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2012年8月22日 (水)

「社外取締役確保のための努力義務」とは何をすべきなのか?

(8月22日 お昼 追記あり)

8月20日の朝日「法と経済のジャーナル」特集記事2本(会社法改正「19年ぶりとなる規制強化へ」、会社法制部会長・岩原東大教授インタビュー)は読みごたえのあるものでした(有料会員でないと最後までは読めないようですが・・・)。きちんと会社法制部会の議事録をフォローすれば内容は把握できるのかもしれませんが、なかなか読む時間のない者にとりましては、上記記事によって終盤の審議会の様子がよく理解できました。

会社法改正要綱案のなかで、個人的にもっとも法的な興味を抱いているのは(岩原先生も注目しておられるとおり)組織再編における株主による差止請求の規定です。この問題は私自身も(私の名前が恥ずかしながら判例集に登場する)MBOに関連する裁判事件の中で扱ったこともあり、実務に影響を及ぼす可能性が高いものと認識しています。ただ、ブログで取り上げるにはあまりにもマニアックな論点であり、おそらく誰にもお読みいただけなくなってしまうと思いますので、自重しておきます。

ということで、当ブログにお越しの皆様にとって最も関心が高い「社外取締役制度導入論」に関する話題になってしまうのですが、上記の記事で明らかにされたのは、やはり要綱案をまとめた方々は、社外取締役を「置かない理由」と「置くことが相当でない理由」は異なるものとして意識をしている、ということです。原則としては社外取締役を一人以上導入する、というまさに(岩原先生の言葉を借りれば)「コンプライ オア エクスプレイン(従え、さもなくば説明せよ)」が根本にある考え方だというものです。

さらに附帯決議として、証券取引所が「独立役員たる取締役を一人以上確保するための努力義務」をルール化せよ、としていますが、この社外取締役確保のための努力義務と「社外取締役を置くことが相当でない理由」との関係が今後問題となってくるのではないでしょうか。

取引所ルールの一つである「企業行動規範」として努力義務を規定する、というからには、「努力しています」と口に出すだけでは説明責任を尽くしたことにはならないでしょうから、なにか株主に説明するために「形として示す」必要があるわけです。たとえば社外取締役を選任するかどうかは、取締役会の専決事項と解されていますので、毎年一回は社外取締役を導入すべきかどうか、取締役会に上程し、そこで審議する必要が出てくるのでしょうか?候補者が存在しないにもかかわらず、何もそこまでする必要があるのか、との疑問も生じますが、そうでもしないと「うちの会社では社外取締役を置かないほうがよいと判断した理由は・・・・・だからである」との理由を開示できないのではないかと思われます。株主構成や経営環境の変化、M&Aによる事業内容の変化、買収防衛の必要性などにより、社外取締役の選任の要否も毎年変わってくると思いますので、なにか形として「努力義務」を尽くしていることは明確にするべきなのかもしれません。

「社外取締役を置かない理由」の開示であれば、ひな型に沿って事業報告に記載することでもよさそうなものですが(※)、「置くことが相当ではない理由」となりますと、上記の記事(法務省参事官の意見)にもありますように、個別企業の事情を記載すべきことになるでしょうから、「他社はどうであれ、当社にとっては社外取締役がいることが不都合なのだ」といった事情を個別に開示しなければならないのではないかと。ここまで説明をして、そのうえで株主の信認を得られるのであればOK、というのが会社法改正の趣旨ではないかと思われます。だとすると、やはり社外取締役を置かない、という決定について、何らかの経営判断が必要ではないでしょうかね(このあたりは、まだ深く考えたものではありませんが・・・・・)。

※ 今朝のtyさんのコメントにありますように、そもそも経済界は「個別企業にはそれぞれ事情があるのだから、一律に法で社外取締役の導入を義務付けるべきではない」というのが反対理由でした。そうしますと、開示規制が敷かれた場合、各企業は、その個別の事情を開示するべきであり、「ひな型」を活用することは、たしかに経済団体のこれまでの意見とは矛盾するのではないでしょうかね。ぜひ、このあたりは反対論もありそうですから、コメント欄にご意見をいただけますとありがたいです。

