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2013年3月29日 (金)

三菱自動車の不具合情報の開示と「非開示のコンプライアンス」

リスクマネジメント協会さんが発行しておられる「TODAY」最新号(3月15日号)に、「三菱自動車を二次不祥事から救ったもの」と題する論稿を掲載していただきました。昨年、国交省から「リコール対応が誠実ではない」として口頭注意を受けた事件を契機として、あの2000年当時のリコール隠し事件の体質が変わっていないとの批判が出ておりました。少し逆説的に聞こえるかもしれませんが、国交省から指摘を受けた事件においては、二次不祥事を発生させなかった三菱自動車は、むしろリスク管理の面においては向上しているのではないか、といったことを述べたものであります。組織から見た場合、一次不祥事の発生は運、不運の問題もあるかもしれませんが、二次不祥事の発生は確実に自助努力でなければなくせないものと考えられます。

さて、昨日より、またまた三菱自動車のハイブリッド車について部品に不具合が生じ、リコール対応の可能性が記者会見で明らかになりました(たとえば毎日新聞ニュースはこちら)。販売系列店での事故に起因するものだそうで、流通している販売車にとって、未だリコールの必要性がはっきりしたわけではありませんが、ともかく部品事故が発見されたので、十分な調査を行う、という段階で公表されました。これは過去にCSR対応で社会的に批判を受けている企業としては当然の対応だと思われます。つまり過去にCSR対応で失敗している企業では、製品の安全と、これを対外的に表明する「安心」の距離が、CSR対応で成功している企業よりも近づいてしまうからであります

またまた広告のようで申し訳ありませんが、拙著「法の世界からみた会計監査」の第10章「訂正と非開示のコンプライアンス」で述べておりますように、製品事故等によって消費者や投資家にとっていったん「安心」の意識に傷がついてしまいますと、次に(他の会社であれば、とくに製品の安全への信頼が崩れない程度の不祥事であったとしても)不祥事が発生した場合には消費者の「安心」のイメージが崩れやすくなり、直ちに製品の「安全」のイメージに大きな影響を及ぼすことになります。

拙著では、このように非開示を選択して、社会的に強い批判を受けた企業の事例をいくつか紹介しております。つまり消費者に強い印象を与えた不祥事が発生しますと、その企業の製品の安全に対するイメージは、ちょっとした不審行動によって毀損されてしまう可能性が出てきます。他の同業者であれば、同じように「非開示」を選択しても問題視されないにもかかわらず、CSRで失敗した過去がありますと、「なぜ開示しなかったのか」と国民から(マスコミから?)問題視され、その非開示の企業行動が製品の安全性への信頼に直結してしまう・・・という風潮はおそろしいものです。むしろ徹底的に調査の上、安全性を確保する、といった対応を世間に示すことが(これが安心の思想)、信頼回復のために求められる姿勢であります。

あのリコール隠し、そして昨年のリコールへの対応遅延、といった問題行動が続く同社においては、このタイミングで事故情報を国民と共有することは、(企業の事業戦略上ではたいへんな痛手ではありますが)リスク管理の面からすれば必要な経営判断だと思います。また、(これも本書において紹介しているところでありますが)三菱自動車社だけに限らず、海外戦略を必要とする自動車会社として、情報を行政や国民と共有しながらリコールの必要性を考えるという姿勢もこれから必要とされるのではないでしょうか(この点は別途エントリーにてご紹介したいと思います)。

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2013年3月28日 (木)

監査法人のお墨付き(適正意見)は免罪符になりうるか?

昨日(3月26日)、金融庁企業会計審議会より、監査における不正リスク対応基準の意見書が公表されました。そして同じ26日、大阪弁護士会館2階ホールでは、大阪弁護士会と日本公認会計士協会近畿会共催によるシンポジウム「内部統制の共通理解(認識)に向けて」が開催されました。今年で3回目となる共催事業ですが、私は(ちょっと忙しかったので)今年は準備には参加せず、聴講だけさせていただきました。

気鋭の法律学者、会計学者の方々から会社法上の内部統制、金商法上の内部統制報告制度の解説がなされ、その後、大和銀行株主代表訴訟事件、ヤクルト本社株主代表訴訟事件、そして日本システム技術損害賠償事件を題材とした登壇者(法律家2名、会計専門家2名)によるシンポという構成でした。昨年もそうでしたが、司会を務められた会計士の方が、本当にきっちり準備をされるので、当日の資料も充実しており、また内容的にはとても有益なものでありました。

しかし、法と会計の狭間の問題について、どうしてもマニアックなところが気になってしまう私としましては、もう少しツッコミが欲しかった点がございました。そのきっかけは、ヤクルト本社事件に関する討議の中で、監査実務に携わっておられる会計士のW氏が、

「この判決文を読んでいると、『監査法人から監査の上で、何も指摘を受けていない』ということを、取締役の内部統制構築義務違反が認められない(取締役に善管注意義務違反はない)ことの理由に掲げられているが、どうも違和感がある。監査法人の意見というのは、取締役の注意義務を減免させることにつながるものではない」

と発言されたところであります。この発言を受けて、司会者(大手監査法人のベテラン会計士)の方も、「実は、このヤクルト本社事件の判決文を読んで、私もWさんと同じような感想を持ったのですよ」とのことでした。

時間の関係もあったのでしょうが、ここは何の議論もなくサラっと終わってしまったのですが、個人的には、ここが最もツッコミドコロではなかったかと思います。たしかに会計不正事件において、会計監査人が経営陣や監査役に対して「おかしい」と注意喚起をされたうえで、経営陣が何もしなかったということは、不正見逃しに対する役員の法的責任に影響する可能性は高いと思われます(これは福岡魚市場株主代表訴訟事件、ライブドア株主損害賠償請求事件などでも明らかです)。

しかし、逆に「会計監査人が何も指摘しなかった」ということが、役員の法的責任を減免する方向に影響するかといえば、これを肯定するのは、まさに「期待ギャップ」の表れではないかと。会計監査における適正意見の表明は、不正が発見されなかったことを表明するものでもなく、また財務諸表を網羅的にチェックしたことを表明するものでもない、ということを会計士さん方がもっと世の中に説明しなければ、このような法律家と会計士との違和感というものが、いつまでも残るような気がしております。

そういえば昨年の沖電気工業さんの海外子会社不正事件に関する第三者委員会報告書にも、似たような場面が登場します。スペイン子会社の不正疑惑が浮上したために、現地に赴いた親会社幹部社員の方が、現地調査によるありのままのレポートを親会社経営者に提出しました。しかし「子会社経営トップによる不正の疑惑あり」とするレポートを読まれた役員の方が「これはおかしい!だって、これまで監査法人からは何の疑義も報告されてないぞ。何かの間違いではないか」と言ってレポートをつっ返すシーンが出てきます。つまり監査法人の適正意見は「不正がないこと」の証明となり、また監査人が「不正は見当たらない」と言っているのだから、ましてや不正に気付かなかった自分たちの責任は当然に減免される、というのが世間一般の考え方のように思われます。いや、世間一般どころか、法律家でも、そのように感じているところが大きいのではないでしょうか。

