運用がなされるべきである、ということを示したものでありまして、かなり注目される判決ではないでしょうか。ちなみに今年8月に最高裁で確定したオリンパス配転命令無効確認等請求事件の場合は、社内のヘルプラインに通報した事例なので、本件のようにいきなり外部第三者へ告発された事例とは少し性質が異なるものと思われます。

最近は各企業のヘルプライン(内部通報規約)にも、役職員が加担する不正事実について、社内調査開始前に自主申告をして、さらに社内調査に協力した場合には、当該社員に対する社内処分の減免を定めるケース(いわゆる社内リニエンシー)も見受けられます。とくに海外カルテルなど、独禁法上の不正行為に関与した職員の自主申告は喫緊の課題であり、かなり社内リニエンシーも一般化しているものと思われます。

ところで本件判決は、内部通報制度を整備している一般企業の場合にも、果たして参考になるのでしょうか。一般の企業では、自浄能力を発揮することを目指して、社内の不正はできるだけ社内の窓口で受理したいと考えており、そのために(内部通報者への)自主申告者への処分減免制度を整備しているはずであります。しかしながら、社内の通報窓口ではなく、いきなり外部第三者へ告発されるケースであっても、社内処分の減免を図らねばならないとすると、そもそも内部通報を奨励し、できるかぎり自浄能力を発揮させるためのインセンティブがなくなってしまうようにも思われます。

上記の大阪地裁判決でも述べられているように、本件は「組織ぐるみ」の不正であり、「不正が長期にわたって放置されたことについて、市の監督責任がある」と思われることから、市役所内部に通報したとしても(監督責任をおそれた)市役所が不正を十分に調査することが期待できず、また周囲の社員から嫌がらせを受ける可能性も高かったことが推測されます。したがって、マスコミへの情報提供もやむをえなかったものと思われるところであり、内部通報とは言えない場合でも懲戒処分の減免がなされるべき事案だったのではないでしょうか。とりわけ「懲戒解雇処分」(組織→市民社会)という、最も厳しい処分が審査対象となっていましたので、裁判所も裁量権の逸脱について慎重な判断がなされたことも考慮すべき点であります。

しかし内部統制システムの一環として内部通報制度を整備し、できるだけ内部告発を減らそうと努力している一般企業としては、不正申告者が、内部通報制度を活用することなく、ダイレクトに内部告発を行った場合には別異に考えるべきではないかと。(もちろん、厳格な要件のもとで公益通報者保護法上の保護が図られることはあるとしても)自ら関与した不正への処分を企業が検討するにあたり、常にリニエンシー制度を適用しなければならない、とまでは言えないように思います。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2012年8月29日 (水)

社長にはなぜ社内の不祥事情報が届かないのか?(増資インサイダー事件)

本日(8月28日)金融庁より、平成24事務年度監督方針が公表されましたが、同監督方針には、重点項目のひとつとしてインサイダー取引への適切な対応が掲げられております。その金融庁の増資インサイダー事件解明のための並々ならぬ意欲が、本日の日経新聞2面「ルポ迫真」で報じられている野村證券(野村ホールディングス)社へのSESCの調査活動の内容から読み取れました。

増資インサイダー疑惑について、野村HD社は当初は楽観的な見方だったようで「問題はあるが、法的にはグレー」といった認識だったそうであります。SESCによる特別検査の後、第三者委員会による調査に委ねたところ、そこで解明された事実は、これまで社長が報告を受けていた事実とは異なったものとなり、社長は声を荒げて怒ったとのこと。

上記記事によれば、野村HDの経営陣は当初「社内処分で事足りる」と考えておられたそうですが、本当はそこにコンプライアンス上もっとも深刻な課題が横たわっているものと思われます。そもそも社内処分で済ませられる、ということは、その社内処分を受ける者だけが馬鹿をみる、ということになります。ほかの社員も同じことをやっている、私の(顧客への情報提供サービスという)営業努力で上司が成績を上げている、といったことが頭をめぐるのであれば、なぜ幹部社員や担当者が真実を上司に語るのでしょうか。私からすれば、自分の出世や家族の生活を守るために、「たいしたことはしていません」と報告することは当然なわけでして、組織としての野村HDを守るために自分が正直に社内処分を受ける動機など、ほとんど見当たりません。ましてや、社内処分の対象となるのが担当執行役員なども含まれるのであれば、(彼らにとって出世競争はそこで終わってしまうわけですから)到底社長に真実の情報が届くはずはないのは自明のことであります。

上記記事で興味深いのは、MOF担(大蔵省との交渉役)経験のある会長と、経験のない社長との間で、インサイダー取引リスクに関する温度差があったことであります。会長は4月の時点で金融庁の本気度を認識していた、つまり野村HDが有事に至っていることを肌で感じていたようで、的確に金融庁の意向をくみ取ることになります。残念ながら、社長さんはこの有事意識を共有していなかったために、部下から上がってくる情報をもとに「法的にはグレー」との甘い認識を持ち、その情報の確度を疑わなかったものと思われます。もし疑惑発生当初から経営執行部が有事意識を共有していたとすれば、部下から上がってくる情報のバイアスを(リスクとして)感じることができたのではないでしょうか。つまり社内処分で済ませられるほどの個別社員の特殊事情に基づくインサイダー事件ではなく、組織に蔓延している構造上のインサイダー許容風土に要因があることに思いを巡らせることができたのではないでしょうか。これは決して社長さんに責任がある、などと申し上げているものではなく、社長さんはたとえ有事に至っても、会社を背負っていくためにやらねばならない「日々の課題」が山積しています。まさにリーマンショック以降の経営立て直しに頭がいっぱいだろうと推測されるのでありまして、インサイダー問題など、頭の隅っこにほんの少し思い悩んでいる程度のことです。その隅っこの問題がいかに大きなことなのかは、誰かが口に出さねば社長は有事意識は持てないだろう・・・ということではないかと。

7月26日に野村HDの社長さん、最高執行責任者の方々は辞任会見を開くことになりましたが、金融担当大臣は、同日の記者会見で「野村の自浄能力は概ね認められた」と述べています。つまり、社長さんはインサイダーとリーマンショック後の経営責任とは別だといった意味で会見したにもかかわらず、金融庁側は、インサイダーの責任をとって辞任したのだ、と受け止めています。いくら「風通しのよい企業風土」を目指すといっても、組織や他の社員の問題を背負ってまで(つまり自分が犠牲になってまで)社員が真実をトップに語るものと考えるのは甘すぎると思います。第三者委員会が迫ったような、組織構造上の問題まで遡った原因究明を、社内調査の段階で徹底するトップの意欲が社員に伝わらない限り、自浄能力が発揮されることはないものと考えています。今回は行政当局がステークホルダーとして登場してきますが、これを一般国民に代えて考えますと、昨年の九電のやらせメール事件にとてもよく似た構造ではないかと思います。社内の常識と社外の常識が食い違っている・・・・ということに、社内のだれが気づき、それをいつ口に出すのか、これこそ不祥事対応の明暗を分けるポイントになるケースが多く見受けられるようになりました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年8月28日 (火)

ブログ記事に関する訂正とお詫び(2点ほど・・・・)

まだまだ暑い日が続いておりますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。当ブログも平日は1万アクセス(実人数は5000~7000人)ほど閲覧いただくようになりまして、記載内容にはできるかぎりの注意をしているつもりですが、時々、関係者の方々にご迷惑をかけてしまうことがございます。本日は2点ほど、訂正がございます。

