社外取締役が保護すべきは「一般株主」か「ステークホルダー」か
日興インサイダー事件は、検察側が訴因変更(訴因の追加)を行ったそうですね(毎日新聞ニュースはこちら)。公開買付関係者取引の訴因に、一次情報受領者による取引の訴因を追加したということですが、この二つの訴因は両立することはないと思われますので、有罪となる訴因に関する公訴事実についてのみ判断され、もうひとつの訴因については判断されない、ということになると思われます。つまり「共謀」の有無についての裁判所の判断は回避されることになりますと、これから始まる日興元執行役員の方の裁判では立証のハードルが高くなる可能性があります。これは裁判所が訴因変更を促した趣旨が、たとえば(私が推測するような)インサイダー規制の条文構造に由来するものであれば、あまり問題はないのかもしれませんが、共謀を裏付ける事実が薄いという立証の点にあったとすればハードルが高くなる可能性がある、ということになろうかと。判決は28日だそうであります。
(さて、ここからが本題ですが)オックスフォード大学のメイヤー教授の「社外取締役を増やすだけで企業統治が強化されるわけではない」 (日経ビジネスWEB 但し閲覧には会員登録が必要です)を興味深く読ませていただきました(早稲田大学と東証さんの共催シンポでもご講演されたのですね・・・)。日本の「会社法制の見直しに関する要綱」のなかで、監査・監督委員会設置会社(仮称)という機関設計が検討されていますが、メイヤー氏の理想とする取締役会の姿に最も近いのではないか、と想像したりしております。またガバナンスにおいて短期的売買を繰り返す株主の存在も重要だが、長期的保有者と短期的保有者に議決権の差を設けることも検討されるべき、とする意見も述べておられます(そういえば当ブログでも、以前DOWAホールディングスさんの敵対的買収防衛策を題材にして、こういった議論を一度取り上げたことがありましたね)。
ところで表題のとおり、このインタビュー記事では社外取締役の役割がメイヤー氏によって語られているわけですが、以前から「社外取締役は誰の利益を一番に確保しなければならないのか」と疑問に感じていたところについて、メイヤー氏は明確に回答しておられます。
(聞き手)となりますと、株価を高めて株主価値を最大化することだけが、企業の監督に徹する社外取締役の目的ではないと。
(メイヤー氏)そうです。例えば、あるメーカーが、顧客を満足させることを自社の最も重要な目的としていたとしましょう。顧客のニーズと要求を満たすだけの高品質の製品を生産することがその会社の第一の目標になります。それを追求していくうちに、株主にも相当なリターンをもたらすでしょうが、株主価値を最大化することは決して最優先の目的ではありません。さらに言えば、顧客を満足させるという第一の目標を達成するために、株主だけでなく従業員や部品を供給する会社もきちんとケアされているかどうかも、監督を担う社外取締役は確かめることになります。
なるほど、企業を取り巻くステークホルダーの利益を最優先に考えるべきであり、その追求の中で株主にも相当なリターンが得られるのだ、ということを語っておられるようです。しかし東証の「独立役員」(厳密には社外取締役または社外監査役なので、ズバリ「社外取締役」とは異なりますが)というのは、一般株主の利益を最優先に考えるべきであるとされています。たとえば先日ご紹介した東証「独立役員ハンドブック」の20頁には
株式会社のステークホルダーのうち、一番最後にその利益の分配を受ける株主が保護されることは、取引先や従業員など他のステークホルダーの利益を確保することにもつながります。短期的には、一般株主の利益とそれ以外のステークホルダーの利害が対立する場面もあり得ますが、中長期的には一般株主の利益が保護されることは、他のステークホルダーの利益確保にも役立つといえるでしょう。
との解説がなされています。発想は良く似ておりますが、この独立役員たる社外役員の役割と、メイヤー氏の理想とする社外取締役の姿とは、「誰の利益を最優先とすべきか」という点において大きく異なっているものと思われます。このあたりは株主価値の最大化ということに重点を置くアメリカの発想と、企業の社会的責任(CSR)思想の深い欧州の発想の差異に起因するものなのかもしれません。