シンポにおける会計士の方々の上記意見を聴いておりますと、会計士以外の方からみれば「それって自分たちに責任追及が回ってくることを回避するための理由ではないの?」といった疑問を抱くかもしれません。しかし、そういった後ろ向きの主張なのか、それとももっと会計監査の本質に関わる主張なのか、このあたりの認識の差を浮き彫りにしてみますと、会社法上の内部統制と金商法上の内部統制との機能的な差についても明確になってくるのかもしれませんし、監査における不正リスク対応基準の役割なども理解しやすくなるかもしれません。

001115_512すいません、本日のエントリーの流れの中で(といいますか、そういった話題をわざわざ選んだと言えなくもないのですが)、またまたCMで恐縮でございます。不正リスク対応基準の公表日に合わせたわけではございませんが、3月26日、いよいよ発売日を迎えた拙著「法の世界からみた『会計監査』-弁護士と会計士のわかりあえないミゾを考える-」(山口利昭著 同文館出版 1890円)が全国書店に並ぶようになりました。(左の写真は梅田の阪急ブックファーストです)。左の写真の書店もそうですが、おそらくどこの書店でも「会計監査」の書棚に並んでいる可能性が高いと思います。法律書籍の並ぶところには置いていないかもしれませんので、どうか「会計」「監査」の書棚のほうでお探しいただければと。

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2013年3月26日 (火)

米国反トラスト法刑事処罰リスクと日本企業の対応策

広島高裁で「選挙無効」という、日本の統治構造の上でものすごく意義のある判決が飛び出しました。各紙「号外」まで配信されているようですが、事情判決やら、将来効判決やら、凡そ普通の方々には理解しがたい言葉が出てまいりますね。民主政治の根幹に関わる重要判決なので、これは裁判官と一般の方の「橋渡し役」が必要なのですが、そういったことにあまり関心が向けられていないのはとても残念です。おそらく(いろいろな意味で)損な役回りは嫌がられるということでしょうか。さて、以下本題であります。

今朝(3月25日)の朝日新聞の朝刊トップで自動車部品カルテルで日本企業4社の日本人社員12名が米国で収監されている、といった「競争法コンプライアンス」の事例が掲載されております。日本で勤務している社員のところへ米国当局から召喚状が届き、企業の海外取引に支障が生じることを回避するために司法取引を行い、最後には召喚に応じることが報じられていました。リニエンシー制度がうまく機能していること、カルテルへの厳罰化が国際ルールとして定着してきたことの効果が大きいそうです(しかし朝日新聞の東京版には重要ポイントが掲載されているにもかかわらず、大阪版には掲載されていない、というのはいかがなものでしょうか・・・)。

ただ、この記事に書かれてあるところは、グローバル企業であれば(既に2011年頃からリスクは承知しているところであり)、あまり驚くほどのことではないと思います。コンプライアンス上の問題として重要なのは、リスクは承知していても、そのリスク管理の運用にどれだけお金と人を活用しているか、ということではないでしょうか。この記事の中で米国の弁護士の方が「一般論だが、日本企業の法務部門は社内の立場が低く、決裁のラインに乗っていないことも多い。権限と責任を持ち、知識もある法務部門が必要だ」と語っておられますが、これは結局リスク管理に十分な資源が活用できない、という事情を示しているものと思います。

これまで反トラスト法やFCPAでイタい目に遭ったことのない企業としては、法務部門の社内における地位向上がベストだと思うのですが、弁護士秘匿特権の構築、弁護士立会権への理解、リニエンシー(米国の自主申告制度はかなり負担が重いです)決定における経営判断、競争法に特化したコンプライアンスプログラム(平時対応と危機対応を分けることが必須)の運用、民事制裁金訴訟における証拠ホールド(プレディクティブコーディング)等を考えるならば、社外取締役や社外監査役こそ、海外不祥事案件のリスク管理の重要性を経営者に説得すべき立場にあるのではないかと。いわば経営者と法務部門との「橋渡し役」がいなければお金と人を競争法コンプライアンスにかけることはむずかしいのではないか、というのが実感であります。

この海外不祥事リスクとサイバー攻撃リスクとは、(橋渡し役がいなければリスク対策の必要性が実感できないものとして)とても類似したものではないかと、最近感じております。

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2013年3月25日 (月)

もうひとつの不正リスク対応基準-あぐりあぽん(AUP)規制

3月13日付けで「監査における不正リスク対応基準」が公表されたことは皆様既にご承知のとおりでありますが、実はもうひとつ、重要なガイドライン(研究報告)の改訂が日本公認会計士協会で審議されているようであります。いわゆる経営研究調査会研究報告第32号「企業価値評価ガイドライン」の改訂審議であります(資料は3月13日付け企業会計審議会監査部会の部会資料として添付されていますが、同部会の議事録は公表されていないので、あくまでも推測であります)。

先週金曜日、オリンパス損失飛ばし・同解消スキーム事件において、買収対象企業の株価評価に携わっておられた会計士の方に対し、金融庁から厳しい懲戒処分が下されました。ちょうど1年前、私が こちらのエントリーにて、この会計士の方は会計士協会の企業価値評価ガイドラインに則って業務を行ったものであり、(ネット上で公表されている鑑定書をみたところ、数々の免責条項は明記されていたので)批判されることはあっても法的責任は問われないのではないか・・・と書きましたが、当局は(私の甘い予想に反して)厳しい処分で臨みました。

上記エントリーでも記載したとおり、オリンパス監査役等責任調査会は、会計士や弁護士の肩書で作成された報告書を、さも権威のあるものであるかのように巧妙に活用したオリンパスの態度こそ問題だと指摘していました。しかし、評価対象会社の事業計画等の異常性に疑問を抱くことなく評価手続きを行った会計士の業務にも問題あり、と当局は判断されたようです。

Set043今週、全国書店にて販売が開始される私の新著でも、まさにこういった問題を「第三章 他人(ひと)のせいにする弁護士、会計士」の中で取り扱っております(「法の世界からみた会計監査-弁護士と会計士の分かり合えないミゾを考える」同文館出版 1890円)。評価業務、あぐりあぽん業務(Agreed upon procedures)に従事する会計士が「これって不正に活用されるのではないの?」と不安を感じたとしても、「まあ、日本公認会計士協会の企業価値評価ガイドラインに則って作業をすれば責任は問われないだろう」と安心しますし、またこういった同業者の作成した算定書や報告書が出ていれば、会計監査を担当する会計士も、「まあ、会計士の算定書が出ているんだから、適正意見を出しても責任は問われないだろう」と安心します。これが合法的責任転嫁の会計士バージョンの典型例であります(ちなみに弁護士のバージョンは、本書をお読みいただくとおわかりになるのですが、会計士のものとは少し異なります)

