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2012年8月 6日 (月)

デジタルフォレンジックと通報者および調査対象者の人権保護

今月(8月24日)大阪におきまして、2011年4月に当ブログでも著書をご紹介いたしましたAOSテクノロジーの佐々木隆仁氏、国際訴訟手続きに詳しい上智大学研究員の北村浩氏と講演会(セミナー)をご一緒させていただきます(レクシスネクシス主催セミナーのご案内はこちら)。無料セミナーということでして、とても耳寄りなお話かと。。。大阪開催となりますので、関西の皆様向けに、ということになりますが、私がご紹介するまでもなく、デジタルフォレンジックは、もはや企業のリーガルリスク管理のうえで、当然に対応しておかなければならない分野でして、とりわけ少しでも海外進出をされている企業の経営者の方々は、企業の情報管理(漏えい防止等)、カルテル、FCPA(海外腐敗行為防止法)対策、民事訴訟のディスカバリー対応の関係では、できるだけ企業の金銭的負担を少なくするために必須の対策として認識しておくべき課題かと思われます。

私の個人的意見ですが、そもそもデジタルフォレンジックの中身を専門家以外の人間が理解せよ、などというものではなく、企業防衛のためには社内の人間と専門家との連携と協調が不可欠かと思います。以前にも少し書きましたが、企業不祥事が発生したケースや、海外の紛争に巻き込まれたケースにおいて、有事の初期段階に「社内の人たちが、ここまで対応していたら」たとえ専門家に依頼をした場合でも、その費用負担がきわめて低額に済むことになるわけです。つまり、「連係と協調」のために、フォレンジックの素人である社内の担当者がどこまで初動対応をしていたか、ということが大切なのであって、では社内の担当者は何ができるのか、という点を認識しておくことはとても重要かと。

これも全くの私見であり、どなたもまだおっしゃっておられないことかとは思いますが、デジタルフォレンジックの効用というのはかなり広がりがありまして、たとえば社内不正の疑惑があったとします。企業としましては、調査対象者の刑事告訴、あるいは民事責任追及、社内処分を前提として、不正事実の証拠化を図りたいと考えます。これらの証拠化作業のためにデジタルフォレンジックが有効であることは、最近の新聞報道等からも明らかですし、以前ご紹介した上記AOS社の佐々木社長の著書でも詳しく解説されています。

しかし、社内調査委員会等の支援を行った私の経験からすれば、フォレンジックの手法によって常に不正事実の証拠化に成功するわけではありません。不正事実の疑惑が深まることはあったとしても、その証拠化されたものによって、調査対象者の責任が十分に問えるとまでは言えない・・・・ということもあるわけでして、企業側としても「いざ調査対象者へのヒアリング」という段階になって、詰め切れるだけの手持ちの駒にはならないこともありえます。しかしだからといって、デジタルフォレンジックの成果品が意味をなさない、というものではなく、むしろ調査対象者への更なる調査活動や、たとえば内部通報者自身の人権保護の面においても有効に機能する場面が考えられます。

不正調査の現場では、メール調査やPC、スマホのチェック、調査対象者の個人情報の入手など、できれば調査対象者の事前の承諾なくして調査を進めたい手続きが要請されるところです。いままでも調査の必要性と人権保障とをどのようにバランスをとるか・・・ということに関する裁判例が多数出ています。その判断基準のひとつとして、調査対象者の不正の嫌疑が強いケースでは、より不正調査の必要性が高いものとして、より調査対象者にとって厳しい調査手続きが適法と認定されます(メールの調査においても、何かないか・・・という一般探索型の調査は違法になる可能性が高くても、すでに不正の嫌疑が他の証拠からみて強いケースでは、適法とされる可能性が高まる、といったところかと)。

つまり、デジタルフォレンジックによって、(それ自体では十分な証拠とはいえなくても)、不正の嫌疑が強まることで、より不正調査の手法の選択肢が広がる、ということでして、これは社内調査の実務にとってはかなり効果的なものだと思われます。またときどき不正事実を企業が知る端緒となります内部通報ですが、これも手続きの途中で、通報者が「これ以上の調査をしないでほしい」と企業側に求めるケースが出てきます。通報手続きを適切に遂行しなければ、企業が大きな損失を受けることは昨年8月31日に出されましたオリンパス配転命令等無効確認事件の高裁判決などでも明らかですが、こういった通報に基づく社内調査手続きが適切になされていることを立証するために有効な証跡が残ります(ひいては通報者のための適正手続きが担保されることになります)し、なによりも不正事実の嫌疑が高まることによって、たとえ通報者から調査中止の要望がなされたとしても、企業のステークホルダーのために調査を続行することの合理性を理由付ける根拠にもなります。

デジタルフォレンジックは、語る人によって「想定される有用性」について異なるところがあると思います。ただ社内調査の現場感覚からしますと、上記のように、会社のリスクをいろいろと低減させるための手法を提供してくれるものであり、その可能性はまだまだ広がりをみせるものと思います。フォレンジックの研究会が開催されますと、現役の裁判官や検察官が多数、研修におみえになる・・・というのも頷けるところではないでしょうか。

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