ひとつめは、一昨日にアップいたしましたテルモ社の事例(週刊ダイヤモンド掲載記事の件)ですが、テルモ社関係者の方よりご連絡があり、テルモ社の経営統合案提示の背景等詳細な説明を手紙で送ったのは、「社外監査役および監査役だけ」ではなく「意思決定に関与する取締役および監査役」に対して、というものだそうです。どういうわけか、週刊ダイヤモンド社の編集の具合で「社外取締役および監査役」という文言になっているようで、実際にはテルモ社からオリンパス社の全取締役、監査役に手紙が送付された、というのが真実のようです(ご連絡、どうもありがとうございました)。ここにお詫びをして訂正させていただきます。

そしてもうひとつは、来週月曜日(9月3日)に開催されます日本内部統制研究学会について当ブログでご紹介した際、 「内部統制に関する判例及び処分事例の研究」に関する冊子を会場にお越しの皆様全員に配布する予定であるかのように記述いたしましたが、これは誤りでして、当日10時40分から開催されます研究部会報告の会場に参加された方のみへの配布、ということでございます。当研究会の予算の関係上、到底参加者全員に冊子の配布はできないとのこと。関係者の皆様ならびに、参加予定者の皆様にはたいへんご迷惑をおかけして申し訳ございませんが、ここに訂正をさせていただきます(とくに、ブログをお読みになって、事務局のほうへ多くの問い合わせがあったようで、私も情報をきちんと把握せぬままにブログで広報をしてしまいました)。

いずれにしましても、本冊子のなかで私もヤクルト本社株主代表訴訟事例(最高裁で確定)の判例を検証して、取締役の監視義務を尽くすという意味での内部統制システムの構築と、担当業務を執行するという意味での(権限移譲を目的とした)内部統制システムの構築の区別を意識する必要性などを論じております。西村あさひの武井一浩弁護士、鳥飼法律事務所の中村、島村弁護士、法政大学の秋坂教授、青学の松井、町田教授等、内部統制研究に詳しい先生方のオリジナル論稿が詰まったもので、たいへん興味深いものになっています。ぜひ当日は研究会報告にご参加いただければ幸いです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年8月27日 (月)

企業価値向上策を交渉先の非業務執行役員に力説する企業

私は特にこの会社を「よいしょ」するつもりもなく、また何の利害関係もございませんが、どうしてもその一挙手一投足が気になります。またまたオリンパス社に経営統合を提案しているテルモ社の件ですが、今週号の週刊ダイヤモンド18頁「短答直入」のコーナーにて、同社の社長さんが経営統合案の合意前公表についての真意を語っておられます(ダイヤモンド・オンラインにも掲載されているようです)。

もちろん(テルモ社がオリンパス社に対して損害賠償請求訴訟を提起しなければならなくなった事情とも関係しているとは思うのですが)、オリンパス社への経営統合案を事前公表すること自体、上場企業としては、たいへん異例の手法であります。ただ、この社長さんのインタビュー記事で気になりましたのは、オリンパス社の4月の臨時株主総会による経営刷新の結果をみて同社社長が「提携先を選ぶにあたって、(オリンパス社の)経営陣の中での合意形成が重要性を増している」と考えた、という点であります。テルモ社は、公表された経営統合案とは別に、オリンパス社の監査役と社外取締役には今回の経営統合案の背景や効果、統合への想いなどをつづった手紙を送ったということのようです。つまりオリンパス社の非業務執行役員に対してのみ、個別に信書によってテルモ社が考える同社の企業価値向上策について力説をされているのだそうです。

たしかにオリンパス社にとって重要な経営判断となる事項ですから、非業務執行役員に対してテルモ社との提携(統合)の有利さを説得する、ということは当然のことでしょうし、とりわけ独立性に配慮をした社外取締役制度を導入した企業に対する対処法としては正論かとは思います。しかし自社の取組みではなく、交渉相手企業のガバナンスへの期待をこめて、このように信書を送るという行動に出るというのは、まさに異例の手法ではないかと思われます。このような信書を受け取ったオリンパスサイドとしては、これをどう取り扱うのでしょうか。提携先選定作業において、社外取締役だけの会合などを設けたりするのでしょうか(どなたか、こそっとお教えいただけますとうれしいのですが・・・笑)

しかし、こういった手法を考案して、実行に移すのはテルモ社の社長さんの実行力なのでしょうか、それとも3名おられる社外取締役さんのご意向が反映されているのでしょうか(NTTドコモにおける「アイモード」の生みの親でいらっしゃる方なのかな?)最近の同社の企業行動を外野から拝見しておりますと、この会社はガバナンスという意味では、相当に先を行く企業であり、そのあたりの経営判断については、取締役の方々で相当にコンセンサスが得られているのではないかと推測されるところです。映像分野における事業提携の話も含め、今後もオリンパス社の事業提携に関する経営判断には関心が寄せられるところであります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年8月24日 (金)

退任監査役が新任監査役へプレッシャーをかける事案

東京大学の研究成果を活用した創薬事業を営むECI社(セントレックス)の8月15日付適時開示「監査役の辞任・選任に関するお知らせ」がなかなかスゴイことになっているなぁと感心しておりましたところ、8月22日付適時開示「訴訟提起に関するお知らせ」によりますと、辞任予定の監査役さんが会社を代表して社長と専務を相手に損害賠償請求訴訟を提起した、とのことであります(会計監査人との契約を解除しているような状況にある同社なので、ゴタゴタがあることは予想できるところではありますが)。

常勤監査役と社外監査役の一名(合計2名)が8月下旬の定時株主総会をもって辞任されるそうですが、その理由が「両監査役ともに、取締役の経営方針に対して同意しえない状況が続いており、監査役としての職務の遂行が困難になったため」とのこと。この時点で、私は「ひさしぶりの物言う監査役さんの登場」と思っておりましたが、それだけでは済まず、22日の適時開示のとおり、常勤監査役さんが会社を代表して社長さん、専務さんを訴えるということになったようです。あと1週間ほどで監査役を退任するにもかかわらず、なにゆえ今になって会社を代表して取締役個人の責任追及に出たのでしょうか?

上記開示情報によりますと、常勤監査役さんは、株主からの提訴請求を受けて監査役会で協議をして、その決議によって社長らに損害賠償請求訴訟を提起することになったとのことであります。監査役会は多数決で決議しますので、おそらく3名のうち、今回辞任される2名が「提訴やむなし」とのことで訴訟提起に踏み切ったものと思われます。そして「株主からの提訴請求により」とありますが、常勤監査役さんは昨年の有価証券報告書によりますと同社の株主たる地位にもありますので、自ら提訴請求をして、自ら審議を行ったのではないかと推測されます(これはあくまでも私個人の推測です、念のため)。

社長らの責任を会社が追及するわけですから、株主代表訴訟が提起されたわけではありませんが、会社と役員とで「なれあい訴訟」にならないよう、株主は会社が提起した訴訟に共同訴訟人として参加することができます。おそらくこの常勤監査役さんは、株主たる地位をもって責任追及訴訟の共同訴訟人として参加されることが予想されます。ただし、会社が役員の責任を追及する訴訟における会社と(共同訴訟人たる)株主とは、類似必要的共同訴訟の原告として取り扱われるものと考えられますので、各共同訴訟人の判断で訴訟を取り下げることが可能であります。ということは、新しい監査役が選任された場合、その監査役の判断をもって「社長らには何らの任務懈怠もない」として会社としては、社長らに対する訴訟を取下げることができます(共同訴訟人たる株主は、そのまま訴訟を遂行することができ、その判決の効力は会社にも及ぶ、ということになりますが)。

ただ、ここで問題なのは、いったん株主からの提訴請求を受けた監査役さんが、監査役会の審議を経て「社長や専務には任務懈怠責任あり」と判断した以上、これを取り下げる新任監査役さん方にも、それなりの十分な判断理由が求められることになります。とりわけ当該常勤監査役さんが、監査役会として選任した弁護士の意見に照らして提訴判断を下したような場合にはなおさらではないかと。同じような事案ですが、2010年に細谷化工社の元監査役さんが、同様の場面において、十分な理由も示さずに自分が提起した取締役責任追及訴訟を取り下げた新任監査役さんに対して「善管注意義務違反である」として、株主代表訴訟を提起しました。上記ECI社のケースでも、新任監査役の方々にとっては、自分たちも株主代表訴訟の被告になる、という覚悟をもって臨まねばならないのではないかと推測いたします。