このオリンパス事件に関与した会計士さんの行動がおそらくきっかけとなったものと思いますが、昨年7月の企業会計審議会監査部会におきまして、金融庁担当者(検査開示課)より、この会計士協会「企業価値評価ガイドライン」の存在は問題である、と指摘されました。このガイドラインがとっかかりとなって「いい加減な算定が広く行われているのではないか」と指摘を受けております。また昨年11月の同部会におきましても、企業価値の評価手続き、あぐりあぽんの問題点が議論されていたところでありました。

ということで、会計士は監査のような保証業務を行う場面以外でも、たとえば評価業務やあぐりあぽん業務を行う場面でも、当然に職業的倫理観をもって臨むことを明記するよう改訂されるようであります。これはM&Aや裁判所からの鑑定業務依頼など、広く会計士さん方の業務にも影響が出てくるのではないでしょうか。

上記拙著の中でも書きましたが、事後規制社会に移行する中で、どうしても会計士さん方も事前規制の代替機能を担う立場にならざるをえないわけでして、会計士さんに「市場の番人」たる役割を期待するのであれば、会計士さんからの歩み寄りと、投資家や会社関係者からの歩み寄りのどっちも必要となるわけです。会計士さんからの歩み寄りは(具体的には)職業的懐疑心の更なる発揮や、こういった算定書・評価書の有用性への検討が求められることになりますし、投資家や会社関係者からは、監査業務と評価業務、あぐりあぽん業務は違うものだ、ということの理解(認識の向上)であります。だからこそ、企業価値評価ガイドラインの改訂は、会計士の職業倫理の高揚、そして会計士協会からの会計士業務の周知徹底に向けられることになるものと思われます。

拙著第3章のまとめとして、私は「会計士業務の誠実性は外から見えなければならない」と書いております。昨年7月、会計士協会からは「公認会計士等が企業価値評価等の評価業務を依頼さらた場合の対応」として通達が出ていますが、組織内部に周知徹底するだけでなく、組織外部に対しても、周知徹底を行うことが求められることになりそうです。

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2013年3月22日 (金)

インサイダー取引規制強化と企業実務への影響(その1)

インサイダー取引規制を強化した金融商品取引法改正案が4月中旬にも国会に提出されるそうであります。エンフォースメントの強化という点も重要ではありますが、当ブログにお越しの皆様は既にご承知のとおり、情報伝達・取引推奨行為にも刑事罰・課徴金処分が新設されるそうでして、これは大きな制度改正です。

それにしても、SMBC日興証券元執行役員の方が被告とされている金商法違反事件のゴタゴタを目の当たりにしますと、改正に向けたワーキングチームのメンバーに刑法学者の方がいらっしゃったことが大きかったのではないか・・・と今回の制度改正の内容をみて感じるところがございます。市場の健全性確保に向けた事前規制対応と事後規制対応の美しいハーモニー(調和)が垣間見える改正案であります。

金商法157条(バスケット条項)と同166条、167条(インサイダー取引規制の構成要件規定)の関係、インサイダー取引の未遂不処罰、教唆犯、幇助犯と情報伝達・取引推奨行為の正犯性の関係など、事後規制による対応の必要性を意識しながら憲法13条、31条との整合性を理解するためには、やはり刑事法学者の方のご意見(事実上のご承認?)はとても重要かと思います。

情報伝達行為・取引推奨行為へのインサイダー規制強化に伴い、企業実務に過度の委縮効果を与えないよう、情報提供者には主観的要件が求められ(インサイダー取引をさせることを目的としている場合に限定)、また実際にインサイダー取引が成立していることが条件とされる(つまり結果との厳格な因果関係が必要)ことになります。単純に「企業の事業活動を委縮させてはいけない」という政策的配慮だけでなく、インサイダー取引の従犯と情報伝達行為という正犯との区別をつけること、これまでのインサイダー取引規制の条文の保護法益との整合性を維持することが理屈のうえでも説明できるので、今回のSMBC日興証券元役員被告事件のようなゴタゴタが生じる可能性はかなり低くなるのではないでしょうか。

事業投資、企業戦略の面において、金融機関のみならず一般事業会社にとっても重要な法改正でありますが、このように情報伝達・取引推奨行為の立件において、主観的要件や因果関係の立証が必要とされる、ということは、その反面において社内ルールや業界自主ルール、取引所ルールなど、事前規制の在り方(工夫)が今後問われることは間違いないと思われます。単純にインサイダー取引を未然防止するための有用性だけでなく、早期発見、自主解決のための「立証補完」としての有用性が問われるように思います。

自浄能力が発揮されれば課徴金で終わるものが、発揮できずにレピュテーションリスクを抱えてしまう事態になってしまう、というのは容易に予想がつきます。そこで今後、インサイダー取引規制の強化が、どのように企業実務に影響を及ぼすのか、これまでのインサイダー取引の未然防止体制の整備にどのような修正を施すべきなのか、現在進行中の裁判の様子なども参考にしながら、このブログでも検討していきたいと思います(とりあえず不定期ということですが・・・)

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2013年3月21日 (木)

会社の有事に前面に出る社外取締役-資生堂のガバナンス

資生堂さんの社長交代劇がいろいろな風評を呼んでおりますが、その風評をあえて断ち切るように、同社の社外取締役の上村先生が東洋経済の独占インタビューに応じておられます(資生堂-実力会長トップ復帰の真相)。今回の交代劇のシナリオは社外役員6名(社外取締役3名、社外監査役3名)の総意によるものであり、元会長は自ら敷いた経営路線を自己否定してでも次の経営トップがアクセルを踏める体制を築くことが使命である、との理由で復帰要請した、とのこと。平時は経営判断への信認を付与することで足りるが、有事には前面に出ていかざるをえない、との社外役員としての心情を語っておられるところは、このようにさまざまな風評が流れる中、ナットクするところであります。

しかし資生堂さんは、これまでもCSRやコンプライアンスに熱心に取り組んでこられた会社として有名ですが、上記インタビューにあるように、CSRにまじめに取り組んできたことが、かえってネガティブ情報の開示や減配といったマイナス行動を阻害していた(かもしれない)というのは、なんともショッキングであります。企業と社会との共生ということからすれば、マイナス情報を適時開示することは「社会契約」の履行と捉えられるわけでして、このあたりは理想と現実のかい離なのかもしれません。

