常勤監査役による責任限定契約の締結は普及するか?
(11月20日午後 追記あります)
監査役の皆様向けに、11月28日に開催される岩原東大教授(会社法制部会長)の会社法改正要綱解説会は、あっという間に満席となり(日本監査役協会主催 1300名定員)、代わりにライブの模様を伝える上映会が2回に分けて別途開催されることになったそうです。ガバナンス関連の論点が中心となるそうですが、それにしても会社法改正への関心の高さはスゴイですね。
ところで監査役さん向け論点になろうかと思うのですが、会社法改正要綱のなかで、あまり議論になっていないところの問題が取締役・監査役の責任の一部免除(会社法427条1項 責任限定契約)に関する改正ではないかと。ご承知のこととは存じますが、取締役・監査役の任務懈怠による対会社責任が発生するような場合において、社外性要件が業務執行要件に変わり、とくに監査役の場合には(これまで社外監査役のみ認められていたものが)すべての監査役に責任限定契約が締結できることになる、というものです(現時点の会社法改正要綱を基準としています)。旬刊商事法務の岩原教授解説を拝読し、法制審の審議会議事録を再度見直しましたが、この論点についてはほとんど議論もされることなく、すんなりと要綱案として改正が盛り込まれているようです。
ただ、公表されているパブリックコメントには、理論的に筋が通っていると思われる反対意見もあります。改正理由としては、取締役の社外性要件が(改正によって)厳格化されることに伴い、これまで責任限定契約を締結できた人たちができなくなってしまう・・・ということが挙げられます。この理由は、経済団体からの強い意見を採り入れた、という政策的判断のもとではなんとか納得できそうですが、しかし監査役すべてに責任限定契約締結を認める理由にはなりません。中間試案の補足説明にあるように「自ら業務執行に関与せず、専ら経営に対する監査・監督を行うことが期待される者については、その責任が発生するリスクを自ら十分にコントロールすることができる立場にあるとは言えない」という理屈についても、業務執行取締役についても、自らの担当業務以外の会社業務については十分にリスクをコントロールすることができる立場とは言えないのではないか、とも思えるわけでして、説得力に欠けるように思います。※
※・・・なお、かならずしも社外監査役を置かなければならない会社の場合には、親会社監査役の方が、社外監査役に就任していたものを、非常勤社内監査役に改編することが検討されるので、そういった場合には監査役全般に責任限定契約を締結させる意味がある、というご意見もあります。しかし、私的には、これもあまり積極的な理由とは言えないように思います(11月20日追記)。
そういったことから、なんとなく積極的な改正理由が見つからない「監査役すべてについて責任限定契約の締結を認める」改正ですが、ともかく監査役さん方にとっては実務上の大きな課題になりそうな予感がいたします。果たして常勤監査役さん方にとって、この改正会社法が施行された場合には、定款を変更して責任限定契約を会社と締結する、という実務は定着するのでしょうか?
素直に考えますと、監査役さんが任務懈怠責任を問われにくくなる制度ということになりますので(ただし、最近は対第三者責任追及や金商法に基づく不法行為責任追及がなされるケースも増えていることに注意)、十分な監視・監督を行うインセンティブが機能しなくなってしまうのではないか、緊張感が欠けて怠けてしまうのではないか、との不安が出てきそうです。ただ、最近日経新聞にもご登場されましたトライアイズ社の元監査役F氏の「闘争の歴史」を振り返りますと、監査役が真剣に経営執行部と対峙した際、社長から「そんなことしたら会社として損害賠償請求するぞ」と威嚇される場面が何度もありました。「そんなことは監査役のやることではない。もしやるんだったら、あなたの個人資産がすべてなくなりますよ」と怒鳴られ、それでも株主総会開催の差止めや違法行為の差止めを裁判所に求めるには、監査役さんにかなりの勇気が必要です。おそらく監査役の立場からすれば、「自分が間違っていたらどうしよう」と逡巡し、会社法上の権限行使を控えるケースも出てくるのではないかと。
私の個人的な意見からしますと、そもそも監査役さんが会社法上の権限として行使されることが期待されているものについて、たとえ結果的に取締役の行動が違法だと認定されないものであったとしても、これを違法と指摘した監査役さんについては、合理的な理由がある限り任務懈怠などにはならないと考えています。しかし一般の監査役さんにとってみれば、不安がいっぱいになるのも無理からぬところがあり、違法行為を積極的に指摘する勇気を与えるためには、こういった責任限定契約も必要とされる場面もあるのかもしれません。つまり「監査環境の整備」という視点からみれば、社内の監査役さん方も責任限定契約を締結することが、むしろ監査役の権限行使のインセンティブになりうる、との考え方です。理屈のうえで考えれば、これまでの「社外役員の導入を促進するため」という理由に代わりうる積極的な理由はないものの、監査環境整備という政策的な理由から責任限定契約の存在を肯定的に考える、というところでしょうか。