オリンパス事件でもそうですが、第三者委員会が責任判定まで行うようなケースでは、監査役が第三者委員会の判断に沿って、会社を代表して役員の責任を追及することも増えてくると思います。株主が共同訴訟人として参加するケースも出てくるでしょうし、そういったケースにおいて、会社の取締役や監査役が訴訟遂行についてどのような判断を行うべきなのか、今後も悩ましい問題が生じるのかもしれません。もちろんECI社の件については、会社側からみたリーガルリスクという視点から検討したものであり、当該常勤監査役さんとしては、自らの任務懈怠を回避するために訴訟を提起したまでに過ぎない、ということなのかもしれません。しかしこうやって考えますと、監査役には強大な権限が付与されている以上、たった一人の監査役さんでも、一度経営執行部に反旗を翻すような事態となりますと、会社経営に重大な影響を及ぼすほどの内紛劇を演出することができることになりそうです。さて、定時株主総会で選任される予定の3名の新任監査役候補の方々は、いまどのような気持ちでこの適時開示情報を眺めておられるのでしょうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年8月22日 (水)

「社外取締役確保のための努力義務」とは何をすべきなのか?

(8月22日 お昼 追記あり)

8月20日の朝日「法と経済のジャーナル」特集記事2本(会社法改正「19年ぶりとなる規制強化へ」、会社法制部会長・岩原東大教授インタビュー)は読みごたえのあるものでした(有料会員でないと最後までは読めないようですが・・・)。きちんと会社法制部会の議事録をフォローすれば内容は把握できるのかもしれませんが、なかなか読む時間のない者にとりましては、上記記事によって終盤の審議会の様子がよく理解できました。

会社法改正要綱案のなかで、個人的にもっとも法的な興味を抱いているのは(岩原先生も注目しておられるとおり)組織再編における株主による差止請求の規定です。この問題は私自身も(私の名前が恥ずかしながら判例集に登場する)MBOに関連する裁判事件の中で扱ったこともあり、実務に影響を及ぼす可能性が高いものと認識しています。ただ、ブログで取り上げるにはあまりにもマニアックな論点であり、おそらく誰にもお読みいただけなくなってしまうと思いますので、自重しておきます。

ということで、当ブログにお越しの皆様にとって最も関心が高い「社外取締役制度導入論」に関する話題になってしまうのですが、上記の記事で明らかにされたのは、やはり要綱案をまとめた方々は、社外取締役を「置かない理由」と「置くことが相当でない理由」は異なるものとして意識をしている、ということです。原則としては社外取締役を一人以上導入する、というまさに(岩原先生の言葉を借りれば)「コンプライ オア エクスプレイン(従え、さもなくば説明せよ)」が根本にある考え方だというものです。

さらに附帯決議として、証券取引所が「独立役員たる取締役を一人以上確保するための努力義務」をルール化せよ、としていますが、この社外取締役確保のための努力義務と「社外取締役を置くことが相当でない理由」との関係が今後問題となってくるのではないでしょうか。

取引所ルールの一つである「企業行動規範」として努力義務を規定する、というからには、「努力しています」と口に出すだけでは説明責任を尽くしたことにはならないでしょうから、なにか株主に説明するために「形として示す」必要があるわけです。たとえば社外取締役を選任するかどうかは、取締役会の専決事項と解されていますので、毎年一回は社外取締役を導入すべきかどうか、取締役会に上程し、そこで審議する必要が出てくるのでしょうか?候補者が存在しないにもかかわらず、何もそこまでする必要があるのか、との疑問も生じますが、そうでもしないと「うちの会社では社外取締役を置かないほうがよいと判断した理由は・・・・・だからである」との理由を開示できないのではないかと思われます。株主構成や経営環境の変化、M&Aによる事業内容の変化、買収防衛の必要性などにより、社外取締役の選任の要否も毎年変わってくると思いますので、なにか形として「努力義務」を尽くしていることは明確にするべきなのかもしれません。

「社外取締役を置かない理由」の開示であれば、ひな型に沿って事業報告に記載することでもよさそうなものですが(※)、「置くことが相当ではない理由」となりますと、上記の記事(法務省参事官の意見)にもありますように、個別企業の事情を記載すべきことになるでしょうから、「他社はどうであれ、当社にとっては社外取締役がいることが不都合なのだ」といった事情を個別に開示しなければならないのではないかと。ここまで説明をして、そのうえで株主の信認を得られるのであればOK、というのが会社法改正の趣旨ではないかと思われます。だとすると、やはり社外取締役を置かない、という決定について、何らかの経営判断が必要ではないでしょうかね(このあたりは、まだ深く考えたものではありませんが・・・・・)。

※ 今朝のtyさんのコメントにありますように、そもそも経済界は「個別企業にはそれぞれ事情があるのだから、一律に法で社外取締役の導入を義務付けるべきではない」というのが反対理由でした。そうしますと、開示規制が敷かれた場合、各企業は、その個別の事情を開示するべきであり、「ひな型」を活用することは、たしかに経済団体のこれまでの意見とは矛盾するのではないでしょうかね。ぜひ、このあたりは反対論もありそうですから、コメント欄にご意見をいただけますとありがたいです。

そしてもうひとつの悩みは、社外取締役を確保するということが会社法362条4項6号の「取締役の職務の執行が法令及び定款に適合することを確保するための体制」と関係があるのかないのか、という点です。経営者の暴走を阻止するため、という理由で平成17年改正前商法では、「重要財産委員会」という機関設置が認められるための要件として、少なくとも取締役会構成メンバーにおいて一人以上の社外取締役が存在することが掲げられていました。つまり、会社法(旧商法)上、社外取締役の導入は経営者の暴走阻止のためにある、ということが、少なくともひとつの重要な意義として掲げられています。「社外取締役を一人以上導入すべき、というのが会社法の原則である」ということであれば、「取締役の職務執行の適法性確保」のための制度であるといえそうな気がしています。そうしますと、社外取締役を導入するかどうか、という経営判断については、大会社に決議が義務付けられている内部統制システムの基本方針の一部として捉えるべきであり、監査役がその相当性を判断することになるのではないか、という疑問が生じてきます。この点については、また語り出すと長くなりそうなので、別のエントリーで考えてみたいと思います。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2012年8月21日 (火)

インサイダー取引における情報提供者に共謀共同正犯は成立するか?

