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2012年10月10日 (水)

金融庁・不正対応監査基準はなぜ具体的事件を想起させるのか?

9月下旬に金融庁HPにて、「不正に対応した監査の基準の考え方(案)」と題する新しい監査基準の素案が審議会資料として公表されております。いろいろと忙しかったもので、遅ればせながらやっと目を通し終えました。本素案につきましては監査役と会計監査人の連係などを含め、山ほど申し上げたいことがございますが、2回にわたって法律家の視点から(もちろん、外野の一弁護士としての視点にすぎませんが)、コメントをしたいと思います。なお、本素案を読むに際し、昨年12月22日付け日本公認会計士協会による報告書「財務諸表監査における不正」も参考になります。

まず、この不正対応監査基準の内容は、前回の審議会に欠席されていらっしゃった委員の方の意見書にもありますように、オリンパス事件を想起させる内容となっていることは明らかであります。あくまでも例示ではありますが、監査手順や監査法人の品質管理の場面において、かなりオリンパス事件を意識した形で基準が作成されているように思えます。ひょっとすると「場当たり的」なルール改正であり、「ともかく作りました」といったアリバイ対策で基準が策定されたのでは?といった意見も出るかもしれません。しかし、大手監査法人が「思い出したくもないような」こういった具体的な事件の想起というのは、ルールを作る側とすれば当然に意識するところであります。

行政が、市場の健全性確保のために会計不正事件の防止を図る場合、方法としては事前規制と事後規制の手法があることはご承知のとおりであります。最近は課徴金制度の多用によるSESC(証券取引等監視委員会)の頑張りなどによって事後規制的手法が注目を集めております。しかし、監査基準の改正は(投資家の証券被害を未然に防止するといった)事前規制的手法であり、公認会計士・監査法人の監査の行為規範となるものです。したがいまして、事前規制(ルールの定立)にとって重要なことは、会計士さん方に「こういった行動をせよ」と明示して、守るべき規範の中身を明らかにするところにあります。

では、そういった新しいルールを会計士さんにどうやって遵守してもらうか、というのが次の課題であります。会計士さん方にルールを守ってもらうためには、当該ルール違反には課徴金処分や懲戒処分という厳罰(?)が待っている・・・という事後規制的手法も考えられます。しかし、それは投資家が損をしてしまった後の問題でありまして、どのような理由があるにせよ、投資家の利益を未然に防止する、という行政目的を達成することはできません(つまり金融庁が一般国民から責任を問われる、という事態になってしまいます)。したがいまして、投資家の利益を未然に防止しながらも、会計士さんに新しい行為規範を遵守してもらう必要があるわけです。

そこで考えられるのが、規範遵守に向けた会計士さんの「職業倫理」の向上と、犯罪行為の想起、ということになります。たとえば今回の不正対応監査基準では、前半に職業的懐疑心の強化、ということが挙げられていますが、これは内容は抽象的かもしれませんが、公認会計士としての職業倫理の向上、ということと密接に結びついているものと思われます。そしてもうひとつが「犯罪行為の想起性」であり、これがまさにオリンパス事件を想起させる内容とされているところであります。

一般事業会社においてコンプライアンスルールを策定する場合にも、「想起性」がよく活用されるところであります。本来は社長が常に社内ルールの遵守を徹底させ、ヒヤリ・ハット事例があれば厳しく叱責する、というのが最も効果的なのでありますが、社内の全役職員が「思い出したくない、思い出すだけで嫌な気分になってしまうような」事件について、これを想起させるルールになっておりますと、かなり効率的に、長期間にわたってルールの規範的効力が維持されます。具体的には、たとえばルール違反の疑いが生じた場合、現場担当者が内部監査や法務担当者に「これってルール違反でしょうか」と聞きに来られるケースが増える、という効果が生じます。これと同様の効果が今回の不正対応監査基準の素案には活用されているものと思われます。

さて、明日(もしくは明後日)は、この続きとして、不正対応監査基準(案)で中心テーマとされている「不正リスクの評価問題」と「不正の端緒の把握」との法律的な関係について述べてみたいと思います。職業的懐疑心というところだけを強調してしまいますと、それこそ監査報酬がどれだけアップしても足りない、ということになってしまいそうで、経済界からも反対されそうでありますが、このあたりにバランスへの配慮の跡が見え隠れしているように思います。

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コメント

不正対応監査基準を読んでみましたが、一言で言えば、「監査人さえ変われば、すべては改善する」というスタンスであるように読めました。しかし、現場はそういうスタンスで動いているのでしょうか。たとえば、四半期レビュー報告書の提出直前に届いた外国銀行から残高確認書の回答を見たら、1つだけ記入漏れがあった。もし、記入漏れではなく、その金融資産は存在しないから記入されていないのであれば、不正があったことになる。その場合、企業の開示遅れなど気にもしないで、その未回答項目をきちんと埋めて再度残高確認書を送らせろと監査人は宣言しないといけないのでしょう。しかし、その結果、四半期報告書の提出遅れが生じ、その後到着した残高確認書では、きちんと残高の存在が確かめられた。「天下のO社が海外に架空預金を置くといったつまらん不正をするわけはないでしょ。あんたのせいで開示遅れになった。」と会社に言われ、肩身の狭い思いを100回中99回させられるのが普通です。そして、100回中1回の不正事例にあたった会計士が「はい、残念でした。あんたのミス。」と言われるわけです。つまり、会計士が変わるだけでなく、開示制度なども変更していかないと、実務的に対応ができない基準になってしまうと思うのです。制度を変えるなら、こういう現場の実態を見ずにするのは危険です。日本公認会計士協会は、O社の件でA監査法人、S監査法人が冷や汗をかいたばかりなので、言うべきことが言えていないのではないかと思います。こんな時に在野からの声がきちんと届くと良いなぁと思うのです。

投稿: ひろ | 2012年10月10日 (水) 16時53分

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