ところで上記インタビュー記事において、もっとも興味を抱いたのが「社外役員6名の総意」というところであります。このような有事場面におきまして、社外取締役だけでなく、社外監査役も経営の重要な局面における判断に積極的に参加されているのですね。そういえば「議決権講師2009年版」(日本プロクシーガバナンス社発行)の中で、当時の資生堂社の専務取締役の方が「当社では社外取締役と社外監査役では、その果たしている役割にはほとんど差はない」との説明をされていました。ガバナンスにうるさい海外機関投資家向けの説明なのかな・・・と私は理解しておりましたが、上記のインタビュー記事からすると、実質的にも役割は変わらないようです。

2012年に「社外監査役が期待する社外取締役の役割とは?」とのエントリーをアップしましたが、そこで私が社外取締役に期待していた内容(利益や損失を出すプロセスを長期的な視点から検討する)を、まさに社外監査役も(自らの責任において)実行しなければならない、ということなのでしょう。この社外監査役と社外取締役との協働というのは、日本独特のガバナンス問題として残された課題だと思います。

PS ちなみに上記インタビュー記事に出てくる「経営者の自己否定」という概念ですが、これって本当にむずかしいですね。自分の職業人生を否定するくらいなら不正に走ったり、不正を隠すことのほうがマシ・・・という場面を何度も過去にみてきました。

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2013年3月18日 (月)

法の世界からみた「会計監査」-拙著のご紹介(新刊)

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連日、私事で恐縮ですが、いよいよ私の三冊目の単著本が出版されることになりました。

法の世界からみた「会計監査」-弁護士と会計士のわかりあえないミゾを考える-(山口利昭著 同文館出版 1890円税込)

アマゾンさんでは既に予約受付中ですが、実際に店頭に並ぶのは3月26日あたりになりそうです。とくに不正リスク対応基準の施行時期に合わせて・・・というものではございません。

自分では、たいへん平易な文章を心掛けて書いたつもりですし、ちょっと難しそうな用語には、各ページ下欄で解説を付しましたので、企業実務家の方々にもお読みいただけるものと思います。法と会計の狭間に横たわった問題を中心に書き下ろしています。ぜひぜひお時間のあるときで結構ですので、お買い求めいただけますと幸いです。

以下、はしがきと目次をご紹介いたします。総ページ数は274頁です。

本書はしがき より

本書は、公認会計士の方々と仕事をご一緒する中で、弁護士のスキルと公認会計士のスキルのシナジー(相乗)効果を模索しながら執筆したものです。

弁護士といえば裁判所における弁論を中心とした仕事、公認会計士といえば上場会社における監査を中心とした仕事というイメージがあります。ただ、弁護士の中にも企業法務を中心として仕事をする方々も多いので、公認会計士・監査法人の業務上の接点も多いように思われがちです。しかし真剣に考えてみると、あまり接点というものが思い当たりません。私は企業の不正調査を主たる業務にしておりますが、公認会計士の方々と一緒に調査チームを構成することもありますので、不正調査という業務において接点がやっと見えてきた、というところでしょうか。ただ、この不正調査という仕事も、双方の専門スキルが要求される業務だからこそ、必要に迫られての協働作業ということになります。つまり1+1=2の世界のお仕事です。

もう少し創造的な協働作業、たとえば法律家のスキルを向上させるために会計士と協働する、逆に会計士の能力のレベルアップのために法律家のスキルを応用する、といった取組みは、これまであまり聞いたことがありません。世の中ではIT革命やグローバル化の流れが進み、企業における事業戦略の面でも、またリスク管理の面でも、ものすごいスピードで変わっているにもかかわらず、弁護士の世界も公認会計士の世界も時代の流れほどに変わっているようには思えません。双方の仕事の中身がそれほど変わらない中で、資格者の人数だけが急増しています。
会計や法律の知見を「所与の専門領域」だけで活用するのはわが国の成長戦略からすると非常にもったいないと思います。会計の世界で学ぶ「数字による経営管理」、法律の世界で学ぶ「理屈や倫理、説明責任」は、ビジネスの世界で広く応用できるにもかかわらず、一般的には「弁護士さんは困った時に相談できたら良い」「会計士さんには、期限どおりに適正意見を出してもらえば良い」といったイメージに捉えられています。このようなイメージで、企業社会から捉えられていることについては、弁護士や公認会計士側にも、これまで専門領域に閉じこもってきたことに責任の一端があると思います。

弁護士と公認会計士が相互理解を深める中で、どうすればスキルアップを図ることができるのか、また1+1=3になるようなシナジー効果を発揮するためにはどうすればよいか、そのような問題意識から、本書を執筆しようとしました。しかし、法と会計の世界には、なかなか分かり合えないミゾのようなものがあると考えるに至りました。そこで、その「ミゾ」はどこからくるのか、その思考の過程と解決策(らしきもの)を一冊にまとめてみたのが本書です。
本書が世に出る頃には、不正リスク対応監査基準や会社法制の見直しに関する要綱、民法改正中間試案など、上場会社の監査・開示・会計にも多大な影響を及ぼすであろう制度改革が議論されていると思います。こういった社会インフラのあり方が議論される中で、企業の成長に向けて専門職のスキルを最大限に活かしていけるだけの環境整備も必要です。
本書は会計や法律の専門職の方々だけでなく、組織内専門職および企業の経理、法務、総務に携わる実務家、そして(ガバナンス改革が進む中における)経営者の方々にもお読みいただけるよう平易な言葉を使って執筆いたしました。事業を前向きに進めていく上で、専門職の素養を経営にどのように活かすことができるのか、考えるヒントにしていただければ幸いです。まだまだ問題提起の域を超えないものでありますので、本書をお読みいただき、多くの皆さまからご意見・ご批判を頂戴したいと存じます。

なお、私自身は公認会計士の資格を有するものでもなく、ましてや会計監査の実務経験もありません。本書執筆にあたって、会計監査の現場に関する様々な実務や会計監査人としての考え方について、中堅監査法人で毎日監査実務に従事しておられる張本和志会計士に有益なご意見を頂戴いたしました。張本会計士には、あらためて御礼申し上げるとともに、ここに掲載されている内容に関する全ての責任は筆者にあることを念のため申し添えさせていただきます。
最後になりますが、私の拙いアイデアを一冊の本にまとめることをご提案いただき、会計監査業界の最新事情について逐次提供いただいた同文館出版編集部の青柳裕之氏に、この場を借りて厚く御礼申し上げます。

平成25年2月
弁護士 山口利昭

「法の世界からみた会計監査」目次

1 公認会計士を「憧れの職業NO.1!」にするために
 1 外から見た会計士のお仕事
 2 今なお根強い「期待ギャップ」論
 3 もはや「期待ギャップ」では済まされないのでは?
 4 リスクをとる会計士
 5 オリンパス事件の粉飾と監査の限界―会計士の意見
 6 かっこいい会計士を目指して

