退任監査役が新任監査役へプレッシャーをかける事案
東京大学の研究成果を活用した創薬事業を営むECI社(セントレックス)の8月15日付適時開示「監査役の辞任・選任に関するお知らせ」がなかなかスゴイことになっているなぁと感心しておりましたところ、8月22日付適時開示「訴訟提起に関するお知らせ」によりますと、辞任予定の監査役さんが会社を代表して社長と専務を相手に損害賠償請求訴訟を提起した、とのことであります(会計監査人との契約を解除しているような状況にある同社なので、ゴタゴタがあることは予想できるところではありますが)。
常勤監査役と社外監査役の一名(合計2名)が8月下旬の定時株主総会をもって辞任されるそうですが、その理由が「両監査役ともに、取締役の経営方針に対して同意しえない状況が続いており、監査役としての職務の遂行が困難になったため」とのこと。この時点で、私は「ひさしぶりの物言う監査役さんの登場」と思っておりましたが、それだけでは済まず、22日の適時開示のとおり、常勤監査役さんが会社を代表して社長さん、専務さんを訴えるということになったようです。あと1週間ほどで監査役を退任するにもかかわらず、なにゆえ今になって会社を代表して取締役個人の責任追及に出たのでしょうか?
上記開示情報によりますと、常勤監査役さんは、株主からの提訴請求を受けて監査役会で協議をして、その決議によって社長らに損害賠償請求訴訟を提起することになったとのことであります。監査役会は多数決で決議しますので、おそらく3名のうち、今回辞任される2名が「提訴やむなし」とのことで訴訟提起に踏み切ったものと思われます。そして「株主からの提訴請求により」とありますが、常勤監査役さんは昨年の有価証券報告書によりますと同社の株主たる地位にもありますので、自ら提訴請求をして、自ら審議を行ったのではないかと推測されます(これはあくまでも私個人の推測です、念のため)。
社長らの責任を会社が追及するわけですから、株主代表訴訟が提起されたわけではありませんが、会社と役員とで「なれあい訴訟」にならないよう、株主は会社が提起した訴訟に共同訴訟人として参加することができます。おそらくこの常勤監査役さんは、株主たる地位をもって責任追及訴訟の共同訴訟人として参加されることが予想されます。ただし、会社が役員の責任を追及する訴訟における会社と(共同訴訟人たる)株主とは、類似必要的共同訴訟の原告として取り扱われるものと考えられますので、各共同訴訟人の判断で訴訟を取り下げることが可能であります。ということは、新しい監査役が選任された場合、その監査役の判断をもって「社長らには何らの任務懈怠もない」として会社としては、社長らに対する訴訟を取下げることができます(共同訴訟人たる株主は、そのまま訴訟を遂行することができ、その判決の効力は会社にも及ぶ、ということになりますが)。
ただ、ここで問題なのは、いったん株主からの提訴請求を受けた監査役さんが、監査役会の審議を経て「社長や専務には任務懈怠責任あり」と判断した以上、これを取り下げる新任監査役さん方にも、それなりの十分な判断理由が求められることになります。とりわけ当該常勤監査役さんが、監査役会として選任した弁護士の意見に照らして提訴判断を下したような場合にはなおさらではないかと。同じような事案ですが、2010年に細谷化工社の元監査役さんが、同様の場面において、十分な理由も示さずに自分が提起した取締役責任追及訴訟を取り下げた新任監査役さんに対して「善管注意義務違反である」として、株主代表訴訟を提起しました。上記ECI社のケースでも、新任監査役の方々にとっては、自分たちも株主代表訴訟の被告になる、という覚悟をもって臨まねばならないのではないかと推測いたします。
オリンパス事件でもそうですが、第三者委員会が責任判定まで行うようなケースでは、監査役が第三者委員会の判断に沿って、会社を代表して役員の責任を追及することも増えてくると思います。株主が共同訴訟人として参加するケースも出てくるでしょうし、そういったケースにおいて、会社の取締役や監査役が訴訟遂行についてどのような判断を行うべきなのか、今後も悩ましい問題が生じるのかもしれません。もちろんECI社の件については、会社側からみたリーガルリスクという視点から検討したものであり、当該常勤監査役さんとしては、自らの任務懈怠を回避するために訴訟を提起したまでに過ぎない、ということなのかもしれません。しかしこうやって考えますと、監査役には強大な権限が付与されている以上、たった一人の監査役さんでも、一度経営執行部に反旗を翻すような事態となりますと、会社経営に重大な影響を及ぼすほどの内紛劇を演出することができることになりそうです。さて、定時株主総会で選任される予定の3名の新任監査役候補の方々は、いまどのような気持ちでこの適時開示情報を眺めておられるのでしょうか。
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