そしてもうひとつの悩みは、社外取締役を確保するということが会社法362条4項6号の「取締役の職務の執行が法令及び定款に適合することを確保するための体制」と関係があるのかないのか、という点です。経営者の暴走を阻止するため、という理由で平成17年改正前商法では、「重要財産委員会」という機関設置が認められるための要件として、少なくとも取締役会構成メンバーにおいて一人以上の社外取締役が存在することが掲げられていました。つまり、会社法(旧商法)上、社外取締役の導入は経営者の暴走阻止のためにある、ということが、少なくともひとつの重要な意義として掲げられています。「社外取締役を一人以上導入すべき、というのが会社法の原則である」ということであれば、「取締役の職務執行の適法性確保」のための制度であるといえそうな気がしています。そうしますと、社外取締役を導入するかどうか、という経営判断については、大会社に決議が義務付けられている内部統制システムの基本方針の一部として捉えるべきであり、監査役がその相当性を判断することになるのではないか、という疑問が生じてきます。この点については、また語り出すと長くなりそうなので、別のエントリーで考えてみたいと思います。

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コメント

今回のcomply or explainの件で非常に残念なのが、経済界は導入義務付けに反対の理由として「規模や業種、業態に最適なガバナンス体制の追求」をあげていたにも関わらず、要綱案がとりまとまるとすぐに経団連の阿部さんが「雛形」を作ることを高々と日経で宣言してしまったことです。
経済界が散々主張してきた「個々の企業の事情」とやらはどこにいってしまったのでしょうかと大人気なく聞きたくなります(苦笑
雛形のコピペではなく、役員みずからが「なぜあえて社外取締役を入れないのか」を考え自分の言葉で語ることが重要であり、なんでも雛形を用意するのではcomply or explainが日本で根付くことは難しいと感じます。

投稿: ty | 2012年8月22日 (水) 11時37分

 日経新聞(8月6日朝刊)の阿部氏の発言のもう一つの問題として、「社外取締役を置くことが相当でない理由。」の雛型ではなく、「社外取締役を置かない理由」の雛型を作ることを宣言しているように読めます。
 川井信之先生がブログ(http://blog.livedoor.jp/kawailawjapan/archives/5814496.html)で書かれているように、要綱案では、社外取締役の設置が会社にとって「マイナス」「有害」というような消極的事実があり、それを開示することが義務づけられているのではないかと読めます。
 それを、「設置しない理由」に置き換えて経済社会に広めるようなことを公言してしまい、誠に残念です。

 また、確かに、法制審の議論では、各社の事情があるので一律の義務づけは不適当、という趣旨の発言があるので、雛型を作ることはこの発言と一貫しないですね。

 こうした発言や法の趣旨にあわない雛型を作ることが、日本の看板にひとつである経団連の本当の仕事かどうか、疑問です。むしろ、長期保有でガバナンスを重視する投資家に日本の会社の株を買ってもらえるような方策を検討することが重要な気がするのですが・・・・・。

投稿: Kazu | 2012年8月23日 (木) 10時35分

社外取締役を設置することが会社にとって「マイナス」「有害」というような消極的事実があるとは思えないのですが、、、。
この要綱案を受けて、東京証券取引所から8月1日付で「独立した社外取締役の確保のお願い」が上場会社宛に届いております。その中で、東証さんとしては早急に上場規則の見直しを行う予定があることを明言され、さらに上場各社に対して「監査監督委員会設置会社」への移行を含めて独立した社外取締役の確保に努めるよう促しておられます。
中小規模企業にとっては、新たに社外取締役を補欠を含めて複数名確保することはそれほど容易なことではないので(誰でもよいということではないでしょうから)、私共も含めて、従来の監査役を取締役にすればよいともとれる「監査監督委員会設置会社」への移行を検討する上場企業が増えるのではないでしょうか。従来の監査役に取締役会における議決権を与えるのですから、ガバナンスの面からもプラスになるはずです。
また、「監査監督委員会設置会社」の監査監督委員となる取締役の任期はなぜか2年ということで、従来の監査役の任期4年に比べて短くなっていることもいろいろな意味でメリットとみる企業さんが多いと思われます。
とはいえ、単純に従来の監査役を取締役にすれば済むとも思えませんので、「監査監督委員会設置会社」という機関設計についての詳しい解説と「監査役設置会社」との違い、メリット・デメリット比較、移行時の留意点など是非諸先生方からご教示いただきたいと思います。

投稿: CHUCK | 2012年8月24日 (金) 10時05分

ISSは日本向け議決権行使助言基準(概要)(2012年1月12日版)を定めています。
おもしろいなと感じた内容のひとつが、取締役選任の基準です。
総会後の取締役会に社外取締役が一人もいない場合、
経営トップである取締役には、
「原則として反対を推奨する」としています(ただし2013年から施行予定)。

海外の機関投資家に株式を保有される、されていることを意識せざるを得ない上場企業の場合、
こういった海外機関投資家の事実上の行動指向を研究し、うまく味方になるように対応していくか経営者自身の悩みになりそうです。
(法務としてはそのような議案作りが求められるのですが。。。)

投稿: 法務屋 | 2012年9月 2日 (日) 19時26分

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