2 弁護士・会計士の「守秘義務」は七難かくす?
 1 はじめに
 2 弁護士・会計士の守秘義務とは?(守秘権利もある?)
 3 専門家倫理と守秘義務の関係を示す具体的事例
 4 弁護士と会計士の守秘義務の差について
 5 第三者委員会制度と弁護士の守秘義務
 6 専門家のミスを隠す「守秘義務」

3 他人(ひと)のせいにする弁護士と会計士
 1 はじめに
 2 弁護士の主張とセカンドオピニオン
 3 会計士の意見とセカンドオピニオン
 4 最終判断権者としての会計士の仕事
 5 辞任することでミスは隠せるか?
 6 最善を尽くす義務というけれど…
 7 重要になる監査法人の品質管理と職業倫理
 8 誠実性は外から見えなければいけない

4 事後規制社会に組み込まれる弁護士と会計士
 1 はじめに(コンプライアンス経営との関連で)
 2 会計士と弁護士の本来のフィールド
 3 事前規制から事後規制の社会へ
 4 事後規制社会と企業の自律的行動への関心
 5 ソフトロー時代とレピュテーション(評判)
 6 生活者の企業観の変遷(ブログ記事より)
 7 事前規制の代替案(弁護士、会計士を活用する)
 8 法化社会に必要な弁護士・会計士像

5 会計士から嫌われる「第三者委員会」と「金商法193条の3」
 1 不祥事発生企業における第三者委員会
 2 第三者委員会に対する社会からの評価は?
 3 会計士と第三者委員会
 4 会計士と金融商品取引法一九三条の三
 5 第三者委員会制度と金商法一九三条の三問題の共通項

6 会計監査のリスク・アプローチを法的に考える
 1 はじめに―監査法人の引継ぎ問題
 2 リスク・アプローチとは
 3 判例にみるリスク・アプローチ
 4 リスク・アプローチを法的に考える
 5 会計士の責任と粉飾との因果関係

7 会計基準は法律なのか?
―古田裁判官の補足意見はなぜ会計士にウケるのか?
(長銀・日債銀最高裁判決を振り返って)―
 1 はじめに
 2 長銀、日債銀最高裁判決とは?
 3 法廷意見と古田判事の補足意見
 4 古田裁判官の補足意見の紹介
 5 古田意見が会計士に評価される理由とは
 6 公正なる会計慣行と会計不正事件

8 会計士と監査役の連携に関する本気度
 1 はじめに
 2 会計監査人と監査役の連携は機能しているか
 3 連携の在り方を考えるうえで重要な裁判例
 4 異常兆候の補完関係
 5 会計士はどこまで監査役を信じる?
 6 中小規模上場会社こそ連携が必要
 7 「会計監査人と監査役の連携」は開示せよ

9 なぜ企業は粉飾に手を染めるのか?
 1 はじめに
 2 最初から確信犯はいない
 3 不祥事の原則1―不祥事の芽(予備的不正)
 4 不祥事の原則2―一次不祥事
 5 不祥事の原則3―二次不祥事
 6 誰も粉飾は止められない?
 7 一次不祥事への早期対応
 8 有事意識の共有(二次不祥事対応)

10「訂正」と「非開示」のコンプライアンス
 1 はじめに
 2 情報開示に関するコンプライアンスの視点とは?
 3 投資家、消費者の目からみた企業情報開示を意識する
 4 情報開示の方法自体の問題点―東京電力の原発事故情報
 5 企業情報開示のタイミングとコンプライアンス
 6 有事の情報開示遅延の重大性(トヨタとソニーの事例から)
 7 開示コンプライアンスと企業価値
 8 平時から情報開示の重要性について認識すべき

11 日本人は原則主義がお嫌い?―内部統制の議論は何処へ―
 1 内部統制研究会
 2 「内部統制」の多義性
 3 原則主義による規制手法(横並び社会に感じる違和感)
 4 内部統制報告制度の疲労感
 5 経営学の立場からの批判に応える必要性
 6 会社法上の内部統制の議論を整理する
 7 内部統制報告制度(開示制度)との融和を図る
 8 企業社会の現状にあった制度改革を目指して
 9 原則主義と倫理問題

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2013年3月17日 (日)

ニッセンホールディングス社の社外取締役に就任いたしました。

ご報告が若干遅れましたが、3月15日(金)、株式会社ニッセンホールディングス第43回定時株主総会におきまして、社外取締役に当職を選任いただき、同日就任いたしました(当社のお知らせはこちらでございます)。

当社の取締役9名中、社外取締役は4名(独立役員たる社外取締役は3名)でして、ご承知の方もいらっしゃるかもしれませんが、日本コーポレートガバナンス研究所のガバナンスランキングでは全国で1位(2012年度)の上場会社です。ちなみに株主総会の議決権行使結果の開示につきましても、(出口調査票に基づくものですが)当日会場出席者による議決権行使結果を含め、即日公表されております(こちらを参照)。

今回の株主総会における個人株主さんからのご質問も活発でしたが、中には当社ならではの象徴的なご質問もがありました。「当社では取締役の任期は1年ということで、現任含めすべての取締役の選任議案が一括上程されるが、それでは各取締役の活動状況がわからないままに投票することになる。ひとりづつ活動状況を説明されたい」とのこと。社長(総会議長)は一呼吸置いて、重任の取締役各人の前年度の活動状況を落ち着いて説明をしていました。

ガバナンスランキングが示す通り、当社は社外取締役としての職務の重責には定評があり、(任意機関としての)コーポレートガバナンス委員会、指名・報酬委員会ほか、いくつかの委員会の委員としての活動にも積極的に参加することになります。マネジメントの一翼を担うということは、とても厳しいものであり、これからの責任を痛感するところです。

ただ、いくらガバナンスに熱心な企業だとしても、企業価値向上を果たさなければ意味がありません。純粋持株会社と有力事業会社との関係等にも配慮しながら、独立役員に何ができるのか、これから勉強も必要になりますが、なんとか走りながら職務に邁進しようと思っています。

なお(あたりまえのことですが)、社外取締役としての本業に関連する話題につきましては、当ブログには一切掲載できませんのであらかじめご了承くださいませ<m(__)m>

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2013年3月14日 (木)

関西テレビ不適切映像事例とコンプライアンス体制の進化

私も以前(一度だけですが)出演したことがあります関西テレビ制作の報道番組で、取材対象者の撮影に不適切な映像が使われたようでありまして、3月13日、同報道番組内で謝罪されたことが報じられております(たとえば読売新聞ニュースはこちら)。不適切な映像を使用したことについて謝罪されたものの、同局としては、「ねつ造」や「やらせ」を行ったものではないと説明されたようであります。

