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2012年12月10日 (月)

抜き打ち監査は粉飾決算を発見できるか?(不正対応監査基準)

土曜日(12月8日)の日経新聞朝刊の一面トップ記事の見出しは「企業を抜き打ち監査 不正会計防止へ基準」というものであり、(世界初の)不正対応監査基準の原案が明らかになったことが報じられています。当ブログでも「法律家の視点から」ということではありますが過去に何度かご紹介させていただきました。この新しい監査基準については、素案(たたき台)が公表されて以来、日本公認会計士協会から「素案に対する意見書」も出ましたし、いろいろと監査基準に対する反対意見なども出されていましたので、「この素案は後退するのではないか?」との推測も流れていました。しかし、この日経の一面記事(および5面の解説記事)を読む限りでは、それほど後退しているとは思えませんし、むしろ「抜き打ち監査」まで会計士さんの行為規範として手続きに盛り込まれるということは、監査人、上場会社とも、かなり真剣な対応が求められるものになるのではないかと思われます。また詳細な意見は会計審議会監査部会における資料公開後に述べることとして、今回の記事に関する感想のみを記しておきます。

1 内部者の情報提供と「不正の端緒」

そもそも会計監査人が会計不正を発見する端緒の8割程度は会社側からの内部通報・内部告発による情報提供による、というのがCFE(公認不正検査士)としての私の実感です。昨年のオリンパスの粉飾事件でも、1999年の時点では社員から、そして2011年には元社長が(当時の)監査法人に対して情報提供をしています。情報を受領した監査法人の対応が適切であったかどうかは別にして、ともかく内部通報が監査人に届く、ということは不正の端緒としてはかなり重要視すべきものです。

こういった内部通報が「不正の端緒」として明記され、その後の監査手続きが不正対応という「非定例監査」に変わるということになりますと、監査実務にも影響が出てくるのではないでしょうか。公益通報者保護法が周知され、またヘルプラインが充実するにしたがって「まじめな通報」の場合、情報提供先が何も動かないということになりますと、通報者の関心が内部告発(外部のマスコミや行政当局、ネット掲示板等)に向かうか、もしくは内部通報の外部窓口(弁護士事務所等)に向かうケースが多くなりました。大きな会計不正問題に発展した場合、どの時点で監査法人に情報提供がなされたのか、ということが明らかになるケースが増えると思いますので、不正会計監査基準に従った行動がなされたのかどうか、客観的に判断できる場面が想定できます。

2 抜き打ち監査の実効性

つぎに監査対象企業の不正リスクが高い場合、会計監査人は「在庫や経理書類を抜き打ち監査すること」が求められる場面をあると上記記事では報じています。もちろん監査人に強制権限が認められるわけではありませんが、これは少し驚いています。一定の不正リスクがあれば抜き打ち監査が可能になる、という意味でしょうか?たしかにナナボシ事件の大阪地裁判決では、オーナー支配の強い会社である、ということから「不正を強く疑うべき」ことを前提に監査人の注意義務が論じられています。

しかし「抜き打ち監査」というのは、監査人と監査対象会社との信頼関係の維持に影響を及ぼしかねないものなので、相当な不正の嫌疑が疑われるような場面でないとむずかしいのではないかといった印象を持ちます。つまり不正リスクが高いということから、監査人の行為規範として「抜き打ち監査」の要請が出て、被監査会社の(抜き打ち監査に対する)反応から「不正の端緒あり」と判断するのか、それとも元々「不正の端緒」があり、いわば有事対応のひとつとして「抜き打ち監査」がありうるのか、そのあたりが記事からははっきりしていないように思います(ただし、記事からはなんとなく前者のように読めますが)。いずれにしても、抜き打ち監査といっても強制的に書類の開示や商品在庫の確認作業はできませんので、抜き打ち監査に対する会社側の反応次第では適正意見を表明できない、さらに深度ある不正対応監査手続きを行いうる、といったことにつながるものではないかと。抜き打ち監査によって不正が直ちに発見できる、というものではないと思います。

3 不正対応監査基準と監査役制度

また、こういった不正対応監査基準が施行された場合、今まで以上に監査役との連係が問題となるケースが増えるものと思われます。監査役との関係では会社法397条1項が会計監査人が「その職務を行うに際して」不正を発見した場合には、監査役への報告義務が明記されています。また、金商法193条の3においても不正を発見した場合の監査役への通知が求められています。会計監査人に、不正発見への対応を求められるようになりますと、たとえ確実な証拠に基づいて、会計監査人が不正事実を認識している場合でなくても、監査役への報告義務や通知義務が認められやすくなるのではないかと思われます。それは単に条文の解釈問題だけでなく、会計監査人が監査役に報告や通知をすることによって、その報告・通知に対する監査役の反応をみることができます。この監査役の反応も、当然のことながら会計監査人にとっては不正を発見するための過程になりうるはずです。もちろん監査役自身にも職務上、不正発見のための具体的な注意義務の判断に影響が出てくるはずです。

4 J-SOXの実務への影響

最後に、不正対応監査基準と現行J-SOX(金商法上の内部統制報告制度)との関係です。現在のJ-SOXでは、現実には不正が発覚した場合にのみ「開示すべき重要な不備」があったと開示される運用になっています。経営者評価が不正事実の発覚によって訂正されるケースが非常に多いことが、これを物語っています。不正対応監査基準が「不正リスク」というものを監査人の監査計画だけではなく、行為規範と結びつけて論じるのであれば、内部統制の有効性(とくに内部統制監査人による不正リスクに関する判断)にも影響が出てくるのではないでしょうか。不正が発覚したり、財務決算プロセスに大きな誤謬が見つかった、というケースではないけれども、この会社には財務諸表を作成するにあたり、重大な虚偽記載を生じさせるリスクがある、という(まさにJ-SOXの本来の目的である)開示制度の運用がなされるきっかけにもなるのではないかと考えたりしています。

他にも「市場の番人たる会計士」の象徴と思われる「監査引き継ぎ」の手続きなどもありますが、このあたりは具体的な内容が公表されてみなければ、正確なことは言えませんが、ともかく世界初の不正対応監査基準というものが出来上がるとなりますと、既存の監査や会計の制度とどのように整合性を保つのか、興味深い論点が多いように思います。

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コメント

監査でいうところのリスク評価に落とし穴があるように思うのですが。
監査の計画段階でのリスク評価で、リスクが低いとする根拠など技術的な問題はないのでしょうか?
一方、「抜き打ち監査」は金融庁が実施するのかと思ってましたが違うんですね。
例えばですが、被監査会社を「お客様」と考えている監査人がいたとしたら、お客様を逃したくないがために手心という懸念はないのでしょうか?

投稿: 特命希望 | 2012年12月12日 (水) 08時29分

特命希望さん、こんばんは。お返事が遅れました。
不正リスクの評価については、おそらく監査法人・監査事務所の品質管理の問題として、技術的にはフォローされるのではないでしょうか。ここもCPAAOBが厳しくチェックしているところなので。
抜き打ち検査というのも、すでに監査委員会報告書の中には出てくるのですね。ただ「監査基準」として規範化されることの意味は大きいと思っています。

投稿: toshi | 2012年12月27日 (木) 22時53分

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