SMBC日興証券社の元執行役員の方がインサイダー取引(金商法違反)被疑事件で逮捕されたことはご承知のとおりかと思いますが、その元執行役員の方は、実際に株式の売買を行った金融会社社長と同様に「正犯」として起訴されたそうであります。つまり共謀共同正犯として立件された、ということであります。インサイダー取引規制は主に情報受領者が自らの利益を得るために未公表事実を用いて株取引を行うことを罰するものでありまして、情報提供者は処罰の枠外であります。もちろん、情報提供者を助けるという意味での「ほう助犯」が成立することはありうるとしましても、「正犯」として立件するということはおそらく初めてのことであり、検察側の並々ならぬ意欲が窺われます。

ただ、インサイダー取引規制(金商法違反)の実行行為としては、実際に株取引で利得を得ることが可能な地位にあることが必要かと思われます(実際に株取引で利益を得ずともインサイダー取引違反は成立しますが、少なくとも利益を得ることができる立場にあることは必要)。元執行役員の方は、自ら株取引をやるわけではないので、そもそも利得を得ることが可能な地位にはないように思われます。そうしますと、果たして元執行役員の方が、インサイダー取引規制の実行行為を遂行できない(厳密にいえば、共謀によっても、インサイダー取引の実行行為者と同等に評価できるほとの主観的な意思を持ちえない)ことになります。

この点検察側は、(元執行役員は)利益を得ることが可能な地位にあったものと捉えているようでして、それは金融会社社長が株取引でもうけることができれば、自分が金融会社社長に負っている損失補償分もまた減少するという意味において、元執行役員も利得を得る地位にあったものと評価されているようであります。しかしそもそも顧客の損失を補てんすることは禁止行為であり、損失補てんの合意が直ちに取締法規違反として無効になるわけではありませんが、おそらく公序良俗違反となり私法上も無効になる可能性が強いと思われます。そうなると、法律上の利得を元執行役員が得ることができる地位にあったわけではなく、単純に「やっかいなトラブルから逃れられる」という事実上の利益を得るにすぎないものと考えられます。

しかし、果たして「事実上の利益」を得ることが可能な地位にあれば、情報提供者もインサイダー規制違反の実行行為者になりうる、ということが妥当なのでしょうか。もし事実上の利益を得ることができるだけで正犯性が認められるのであれば、(各証券会社の報告書にも出てきますように)この元執行役員の方以外にも、各証券会社において「顧客サービスの一環として」情報を流した営業社員の方々がいるわけで、そこでも「情報提供者の事実上の利益」を認めることはできるように思われます。「元執行役員については正犯性が認められるが、その他の営業社員には認められない」という区別を説明するには、事実上の利益というだけでは説得力に乏しいのではないでしょうか。

元執行役員側は、共謀共同正犯としての起訴事実について争う方針のようでありますが、かりに裁判所が未公表事実の情報提供者について共同正犯の成立を認めるということになりますと、法律の改正を待たずともその適用範囲は相当に広がる可能性があるわけでして、少なくとも上場会社の役職員に対する影響力は高いものになろうかと思います。情報受領者が正犯となり、情報提供者はその「従犯(教唆、ほう助)」にすぎないと考えれば、検察側はまず情報受領者を捕まえて、その正犯を確定することが前提となりますが、情報提供者にも正犯が成立するとなれば、まず情報提供者から捕まえて、情報受領者のインサイダー取引は補助的に活用する、という手法もとれることになります。つまり検察側の捜査手法にバリエーションが増えるわけで、下からではなく(見せしめ的に)上から規制の網をかぶせることができることになるのではないかと。課徴金制度と刑事罰処分とをうまく組み合わせることによって、相当に弾力的な摘発が可能になるものと予想されます。

こうなりますと、インサイダー取引を規制する意味は「抜け駆け的な不届き者への処罰」というよりも「投資家に対する信任義務違反への処罰」という意味合いが強いものになっていくように思われます。このようにインサイダー取引規制の趣旨を変化させることによって、①証券会社に対する事前規制的手法(証券会社に「市場の番人」たる責任を加重させる施策)と、②一般上場会社に対する事後規制的手法(エンフォースメントを活用した企業の自主規制へのインセンティブ)とを協働させる妙味があるように思われます。インサイダー取引規制の在り方は、多くの不公正取引の温床となっている要因を取り除き、市場の健全性を確保するためにも、その実効性をどのように確保すべきか、これからも注目されるところであります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年8月20日 (月)

不正防止とコーポレートガバナンス(M・ウッドフォード氏をお招きして)

残暑お見舞い申し上げます。お盆休みも終わり、当ブログにお越しの皆様におかれましても、そろそろ平常モードに戻られた頃ではないかと推察いたします。さて、私も理事を務めさせていただいておりますACFE JAPAN(日本公認不正検査士協会)では、毎年恒例の年次カンファレンスを今年も開催する運びとなりました。日時は2012年10月12日(金)午後1時30分から、場所は(昨年に引き続き)青山学院大学アイビーホールでございます(ACFEのカンファレンスのご案内はこちら)。

今年のカンファレンスのメインテーマは「不正防止とコーポレートガバナンス」ということでして、ACFE JAPANとしても昨今の企業不祥事を検証し、会社法改正の論議なども踏まえまして、何らかの提言を示したいとの思いを本テーマに込めました。そしてメインゲストとしては、オリンパス社の元代表取締役社長であるマイケル・ウッドフォード氏をイギリスからお招きし、基調講演ならびに八田教授との対談を企画いたしました(基調講演は約50分、対談は約40分)。当ブログでもご紹介したウッドフォード氏のご著書「解任」では語れなかったエピソードも含め、「身を賭して真実を追求することの代償」を中心に詳しく語っていただく予定にしております。オリンパス事件以来、ウッドフォード氏を講演に招く、ということは(おそらく)金銭的に無謀なことではないかと(協会理事として)予想しておりましたが、当協会の活動内容を粋に感じて(?)ご快諾いただけました。オリンパス事件の中心におられた元外国人社長から、直接お話を聴ける機会も、今後滅多にないのではと思われます。オリンパス事件の総決算の機会としても貴重な講演(対談)になるはずであります。

また、当協会会員の方から要望の多い企画としまして、「会員企業の取組み事例」がございます(昨年は、尼崎信用金庫さんの取組み事例のご発表が、とても評判が高かったようです)。今年も会員企業でいらっしゃる伊藤忠商事さん、アステラス製薬さんより、それぞれ監査部門の方よりご発表いたきます(テーマは上記ACFEのご案内を参照ください)。その後は当協会理事長の濱田眞樹人(立教大学教授)氏をモデレーターとして、「不正防止とコーポレートガバナンス」に関わるシンポを開催いたします。第三者委員会委員の経験を持ち、架空循環取引に関するご著書もある小川真人会計士、警視庁や証券取引等監視委員会で12年の不正調査経験のある宇澤亜弓会計士、あの郷原さんの下で検察官として活躍し、現在は不正調査のプロとして活躍されている木曽裕弁護士、そして(どういうわけか)私も登壇いたします。けっこう「うるさい」専門家ばかりなので、お上品なシンポは期待できませんが、個人的な意見がはっきりと述べられるシンポになることが予想され、(登壇する私が申し上げるのもヘンですが)たいへん勉強になるのではないかと期待をしております。

なお、今年もカンファレンス終了後は1時間半ほど、懇親会がございます。カンファレンスの参加者の皆様には無料でご参加いただけます。我々CFE(公認不正検査士)の仕事を理解していただく機会ともなりますし、なによりも同業他社の皆様とのよき交流の機会にもなるものと思います。会員の方々だけでなく、どうか会員ではない方々にも多数ご参加いただき、企業不祥事の未然防止、早期発見、そして有事対応のベストプラクティスに対するヒントを得ていただければと考えております。まだまだお申込み受付中でございますので、ACFEの上記ご案内ページよりお申込みいただければ幸いです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年8月16日 (木)

組織の不正抑止への意欲と内部通報の件数は比例する

ひさびさの内部通報ネタでありますが、8月13日、消費者庁(公益通報者保護法ウェブサイト)HPに平成23年度行政機関における公益通報者保護法の施行状況調査結果がアップされております。厳密には公益通報と内部通報とは異なりますが(公益通報は厳格な要件のもとで外部通報も保護対象に含まれます。したがって、この調査結果の後半では、外部労働者からの通報集計結果も公表されております)、行政機関ごとの公益通報制度の運用状況が垣間見えるものとして、興味をそそります。