本件が報じられた後、同局には視聴者から多数の苦情が寄せられている模様で、「あるある大事典事件のときの教訓が生かされていない」「ねつ造体質は変わっていない」との有識者の方のご批判もマスコミで紹介されています。私もすぐに「あるある大事典事件」のこと(関西テレビの内部統制体制)が頭をよぎりましたが、ただ本件については、もう少し問題点を整理して考える必要があるように思います。

民放局は、どうしても視聴率を獲得することが必要なので、視聴者を惹きつける番組制作に熱心になることは当然であります。したがいまして、あるある大事典事件の第三者委員会報告書にも書かれていたように「許される演出」と「許されない誇張表現」の境界の線引きをどうすべきか、というところが常に問題となります(つまり常に「不祥事の芽」は事業経営の中に存在するわけです)。この線引きのリスクを常に意識していれば、編集の独立という問題はあるものの、早期の軌道修正が可能となりますので、「あるある大事典事件」は発生しなかったのであります。しかし局側がリスクを意識していないことを奇貨として(視聴率をどうしても稼ぎたい)番組制作会社側はどんどんエスカレートしていった、というのが不祥事の最大の原因でありました。

今回の不適切映像事例も、やはりこの線引きの問題であります。関西テレビ側は、とくにねつ造でもない、やらせでもない、「内部告発者を保護するという立派な名目がある以上、後ろ向きの映像をスタッフが演じても、許される演出の範囲だ」と考えたものと思います。ところが、報道番組の視聴者からすれば、テロップでも流れていない限り、本人が後ろ向きで語っていると誤信するのが通常の感覚ではないかと。このあたり、関西テレビ側の境界線が少しずれていたものであり、苦情が集まることも仕方ないものと思います。

しかし日経新聞の報じるところ(日経ニュース13日午前11時30分)によりますと、この撮影を行った3名の取材班のうちの1名(おそらくこの方は制作会社の方ではないかと)が、「このような撮影手法は問題ではないか」と疑問を呈し、報道局の幹部社員に相談したそうであります。そして相談を受けた幹部社員がこの問題を調査し、自社の判断において今回の不適切映像事件を公表し、今回の謝罪に及んだとのこと(現場にいた報道部記者に対しては口頭による厳重注意処分とのこと)。

たしかに「おかしい」と声を上げたのは同局の社員ではなく、制作会社側かもしれませんが、これを社内で問題視した関西テレビ社には一定程度の自浄能力があるところが示されたのではないでしょうか。2007年のあるある大事典事件のように、一部週刊誌による「やらせ追及」による質問状を受け取り、これに回答する形でねつ造を認めたものとは明らかに異なります。コンプライアンス経営にとって大切なことは、「当社にもかならず不祥事は発生する」という覚悟を前提として、もし不祥事が発生した場合にはどうすべきか、というリスク管理を内部統制としてきちんと具備しておくことであります。これが最低限度、視聴者を裏切らない放送局としての姿勢だと思います。

もし今回の件で、経営執行部は「番組編集の独立を侵害しない」といった名目で、社内で問題にせず、また社外に公表されなければ、おそらく誰も問題行動には気づくことなく、今後も不適切映像の活用が繰り返されていたかもしれません。そしてオソロシイことは、そういった映像を使ったことが第三者から暴露されてしまうことであります(そういったケースであれば、あるある大事典のときと変わっていないと指摘されても反論できないと思います)。

今回の公表に至るまでの一連の同社の対応は、社外の常識と社内の常識との食い違いがあったという意味においては批判されてもしかたないものではありますが、番組制作側の「線引きのリスク」を意識した上で自浄作用を発揮して、「隠す文化」が根付くことを回避した、という意味においては「あるある大事典のころよりもコンプライアンス体制は進化している」ものと評価できるように思います。今後は行政当局から、なんらかの改善要求があるかもしれませんが、それを承知で公表することは、社内的にもコンプライアンス経営の重要性を浸透させることにつながるものと確信しております。

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2013年3月11日 (月)

経理財務部門・内部監査部門必読!NOS第三者委員会報告書

ネットワーク運用業務大手のネットワンシステムズ社(以下、NOS社といいます。東証1部)が3月8日「当社元社員による不正行為に係わる調査結果に関するお知らせ」と題して、営業担当者らによる会社資産横領事件に関する第三者委員会報告書を公表しています。不正行為疑惑について社内調査に従事していた外部専門家の方々が、そのまま第三者委員会を構成しているため、純粋な日弁連ガイドライン上の第三者委員会ではありませんが、これに準拠する旨の合意書を同社と締結したうえで活動されたもののようであります。

委員長は日弁連第三者委員会ガイドラインの産みの親である国広弁護士です。さすが期待を裏切らない(?)内容でありまして、この報告書自体が資産流出型の不正防止体制整備の参考書になるかと思われます。文章が平易であり、(従業員不正を許してしまった)内部統制上の問題点もわかりやすく解説されています。本来ならば、もう少しじっくりと社内調査を進めたいところだったのかもしれませんが、おそらく監査法人より四半期報告書に対する意見が出せない(つまり調査後1か月ほどで報告書をまとめないと上場廃止になってしまう)という状況になったために、社内調査を第三者委員会調査に移行させ、時間との闘いの中で(必死で)調査をまとめ上げられたのではないかと推測されます。復元メールも事実認定のために活用されています。会計監査人が意見を出せるように、発覚した不正の「広がり」を確定する、という意味においては、本件調査とは別に「件外調査」の重要性、とりわけCAAT(コンピュータ利用監査技法)を駆使したフォレンジック(全件調査から不正疑惑を抽出する作業)の重要性があらためて認識されるところであります。

某銀行出身の中部地区営業責任者が、太い銀行とのパイプを利用して、社外関係者らと共謀のうえ7億8000万円ほどの会社資金を横領していたというもので、架空の外注費名目で不正請求を繰り返すという手法が使われていたようであります。会社経費に関する国税調査によって疑義が持たれたことが発端でありますが、社内に「これはおかしい」と声を上げた業務管理グループ社員が存在したことが大きかったように読めます。このような社員が存在するかどうか、これは運によるところもあるように(私は)感じております。外部関与者の所属する組織(金融機関等)でも第三者委員会が設置され、鋭意調査中のようですが、これらの組織においては、NOSでの不正が発覚していなければ、まったく疑惑にすら気が付いていなかったのではないでしょうか。

