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2013年1月17日 (木)

続く重大事故~「安全」と「安心」はどこでつながるのだろうか?

※ 追記あります

※ 追記2 あります

全日空のドリームライナー(ボーイング787型機)が何らかの異常により(まだ原因不明とのこと)高松空港に緊急着陸し、安全性に配慮した全日空と日航は、それぞれ保有する同機の運航を見合わせる、とのことであります。事故機の乗客の方々の証言によると、「機内に煙臭が漂っていた」ということですから、些細な整備ミスというよりも、やはり装置や設計の安全性に相当の問題を抱えているのかもしれません。国交省もアメリカの航空当局も今回の件につき「重大事故」として調査を開始するようです。産経ビズニュースによりますと、もしボーイング社の設計ミスによる原因だとすれば、787機を運航させることはできず、全日空も日航も経営面で大きな打撃を受ける、とも報じています。なお、部品を供給している日本の各名門企業も、いまのところ「うちの製造した部品に限って安全性には何ら問題はない」と自信をのぞかせています。

もちろん利用者の生命の安全が最優先ですから、ボーイング社の「設計ミス」に該当すれば計画がとん挫してもやむをえないと思います。また、そもそも787機を導入したのは、従来機では採算の合わないところに運航ルートを開拓できる、とのビジネスチャンスを狙ったものだそうですから、単純にビジネスリスクの問題だと割り切ることもできるかもしれません。しかし、果たしてこの段階まで来て「設計ミス」という結論(意見)を出すだけの勇気のある人はおられるのでしょうか??私は(運行再開を前提として)日本と米国が、どのような経過をたどって「安全」と「安心」をつなげるのか、むしろそちらにとても関心があります。

この787機の事故に関して、どうしても知りたいことは、「安全性感知の面でも最新ではないのか?」という点であります。つまり同機には、今までの航空機よりも、運航設備に異常があれば早期に感知できる能力があるのか?という点です。もし20年前に運航が開始された航空機よりも早く異常を感知する能力があるのであれば、それは「そもそも惨事を回避するための航空機の安全性が向上している証拠」と言えるわけですが、その分、早期に行政当局への報告や国民への開示が必要になりますので、「国民の安心」は後退する可能性が高まることになりそうです。各企業が製品の安全性向上に努めれば努めるほど、(客観的な安全性は高まっているものの)国民の不安は逆に高まってしまう、というジレンマであります。

また、787機は日本で初めて就航しているそうですが、同様の事故が常に初動故障としては当たり前に起きている、ということでしたら、少しは「安心」できるかもしれません(機内に異臭が漂っていた、ということですから、そもそも「初期故障」と言えるのか、といった疑問もありますが)。航空機の安全性など、素人の目にはわからないものですから、我々はどうしても「安心」を求めたがることになります。絶対安全という理屈が航空機には通用しない以上、安全性をどのように「安心」につなげていくのか、もしつながらなければ、そもそも設計思想から問題があるのではないか、そのあたりがとても興味を惹くところであります。また、「安心」を導き出すために、品質管理面における「安全」であることの説明方法が日本と米国でどのように異なるのか、という点も注目です。

先日の中日本高速道路の笹子トンネル事故においても疑問に感じたところですが、重大事故が発生して、いったん使用を停止し、安全性に問題のあるものの使用を再開する場合、「安全」と「安心」はどこで重なり、またそれは誰が判断するのでしょうか。絶対に安全とは言えない以上、どこかで「安全」と「安心」の妥協点を見出す必要があるはずです。

トンネルの老朽化が原因で重大事故が発生した、ということになりますと、同様に老朽化が進んでいる全国の高速道路のトンネルをすべて止めて徹底した工事を行うべし、ということが「安全思想」からは求められるわけですが、それでは国民の生活全般にとんでもなく支障を来すことになりますので、どこかで「安全」と「安心」の接点を求める(または「安心材料」の十分な提供を受けることで、安全だと思い込む)必要が出てくることになります。たとえば、トンネル天井部分の接着剤の耐用性が失われてボルトが毀損し、その結果天板が崩落してしまうのか、それとも接着剤の耐用性が失われてボルトに過度の負担がかかっても、ボルトがはずれないように(毀損しても落ちてこない構造に)なっているのか、という違いは、突き詰めて考えれば50年前のトンネル工事の設計思想に依拠しています。本当は、こういったことが明らかになることが「安全」と「安心」の接点を判断するために必要になることと思うのですが、いかがなものでしょうか。

重大な事故が発生すれば、責任を担当する企業が一生懸命安全性確保のために(目に見えない品質管理のために)尽力されていることは理解いたします。しかし事故再発防止に求められる安全性のレベルは見えるものではありません。「787機の安全は、私たちが大丈夫だと言っているのだから信頼してください」だけで、本当に大丈夫なのでしょうか。以前は感知できなかった電気系統の異常もきちんと感知できるようになったがゆえの事故なんです、他の航空機も、初期就航の際には同様の事故が発生していましたが、これまでは日本は初期就航の航空機は使っていませんでした、といった(素人にもわかりやすい)安心材料が提供されなければ、「大人の事情」で運航が再開されてしまうのではないか・・・といった疑問が残ることになります。

「よく調べてみたらこの部品に原因があった。この部品はすべて取り換えたからもう安全だ」などといった最悪のシナリオだけにはならないことを祈ります。どなたかこういった品質管理としての「安全」と社会契約(社会的合意)としての「安心」の関係について真正面から研究をされた方などはいらっしゃるのでしょうか。企業コンプライアンスの見地からはとても重要なテーマだと思うのですが。

※ 17日未明、日経ニュースでは「設計見直しの可能性」との記事が出ています。ちょっと予断を許さない状況ですね。ホントに設計見直しという判断は出るのでしょうか?

※ 17日午後 アメリカ運輸当局が異例の運航停止命令を出したそうです。昨日までは初期故障としていたものが、素早い対応です。まさに安全性をどのように証明して安心につなげていくのか、注目したいと思います。

1月 17, 2013 コンプライアンス経営はむずかしい |

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