「ずる-嘘とごまかしの行動経済学」
ACFE(日本公認不正検査士協会)の某理事の方からのお勧めで本書を知りましたが、たいへんおもしろい本です。不正調査に携わる者として、調査のスキルアップのためというよりも、有効な不正の未然防止策を考える上で参考になります。
「ずる-嘘とごまかしの行動経済学」(ダン・アリエリー著 早川書房 1800円)。
人間の合理性と非合理性を真剣に見つめて、「人はなぜ不正に手を染めるのか」という点について、興味深い実証研究の成果が広く公開されています。「つじつま合わせ係数」など、読んでいて深く考えるところが多いために、最後まで通読するのに時間がかかりました。とくにCFEの資格者などを含め、不正調査に関心のある方にはお勧めの一冊です。
現在パブコメ中の(内容が若干後退した)不正リスク対応監査基準というものが、いったいどのような使われ方をすれば有益なのか(なるほど、架空循環取引については少し距離を置いてもかまわないのですね)とか、利益相反取引の規制として取引内容の開示規制は、あまり役に立たない(なぜ役に立たないのか・・・という理由はとても納得できるものでした)といったことについて自分の考え方をまとめる良い機会となりました。このあたりについては、また別途エントリーの中で紹介したいと思います。著者も、私自身も、そして社会のほとんどの人たちも「ずる」をしてしまうわけでして、「ずる」を忌避するよりも「ずる」をしてしまう自分とうまくお付き合いして生きていくほうが楽しくなってきそうな気持ちになります。著者も「利益相反行動」に関する記述のところで、利益相反的行動を一切禁止することによる費用対効果を考えるならば、利益相反行為の「ズル」を一定程度許容しておいたほうが社会的な損失は少なく済む、ということを述べています。
行動経済学者である著者は、エンロン事件を契機に企業不正への関心を強めるのですが、エンロン社のコンサルタントだった方へのインタビューにおいて、コンサルタントだった方が「希望的盲目だった」と語るところは、私が不正調査の中で感じているところともピッタリあてはまります。アメリカに多く見られるような「私利私欲による作為的不正」が少なく、和を尊ぶための不作為的不正が特徴である日本でも、この「希望的盲目」はよくあてはまるところだと思います。また市場の健全性を常に確保する努力をしていかなければインサイダー取引は頻繁に発生しますし、不公正ファイナンスという手法によって既存株主からの利益搾取がなくならない、ということも、とてもよく理解できます。さらに(使い方を工夫すれば)倫理行動規範なども(意外に?)役に立つこともわかります。
イミテーションを着飾っているときのほうが「ごまかし」に手を染めやすい、「社内の常識」「組織が黙認している」と考えるだけで不正を犯しやすい、不正に手を染める自分自身をごまかそうとする、といったこともすべて詳細な実証研究によって明らかにしていくところは(その実験の価値についての疑問も生じるかもしれませんが)とても楽しめます。日本でも、こういった実証研究が進めば企業不祥事に関する研究も進歩していくのではないでしょうかね。正直に生きていきたい自分と、ズルして得したい自分との相克は、おそらく誰の心にもあるのではないでしょうか。
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