報告書では、外部者と共謀して不正請求を行っていた営業担当者の問題行為や、その発覚を防ぐための証拠隠ぺい行動について克明に描かれており、驚嘆の一言に尽きますが、このあたりの事情につきましては、ぜひ経理財務担当者、内部監査担当者の皆様にはお読みいただきたい内容です。社内で抜群の営業成績を上げ、とりわけ優良顧客(ここでは金融機関)に対して太いパイプを有する営業責任者の行動は誰も止められないものなのでしょうか?経理財務担当者や内部監査担当者は、「あの営業マンはおかしい」と感じても、恫喝されたり、不正隠ぺいを懇願されると、会社のためにご自身の魂を売ってしまうのでしょうか?それが組織で生きる社員のオキテなのでしょうか?この委員会報告書の最後に書かれていますが、こういった社員のほとんどが「まじめで誠実」な社員ということです。そういった真面目で誠実な社員の「ほんの少しの不正つじつま合わせ」がたくさん集まることによって大きな不正に発展してしまうのではないでしょうか。

それにしても、「俺は当社に多大な貢献をしているのだから、これくらい裏で頂戴してもバチは当たらないだろう」といった意識で会社資金を横領してしまう、というのはよく見かける正当化理由であります。委員会によるヒアリングに対して、「これだけ貢献してきたことを、社内処分にも斟酌してほしい」と懇願されていたそうですが、実にリアルであります。

そういえば、以前当ブログでもご紹介した2011年の中日本高速道路社の担当者による所得税法違反事件にも共通するところがあるように思います。あの事件では、企業がどうしても事業を進めていくために不可欠な用地買収の担当者が、「誰もやりたがらない、キビシイ役回りを自分がひとりで進めている」という意識を持っていたために、またその意識を他の社員も共有していたために、不正に手を染めた社員は「汚れ役は俺しかできないのだから、これくらいもらったってバチは当たらないだろう」との意識を持ち、また周囲もそれを認めて、やりたい放題の資金流用を誰もとめられなかった、という内容でありました(第三者委員会報告書の内容から判明いたします)。NOSの事例でも、内部監査部門も経理財務部門も、会社の屋台骨を支えている営業担当者の行動であるがゆえに「〇〇さん案件」として誰も口をはさめない、はさめないどころか、見て見ぬふりをするように指示され、これに応じてしまったというところは、なんともコンプライアンス経営のむずかしさを痛感するところであります。

とりわけこの営業責任者の方は、経理財務部門を恫喝する場面では、リスク管理の盲点を上手に突いています。不正はどこの会社でも起きる、と考えれば「不正が起きていること」を前提とした調査が行われます。しかし、平時において「不正は起きる」という視点で調査を行おうとすると、かならず「君は当社にそんなことをする人間がいるとでも思っているのか、それでも君は誇りをもった社員なのか」と批判を受けるのです。しかし、そこをクリアしなければ有事に役立つリスク管理などできないわけでして、この営業責任者の恫喝はまさにイタイところを突いています。

どうしてこれだけ大きな会社で内部通報制度が機能しなかったのだろうか、と素直に疑問が出るところなので、この報告書でも、内部通報制度が機能しなかった状況を社員へのインタビュー等で把握しておられます。

「内部通報などしたら、君の経歴にキズがつくぞ」(社員が管理職から言われたこと)

全体発注の3割が架空請求によるもの、というのはどうみても不自然です。その不自然さをそのまま許容していた組織風土こそ、どこの企業でも「自社にもあるのでは」と、チェックしてみる価値はあるのではないでしょうか。これからは自浄能力のある組織でなければ生き残れない時代です。自浄能力が失われていく組織にならないためにも、本事例においてもっとも重大なコンプライアンス違反と言えるものは何か、多くの企業の皆様にお考えいただくべきではないかと思い、ご紹介した次第であります。

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2013年3月 8日 (金)

監査役の有事対応講演のご報告とお礼

本年度の日本監査役協会研修の講演が昨日の東京開催分ですべて終了いたしました。3月5日~7日の東京での講演では1500名の監査役の皆様にお越しいただき、全国で延べ2100名の監査役の皆様に聴講いただきまして、厚くお礼申しあげます。とくに3月5日からの三日間は天候にも恵まれまして、コートいらずで新宿ベルサールホールに出向くことができました。

事例分析を通じて、平時のリスク管理を見直していただく機会になれば幸いでございます。「ああ、おもしろかった」ではなく、「あの弁護士が言ってたことは本当だろうか。他の監査役と一緒に帰って検討してみよう」といった感想をお持ちいただければ良いのですが。また、すでに何名かの監査役の方からはご質問やご意見をメールにていただいておりますが、何かございましたら、お気軽にご連絡ください(すぐに返信させていただけるかどうかは、微妙ですが・・・)

講演を終了して思うところは、今回は有事対応について語りましたが、やはり平時の監査環境の整備についてセットでお話しなければ、ちょっと伝わりにくいところもあったように感じました。そのあたり、まだまだ工夫しなければいけないところだと思います。

7回の講演を通じて、当ブログでいろいろと事例を取り上げました会社の常勤監査役さんにもお会いできたことを感謝しております。委員会報告書や新聞記事では明らかにされていなかったポイントなどもお聴きすることができましたので、私自身も勉強になりました。また、不正調査等の本業のほうにも活かせていけたらと思っております。(なお、3月下旬に発売される私の新刊書につきましては、また別エントリーにて紹介させていただきます。)

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2013年3月 7日 (木)

トヨタ自動車、社外取締役人選の妙味(さすが、というしか・・・)

「第1トヨタ」「第2トヨタ」等の新ユニットの開発もさることながら、トヨタ自動車さん初の社外取締役を導入、とのニュースにとても関心を持ちました(こちらのニュースが詳しいかと)。

トヨタクラスの企業は、(江頭教授が先日のご講演でお話されていたことからの理解ですが)大口の非安定株主からの圧力が常時ありますので、社外取締役の導入にはあまり抵抗はないはずであり、また最近では海外での大規模紛争にも巻き込まれるリスクが高まっているわけですから、「開かれた経営」は普通の政策的判断ではないかと思われます。とくに会社法改正で話題となりました「社外取締役制度導入論(強制導入)」とはあまり関係はないものと思います。もしあるとすれば、売上2000億円以上の規模の企業で一人も社外取締役がいないところへの心理的な圧力くらいでしょうか。

むしろ私が驚きましたのは、その(候補者の)人選であります。概ね、社外取締役採用の意義というのは、①経営陣に対する外部者からの有用な意見、②外部に対する経営の透明性による規律の確保、そして③一般株主の利益保護(一般株主の利益の代弁者)というところに求められるのが通説であります。今回のトヨタ自動車さんの3名の社外取締役候補者の方々は、このそれぞれの趣旨を併せ実現するにふさわしいものになっております(どなたがこのような人選をされたのでしょうか?)←ただし「独立性」については疑問があるとのコメントをいただいております(注)

不肖、私も来週の定時株主総会により、皆様もよくご存じの上場会社の社外取締役に就任する予定でありますが(もちろん株主総会でご承認いただくことが前提でありますが)、社外取締役の導入は企業価値向上のための目的ではなく、あくまでも手段にすぎないということを肝に銘じております。社外取締役が企業のパフォーマンスを上げることのために何ができるかが最大の問題であります。このトヨタ自動車の社外取締役候補者の方々も、どのような形でパフォーマンス向上に参画されていくのか、今後のトヨタのガバナンスモデルを学ぶ上でもたいへん興味がございます。

