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2012年9月24日 (月)

会計監査人の監査報酬低額化と監査見逃し責任への影響度(前編)

当ブログをlivedoorのRSSにて登録されていらっしゃる方はご存じかもしれませんが、このところ、当ブログのRSS登録数の記録が未だ更新されておりまして、アクセス数も伸びております(本当にどうもありがとうございます)。ということもありまして、本日は(当ブログ的には人気ネタのひとつである)会計と法の狭間ネタであります。少し長くなりますので、本日は「前編」とさせていただきます。

9月21日の日経新聞におきまして、新規上場企業の監査を中堅監査法人が担当する機会が増えたことが報じられております。「規模の小さい企業の上場が増えるなか、大手より低価格で上場を支援できる中堅と契約する企業が増えている。中堅監査法人側も上場支援を新たな事業の柱として体制を強化している」とのことだそうです。大手と中堅とで、どれほどの違いがあるのかは存じ上げませんが、上場準備企業にとっては、やはり監査費用は関心の高いところであることは間違いなさそうであります。

監査報酬につきましては、先週宇澤会計士のご著書「不正会計」をご紹介したときにも、いくつかの関連コメントをいただきまして、不正発見に積極的に努める会計監査ということであれば、監査報酬を相当に引き上げてもらわねばならない、とのご意見がございました。といいますか、当ブログで不正発見目的の会計監査についてとりあげますと、かならず監査報酬問題についてのご意見を頂戴します。とくに印象深いのは、会計監査人は職業的懐疑心をもって監査に臨め、とはいえども、3600にも上る上場会社のほとんどはまじめに財務諸表(計算書類)を作成しているのだから、実際のところ「不正があるのでは?」といった意識で臨むのはむずかしい、もし懐疑心を全面に出して監査計画を立てるのであれば、現状の監査報酬は低額すぎる・・・というものです。

私もこういったご意見は監査法人の現場の声として、ホンネのところではないかと感じております。「期待ギャップ問題」と言われ、不正発見目的の監査を会計監査人(監査法人)に要望する社会的な風潮が強まる中で、これに見合う監査報酬とはどれほどか?ということは、もうそろそろ社会的に議論したほうがよろしいのではないでしょうか。というのも、不正発見目的の監査についての社会的要請が強まり、市場の番人たる役割を会計監査人が背負うとしましても、監査報酬の低額化傾向は、会計監査人の法的責任を認めるにあたり、何ら免罪符にはならないからであります。

会計監査人(公認会計士)と被監査対象会社との監査契約は、法律上は準委任契約ですから、会計監査人は善管注意義務を尽くして監査業務を遂行することになります。不法行為責任を問われることを前提とする過失の根拠についても、その注意義務は、おそらく善管注意義務の中身と同じものと解されます。会計監査人の不正発見に努める義務(法的義務)の内容は、リスクアプローチに基づく監査が根拠とされるはずで、これは職業専門家としての一般的な水準の注意を払って監査業務を遂行することが念頭に置かれます。したがいまして、いくら特約事項で「不正会計目的による会計監査業務は含まれない」と合意したとしても、実質的な依頼者が投資家・株主である以上、職業専門家としての一般的な水準の注意義務には影響しないものと思われます。

これまでの判例でも、報酬をもらっていない監査役に善管注意義務違反による損害賠償責任が認められたり(法律的にみればあたりまえの話ですが)、弁護士資格を持った社外監査役であるがゆえに、他の監査役とは区別して、特別の注意義務違反があるとされたものがあります。また、社外監査役といえども、法律上の注意義務は常勤監査役と同等とするのが、法律学者の方々の通説であります。こういったことからすると、いったん会計専門職の方が、会社側と監査契約を締結した以上、それがどのような報酬条件で締結されたものだとしても、不正発見に向けた注意義務の中身としては変わらないものであり、監査報酬が低額である、といったことは会計監査人の法的責任を排斥する理由にはなりえないものと思われます。

このようなことを申しますと、「そんなアホな!それでは監査法人の経営が成り立たないではないか。」と会計士の方々に文句を言われそうな気もいたします。たしかに監査報酬が低額であることは、法的責任を排斥する理由にはなりません。しかし、抗弁事由として「この報酬では、ここまでのことが精一杯の作業であった。ここまでの作業で不正の兆候を発見することができなかったのであるから、追加報酬を求めることもできず、深度ある非定例監査業務は遂行しえなかった」といったことを、監査法人側が積極的に主張して免責を求めることは可能かと思われます(正確には抗弁事由ではなく、評価障害事実の主張ということなりますが、法律的な細かい説明は割愛いたします)。もし、こういった主張を会計監査人側が裁判で展開するようになれば、不正発見目的の監査とは何か?本業務を含む適正な監査報酬とはどの程度の金額か?追加報酬を求めるべき「不正の兆候」とは何か?といったことまで裁判の争点になりますので、監査報酬の適正性を公開の場で議論する土台が出来上がるのではないかと思われます。

最近は、社長を訴える監査役側の代理人弁護士の「適正報酬」(法律的には監査費用の相当性の問題)や、株主代表訴訟における株主支援代理人弁護士の適正報酬(ダスキン事件の原告支援代理人に関するもの)などを裁判所が判断する例が出ています。弁護士としては、実際に裁判所によって認められた適正報酬の金額には大いに不満でありますが、何が適正であるのか、第三者は弁護士の職務をどのように視ているのか、といったことを研究するにあたりたいへん有益なものであり、これは会計監査人の監査報酬においても同様に考えるべきではないかと思われます。

