気づいても口に出せないファジーコンプライアンス問題
ここ1週間ほど、ちょっと信じられないような企業不祥事が続出しております。パナソニック社のスマート家電事件(電気用品安全法違反疑惑事件)、ソフトバンク社のiphone4下取り事件(古物営業法違反疑惑事件)、そして生協連合会さんの下請法違反勧告事件(勧告額としては過去最高額!)など、どれをとっても「なんで?」と首をかしげたくなるようなコンプライアンス違反事件であります。世間的にみれば「こんな立派な組織がどうしてこんなアホなことやったんやろか」とあきれてしまうところかと。どこもコンプライアンス問題にはきちんと対応できる組織をお持ちでしょうし、法令遵守には極めて厳格な組織であるにもかかわらず、どうしてこのような不祥事が発生してしまうのでしょうか。「うっかりコンプライアンス」の恐ろしさは、今般の不祥事で国民が受けた損害はそれほど大きなものではないとしても、「この会社は、うっかり不祥事を起こす会社なのだ」といった印象を国民に与えてしまうことによる信用毀損に至るところであります。
これは私の推測にすぎませんが、こういった問題は現場から法務部門に「これってどうなの?」と相談があれば、おそらく法務部門からはほぼ100点満点の答えが返ってくるものと思います。法務部門が悩むような場合には、法律専門家の意見を聞くなどして、現場の不安に応えるはずであります。だとすれば、このような「うっかり不祥事」発生の最大の原因は、「現場の情報が管理部門に届いていない」ということであります。よくコンプライアンス経営の基本として、社内における情報の共有(情報の自由な伝達)が挙げられますが、管理部門が把握すべき重要な情報が残念ながら上がってこないということによるものかと思います。
ではなぜ現場から重要な情報が上がってこないのでしょうか。ここから先が問題であります。重要な情報が伝達されない要因のひとつは、現場担当者がリスクに気がつかない、もしくは気付こうという意欲がないことによるものであります。たとえばパナソニックのスマート家電問題では(スマホによって遠隔地から自宅のエアコンのスイッチを入れる、という装置が電気用品安全法違反にあたるのでは、と経産省から警告を受けたことについて)、現場でリーガルリスクについては全く気がつかなかった可能性があります。これって常識的にみて問題はないのだろうか・・・と若干の不安を抱いたとしても、「NTTさんだって、制御装置を活用して遠隔スイッチ操作を販売しているではないか」という一言でおそらく自己の行動が正当化されてしまったのではないでしょうか。ソフトバンク社についても、まさかソフトバンク社が古物営業の許可を持っていないとは思いもよらなかったでしょうし、「経営トップが初歩的なミスをするわけない」といった気持ちから、コンプライアンス違反に関する不安など吹き飛んでしまった可能性があります。
さて以上は現場がリスクに気付かない、もしくはバイアスが働いてリスク感覚がマヒしてしまったので、現場の情報がバックオフィス部門に届かなかった例を示したものですが、もうひとつの要因も考えられます。それは「リスクには十分気付いたけれども、社員が見て見ぬふりをした」可能性であります。実際にはこちらの可能性のほうが高いのではないでしょうか。
コンプライアンス経営に、真剣に取り組んでいる企業ほど、各部門間における情報共有のシステムが内部統制の一環として構築されています。つまり各部署の社員間で自由に情報が伝達される仕組みが整っているわけであります。これは一見するとコンプライアンス経営にとってはプラスです。しかしマイナス面があることも忘れてはなりません。つまり各部署で情報の共有化が進むということは、各部署が他部署の努力の跡を理解している、ということであります。数年かけて製品化した技術開発部門、一生懸命広報作業を行って販売にこぎつけた営業部隊、そういった姿をみるたびに、他部署の社員は頑張っている部署に対して後ろ向きの意見がいいにくい環境が醸成されていきます。つまり他の部署が努力してきたことを情報として知りつくしているからこそ、他部署への思いやりの気持ちが先に立ってしまい、「これって問題ではないか」といった意見を出しにくくなります。「おかしい」と気づいても、これを口に出して言えないのは、こういった状況の中から生まれるわけでして、これはたいへん深刻なケースであります。
