「企業会計原則」は法律なのか?-ノヴァ第三者責任追及訴訟判決-
金融・商事判例1403号(2012年11月15日号)に、ノヴァ(現在NOVAの名称を使用している法人とは異なります)の元受講生が原告となり、同社元役員、監査法人を被告として第三者責任(会社法429条)等を追及していた訴訟の判決(大阪地裁平成24年6月7日)が掲載されています。判決内容は元取締役、同監査役、会計監査人とも勝訴(原告の請求棄却)となっており、そもそもノヴァが上場会社として英会話学校を運営していた頃の財務諸表、計算書類の表示は粉飾決算にあたらないので、役員らの責任も発生しないという内容です。なお、消費者保護訴訟の一環として提訴されたようですので、金商法上の民事責任が追及されたものではありません。
このノヴァの会計処理については、以前から細野祐二氏(会計評論家、元大手監査法人所属の公認会計士)が注目しておられたものであり、ご著書「法廷会計学vs粉飾決算」(日経BP社2008年)の中でも「NOVAの方舟」として詳しく論じておられました(同書245頁以下)。受講生から前払いで授業料が払われた際、ノヴァ社はその45%を「システム登録料」として売上に計上しており、その余を分割して収益に計上していたのですが、このような収益計上基準は、そもそも企業会計原則云々以前の問題としておかしい、日本では認められることはない、とされていました。また2007年10月30日付日経新聞(11面)記事では、日本公認会計士協会がNOVA(当時)に対する会計監査が適切であったかどうか、調査する方針を固めた」とあり、「受講生が前払いしたレッスン料の45%を契約時点で売上としており、収益計上が適切だったのか、という点が問題視されている」とあります。
消費者法(特定商取引法)との関係で、ノヴァ社が解約返戻金に見合った内部留保を積んでおかねばならないのでは、といった最高裁判決との整合的な会計処理の是否も問題になっているのですが、そこは省略することとして、そもそも受講生から中途解約を求められた場合には、清算ルールが決められているにもかかわらず、受講契約当初に一括前払い金の45%を売上計上する、という会計処理は収益の実現主義(企業会計原則)からみるとおかしいのではないか(役務の提供がないのに収益が実現しているとはいえない)、粉飾ではないか、というのが原告側からの主張です。
上記大阪地裁の判決では、ノヴァ社側の会計処理方式の違法性を論じるにあたり、受講生をレッスンするためには、教室を借りたり、講師を探して来る等、いわゆる準備のための費用がかかっていることから、前払い金の45%を収益として初年度の売上に計上することも「費用収益対応原則、実現主義に反して違法である、とまではいえない」と判断しています(別途受領する入学金とこのシステム登録料含めても・・・ということだと思います)。個別に解約を申し出る受講生に対しては解約ルールが別途定められているわけですが、例年解約件数がそれほど多くないわけですから、長期的でみれば(実際に入金されている以上)相応の理由がある限り、初年度に多額の収益を計上しても許容される、というところでしょうか。
私は裁判所が企業会計原則違反をどのように法律問題として解釈するのだろうか・・・と注目しておりましたが、この地裁判決では、違法・適法の判断根拠として、ダイレクトに企業会計原則を持ち出しているようです。ということは、たとえば原告側が主張するように、厳格に収益と費用を対応させて「前受金」項目で保守的に会計処理をする場合も、ノヴァ社が実際に行ったように、45%を収益とする内訳が何ら合理的な理由もないままに一括して収益として計上される場合も、いずれも企業会計原則では問題ない、ということになるかと。企業会計原則を法律と同様に考えるのであれば、これはまさに解釈に裁量の幅がある、ということを示すように思います。
しかし、細野氏が「おかしい」と明言されていた会計処理について、役務提供の準備に要した費用があるのだから、45%を一括収益計上できる、という論理で「企業会計原則違反は存在しない」という結論は容易に導かれるのでしょうか?レッスンのために教室を借りたり、講師を用意することは、一回限りの役務提供ではありませんし、そもそも引当金を積む際には、引当率を計算するのに厳格な資料が必要となるにもかかわらず、経営者側の判断で45%の一括収益を認めるのになんの資料も不要というのがちょっとよくわからないのですが、こうやって裁判になってみると企業会計原則というのは、本当に幅が広い概念なのだなぁと感じます。ただ、別の著名な会計士の方より、いくら会計処理方法に裁量の幅があったとしても、きちんと会社の儲けの仕組みを理解すれば、おのずと適切な会計処理方針はひとつに決まるのであり、裁量の幅など存在しない、とのご意見をいただいたことを付言しておきます。
被告となった監査法人の反論を読んでみても、消費者被害救済の見地から訴訟が提起された関係からか(つまり粉飾そのものが重要な争点となる投資家被害訴訟とは異なるからか)会計処理方法の可否についての反論はされていないようです。本件は控訴審に係属しているそうなので、控訴審判決がどうなるかは未定ですが、絶対的真実が問われる司法裁判所において、企業会計原則の「相対的真実主義」が論じられるというのは、なかなか興味深いところです。