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2013年3月 6日 (水)

製品リコール・回収率75%と企業への社会的評価

長崎市のグループホームの火災事故で、TDK社の製造した加湿器が火元の可能性が高いとのことで、先日謝罪会見が開かれておりました。当該ホームが使用していたTDK社製の加湿器は14年前に「発火の恐れあり」としてリコールが届けられていた製品です。その製品回収率は76%程度と報じられています。なお、「リコール」というのは企業が製品事故を防ぐための対応すべてを含みますので、世間一般に対して使用禁止を呼び掛けることなどもリコールにあたりますが、ここでは製品回収を伴うものをリコールと表現することにいたします。

リコール対応支援を経験した者として、この回収率76%という数字は、他の製品リコールの実情からみても、決して低い数字ではございません。通常、リコール対応はどこかで終息させることになりますが※、この7割を超える回収率というのは、(製品の通常の耐用年数も考慮したうえで)終息をさせるための一つの目途としての意味を持つものと思われます。もちろん販売先をきちんと追跡できる製品もありますが、トレーサビリティが機能しない製品については、おおむねこの程度が限界ではないかと思われます。パロマ工業社の湯沸かし器につきましては、ご承知のとおり元社長さんが刑事責任を負うことになりましたが、パロマ工業社の場合も、述べ50万人を動員し、158億円の回収費用をかけてきました。しかしそれでも湯沸かし器回収が完全に終了する、ということは不可能であります。

※リコールの終息には、宅配会社等による対応手続きの委託を終了する、関連会社による協力委託を終了する、自社による製品回収作業を終了する、製品の危険性を広報する作業を終了する、といったいくつかの段階があります。

全く人目につかないところで製品が使用されていたり(たとえば別荘に設置されている)、海外に中古品として再販売されていたり、さらには既に廃棄処分がされているといったことから、およそ販売製品のすべてが回収できるということは困難なのが実情です。ただ、これも法律問題(リスク管理)とは別に、CSR(企業の社会的責任)の一環として、販売製品をできるかぎり回収する努力を怠らない姿勢も大切かと。たとえばブリヂストン社の場合、リコールの対象製品である自転車用チャイルドシートについては、①人目につきやすいようにポスターを改良する、②町中の自転車置き場を巡回して当該製品を探す、③幼稚園や保育園等、子供が集まる場所を訪問して、ピンポイントで製品を探すという対応を現在も続けておられるそうです。こういった作業を続けることが、再発防止にもつながるものと考えられます。

製品被害を拡大させない、ということは不具合製品を世に出してしまった企業にとっては重大な使命ですが、これをどこまで企業(または経営者)の法的責任と結びつけて考えるかは、かなり難しい問題であります。海外に出回っている製品についての回収はどうすべきか、OEM製品については誰が回収義務を負うのか、といった問題なども併せて、リコール対応にはまだまだ考えなければならない問題がありますが、企業のリスク管理の視点からいえることは、事故情報を受領した時点から自浄能力を発揮した行動をとること以外にはリスクを低減する方法はないものと思われます。

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2013年3月 4日 (月)

「監査における不正リスク対応基準」の4つの視点

当ブログにお越しの皆様は既にご承知かと思いますが、第33回企業会計審議会監査部会の会議概要が3月1日に金融庁HP上で公開されております。そこに会議資料として、監査における不正リスク対応基準(現時点での案)の内容とともに、公開草案に対するコメント及びコメントに対する金融庁の考え方が掲載されております。

この「コメント&金融庁の考え方」は相当に詳細なものであり、私もまだすべては読めていないのでありますが、たいへん興味深く、また勉強になります(金商法193条の3と不正リスク対応基準との関係等、初めて理解した部分もあります)。こうやって有識者の方々の意見や当局の考え方を精査してみますと、この不正リスク対応基準については4つの視点があることが理解できます。

一つ目は、なんといいましても財務諸表監査担当者(公認会計士・監査法人)の行為規範としての視点であります。監査基準の運用を支える第一人者である監査人の方々が、このたびの不正リスク対応基準に関心を抱くのは当然のことでありますので、不正リスクの評価・識別、不正による重要な虚偽の表示を示唆する状況の判断、不正による重要な虚偽の表示の疑義の判定等への質問が多数出てくることはよく理解しうるところです。

二つ目は、不正リスクの識別や虚偽表示を示唆する状況に直接的な関係を有する監査役や内部通報者たる従業員、意見に関心をもつ投資家の視点であります。私などは通報窓口を担当したり、内部告発人を支援する仕事などをしておりますので、どのような行動を従業員がとれば、監査人はどのような対応を行うべきなのか、そのあたりを理解するためには、この不正リスク対応基準の理解は必須であります。

三つ目は、この不正リスク対応基準は裁判規範となりうるか、といった弁護士・裁判官等からの視点であります。私は監査役の監査見逃し責任追及訴訟の代理人を務めた経験から、このような監査基準が裁判規範になることには(やや)消極的な意見を持っておりますが、おそらく今後、会計監査人の法的責任を追及する訴訟の原告側からは、この不正リスク対応基準を根拠として主張が組み立てられることが予想されます。

そして四つ目が、不正リスク対応基準を策定した当局の視点であります。公開草案へのコメントを読んでおりますと、不正リスク対応基準の手続き面に関するご意見が圧倒的に多いように思いますが、前から申し上げておりますように、この基準は公認会計士に、これまで以上に「市場の番人」たる役割を果たしてもらいたいとの思想が強く出ております(そのあたりへの関心が会計士の方々にはやや薄いような気がします)。不正リスクの評価→識別の時点で、ガバナンスや内部統制、当該企業独特の事業リスクへの関心を抱いてもらうには「職業的懐疑心」を前面に出していただくしか方法はないのであります。

1,2,4の視点は不正の未然防止・早期発見といった事前規制社会でのお話、そして3の視点は事後規制社会でのお話、ということで、私は監査法人の品質管理の問題も含めて、今回の不正リスク対応基準は上場会社の8割から9割を占める「そこそこ誠実な企業」向けに策定されたものだと理解をしております(不正の確信犯たる一部企業にとっては、どんなに対応基準を設定してみても、不正防止の実効性はないと思っています)。先日どなたかが「粉飾と良い決算は紙一重」とおっしゃっておられましたが、誠実な企業が(全社をあげて)この「紙一重」のところで踏みとどまることができるかどうか、こういったところが不正リスク対応基準に期待された役割ではないかと。

また中身については、追っていろいろとコメントをしていきたいと思います。

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