パナソニック社のスマート家電戦略も、またソフトバンク社のiphone下取りキャンペーンも、いずれも今秋の重要な営業戦略です。おそらく組織全体が、「この戦略で一気挽回」という雰囲気に包まれていることが想像されます。そんな中で何人もの社員が「ちょっと大丈夫なのかな?」と法令違反疑惑に気がついたとしても、それを口に出して言えるものなのでしょうか?さきほどまで、私は某東証一部上場メーカーさんの法務部員、総務部員の方々と夕食を共にしておりましたので、その席で、この疑問をぶつけてみました。その法務部門の方曰く「もし、ウチの会社だったら『お前、会社が起死回生に向けて努力してるときに、なんでそんな水を差すようなこと言うねん!』で終わってしまうだろう」とのこと。もちろん、法務部門まで「おかしいのでは」といった相談が来ていれば、自分たちがリスクをきちんと説明するし、職務である以上、「勇気」などといった問題ではないそうです。しかし、法務部門まで現場の声が届くかどうかということについては悲観的な感想をお持ちでした。
生協連の下請法違反も、(もちろん私の推測ですが)確信犯的なコンプライアンス違反ではなく、いわゆる「うっかりコンプライアンス」だと思います。自分たちは長年の慣行に従って取引先との返品処理を行っていたつもりでも、「おかしい」と先に感じたのは返品を受ける下請け業者の方々だったのではないでしょうか。公正取引委員会の判定理由には不満があるかもしれませんが、「長年の慣行」というだけで、社内の常識と社外の常識に食い違いが生じているのではないか、と疑ってかかる気持ちは失せてしまっていた、ということは事実かもしれません。
本日、お昼に開催された某研究会の席上、ある弁護士の方が「グレーな企業活動について、適法性を相談されることってたいへんですよね。グーグル検索だって、いまでこそ当たり前になってしまったけど、最初は『これって著作権法違反ではないか』と話題になってましたよね?あのとき、著作権法疑惑に関する相談を受けて、これは大丈夫だ!って自信をもってアドバイスできた弁護士っていたんでしょうかね?」とおっしゃったのが印象的でした。たしかに「大丈夫か」と聞かれて、私もうーーーんと悩んだかもしれません。後付けでモノを言うのは簡単ですが、「これって下請法違反では?」と不安を抱いたとしても、それを口に出して問題にするには相当の勇気がいるでしょうし、「たしかに問題だよね」と同調することにも、相当の勇気がいることかと思われます。内部統制がしっかりしている企業でも、ファジーコンプライアンスには、多くの難問が潜んでいることを、こういった実例からも想像されるところであります。
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コメント
現場からすべての情報が「上がってくる」なんていうのは幻想で、それができないから法務や内部監査部門が設置され、必要な情報を能動的に集めてキーマンにインプットして、しかるべき時にはブレーキをかけてもらわなければならないんじゃないでしょうか。
なお「グレーな企業活動について、適法性を相談されることってたいへん」「相当の勇気」とのことですが、それを悩みぬいて解決策を見出したり、推進者側にとって不利な情報をインプットして嫌われる役割を担うことに対する対価として給料を頂いている立場なので、当たり前の心労だと思います。自分の名において最終判断をしなければならない経営者の方がよっぽど大変です(そういう自覚がない人はさておき・・・)。
投稿: はっしー | 2012年9月26日 (水) 08時08分
なるほど、「うっかりコンプライアンス」というのは絶妙なネーミングだと思います。しかし、本社が大阪や名古屋で営業本部は東京という会社などでは、法務や経理(税務面)が本社にあり、主要な業務施策の決定が東京で行われるといった場合など、内部統制がかかりずらいという側面があります。東京本部にも顧問税理士と顧問弁護士は必要なんじゃない?という話をしたことがありますが。「うっかり」を出ないようにするのが内部統制であるなら、やはりうっかりコンプライアンスも内部統制の不備とされてしまう可能性もあります。