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コメント
この45%の収益の計上については、一見疑問がありますが、納得できる側面もあります。英会話学校のビジネスモデルを考えると、教室や教師を事前に用意するだけではなく、多額の広告宣伝費をかけて、受講生を獲得するというプロセスが重要です。そして、無事にそこまで終わって、講師が受講生に授業できる体制ができた後は、淡々と授業が遂行されるのを監督していくにすぎないという事業です。
このビジネスモデルをいかに会計として測定していくのか?という問題において、前払いでもらった受講料を全額授業回数で割り振って前受金にしたら変ではないでしょうか? 本来なら、入校金30万円、1レッスン5千円で40回分20万円で50万円とすれば上記の事業の活動形態にマッチしますが、こういう料金体系では生徒は集まりません。入校金を2万円、1レッスン12,000円といった料金にするのではありませんか? ここにビジネスモデルと料金体系のズレが生じます。これを調整するのが45%のシステム登録料という「概念」だったのでしょう。45%が妥当かどうかは私には判断できませんが、こうした会計処理を導入したいニーズやビジネスモデルが存在することは理解できます。
逆の見方をすれば、多額の広告宣伝費は、受講生を獲得するためのものであり、受講生のレッスンの進捗に応じて徐々に費用化するべきものだと考えて、こちらを繰延資産として計上する発想もあったかもしれません。が、現在の企業会計原則においては、繰延資産は極めて限定的にしか使えないので、売上を前倒しで計上する発想になったのかもしれません。
事故が起きた会社の会計方針について「こんなのあるわけないだろ」と細野氏のように批判することは容易です。しかし、会社が順調に伸びている上場準備段階で上記のような発想の中で、システム登録料45%を相応の説明資料とともに提示されたら、監査法人だって納得するのではないかと思います。逆の見方をすれば、もし、細野氏のいう通りに会計方針を作ると、会社が伸びている段階では、常に広告宣伝費が前倒しで計上されるので利益は少なめに計上され、日本人の英会話コンプレックスが消えて、この事業を縮小しようと決めて広告宣伝を無くしたとたんに多額の利益が計上され始めるというおかしな結果が生じるわけです。成長期の株主と撤退期の株主の間での株主平等が実現できる会計方針だと思われますか? このように会計は、同じ公認会計士の間でも、見解が異なる微妙なものなんだと思います。また、細野氏が英会話学校の監査人だったら、おそらくシステム登録料を適正だと判断していたと思います。今は、批判した方がお金になるから、批判しているに過ぎないのではないかと。
投稿: ひろ | 2012年12月 6日 (木) 12時07分
山口先生
いつも勉強させて頂き有り難うございます。
今回の内容と直接関係無いのですが、前々から気になっている事があります。
昨今、企業による粉飾決算が数多く明るみになっておりますが、監査法人に対しての金融庁の行政処分にばらつきがありすぎるように思うのです。最近ではオリンパス事件に関しては二法人に業務改善命令が早々に出ましたが、同時期に起きた大王製紙事件に関してはまだ何も出ていません。またオリンパスと全く同様に管理銘柄になり、課徴金を払っIHIに関しては、事件から四、五年経つというのに監査法人には何も処分がありません。粉飾が疑われ株主から監査法人への訴訟が起きているJALやNOVA等に関しても同様です。かと思うと、中小の上場企業の粉飾決算に関しては、担当会計士個人にまで行政処分が多数出ている様です。この違いは何処にあるのでしょうか?
行政処分には時効が無いと聞きますので、カネボウの粉飾事件以降厳しくなった基準に従い、今後IHIやJALやNOVAの監査法人や会計士個人にも処分が出るのでしょうか?
特にIHIに関しては、細野氏の「新月島経済レポート」によれば、大粉飾決算であるという指摘ですが。
投稿: 世直し通行人 | 2012年12月 7日 (金) 01時15分
大王製紙は虚偽記載があったとは報じられていませんから、その限りにおいては、監査人の責任の問題ではないと思われます。したがって、行政処分がなされないのは当たり前ということになりそうです。当該貸付は、有価証券報告書の注記で適切に開示されていましたし、結果的に、回収ができたということから推認すると、貸倒引当金の計上が過少であったともいえないからです。
他方、IHIについては、純然たる資産の架空計上というよりは、会計基準の適用・解釈という面を有しているということに留意する必要があります。課徴金を払ったから、粉飾決算というわけであるとは限らないというのが、三洋電機事件における大阪地裁の判決がとっている立場です。
中小企業の粉飾決算は、架空資産、架空売り上げという一目瞭然のものだから簡単に片付くのです。
投稿: 通りすがり | 2012年12月17日 (月) 11時01分