政令指定都市の比較表をみますと、大阪市がダントツの通報件数(550件以上)とありますが、これは私が説明するまでもなく、大阪市長の内部通報奨励策によるものであることに間違いありません(通報事実を十分に調査せず公表したために、後日大きな問題になってしまった事件もありました 「内部通報事実の事前開示はリスクが高い」参照)。その他の政令指定都市では、神戸市が比較的多くの通報を受理しているようです(33件)。私も神戸市に招かれたことがございますが、ここはとても職員のコンプライアンス意識の向上策に熱心に取り組んでおられるところであり、たとえば民間企業におけるコンプライアンス経営の取り組みなどを自らの組織にも採り入れようと努力されておられます。内部通報制度がどのように運用されれば実効性が高まるのか、という点についても試行錯誤されていらっしゃると思います。もちろん神戸市職員による不祥事も、ときどき新聞ネタとして登場しますので、決して組織自身に不正が少ないとは申し上げられませんが、この数字は前向きに取り組んでおられる証左ではないかと感じます。

都道府県レベルでの比較になりますと、あまり通報の受理件数が増えていないところが多いようです。これは公益通報制度における通報対象事実の範囲に関する問題ではないかと思われます。大阪市や神戸市のように、公益通報制度の受付窓口において、広く公務員倫理規定違反が疑われる事実も受理するものと定めた場合には、職員が比較的安心して通報することができますが、東京都のように法の定める「公益通報に限る」ものとすると、そもそも何が公益通報者保護法の定める公益通報に該当するのか、その通報事実がもし間違っていたら自分はどのような処分を受けるのか、といったことを通報者が不安にかられます。不正をただす、ということは正義に適うことではありますが、自ら不利益な制裁を受けることを覚悟してまで通報を行う、という方はほとんどおられないはずです。そう考えますと、公益通報制度運用にあたり、通報対象事実を厳格に解することによって、この制度はほとんど機能しなくなってしまうことがわかります(ひょっとすると、都道府県単位では、もっと内部的には緩やかな苦情相談窓口のようなものがあり、そこに公益通報に近いものが集約されているのかもしれません)。こうなりますと、せっかく組織不正を自ら把握するチャンスがあるにもかかわらず、マスコミ等への内部告発に向かってしまって、二次不祥事を発生させてしまうという、残念なケースに発展してしまうリスクが生じてしまいます。

このような調査結果からみますと、内部通報は、組織トップがどれだけ制度運用に熱心であるか、ということで通報受理件数に大きな差がつくものであることがわかります。自浄能力のある企業の形成こそ、これからのコンプライアンス経営の要諦であると思いますが、内部通報によって、速やかに組織の不正を把握することこそ、企業の自浄能力を発揮する第一歩となります。組織自身による内部通報制度運用に関する創意工夫が、通報件数を増やす要因となるものであり、決して不祥事が多い組織であることを客観的に世に示すものではないことを、あらためて認識しておきたいところであります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年8月11日 (土)

テルモ社によるオリンパス社統合提案とディスクロージャーの巧拙

自己資本比率問題や、FCPA(海外腐敗行為防止法)疑惑、内部告発者への正式謝罪など、相変わらず話題が豊富なオリンパス社でありますが、オリンパス社への統合提案を行っているテルモ社の社長さんの会見記事が本日(8月11日)の日経朝刊に掲載されております。先日、当ブログにおいて「テルモ社 オリンパス社への損害賠償提訴とガバナンス上の理由」と題するエントリーを書きましたが、昨日の記者会見の発表内容によると、やはり(予想しておりましたとおり)「ガバナンス上の理由」とは「損害賠償請求訴訟の提訴期限を考慮していた」「取締役としての義務上、避けられなかった」といったことを表現していたものでして、オリンパス社への損害賠償提訴は決して戦略的なものではない、とのことだそうであります。

とくにテルモ社へ味方をする意図はございませんが、統合提案をしている会社に対して裁判を起こす、というのは普通に考えても納得できないわけでして、やはりテルモ社側にやむをえない事情があったための行動とみるほうが自然ではないかと思われます。東日本大震災の直後である2011年3月22日、テルモ社は有事において投資家が一番知りたい「被災の有無、被害額、被害状況」等の定性的情報を開示したうえで、3月締めの決算において業績予想を速やかに下方修正しています。大方のファンドマネージャーの方々は「このテルモ社の速やかな情報開示は、有事になってから頑張っても実現は不可能であり、テルモ本社が平時から各拠点の状況をしっかり把握していたからこそできたのだ」と非常に高い評価をしていました(2011年4月24日付け日経ヴェリタス記事より)。

上記テルモ社の社長さんの会見記事にあるように、損害賠償請求訴訟を提起した後で、統合提案を開示したのであれば、おそらく「脅迫的言動による戦略的訴訟」と世間から受け取られ、提携競争に敗れること以上にテルモ社の社会的信用を毀損することにもなりかねません。したがって、どうしても訴訟提起よりも先に統合提案を公表する必要があったと思われます。このことで、なんとか戦略的訴訟などと言われる可能性を低減させることが可能になり、訴訟と統合提案は全く別、といったテルモ社の主張も、世間から信用されることになるのかもしれません(もちろん、上記社長さんの会見での説明を信用するかしないかは、投資家の判断に任されるところではありますが)。有事におけるディスクロージャーの巧拙は、日頃からどれだけ投資家のことを考えながら業務に取り組んでいるか、という平時の取り組みの姿勢によって決まるものと思われます。本件は、平時の取り組みが取締役の有事対応に活かされる典型的な例ではないかと。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年8月10日 (金)

内部統制:そのあるべき姿と現実(第五回学会開催のお知らせ)

ロンドンオリンピックも終盤戦、毎日寝不足で出勤されていらっしゃる方も多いかと思いますが、いかがお過ごしでしょうか。さて、今年も(私が理事を務めております)日本内部統制研究学会の年次大会(第5回)が開催されることになりました。今年は例年よりも時期が少し早まりまして、9月3日(月)、開催場所は日大商学部(世田谷キャンパス)です。

「内部統制のブームは去った」と言われることもありますが、たしかに「内部統制を商売のネタにするブームは去った」ことは間違いありません。しかし裁判例や第三者委員会報告書などでは、平時の内部統制システム構築の巧拙が、取締役の有事対応に関する善管注意義務の判断にどのように影響を及ぼすか、という点を示したものが複数出てきております。また企業実務としてのJ-SOX対応も、システムの構築や評価に慣れてこられたところも出てきて、法律対応だけでなく、経営管理手法としての有効性を向上させることに取り組んでおられるところもあるようです。そこで今大会は、内部統制のあるべき姿をあらためて見直し、現実とのギャップを整理しておく必要があるのではないか、とのことから、「内部統制:そのあるべき姿と現実」というテーマで議論を進めていくことになりました。

今回の学会で中堅・中小規模上場会社の内部統制(海外子会社の内部統制を含め)をここ5年ほど、熱心に整備・運用をされてこられたS氏(今回も発表担当者のおひとり)と、昨夜(すきやきを食べながら)お話をする機会がありました。S氏は内部統制報告制度施行当初から、法対応としての内部統制だけではなく、経営管理手法としての有効性・効率性向上のための内部統制に取り組んでこられました。さすがに4年間、まじめに取り組んでこられただけあって、「内部統制システムの整備運用によって、社内にいったいどのような変化がみられたのか」という点を、実務家として堂々と話しておられました。そしてその内容は、私にとって本当に興味深いものでした(ここで書くことは控えておきます)。これは「どうすれば監査役監査が経営者にとって役立つものになるのか」という、私の考える課題への対応と非常に似たものであり、とても「現実的かつ人間臭い」お話でした。このたびの学会での講演では、この「内部統制によって当社がこの4年でどのように変わったのか」という点をS氏に披露していただけるそうです。当ブログで過去に何度か申し上げましたが、法曹界や経営学の世界、会計監査の世界から、いろいろと批判を受け、これに真摯に耳を傾けながら、「経営手法としての有効性・効率性向上のための内部統制構築」に取り組んでこられた会社と、そうではなく、あくまでも経営者評価として「内部統制は有効」という評価結果を得るためだけの対応に終始してきた会社とでは、大きな差が生じてきたものと思われます。どうしても巧拙は属人的なスキルに依拠していることは否めないとは思いますが、「まじめにやればこうなる」といったわかりやすいイメージを提案することはとても重要かと思います。

