もうひとつの不正リスク対応基準-あぐりあぽん(AUP)規制
3月13日付けで「監査における不正リスク対応基準」が公表されたことは皆様既にご承知のとおりでありますが、実はもうひとつ、重要なガイドライン(研究報告)の改訂が日本公認会計士協会で審議されているようであります。いわゆる経営研究調査会研究報告第32号「企業価値評価ガイドライン」の改訂審議であります(資料は3月13日付け企業会計審議会監査部会の部会資料として添付されていますが、同部会の議事録は公表されていないので、あくまでも推測であります)。
先週金曜日、オリンパス損失飛ばし・同解消スキーム事件において、買収対象企業の株価評価に携わっておられた会計士の方に対し、金融庁から厳しい懲戒処分が下されました。ちょうど1年前、私が こちらのエントリーにて、この会計士の方は会計士協会の企業価値評価ガイドラインに則って業務を行ったものであり、(ネット上で公表されている鑑定書をみたところ、数々の免責条項は明記されていたので)批判されることはあっても法的責任は問われないのではないか・・・と書きましたが、当局は(私の甘い予想に反して)厳しい処分で臨みました。
上記エントリーでも記載したとおり、オリンパス監査役等責任調査会は、会計士や弁護士の肩書で作成された報告書を、さも権威のあるものであるかのように巧妙に活用したオリンパスの態度こそ問題だと指摘していました。しかし、評価対象会社の事業計画等の異常性に疑問を抱くことなく評価手続きを行った会計士の業務にも問題あり、と当局は判断されたようです。
今週、全国書店にて販売が開始される私の新著でも、まさにこういった問題を「第三章 他人(ひと)のせいにする弁護士、会計士」の中で取り扱っております(「法の世界からみた会計監査-弁護士と会計士の分かり合えないミゾを考える」同文館出版 1890円)。評価業務、あぐりあぽん業務(Agreed upon procedures)に従事する会計士が「これって不正に活用されるのではないの?」と不安を感じたとしても、「まあ、日本公認会計士協会の企業価値評価ガイドラインに則って作業をすれば責任は問われないだろう」と安心しますし、またこういった同業者の作成した算定書や報告書が出ていれば、会計監査を担当する会計士も、「まあ、会計士の算定書が出ているんだから、適正意見を出しても責任は問われないだろう」と安心します。これが合法的責任転嫁の会計士バージョンの典型例であります(ちなみに弁護士のバージョンは、本書をお読みいただくとおわかりになるのですが、会計士のものとは少し異なります)
このオリンパス事件に関与した会計士さんの行動がおそらくきっかけとなったものと思いますが、昨年7月の企業会計審議会監査部会におきまして、金融庁担当者(検査開示課)より、この会計士協会「企業価値評価ガイドライン」の存在は問題である、と指摘されました。このガイドラインがとっかかりとなって「いい加減な算定が広く行われているのではないか」と指摘を受けております。また昨年11月の同部会におきましても、企業価値の評価手続き、あぐりあぽんの問題点が議論されていたところでありました。
ということで、会計士は監査のような保証業務を行う場面以外でも、たとえば評価業務やあぐりあぽん業務を行う場面でも、当然に職業的倫理観をもって臨むことを明記するよう改訂されるようであります。これはM&Aや裁判所からの鑑定業務依頼など、広く会計士さん方の業務にも影響が出てくるのではないでしょうか。
上記拙著の中でも書きましたが、事後規制社会に移行する中で、どうしても会計士さん方も事前規制の代替機能を担う立場にならざるをえないわけでして、会計士さんに「市場の番人」たる役割を期待するのであれば、会計士さんからの歩み寄りと、投資家や会社関係者からの歩み寄りのどっちも必要となるわけです。会計士さんからの歩み寄りは(具体的には)職業的懐疑心の更なる発揮や、こういった算定書・評価書の有用性への検討が求められることになりますし、投資家や会社関係者からは、監査業務と評価業務、あぐりあぽん業務は違うものだ、ということの理解(認識の向上)であります。だからこそ、企業価値評価ガイドラインの改訂は、会計士の職業倫理の高揚、そして会計士協会からの会計士業務の周知徹底に向けられることになるものと思われます。
拙著第3章のまとめとして、私は「会計士業務の誠実性は外から見えなければならない」と書いております。昨年7月、会計士協会からは「公認会計士等が企業価値評価等の評価業務を依頼さらた場合の対応」として通達が出ていますが、組織内部に周知徹底するだけでなく、組織外部に対しても、周知徹底を行うことが求められることになりそうです。
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コメント
山口先生、いつも当ブログで勉強させて頂いております。
AUP規制とは直接関係のない細かなことで失礼致します。
この企業株価鑑定書なるものは、オリンパス事件が表面化した当時、テレビのワイドショーでも公開されており、素人でも明らかにいい加減だと思われるものでした。この鑑定書はオリンパスが依頼して作成されたものとのことですが、会社はもちろん、当時の会計監査人も当然このいい加減さに気がついていたはずではないでしょうか。この度、この会計士に行政処分が出されましたが、結果的に清算された三社が休眠会社であり、この鑑定書のおかしさにも気がつかなかったA監査法人には何の責任もないのでしょうか。また、オリンパスのような上場会社の企業株価鑑定書の依頼が、このような町の個人会計士になされたことにも疑問を感じます。聞くところによると、この会計士はA監査法人のOBだったとのこと。おかしいと感じても、依頼を断ることが出来ない何かがあったのではないかと考えてしまいます。
投稿: 素人の疑問 | 2013年5月11日 (土) 23時58分
こんばんは。管理人以外にも、当ブログには専門家の常連の方がいらっしゃいますので、管理人がお答えするのは少し役不足かもしれません。ただご疑問はもっともだと思いますし、こういった問題は私も嫌いではありません。
処分対象の会計士さんの評価書の使い道と、A監査法人の会計監査における監査報告書の使い道が明らかに違います。今回の不正リスク対応監査基準策定の審議の中でも、この会計士の評価業務が若干問題視されたように記憶しています。なので、評価業務と監査業務を並列的に比較する、ということはちょっと避けなければいけないと思っています。このあたりがもすうこし敷衍して説明しなければ、なかなかおわかりにならないところかもしれません。また追ってブログのエントリーで解説できればと思います。
投稿: toshi | 2013年5月15日 (水) 01時39分