いずれにしましても、株主総会できちんと説明できる理由がなければ一般的に定着するものではないはずです。このあたりは法制度化されることを前提に、議論をしておくべきものと思います。
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コメント
責任限定契約の問題、私も、積極的理由が欠如していると思っておりました。
さらに、
http://kaishahou.blog.shinobi.jp/Entry/8/
のとおり、責任限定契約の拡大はモラルハザードを助長すると考え、強烈に反対しているところであります。
しかし、先生の本投稿を拝見し、別の見方もあることがわかりました。ありがとうございます。
ただ、先生の挙げられているF氏のような恫喝リスクは、責任限定契約では救えないと思います。
社長は
「そんなことしたら会社として損害賠償請求するぞ、おまえのような悪意の輩には責任限定契約の保護はないんだよ。」
と言うでしょうから。
#中央大学付属山手中学の不祥事、うちの子供もその問題の回に受験していました。うちの子供は不正合格ではなかったと思いますが---コメもないし
投稿: S.N | 2012年11月21日 (水) 21時49分
コメントありがとうございます。失礼ながら貴ブログは存じ上げませんでした。なるほど、責任限定契約の拡大について疑問を呈しておられる方がいらっしゃったのですね。この論点は、てっきり蚊帳の外かと思っておりましたので、少しうれしいです。これからも拝読させていただきます。
社長さんが法律的なことを詳細にご存じかどうかはわかりませんが、監査役が社長さんをおとしめてやろうと思って行動に出た場合には問題になるかもしれません。ここでは、あくまでも職務を誠実に履行したうえで、(本文に示したとおり)合理的な理由をもって行動する監査役さんは救われるものと考えたいと思います。
投稿: toshi | 2012年11月21日 (水) 23時58分
恫喝リスクについてはどうでしょう?
監査役にとっては、会社に訴えられて戦わなければならないこと自体が問題ですから、いくら正しいことをしている監査役でも、会社と戦うより辞任に走ると思います。
先生の記述をベースに例示しますと:
社長:
「そんなことしたら会社として損害賠償請求したるでぇ。」
監査役:
「私は監査役の行うべき職務を果たしているだけです。責任限定契約もあるからそんな脅しは効きませんよ」
社長:
「そんなこと監査役のやることやない。悪意で会社の業務を妨害する監査役に責任限定契約が何や。身ぐるみ剥いだるでぇ。」
監査役:
「会社法上の正しい権利行使は悪意になんかなりませんよ」
社長:
「そんなもん、会社中かき集めて悪意の証拠なんぼでも出したるわ。とことんやったるから覚悟せぇや。」
それでも、「訴えられても自分は勝てるから」、と株主総会開催の差止めや違法行為の差止めを裁判所に求めるには、監査役さんにかなりの勇気が必要ではないでしょうか。
おそらく監査役の立場からすれば、「自分は間違っていなくても、あることないこと持ちだされて悪意重過失を主張され、それをいちいち否定しなければならない、訴訟は辛い」と逡巡し、会社法上の権限行使を控える、または辞任に走るケースが多いのではないかと。
ですから、責任限定契約は、会社が捨て身で戦ってくれば、最後の砦、「最終的に軽過失で決着した場合の助け」でしかありません。
責任限定契約があってすらそうですから、F氏は本当に・・・です。
責任限定契約は、代表訴訟などで賠償責任を負った場合には有効でしょう。
また、上記のような平気で恫喝に及ぶ人には効かないものの、執行サイドに一定の抑止力はありますから、先生の書かれたとおり、監査環境の整備というプラス面はあると思います。
しかし、責任限定契約の範囲を拡張するには、モラルハザードとの衡量はあるべきですね。
投稿: S.N. | 2012年11月23日 (金) 08時33分
私は「恫喝リスク」にこそ、責任限定契約は有効だと考えています。そもそも上場会社の場合、監査役は3名以上です。社長が恫喝できるのは反旗を翻した監査役が孤立しているからです。もし4名中2名の監査役が反旗を翻せば恫喝できません(次の一手を考えるとは思いますが)。要は監査役が「おかしい」と口に出せるかどうか、ということであり、監査役の共感力を高める工夫が必要だと思います。
私自身もモラルハザードについては懸念するところはあります。しかし監査環境の整備というのは、単に一人の監査役としての勇気の問題だけではなく、監査役会としての環境整備も含めてのことと考えています。
投稿: toshi | 2012年11月26日 (月) 01時20分
私がブログhttp://kaishahou.blog.shinobi.jp/Entry/8/で言及したK村剛氏のような例、すなわち、横暴な非業務執行取締役がいる場合について:
このような人に責任限定契約を許容すると、監査役がそのような人の責任を追及する場合に大きな障害となるでしょう。
その観点からは、責任限定契約の範囲拡大の問題は、取締役と監査役で分けて考える必要があるかもしれませんね。
山口先生の問題提起で、この問題への議論があちこちで起きてくれるとよいのですが。
投稿: S.N. | 2012年11月28日 (水) 00時09分