しかし現実問題としまして、このまま監査報酬が安い中で不正監査に関する厳しい対応が迫られる、ということになりますと、監査法人(会計監査人)はたまったものではない、ということになります。そこで、監査法人が期待ギャップを埋めるべく、市場の番人たる役割を積極的に果たしうるためには、一方において司法の場で会計監査人の法的責任が追及されるリスクは低減させることも検討しなければなりません。そのあたりの考え方につきましては、明日の後編で述べてみたいと思います。

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コメント

 ブログの更新、ご苦労様です。
 監査人の辛いところは、制度上、監査リスクを一定の水準に抑える必要があるため、依頼者(企業)との間で、報酬額に応じた作業水準というものを設定することができないことでしょうか。
 不正発見目的ということを強調しなくても、監査リスクを一定水準に抑えるレベル(普通の監査であればこの程度のことはしますというレベル)の監査を行う過程で不正の兆候を(望まずも)発見してしまった場合には、かかる不正の兆候が実際に不正の存在を指し示すものなのかを確認しないままに監査意見(特に適正意見)を表明することはできないのであろうと思います(重要性がないことが明らかであれば別ですが)。とすると、「この報酬ではこれ以上の監査はできなかった」という理由で、不正の存否についての深掘りの調査をしないままに監査意見を表明して、結果、(深掘りの調査をしておれば発見できたであろう)不正が発覚して関係者が損害を被ったというようなケースでは、監査人は責任を逃れることは困難であろうと思われます。
 不正の兆候を掴んでしまった期の選択肢としては、経営陣が不正調査に協力的でない場合には監査を降りるか、除外事項を付して限定付きで適正意見を出すか、といったことになるのでしょうか(会社も除外事項など付けられたくないでしょうから、形としては、双方了解の辞任ということが通常でしょうか)。
 経営者が本当に協力的であれば、「報酬が足りなさすぎる(ほど時間がかかる)」ということにはならない場合が多いかなとも思います。不正の有無の心証は比較的取りやすいでしょうし、少なくとも、協力的と評価できるレベルであれば、それなりの資料が比較的スムーズに出てくるということでしょうから、不正なしとの心証を固めたことを合理化するレベルの資料(ここまで資料を揃えておけば一応の責任は果たしたというレベルの資料)は得られているのでしょうし。
 以上、まとまりのない内容になりましたが、なかなか難しい問題かと思います。弁護士の報酬も、作業時間もさることながら、頭の中で思いを巡らせる中から浮かび上がったひらめき(良い流れの主張)も評価してほしいところですね。

投稿: k.h | 2012年9月25日 (火) 00時29分

khさん、コメントありがとうございます。前段部分でおっしゃっておられることは、全く同感です。リスク・アプローチといっても、資格者による保証表明業務なのですから、どんなに報酬が低くても、投資家を誤らせないだけの最低限度の心証形成は必要になります。そのレベルの作業が行われていないのであれば、いくら報酬が安くても任務懈怠責任を問われることになるのでしょうね。

中段から後段にかけてのご意見は、会計監査実務に精通された方のご意見と思われますので、おそらく会計士ウケする内容かと思います。実務を踏まえて、ということであれば、まさにおっしゃるとおりかと。ただ、実質的な依頼者が投資家である以上、また「市場の番人」たる地位が期待される以上、辞任して済む時代でしょうか?というあたりの問題意識が必要になってくるのではないか、と考えています。責任問題を回避する、ということであればおっしゃるとおりなのですが、もう一歩進んで守秘義務の解除(開示規制)や、品質管理(行為規制)をもって不正発見的監査が求められる時代が来るのではないか、というあたりのことなのです。法律面と会計監査実務の双方を理解されている方は少ないと思いますので、またぜひご意見を頂ければ、と思います。

投稿: toshi | 2012年9月25日 (火) 01時32分

「重要性の問題」については、以前から大いに疑問を持っております。
「2-1」も「10000-9999」も答えは「1」です。
どちらも「1」であるがために、重要性がないものとして扱われます。

投稿: 特命希望 | 2012年9月25日 (火) 08時14分

横からで大変僭越ではございますが
「2-1」も「10000-9999」も答えは「1」であっても、
どちらも「1」であるがために、重要性がないものとしては扱われ・・・ません。
委員会報告でどう書いてあったかはちょっと覚えておりませんが(調べるのも面倒なもので・・・)、net impact僅少だからgrossでの大幅虚偽表示もパス、という理屈は、常識的に考えて、おそらくどこの法人でも審査が通らないです。
違うことを念頭に置かれてのコメントでありましたら申し訳ございません。

投稿: 監査現場作業員 | 2012年9月26日 (水) 02時58分

プロ、専門家の方は、専門知識があるので、当たり前のこと(常識)ととらえられていることでも、一般の人達(素人)にとっては理解できないことがある。このことを理解しないと、ギャップは決して埋まりません。委員会報告だかなんだか知りませんが、一般投資家が容易に理解できる、勘違いや誤解の起こらないようにしなければいけばいのではないでしょうか?
一般の人達(素人)が自由に投資できる環境だからこその説明責任があるように思います。

投稿: 通りすがり | 2012年9月27日 (木) 08時15分

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