セイクレスト事件-専門家の鑑定に法律は入らず?
すでに各紙で報じられているとおり、元JASDAQ上場の不動産販売会社セイクレスト社の経営トップおよび指南役のアドバイザーが金商法違反(偽計取引容疑)により先週逮捕されました。昨年のネステージ社の強制捜査事件と同様、第三者割当増資における現物出資の過大評価により、セイクレスト社の一般株主の株式価値が著しく希薄化され、割り当てを受けた第三者が会社資産を流出させた(利得した?)構図になります。そもそもセイクレスト社が割当先から現物出資を受けた不動産は直近に出資者が4億ほどで購入されたものですが、セイクレスト社はこれを「20億」と評価して新株を割り当てたようです。
昨年のネステージ社の事件と異なるのは、この現物出資の対象とされた土地の鑑定を請負った不動産鑑定士の方が強制捜査の対象とはされていない、ということです。6億から20億の幅を持たせて鑑定結果を出しておられるようですが、この評価額の相当性は誰がみても疑義を残すようなものと思われます。しかし、それでも司法の世界は「相当性がない」ということだけで偽計取引を立件することはないように思います。やはり鑑定は専門家の世界であり、収益見込みなどの前提となる数字を会社側から提示され、また割引率に影響を及ぼす経営環境などの説明を受けることで、一定の制約条件のもとでの専門家意見が出されたのであれば、これを刑事的に問題視することはできないものと思われます。昨年のネステージ事件で不動産鑑定士の方が逮捕されたのも、「最初に鑑定結果の数字ありき」の協議に加わっていたこと、つまり「共謀」が認められたためではないかと推測いたします。
評価に関する認識の食い違い・・・ということだけで立件しようとしますと、以前当ブログでもご紹介したとおり、Tホールディングス社の元会長さんの刑事無罪事件のような結果になってしまいかねません。おそらく取締当局は、鑑定評価額の相当性ではなく、近いうちに土地を開発して別荘を販売するといった記載内容を、企業価値向上を装った「偽計」にあたるものと考えているのではないでしょうか。
逆にいえば、不動産鑑定のプロの方が、公正な立場で法律に則って鑑定を行ったとしても、既存株主保護には限界がある、ということです。そうなりますと、やはり上場会社におけるコーポレート・ガバナンスが機能するかどうかが投資家被害の未然防止にとってのカギになってきます。この点、12月1日の朝日新聞朝刊(関西版の社会面)には、上記第三者割当増資が開示された2010年2月当時、同社の取締役および監査役が、この増資には問題があるとして反対をされていたことが掲載されています。とくに監査役3名からなる同社監査役会は、「価額の相当性に関して不安を感じざるを得ない」と社長に指摘したそうです。ちなみに、いまでも当時の第三者割当増資に係るリリースをネットで閲覧することができますが、同リリースによりますと、弁護士と会計士2名による調査委員会では、この20億という現物出資の評価額は相当に疑問である、という意見を会社側に述べたことが明確に記載されています。したがって、監査役会が「不安を感じる」と述べたことも、納得できるところです。
しかし、監査役会が疑義を呈した二日後の臨時株主総会では、同社社長が「これをやらないと会社がつぶれる」と強行に主張したため、出席した取締役全員がこれを認めたとのこと。なお、そこでの監査役の意見陳述の内容については上記朝日新聞では触れられていません。ただ、増資決定に関するリリースの中では、(臨時取締役会には監査役全員が出席したうえで)監査役は特に有利な発行価額ではないこと(適法性)、および第三者割当が相当であることを述べた旨の記載があります。新聞で報じられているところと、リリース内容にみられる監査役会の意見との齟齬(そご)が生じています。
この増資に関する社内での決定の前後に、同社の複数の監査役の方がお辞めになっていますが、ここが個人的には気になるところです。このケースでは、第三者割当増資に関する社内協議の時点において、すでに社内が有事であることは上記新聞記事の内容からも明らかです。そうであれば、監査役は独任制機関として、「あやしい」と思えば社長と対決せよ、というのが理想の姿かと思います。まぁ、そこまでは現実には無理だとすれば、法的責任の免責効力がどうなるかは別として、辞任というカードを切ることも考えられるところです。しかし、開示規制として「監査役の意見」が求められているケースで、そこに監査役意見がきちんと掲載されていない場合には、やはり何らかのアクションが必要になるのではないでしょうか。もちろん、監査役が現物出資の価額の相当性について、「やっぱり疑問はない。相当だと思い直した」というのであれば結構ですが、わずか2日後の取締役会で意見が翻ることは考えにくいところです。
大規模第三者割当増資については、監査役の意見が求められるところであり、セイクレスト社の事例だけではなく、株主や投資家から高い関心が寄せられます。そこで開示内容に虚偽または株主等に誤解を招く表現が記載されている場合には、当該記載の訂正を求める、という積極的対応が監査役には強く求められるのではないかと、私などは考えてしまいます。もちろん「議事録に意見を記録させて、異議を留めておく」という方法で、自らの立場を明らかにすることも大切でしょう。ただ、アーバンコーポレイション事件(金商法上の不法行為責任が問われた裁判)において、本来開示すべきことの「非開示」が虚偽記載と認定されているように、監査役が意見を求められているときに、あいまいな表現が記載されている場合には、やはり監査役の職務としてその積極的な訂正要求まで求められるように思います。
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