闘うコンプライアンス-DOWA社、水質事故の賠償請求を拒否
ひさしぶりの「闘うコンプライアンス」シリーズであります。2012年5月、利根川水系の浄水場で、基準値を上回る有害物質が検出された問題で、東京都や埼玉県等の5都県がDOWAホールディングスの子会社であるDOWAハイテック社に2億9000万円の賠償を求めていたところ、DOWA社が、この賠償請求を拒否したことが報じられております。(たとえば 産経新聞ニュースはこちら)。今後、都県はDOWA側に対する訴訟提起を予定しているとのこと。また、DOWA社も昨年12月26日付で、当該問題に関する自社の判断をWEB内で開示しておられます。
DOWA社側の言い分としては、産廃業者への委託手続きは適正であり、なんら基準に抵触している事実はない、また埼玉県の調査結果では、委託していた産廃業者の水質汚濁防止法違反行為が推定される、とされているにもかかわらず、当該産廃業者の法令違反の事実が十分に調査されることなく、当社側に賠償責任の負担を求めるのはおかしい、といったところかと思われます。一方の行政側は、(上記産経新聞の記事によると)産廃業者への説明義務を十分に尽くしていなかったことを賠償請求の根拠とされているようであります。
水の安全・安心に関わる問題なので、有害物質を排出している企業が、行政当局(水道事業者)からの賠償請求を拒否する、というのはなかなか難しい経営判断のように思えます。環境整備を主たる業務とする上場会社としてのレピュテーションリスクにも配慮する必要があるでしょう。しかし、あえてDOWA社が5都県からの賠償請求を全面的に拒むには、それなりの理由があるのではないかと推測します(あくまでも個人的な推測ですが)。
たしかにDOWA子会社は、金属加工業者として有害物質を排出する企業でありますから、その故意・過失を問わず、危険物を排出して利益を上げている以上は、その危険物による社会的損失についても損害を負担すべきである、との理屈(PL訴訟的発想)も出てくるかもしれません。ただ今回は、実際に国民に被害が発生したものではなく、各都県が基準値を超えた有害物質排出の原因調査等に要した費用の負担分を賠償請求しているものと思われます。だとすると、民法の原則に戻ってきちんとDOWA側の故意・過失が特定されなければ責任を負担すべきでないとも言えそうであります。また、仮に行政当局からの賠償請求に安易に応じるようなことになりますと、親会社役員も含めて、株主代表訴訟のリスクが現実化することも考えられます。ということで、危険物責任の発想で、都県の調査費用を企業が負担すべき、という考え方にも異論も出てくるように思います。
さらに、「飲み水の安全をどのように確保すべきか」という点に関してのDOWA社側の考え方についても検討すべきだと思われます。有害物質を排出する企業であるがゆえに、産廃業者と共に、基準値を超える有害物質を排出しないための未然防止策をさらに検討すべきことには異論ありません。しかし、今回の有害物質排出の原因となった事実を徹底的に追及することが、まず第一ではないでしょうか。DOWA社としては最善の努力を尽くしていたとしても、委託先の産廃業者がルールを守っていなかったり(現に産廃業者のミスが推定される、といった埼玉県の報告結果があるようですし)、そのルール違反を行政が放置していた、ということがあれば、事故が再発するおそれは残ります。つまり今回の水質事故に関する徹底した原因調査がなされなければ、飲み水の安全対策が「利用者の安心」につながらないのではないか、と考えられます。
まずは産廃業者にどのようなミスがあったのか、そこに行政の監督違反はなかったのか、といったところが明確になって初めて「更なる防止策」の検討の必要性が認められるのではないでしょうか。環境ビジネスを展開するDOWA社として、飲み水の安全・安心は、徹底的な原因調査と、これに基づく再発防止策がなければ責任を果たしたことにはならない、と考えるのであれば、今回のような賠償拒否(徹底的に原因調査を優先する)という対応もコンプライアンス経営の在り方としては選択の余地があるように思えます。国民の生命の安全にかかわる問題である以上、単なる事故処理の問題ではなく、「これから水の安全を確保するために、我々と行政と委託先とで、どのように事故防止に努めていくべきか」を最優先課題とするのであれば、まずはどこに今回の事故の原因があったのか、徹底的に分析することが必要、との判断ではないかと。
行政は、DOWA社側が委託先の産廃業者の監督責任まで含めて認めることによって、国民の「安心」を維持できると判断したのかもしれません。しかし、DOWA社側は、事故の責任が(行政の対応を含めて)どこに存在したのか、そこが明確になることが、国民の「安全」を維持するためには一番大切なことだと判断しているのではないでしょうか。「闘うコンプライアンス」は、レピュテーションリスクを伴うものである以上、企業側にとっても覚悟が必要です。以上は勝手な推測によるものではありますが、私はDOWA社側が、安易な責任逃れによる理由ではなく、自社の企業行動規範に基づき、CSR(企業の社会的責任)の見地から、堂々と賠償請求を拒否しているのではないかと思うところです。今後の本件の展開に注目しておきたいと思います。
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