なお、同時刻に別会場にて東洋電機製造社の内部監査責任者の方が「内部監査人の経験と、経営への貢献度自己評価の関係」をご発表されます。ちなみにGさんは、東京CFE(公認不正検査士)研究会のメンバーの方で、内部監査に認知心理学を採り入れる研究をされておられるとのこと(研究会のメンバーの方より教えていただきました)。こちらも、題名からして、やはりここ数年の取り組みが、どのように経営に生かされているかをご披露されるものと思いますので、「目に見える成果」が堂々と発表される時期になってきたことを感じさせます。

また、研究部会の報告では、内部統制に関する判例および処分事例の研究について、法律家と会計実務家との共同研究の成果をご披露申し上げます。鳥飼重和弁護士を中心に、青山学院の町田教授、西村あさひの武井一浩弁護士などの豪華メンバーも加わり、合計7回ほどの研究会の成果を発表いたします。まだ最終報告書の詰めの段階ではありますが、判例研究報告としては、かなりレベルの高いものではないかと(私も当研究会メンバーとして、平成22年に最高裁で判決が確定したヤクルト本社株主代表訴訟事件の検討結果をまとめました。地裁判決、高裁判決とも長文の判決なので、かなり苦労しました)。なお、この研究部会の成果品は、(かなり分厚いものとなるため)当日お越しになられた方々への配布のみとなります。私自身も、この研究会での意見交換がたいへん勉強になりましたし、また新たに内部統制を企業の実務家的な視点、法律家としての視点から研究する意欲が湧いてまいりました。ぜひ当日は、研究報告を聴講いただければと思います。当日は、町田教授から研究部会の報告がなされる予定です。

午後の統一論題につきましても、これまで内部統制の第一線で活躍されてこられた方々の発表と討論は、今後の実務レベルへの影響を考えるうえで貴重な機会かと思います。企業が否応なしにグローバルに事業を展開せざるをえない時代はますます企業の自律的機能に注目が集まります。内部統制と①ガバナンス、②ペナルティ、③職業倫理、④役員の法的責任、⑤ディスクロージャー、そして⑥財務報告の信頼性確保などなど、どれをとっても自社の自律的機能をどう組み立てるべきか、それぞれの企業において整理する必要があります。その整理のためのヒントになれば幸いです。

お申し込みは、上記リンク先の日本内部統制研究学会のHPをご覧ください。まだまだ暑い時期ではございますが、どうか多数の方のご参加をお待ちしております。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年8月 8日 (水)

証券会社の自浄能力(インサイダー防止体制の運用)は機能するか?

(8月8日正午 追記あります)

8月7日、上場企業の公募増資を巡るインサイダー取引問題を受けて、大手の証券会社12社は、金融庁に報告した社内の情報管理体制などに関する自主点検の結果を一斉に公表しております。証券会社がどのように「自浄能力」を示しているのか、コンプライアンス経営に関心を持つ者としては全12社の報告書に目を通したいところですが、とりあえずSMBC日興証券社の「法人関係情報管理態勢の改善・強化策」について報告書を読ませていただきました。

日興証券社は既に業務改善計画において策定された改善策を発表しておりますが、今回の新たな改善策は、インサイダー取引防止体制の整備事項としては、なかなか突っ込んだ内容となっており、興味深いものであります。たとえば社員のインサイダー取引関与等によって証券会社の発生した損害について、これを当該社員に賠償請求することが明文化されるそうであります。そもそも、株主代表訴訟等により、企業の役員がインサイダー取引防止体制の整備義務違反が問題とされた場合、これまでは株主側が会社の損害や因果関係を立証することが困難だったわけですが、たとえばこういった規定ができますと、社員の犯罪によって企業がどのような損害を被るとされるのか(相当因果関係のある損害というのはどの範囲だと捉えられるのか)、今後の株主代表訴訟等においても参考になるものと思われますので、株主側からも関心が向けられるところではないでしょうか。

また、日興証券社だけでなく、多くの証券会社が業務用携帯電話の録音機能を強化する、とのことであります。インサイダー情報の管理を目的とするものでありますが、たとえば証券被害事件の顧客が証券会社を相手取って損害賠償請求訴訟を提起する場合、「原則として顧客とのやりとりは録音されている」という状況が基本となるのであれば、文書提出命令の運用や注意義務違反を基礎付ける事実の主張・立証の面において証券会社を相手とする被害者にとってもたいへんありがたいことになるのではないでしょうか。内部統制システムを整備した企業が、その運用を適切に行っていない場合には、そのこと自体が会社側にとって不利な証拠になる、ということは昨年のオリンパス配置転換命令無効等確認事件の東京高裁判決(最高裁で確定)でも確認されたところであります。

さらに内部監査部門による役員(取締役及び執行役員)の監査の実施が開始されるそうであります。これはかなり画期的なことのようにも思われます(企業実務として、執行部に属する内部監査部門がその監督者自身を監視する、ということはあるのでしょうか?)。しかし、内部監査部門が、本当に役員の不正もしくは不正のおそれをチェックすることができるのでしょうか。またチェックできたとしても、それをきちんと報告するだけの勇気があるのでしょうか?かなり疑問であります。監査役さんが4名ほどいらっしゃるようなのですが、なぜ監査役スタッフを増員して、監査役スタッフによる監視としないのか理解しにくいところであります。そもそも今回は情報管理体制の徹底が問題とされているのであるわけで、内部監査部門はこの情報管理体制の不適切なことに疑問を抱くことが「どういった理屈」から可能となるのでしょうか?内部監査部門だけは例外的に機密情報にアクセスできる、ということなのでしょうか。昨年のオリンパス損失飛ばし事件では、M&Aという機密情報にかかわる情報をごく一部の幹部役員が握っていたために、モニタリングが不全に陥ったものと調査報告書で分析されていましたが、証券会社の場合は、内部監査部門によって機密情報にもアクセスできる、ということが前提なのかどうか、とても知りたいところであります。

自浄能力を発揮するための施策というものは、整備することの100倍ほど、運用することは難しいわけでして、さまざまなリスクを抱えてでも、インサイダー取引の未然防止という最大の目的を遂行できるよう、適切な運用が求められます。今後の各証券会社の自浄能力がいよいよ内部統制システムの運用面によって発揮されることを期待いたします。

(追記)

本日のダイヤモンド・オンラインの記事に、大和証券社の内部資料に基づくインサイダー調査の内幕を語ったものが掲載されています。そのなかで、固定電話での会話は5年間保存されるため、顧客との会話は携帯電話でかけなおすことが常態化していることが説明されていました。やはり携帯電話の会話保存ということが、インサイダー情報伝達防止のために有効な手法、ということなのでしょうね。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2012年8月 6日 (月)

デジタルフォレンジックと通報者および調査対象者の人権保護

今月(8月24日)大阪におきまして、2011年4月に当ブログでも著書をご紹介いたしましたAOSテクノロジーの佐々木隆仁氏、国際訴訟手続きに詳しい上智大学研究員の北村浩氏と講演会(セミナー)をご一緒させていただきます(レクシスネクシス主催セミナーのご案内はこちら)。無料セミナーということでして、とても耳寄りなお話かと。。。大阪開催となりますので、関西の皆様向けに、ということになりますが、私がご紹介するまでもなく、デジタルフォレンジックは、もはや企業のリーガルリスク管理のうえで、当然に対応しておかなければならない分野でして、とりわけ少しでも海外進出をされている企業の経営者の方々は、企業の情報管理(漏えい防止等)、カルテル、FCPA(海外腐敗行為防止法)対策、民事訴訟のディスカバリー対応の関係では、できるだけ企業の金銭的負担を少なくするために必須の対策として認識しておくべき課題かと思われます。

