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2012年12月12日 (水)

新しいインサイダー取引規制と事前規制的抑止力

きょう(12月11日)は金融審議会作業部会において、新しいインサイダー取引規制(現行法の改正)の大筋がまとまったことが報じられました。証券仲介会社や事業会社の役職員による情報伝達行為・取引推奨行為が新たに規制対象に含まれるようですが、そのかわり(情報伝達者が)インサイダー取引を行わせる目的を有すること、実際に当該情報によってインサイダー取引が行われたことなどが成立要件とされるそうなので、企業実務に過度の萎縮的効果を与えないように配慮されているようです。また繰り返し情報伝達行為等を行った悪質な証券会社の社員等については、氏名の公表もあるとのこと。ネット検索が当たり前の時代に「公表」というのはかなりツライ行政処分ですね。その他には西友インサイダー事件で行政当局側が苦労したTOBで買収される側の企業関係者も「公開買付関係者」に該当することが明確にされるようです(詳しくは金融庁の こちらのページをご参照ください)。

そもそもインサイダー取引規制は刑事罰、課徴金を課すということですから、事後規制的な色合いが強いものと思います。エンフォースメントを厳格にすることで、利得行為への抑止力が働き、市場の健全性を確保することが図られるものと考えられます。しかし情報伝達行為や取引推奨行為までインサイダー取引規制の対象となりますと(他人の利益のためにインサイダー行為を勧める、ということなので)、「情報伝達者の利得をはく奪するというよりも、制裁的な課徴金で抑止しよう」といったところが問題になってきます。今回の作業部会でも、「他人の計算によるインサイダー規制」が、憲法の禁止する二重処罰にあたらないかどうかが真剣に議論されていたようで、このあたりは著名な刑法学者、行政法学者の代表的なご意見をもってしても、インサイダー規制への適用ということについてはっきりしていません。現に経団連の意見書でも、「課徴金の引き上げは不当利得の剥奪の趣旨を逸脱しない範囲において行われることが望ましい」とされているようです。

また今年10月にはJDQのSJI株に関わるインサイダー取引について、証券取引等監視委員会の勧告にもかかわらず金融庁が処分をしないとする、インサイダー取引では初めての不処分決定も出ました。ペナルティを引き上げても、(法律家の支援の下で)とことんまで争うような事案も出てくるでしょうし、確信犯的な者に対して多少ペナルティを重くしたとしても「やる奴はやる!」と予想されます。また「俺は二次情報受領者だ」といった主張をしてくる人たちも増えるかもしれません。したがって事後規制的効果というものは、抑止力に一定の限界があるでしょうし、そもそもインサイダーによる事後規制の効果(引き上げ)については、ハコ(企業)そのものが反市場的な場合にこそ(そこそこの)実効性があるのではないでしょうか。まじめな会社の「出来心による」社員のインサイダー行為には、現行法上のペナルティでも十分抑止効果はあると考えています。

ということで、まじめな上場企業にとってインサイダー取引規制が改正された場合の問題は、やはり実務上は事前規制的効果ではないでしょうか。これまでのインサイダー防止体制の構築といえば「自己完結型」でした。ともかく身内から不幸な犯罪者を出さないために、情報管理体制を構築する、「やれば必ずバレる」という実態を社員間で周知徹底する、という自助努力が中心でした。しかし今回の情報伝達行為・取引推奨行為の規制化や「公開買付関係者」の範囲の拡大は「連携・協調型」、つまり他社との連携・協調による防止体制が求められるように思います。自社で努力していたとしても、他社関係者の行動次第では通常の業務遂行に支障を来すこともありますし、また不要なインサイダー疑惑に巻き込まれる恐れも生じます。先の経団連意見書でも「業務遂行上の必要がある場合には適用除外にすべし」と主張されているそうですが、このあたりになんとかインサイダーリスクを自社のみでコントロールしたい、との気持ちが表現されているように思います。このあたりが事前規制的効果としてはとてもやっかいかなぁと感じます。

また、オリンパス事件では行政当局が刑事罰と課徴金、いずれの適用も視野に入れていたように記憶していますが(間違っていたらごめんなさい)、今後、証券取引等監視委員会が、「多少の不処分事案は出たとしても、とことんやる!」といった政策的判断を行うことによる実務上の影響も無視できないと思います。まじめな上場会社としては、そもそも疑惑の渦中に巻き込まれること自体を避けたいわけです。インサイダー取引の可能性が疑われるような未公表重要事実の管理を徹底するためにはどうすべきか、当局の取締の動向などにも配慮したうえでどこまで未然防止を進めていくべきか、ということの検討も、一般の事業会社にとっては必要かと思われます(ただし友好的TOBの買付対象会社のように、いきなり関係者に重要情報が届く、ということもあって、万全の準備などはできないかもしれませんが)。

我々弁護士は、ときどき何か都合が悪いことがあると、つい「これは守秘義務だから」などと安易に守秘義務を持ち出すことがあります(私はそんなことはありませんが・・・)。他者からの執拗な追及を免れるには非常に便利な言葉です。今後、企業間の情報伝達において「これはインサイダーだから」などと、ときには自社にとって都合の悪い情報を開示しない理由として、またときには相手に妄想を抱かせるようなセールストークとして活用されることを懸念するのは私だけでしょうか。。。

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