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2013年1月25日 (金)

不正対応監査基準の施行と市場の健全性確保(願望ですが・・・)

最新号の週刊経営財務(3098号)に、新春特別対談「不正対応の監査基準によりわが国監査は変わるか?」が掲載されており、たいへん興味深く拝読させていただきました。今年の新春対談は青山学院大学の八田教授と太陽ASG監査法人のCEO、日本公認会計士協会常務理事でいらっしゃる梶川会計士によるものでして、対談の柱は不正対応監査基準(案)と、公認会計士の将来というところであります。「攻めの会計士業界へ」と扇動する八田先生に、(協会常務理事という立場もあってか)「基本的に賛同」という穏健な立場を堅持する梶川先生というポジションがとても妙味かと。

さすが八田先生、不正対応監査基準の重要な意義として、

「これは単に会計士に対する要求事項ではない。会計士に対する実務指針ではなく、監査基準に格上げされ、公表されるということは『企業経営者に対する抑止力になる』のではないか、ということです」「こうしたものが発せられれば、経営サイドに対して『もう簡単にはごまかせない』といったメッセージになるのではないかと見ています」

とのこと。これに対して梶川先生も、監査基準は当然のこととして監査人に対する遵守事項ではありますが、被監査会社に対しても一定のメッセージになると思います、と回答されています。私もこれは賛同するところです。

先日ご紹介したアメリカの行動経済学者ダン・アリエリー氏の新刊書「ずる-嘘とごまかしの行動経済学」の中に、錠前屋さんが客に対して道徳に関する話(なぜ自宅のドアには鍵が付けられているのか?)をするシーンが出てきます(48頁)。錠前屋さん曰く

「ドアのカギは正直な人を正直なままでいさせることしかできないのです。1%の人はいつも正直で、決して盗みはしない。もう1%の人は、カギがかかっていても盗みに入る。そして残りの人たちは、条件がそろっているときは正直だけれども、しかしある程度の誘惑を感じるとやはり不正直になる。カギは泥棒から家を守るためにあるのではなく、98%のおおかた正直な人たちから家を守るためにあるのですよ」

私は本業として企業関連の不正調査の仕事をしておりますが、このエピソードはぞっとするほど真実を突いているものと感じます。この錠前屋さんの指摘は、まさに八田先生が不正対応監査基準について語っているところとつながるのではないでしょうか。不正対応監査基準は、監査人がこれまでやってきたことを「職業的懐疑心」という高次な規範をもってまとめなおしたものかもしれませんが、これを監査基準として世に公表することで、98%のほとんどのまじめな上場会社が不正に陥る機会を喪失させることが重要なのではないでしょうか。不正を発見する、ということが目的ではなくて、むしろ不正の芽を会社と監査人の協同作業で摘み取っていきましょう、といったあたりがオリンパス事件の教訓であり、またこの監査基準の主たる目的ではないかと。

前から当ブログでも申し上げているとおり、不正直な1%(確信的粉飾事件、反市場勢力、ハコ企業族)対応としては事後規制(SESCや検察庁に頑張っていただく)によらねば市場の健全性を確保することは困難でしょうから、残りの99%の「そこそこ誠実な上場会社」にこそ、この不正対応監査基準が効果を発揮できればよいのでは、と思います。そのことがひいては市場の健全性確保のために良い結果を生むことになるのが個人的な願望でございます。その中で会計士さんたちの自由職業人としての地位が上がれば最高ですね。

ただ、私は不正対応監査基準が「監査基準」として公表される、ということであれば、それは被監査会社へのメッセージになるだけでなく、監査人の真の依頼者である株主や投資家へのメッセージにもなるのではないか、と思います。「なるほど、会計監査人というのは、会社とこうやって対峙して、おかしなところがあれば追及する職業なのだ。職業的懐疑心をきちんと維持して、発揮して、高揚させる必要があるのだ。我々の情報不足については監査人が補ってくれるのだ」という意識が一般の投資家にも芽生えてくるのではないかと。つまり「期待ギャップ」の低減にもつながるように考えられます。

会計士の方々は、「この不正対応監査基準は、いままで要求されていた事項とは何も変わらない」と考えておられますが、その「いままで要求されていたこと」の中身が(真の依頼者である)一般の投資家や株主にとっては、初めて知るところだと思います。我々のために意見を表明する監査人というのは、本来このような仕事をするのだ、ということが広く周知されるということは、やはり会計監査人の責任の重さを再認識させるものとしての意味は大きいのではないでしょうか。中には「いままでやってきたことと同じことが要求されているとしても、いままでなら要求されたことをやれば済んだことでも、今度は違和感があれば『おかしい』と口に出さなければいけないのではないの?」といった素直な意見が投資家から出てくるかもしれません。(最後の二段落は会計士さん方には余計なお話だったかもしれませんが、私は素直にそのように感じました)。

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コメント

例話によって、この会計基準のありようが非常に分かりやすく理解できました。
と同時に、「監査報告書」の意味・意義というものを公認会計士協会から一般投資家に対して発信すべきではないかと思います。不正対応会計基準をきっかけとして、以前から問題でもあった「期待ギャップ」という溝が埋められるような気がします。

投稿: 特命希望 | 2013年1月28日 (月) 08時24分

特命希望さん、コメントありがとうございます。この「嘘とごまかしの行動経済学」の本は、たいへん感銘を受けました。まだまだ引用したいところが多いので、またブログネタの中でご紹介したいと思います。私も公認会計士協会から発信すべきことが多いのではないかと思うところでして、しかるべき会合で持論を述べたいと思っています(あまり過激なことは申しませんが・・・)

投稿: toshi | 2013年2月12日 (火) 00時42分

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