私の個人的意見ですが、そもそもデジタルフォレンジックの中身を専門家以外の人間が理解せよ、などというものではなく、企業防衛のためには社内の人間と専門家との連携と協調が不可欠かと思います。以前にも少し書きましたが、企業不祥事が発生したケースや、海外の紛争に巻き込まれたケースにおいて、有事の初期段階に「社内の人たちが、ここまで対応していたら」たとえ専門家に依頼をした場合でも、その費用負担がきわめて低額に済むことになるわけです。つまり、「連係と協調」のために、フォレンジックの素人である社内の担当者がどこまで初動対応をしていたか、ということが大切なのであって、では社内の担当者は何ができるのか、という点を認識しておくことはとても重要かと。

これも全くの私見であり、どなたもまだおっしゃっておられないことかとは思いますが、デジタルフォレンジックの効用というのはかなり広がりがありまして、たとえば社内不正の疑惑があったとします。企業としましては、調査対象者の刑事告訴、あるいは民事責任追及、社内処分を前提として、不正事実の証拠化を図りたいと考えます。これらの証拠化作業のためにデジタルフォレンジックが有効であることは、最近の新聞報道等からも明らかですし、以前ご紹介した上記AOS社の佐々木社長の著書でも詳しく解説されています。

しかし、社内調査委員会等の支援を行った私の経験からすれば、フォレンジックの手法によって常に不正事実の証拠化に成功するわけではありません。不正事実の疑惑が深まることはあったとしても、その証拠化されたものによって、調査対象者の責任が十分に問えるとまでは言えない・・・・ということもあるわけでして、企業側としても「いざ調査対象者へのヒアリング」という段階になって、詰め切れるだけの手持ちの駒にはならないこともありえます。しかしだからといって、デジタルフォレンジックの成果品が意味をなさない、というものではなく、むしろ調査対象者への更なる調査活動や、たとえば内部通報者自身の人権保護の面においても有効に機能する場面が考えられます。

不正調査の現場では、メール調査やPC、スマホのチェック、調査対象者の個人情報の入手など、できれば調査対象者の事前の承諾なくして調査を進めたい手続きが要請されるところです。いままでも調査の必要性と人権保障とをどのようにバランスをとるか・・・ということに関する裁判例が多数出ています。その判断基準のひとつとして、調査対象者の不正の嫌疑が強いケースでは、より不正調査の必要性が高いものとして、より調査対象者にとって厳しい調査手続きが適法と認定されます(メールの調査においても、何かないか・・・という一般探索型の調査は違法になる可能性が高くても、すでに不正の嫌疑が他の証拠からみて強いケースでは、適法とされる可能性が高まる、といったところかと)。

つまり、デジタルフォレンジックによって、(それ自体では十分な証拠とはいえなくても)、不正の嫌疑が強まることで、より不正調査の手法の選択肢が広がる、ということでして、これは社内調査の実務にとってはかなり効果的なものだと思われます。またときどき不正事実を企業が知る端緒となります内部通報ですが、これも手続きの途中で、通報者が「これ以上の調査をしないでほしい」と企業側に求めるケースが出てきます。通報手続きを適切に遂行しなければ、企業が大きな損失を受けることは昨年8月31日に出されましたオリンパス配転命令等無効確認事件の高裁判決などでも明らかですが、こういった通報に基づく社内調査手続きが適切になされていることを立証するために有効な証跡が残ります(ひいては通報者のための適正手続きが担保されることになります)し、なによりも不正事実の嫌疑が高まることによって、たとえ通報者から調査中止の要望がなされたとしても、企業のステークホルダーのために調査を続行することの合理性を理由付ける根拠にもなります。

デジタルフォレンジックは、語る人によって「想定される有用性」について異なるところがあると思います。ただ社内調査の現場感覚からしますと、上記のように、会社のリスクをいろいろと低減させるための手法を提供してくれるものであり、その可能性はまだまだ広がりをみせるものと思います。フォレンジックの研究会が開催されますと、現役の裁判官や検察官が多数、研修におみえになる・・・というのも頷けるところではないでしょうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年8月 3日 (金)

テルモ社、オリンパス社への損害賠償提訴と「ガバナンス上の理由」

すでに新聞等で報じられておりますように、医療機器メーカーのテルモ社が、オリンパス社に対して経営統合提案を行っていたところ、突如、オリンパス社を相手に粉飾決算に基づく株価下落(評価損)について損害賠償請求訴訟を提起した、とのことであります。オリンパス社に対しましては、すでにソニー社が業務・資本提携の申し入れを行っており、そこにテルモ社が参入してきた、ということで、今回の損害賠償請求訴訟の提起は、このソニー社との競争を有利に展開するためのテルモ社側の戦略ではないかと言われております。私などは、このニュースに触れて、(最初は)経営統合を持ちかけておきながら、同時に裁判を仕掛ける・・・というのは、なんとも理解のできない行動ではないかと思い、いくら硬軟織り交ぜた戦略とはいえ、これではテルモ社として、うまくいくものも、うまくいかなくなってしまうのではないかと考えておりました(あいかわらずソニー社が優勢である、とは言われておりますが)。

しかし昨日(8月1日)本件騒動について開示されたオリンパス社のリリース、およびテルモ社のリリースを読みますと、ちょっとこれはテルモ社の競争上の戦略ではなく、同社が説明しているように「ガバナンス上の問題」であり、統合提案とは無関係ではないか、とも思えてきました。

今回、テルモ社が裁判で問題にしているのは、平成17年8月4日にオリンパス社がテルモ社に対して行った第三者割当増資の際の情報開示(増資の効力発生)に関するものであります。つまり、発行市場において虚偽記載による届出書、目論見書等を開示した企業の民事責任を問うものであり、テルモ社がオリンパス社に対して金融商品取引法(旧証券取引法)上の不法行為責任を追及するものです。これは、5年または7年の除斥期間が金商法(旧証券取引法)で条文上規定されていますので、ちょうど効力発生から7年が経過する平成24年8月3日頃には権利が消滅してしまうことになります。(手元に六法がございませんので、正確には申し上げられませんが、たとえ除斥期間に関する条文が改正されているとしても、おそらく経過措置によって7年とされているものと思われます)。実際にテルモ社がオリンパス社の粉飾決算を知ることになるのは過年度の決算が訂正された2011年のことですから、果たして時効期間(3年)が経過する前に除斥期間の延長も認められないのかどうか・・・といった法律問題はあるかもしれませんが、そのあたりは保守的に考えたら「やはり7年という除斥期間は動かせない」と考えるべきなのでしょう。

ということは、この8月初めまでにテルモ社としてはオリンパス社相手に裁判を提訴しなければ、もはや多大な損害の請求権を行使することができなくなってしまう(損害回復の機会を失ってしまう)わけでして、そうなりますと、テルモ社の取締役の方々は、テルモ社の株主から責任追及訴訟(株主代表訴訟)を提起されるリスクを負うことになります。とりわけ、発行企業に対して粉飾決算による民事責任を追及する場合には、テルモ社側でオリンパス社の過失や損害との因果関係を立証する必要がなく、またむずかしい損害額を立証しなくてもよいことになりますので、「裁判を起こせば、ある程度の金額については賠償請求が認められる可能性が高い」ことになります。そのような裁判を、株式の持ち合いを行っているオリンパス社に対して提起しないことについては、株主の利益を不当に損なうものとされることが予想されるわけでして、たぶん私がテルモ社の社外取締役であったとすると、たとえオリンパス社と仲よくした方が良いとしても、とりあえず裁判を提起して、真摯に訴訟を係属すべきである、との意見を出すと思います。

