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2013年2月 4日 (月)

インサイダー規制に関する検察のジレンマと罪刑法定主義の呪縛

私事で恐縮ですが、今月23日、24日に東京大学で開催されます「法曹倫理国際シンポジウム」にて基調講演をさせていただきます。英語が堪能ではございませんので、どなたかに私のレジメを英訳していただくことになっております(すみません・・・<m(__)m>)私が発表しますのは、(企業不祥事発生時の)第三者委員会と職業倫理に関するテーマでございます。

ところで、企業価値判断に関する第三者委員会委員の職業倫理が問題となりそうなところですが、第三者委員会委員が情報を提供したとされるインサイダー事件に関する記事が読売新聞の1月29日付け朝刊に掲載されておりました。記事だけでは真実かどうかは即断できませんが、会計専門職にある委員の方がTOB情報を昔からの知り合いに漏えいしたのではないか、との疑惑だそうであります。情報提供者、ということなので、現行のインサイダー規制の上では処罰が難しい、と報じられています。

最近は、インサイダー規制、とりわけインサイダー情報を他人に提供した者のモラルに関する話題が増えておりますが、FACTA誌でも取り上げられておりますSMBC日興証券元執行役員と知人の会社役員のインサイダー刑事裁判がスゴイことになっております。会社役員側の刑事裁判において、裁判所は予定していた判決言い渡しを延期して、訴因変更を促したそうであります。裁判所が訴因変更を促す・・・ということは実務的には生じるところでありますが、判決言渡し直前という時期においては異例のことかと思います。裁判所は「このままでは会社役員を有罪にはできない」とのことだそうですが、被告人側としてはなんとも・・・(会社役員の弁護人は東京地検特捜部出身の著名な方ですが、当然怒り心頭だったようで)。

証券会社の執行役員の方がインサイダー情報を漏えいするということなので、検察側はこの会社役員よりも証券会社の執行役員側の悪質性を強調したい、とのことだったと推測いたします。裁判では、双方をTOBの「公開買付け等関係者」によるインサイダー取引の共同正犯として起訴されていました。執行役員と会社役員がこの取引によって「ギブ&テイク」の利益状況にあるところから、共謀共同正犯が立件できると検察側は見ていたのではないかと。とりわけ真正身分犯については身分のない者も共同正犯が成立する、というのが判例・通説の立場なので、なんとかなるだろう・・・との見込みがあったものと推測いたします。

しかし裁判所は「検察の立件には無理がある」と感じたようであります。たしかに真正身分犯の共同正犯は非身分者にも成立する、というのが判例の立場ではありますが、本件は、そもそもインサイダー規制の中に別途「一次情報受領者」によるインサイダー取引規制の条文が存在します。この条文があるということは、一次情報受領者たる共犯的立場の者は、この条文に該当する場合のみ処罰の対象とされることを法が予定しているのではないか・・・とも考えられそうであります。いや、そう考えることが刑法の大原則たる罪刑法定主義の考え方に合致するのではないか、と。そう考えますと、会社役員側の刑事判決直前になって、裁判所が訴因変更を促した、というのもナットクできるような気がいたします。

検察側が、裁判所の指示に従って訴因を変更するとなると、会社役員側を第一次情報受領者によるインサイダーとして処罰を求めることになりますが、そうなると元執行役員についてもこの「ほう助犯」として処罰を求めることになりそうです。しかしこれでは「元執行役員の情報漏えいこそ悪質」と捉えた検察の立件構想は不発に終わってしまいます。それだけでなく、ほう助犯として捉えるとしても、情報提供行為は構成要件該当性の問題なので、なにをもって正犯者の犯行を容易にしたのか、そのあたりの具体的な事実が明確に主張されなければ成立しないのかもしれません(このあたりは、ちょっと私も自信がありませんが)。検察としては、控訴審の裁判官は共同正犯を認めてくれる、ということに賭けて、このまま訴因を維持するのでしょうか、それとも変更するのでしょうか。

元執行役員側も、公開買付け等関係者によるインサイダー取引の共同正犯として立件されているそうですが(ただしこちらは否認事件)、会社役員側に共同正犯が否定される以上は、防御の対象となる事実自体が変わってきますので、こちらも否定されることになるものと思われます。こういった検察のジレンマも、やはり現行のインサイダー取引に関する条文構造の「建てつけの悪さ」によるものかと。現在、インサイダー取引規制については情報提供者も正犯として立件できるように改正が検討されておりますが、身分犯、不真正身分犯の共犯に関する最高裁の考え方と矛盾しないような条文を検討しなければ、将来的に同様の問題が生じることも考えられるのではないでしょうか。

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