ただ、生協については「うっかり」かなぁ?という疑問も。大学生協さんは、自動車教習所に「生協での販売価格が一番安くなるようにしないと取引をさせないぞ」といった要求を書面を避ける形でされていたりします。絶対に確信犯だよなと思ったりするわけです。
今回の記事の生協は、大学生協連合ではないと思いますが、同じ穴のムジナかな?などと勘繰りながら記事を読んでしまいました。
投稿: ひろ | 2012年9月26日 (水) 10時03分
規範の障害が作動しないほど無駄な規制ばかりってことですよ。
投稿: JFK | 2012年9月26日 (水) 21時31分
一般人の感覚としては、パナソニックのスマート家電なんかはナイスアイデアだと思います。これを法令違反、コンプライアンス違反で片付けてしまうのは非常に残念です。
法務部がリスクを承知で世に出したのであれば、それを応援したい。
投稿: jushuke | 2012年9月27日 (木) 12時45分
はじめまして。「うっかりコンプライアンス」とは言い得て妙な表現ですね。
ところで、こちらは「うっかりコンプライアンス」や「グレー領域」の問題ではなさそうですね。
弁護士報償、規定の13倍支払う 明石市(神戸新聞2012/09/25)
http://www.kobe-np.co.jp/news/shakai/0005403818.shtml
地方版記事はこちらにて
http://blogs.yahoo.co.jp/tsujitatu0917/37544432.html
報償額決定の決裁には「特別の事情」について何ら言及がなく、市として「特別の事情」の存在を認定した形跡さえありません。
こうなると要綱規定の運用の問題というよりも、単に要綱を無視して基準外の報償を支払った(要綱が約款として位置づけられるとすると、要綱を無視した高額支払は契約上の義務に基づかない水増し支払となってしまいますが)と評価した方が適当かと思われます。
任期付職員として弁護士資格者を5名も採用している自治体なのでコンプライアンス問題にはきちんと対応できないとおかしいのですが、内部統制の難しさを感じます。
(加えて、組織内弁護士の限界も示しているように思えます。)
投稿: うらら | 2012年9月28日 (金) 00時54分
一点申し上げます。生協連の件ですが、ご指摘の通り新聞記事からは「うっかり」かどうかはわかりません。誤解を招く表現があったかもしれません。これはあくまでも私が下請法違反事件を何度か担当した経験から、ということに基づくものです。そこだけ付記させてください。
投稿: toshi | 2012年9月28日 (金) 01時31分
中央大学で理事長が知人の娘を系列の中学校の入試に際し、かなり積極的な口利きをしたことが報道されています。
http://mainichi.jp/feature/news/20120927ddm041040090000c.html
減給3か月の処分と報道されていますが、トップ自ら入試の公正を歪ませるかかる行動は、減給で済む話なのでしょうか。また、この理事長は上場企業の代表取締役も務めているようですが、このようなコンプライアンス感覚のない人物をトップに抱く企業は対応を取らなくて良いものでしょうか。
投稿: unknown | 2012年9月28日 (金) 10時33分
役員からすると「うっかりコンプライアンス」ですが、「抱え込みコンプライアンス」ではないかと。つまり、自分1人で法令に抵触するかどうかを判断してしまい、必要な社内等の法令確認手続を怠ったと。
この「抱え込み」について、効率的に軽微でないものを手放させることが適法性に関する内部統制なのでしょうが、これがむずかしい・・・。効率性を犠牲にするという現場感覚(失敗すると効率性など吹っ飛ぶのですが)もあり、とはいえ下手にリスクが実現すると経営者の減俸やクビにつながりますから・・・・。
投稿: Kazu | 2012年9月28日 (金) 10時54分
そもそも法務部門や法務担当者がコンプライアンス担当として機能しうるのか疑問があります。グレーなものや法令違反ではないけれど「これはどうかな」と思うようなことを何とか「マル」にする、「マル」と言いくるめられるよう理由づけするのが法務担当の腕の見せ所という面があると感じています。
投稿: サイユ | 2012年10月 6日 (土) 07時26分