オリンパス社のリリースを読みますと、テルモ社が訴えを提起したのは法人たるオリンパス社のみであって、同社の役員個人に対する損害賠償請求訴訟ではないようであります。たとえば役員個人に対する訴訟となりますと、(立証責任の転換等はありますが)役員個人の故意・過失が要件(過失責任)となりますし、損害の範囲についても、いろいろとむずかしい判断がありますので「訴訟を提起しても容易に勝てるとは限らない」との判断が成り立ちそうであります。つまり経営判断として、オリンパス社の役員個人を提訴するかどうかはテルモ社の取締役に広く裁量権が認められるため、訴訟を提起しない、という選択肢も考えられます(これはテルモ社だけでなく、流通市場における民事責任を追及する立場にある別の法人についても同様かと)。そうしますと、オリンパス社の役員個人に対しては提訴をしない、ということが、むしろ戦略と言えるものであるかもしれません。しかし第三者割当によって株式を取得した相手方企業が、無過失責任が認められる法人自身へ提訴することについては、そういった理屈は成り立たないように思われます。

このように考えますと、株式の評価損の賠償を求める本件提訴の事情と、オリンパス社に対する経営統合の提案とはあまり関係がないようであり、とくにテルモ社としての戦略といったものではない、むしろオリンパス社と株式持合いの関係にあるテルモ社の取締役としては、会社に対する善管注意義務、忠実義務の履行行為のひとつである、と考えるのでありますが、いかがなものでしょうか。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2012年8月 2日 (木)

会社法改正-監査役監査の実効性確保のための整備事項復活!

(8月2日 追記あり)

本日、法制審議会会社法制部会において、会社法改正要綱案(最終案)が確定したようです。法務省HPに公表されていますが、前のエントリー「監査役の監査環境の整備に関する議論はいずこへ?」で懸念していたことが杞憂に終わったようであり、安心いたしました(注記事項として、監査環境の整備に関する条項、内部統制システムの運用の概要を事業報告に盛り込むことに関する条項が施行規則で整備されるようです)。タイトルでは「復活」と書きましたが、要綱案(第一次案)作成段階では、注記として挿入することが所与の前提だったのかもしれません。。。

社外取締役制度の義務付けについては見送られていますが、以下のような付帯決議がついたのですね。

 1 社外取締役に関する規律については,これまでの議論及び社外取締役の選任に係る現状等に照らし,現時点における対応として,本要綱案に定めるもののほか,金融商品取引所の規則において,上場会社は取締役である独立役員を一人以上確保するよう努める旨の規律を設ける必要がある。
 2 1の規律の円滑かつ迅速な制定のための金融商品取引所での手続において,関係各界の真摯な協力がされることを要望する。

最近の会社法改正手続きにおいては、取引所ルールの活用問題とも連動していますので、付帯事項2でも述べられているところですが、取引所ルールの改訂が実現する可能性は高いものと思われます。努力義務ではあるものの、取引所の企業行動規範において独立社外取締役の選任に向けた各企業の取組みが「開示規制」ではなく「行為規制」として求められることになります。この取引所ルールの改正が実現した場合、有価証券報告書提出会社においては、会社法改正における開示規制(罰則付き)-当社では社外取締役を選任することが相当でないと判断する理由の開示-とを並べますと、コメント欄でChuckさんがおっしゃるとおり、実質的には義務付けに等しい状況になってくるのではないでしょうかね?そもそも「ウチの会社は社外取締役がいないほうが企業価値が上がる(だから社外取締役は不要なのだ)」と開示することと、独立社外取締役を一人以上確保するよう努力します、といった企業の行動は、果たして矛盾せず両立するものなのでしょうか?

さて、こうなりますと、俄然「監査・監督委員会会社」に移行する会社が出てくることも現実味を帯びてくると思いますので、要綱案の中身をしばらく検討していきたいと思います。

(8月2日 午後追記)今朝の朝日新聞経済面の記事「社外取締役導入促す」は、関係者からの率直な意見が反映さえていて、内容もとてもわかりやすかったと思います。「19年ぶりの規制強化を主体とした会社法改正」「原則、社外取締役を置くべきだとの趣旨。社外取締役がいない会社はつらい制度」という法制審委員の方々のお話や、「(義務付けを)要綱に入れても国会審議で紛糾しかねない」との法務省のホンネなど、興味深いところです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年8月 1日 (水)

社長さんは「社外取締役制度」が本当にお嫌い??

昨年に引き続き、今年も旬刊商事法務に論稿を掲載させていただきます。8月5日、15日の合併号でして、タイトルは「監査役の責任と有事対応のあり方-監査見逃し責任を認めた判例の検討-」というもの。私のようなフツーの実務家が書いたものなので、学術的なレベルはあまり高くはありませんが、裁判ですぐに使えそうな(実際、私は使ったことがあります)判断枠組みを提言しておりますので、裁判実務にそのまま役立つようなものとして検討いただければ幸いでございます。

さて、本日はそれほど堅苦しいお話ではございません。ただ、先週はある会社(A社)の管理部門担当の取締役さんから、そして昨日は某地域の経営者会議にお招きいただき、そこで(たくさんおみえになっていた会社さんのうちの一社である)某社(B社)常務取締役さんからそれぞれお聴きした話のなかに、とてもおもしろかった共通のご意見がありましたので、当ブログでご紹介したいと思います。

どちらの会社も、かなり以前から取締役会に複数の社外取締役さんがいらっしゃる比較的大きな上場会社さんです。私もきちんと調べたことがないので、よく存じ上げないのですが、結構社外取締役が(半数に近いほど)複数いらっしゃる上場会社というのは増えているようで、半数近い、ということだと、「ガバナンス改革に積極的な会社」だというイメージを抱いてしまいます。私などは教科書的な発想しかできないものですから、「半数近くが社外取締役」などといった話を聞きますと「すごいですね、社長さんは経営の透明性について真正面から取り組んでおられるのですね」といった感想をもらすことになります。

すると、おふたりとも興味深い回答が返ってきました。

「まぁ、表向きはそのように受け取られていますし、決して透明性について否定的だとは言いません。しかし、社長はそれほど社外取締役制度について熱心だとはいえないと思います。」

とのこと。では、なぜボードにおいて複数の社外役員に就任してもらっているのか、というと

「取締役の人数が多かった昔は、派閥抗争がひどかったのです。社長は社内力学ばかり気になってしまって、取締役会の構成員に対する政治的な配慮ばかり気にしていました。しかし、これだけ意思決定のスピードが要求されるようになって、根回しする時間などありません。社外取締役をたくさん指名するようになってからは、社内取締役は腹心だけで固めて、社外取締役も昔から気心の知れた仲間ばかり。つまり、社内役員の人数を減らして、社内における派閥抗争を抑えることが本当の理由です」

とのこと。

ええ!?ホンマですか?もちろん立ち話での会話ですから、多少は大げさな表現もあるかもしれませんが、ほぼ同じくらいの規模の全く異なる業界の方々から、同じようなお話をされますと、そういった思慮が社長に働くこともあるかも・・・と思ってしまいます(昨日のお二人目の役員さんの場合、正直に申し上げますと「こんなことってありませんか?」と私のほうから質問をしたところもありますが・・・)

外国人株主比率が高い会社であれば、外見を気にして社外取締役を複数導入する、ということは良く聞くところですが、これはなかなか人間臭いお話です。いずれにしましても、社外取締役制度を導入することに熱心な会社だからといって、必ずしも「耳の痛い意見に真摯に耳を傾ける」社長さんばかりではない、ということが少しばかり気になったような次第です。ということで、本日は軽く聞き流していただいて結構なお話かと。。。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2012年7月 | トップページ | 2012年9月 »