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2012年12月21日 (金)

三菱自動車をリコールへと導いたもの-内部通報制度の威力

すでにマスコミ各紙で報じられているとおり、三菱自動車さんはリコールの届出において不適切な対応があったとして国交省から厳重注意を受けたそうです(なお、国交省のリリース内容を報じる物流ニュースこちら)。同社は2000年に「リコール隠し」によって企業の信用が地に落ちたことがありましたが、今回の不祥事発覚によって「企業体質が変わっていない」と批判されています。

今回の件については、2005年の時点において「事実と異なる報告を行っていた」という点についても厳重注意の対象になっていますので、「リコールに消極的だった」ことにつき情状酌量の余地もなく、企業体質が批判されることは当然かと思います。ただ、上記国交省のリリースによりますと、「リコールの届出が不適切だ」とする内部通報が三菱自動車内に届き、この通報への対応として「こういった社内での通報があった」と国交省に報告をしている点においては「リコール隠し」とまでは認められないように思います。報告を受けた国交省はリコールが適切であったかどうか、自浄能力を発揮して再調査せよ、と三菱自動車さんに指導した結果、同社は(自浄能力発揮の手段として)外部調査委員会を設置して、リコールが不適切であったことを認めた(更なるリコールを届出た)というのが経緯のようです。

この自浄能力発揮の経緯は、最近の内部通報制度の効用の典型的なパターンです。不祥事を知らせる内部通報が社内に届いた場合、この通報を無視したり、通報による調査がずさんだったりしますと、今後は外部通報(内部告発)に向かいます。つまり内部通報者は国交省に対して不正を知らせる可能性が高いわけで、そうなりますと(たとえ隠す意図がなかったとしても)世間一般からは「リコール隠し」があったと評価されることになり、企業にとっては致命的な打撃となります。

昨年(2011年)1月、田辺三菱製薬さんでは、関連子会社において注射剤の品質検査を怠ったままこれを販売していた、という不祥事が発覚しました。この不祥事はマスコミの取材を起因として第三者委員会を設置して、その結果、不祥事を認めることになりましたが、それ以前に内部通報がありました。その内部通報に対しては、親会社である同社が十分な調査をしないままに「不祥事は確認されなかった」との結果を示し、そのままうやむやになっていたところ、マスコミに内部告発がなされたのです。結局、世間からは「また不祥事を隠していたのか」と受け取られ、その後、業界団体から同社が脱退を余儀なくされました(なお、すでに同社は業界団体に再加盟しておられます)。三菱自動車さんも、この田辺三菱製薬さんの事例のような対応だけは避けたい、との気持ちが強かったのではないでしょうか。

企業にヘルプラインがあたりまえに設置されるようになったために、不祥事が発生した場合には自浄能力を発揮するのが当然と思われるようになりました。これを逆から考えますと、内部通報に対してこれを放置していると、後日「不祥事を知りながら隠していた」との評価を受けやすくなったことを示しています。したがいまして、今回の三菱自動車さんのように、「内部通報を受領した場合には、ともかく内部通報が内部告発に変わる前に、なんとか自社で対応しなければならない」という傾向が強くなってくるのです。これが近時における内部通報制度の威力です。

「わざとリコールの範囲を限定的に報告していたのではないか」といった疑問もわくところですが、正確なことは今後の国交省の立ち入り調査等の結果をみなければわかりません。ただ、リコール対応の支援を行った経験からしますと、今回問題となっている「対象車種の範囲」や「対象時期の範囲」というのは合理的な判断によって確定することがとても困難なのです。企業にとってリコールには多大な費用負担が生じますので、どうしてもリコールの対象範囲を狭く解しがちになります。そこで、なぜそのように狭く解したのか、外部第三者に説明がつくような理屈が必要になります。ここがあいまいですと、今回のように社内の関係者からも「対象範囲の限定理由が合理的ではないのでは」と疑問の声が上がります。こういったことからしても、恣意的にリコールを隠していたというよりも、リコールに対する審査が甘かった、というのが本当のところではないか、と推測しています。

本件は、ヘルプライン(内部通報制度)の運用をひとつ間違えると、一次不祥事で止まるはずだったものが、二次不祥事に発展してしまう典型的な事例です。他社でも十分に起きるリスクを内包している事例ではないかと思われます。

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