なお、昨年末にご紹介した「ずる-嘘とごまかしの行動経済学」の著者である行動経済学者のダン・アリエリー氏(米国)は、最近の金融不正事件を例に挙げて「株主価値の最大化に重きを置く企業は、金融や法律、環境の分野で、さまざまな不正行為を正当化できるおそれがある」と警告を発していました(同書233頁)。また、日本の昭和49年の商法改正の際、「企業の社会的責任」に関する条文を商法に挿入すべきかどうかの大論争になりましたが、反対派の学者の方々は、企業の社会的責任などという曖昧な規律を条文化してしまうと、取締役が善管注意義務に従った行動であることを、「社会的責任を尽くす」という言葉でどうにでも説明してしまうおそれがあり、妥当ではないと力説されておられたようです。
このように考えますと、東証の独立役員制度のように、株主価値の最大化というよりも、もう少し具体性を持たせて一般株主(支配権を持つ可能性がなく、市場の流動性のみによって経済的価値を実現できる株主)の利益保護、といった言葉で表現することが、一番具体的なものであり、その行動規範としての「ごまかし」が効かないものではないかと思えるのですが、いかがなものでしょうか。あるいは、メイヤー氏も抽象的な議論に徹するのではなく、インタビューの内容からすると、社外取締役が誰の利益を最優先とすべきかは一義的に決まるものではなく、個々の企業の理念に照らして決するべきものであり、その理念を追求する過程において各種ステークホルダーの利益に配慮すべきものなのだ、と考えておられるのかもしれません。いずれにせよ、企業価値を最大化する、というのは当社では具体的に何を目指すことなのか、その目指すなかで社外取締役がどのようなポジションにあることが期待されているのか、というところが明確にされませんと、各企業における社外取締役の役割も、わかりやすく説明できないように思えます。
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コメント
ご無沙汰しております。いま社外取締役を中心とした取締役会のパラダイムがアメリカ(1970年代後半)、イギリス(1990年代前半)で確立した頃の状況をちょこっと調べているのですが、意外と「株主(投資家)利益の増進」というよりも、「企業が社会的責任を果たせていない」という批判が原動力になっていたみたいです。
日本のあり方としてどう考えるべきかは、もちろん独立した問題でしょうけれども。
投稿: 大杉謙一 | 2013年2月19日 (火) 08時44分
大杉先生、こちらこそご無沙汰しております。コメントありがとうございます。アメリカでもそのような批判が原動力になっている、ということなのでしょうか。ぜひ論文等を拝見してみたいところです。
ところでビジネス法務2012年11月号の大杉先生の論稿(会社法改正要綱)はとても参考にさせていただいております。やはり学者の方々の論稿は時間軸がありますので、新たな発見がありますね。
投稿: toshi | 2013年2月20日 (水) 02時19分
ご無沙汰しています。
アメリカの場合も機能している場合と、していない場合があるので、「社外取締役制度はこうだ」というのも容易ではないでしょうね。
かつてのスティーブ・ジョブズですらアップルのCEOを解任されてしまい(その後再登板して伝説の人となりましたね)、ヤフーも創業者は業績不振(不振といってもソニー等の比ではない。利益成長が鈍っただけ)で追い出されたりしていますので、日本でもこれぐらい機能するのか、と言いたくもなりますが、具体的にどんな役割をイメージしているのかが分からないので、抽象論の組み立てばかりに聞こえてしまいます。
「まとも」なこと(これもやや抽象的ですけど)がまともに許容されるようになればいいなあと思います。日本ペイントのシンガポール株主によるTOBはどうなったんでしょうね。日本式買収防衛策がまとも?なガイジンに通用するのか興味深く見ています。
投稿: katsu | 2013年3月 4日 (月) 23時28分
katsuさん、ご無沙汰しております。コメントありがとうございます。実際に、いま社外取締役のトレーニングを受けておりまして、いろいろと自分で考えるところがあります(また、選任の暁にはおいおいと・・)
日本ペイントの件は、第三者委員会の委員長がよく存じ上げている方なので、私も今後の行く末はたいへん興味をもっています。今後の(まともな)TOBの試金石になるのではないでしょうかね?
投稿: toshi | 2013年3月 7日 (木) 22時05分